津月凛音に似ていない⑥
街に行く許可を得にいくと、この前の家出の件もあってか、親父殿は少し嫌そうな表情をするも仕方なさそうに頷く。
条件としてひとり父の指定したものを連れて行くことになったが、まあ大した支障にはならない。
「よ、坊ちゃん。よろよろー。デートの下見だって? あの坊ちゃんがねえ」
「ケリーか。こうして話すのは久しぶりだな。今日はよろしく頼む」
それなりに大きな屋敷、使用人の中でもよく顔を合わせるものとそうでないものがいて、ケリーは基本的に父の手伝いをすることが多い立場のため話す機会は多くなかった。
……完全に監視だな。
はぁ……とため息を吐きながら、軽口の使用人の方を見る。
あまり話したことはないが、どうにも軽い様子で不真面目そう……だというのに親父殿が重用しているところを見るにそれなり以上に優秀なのだろう。
「どうしました、坊ちゃん」
「いや、一番やりにくいやつがきたな……と」
「はは、なかなか言うねえ」
「褒めている。……よし、まぁ早速行こうか」
「ああ、お小遣い預かっていますから何かあれば俺に言えばいいぞ。って、モノさんもついてくるの?」
「ああ、ダメか?」
「いや、ダメじゃないけど、婚約者とのデートの下見に他の女の子といくのは……」
ケリーはドン引きしたような目で俺を見る。
「やけに仲良いし、距離も近いし、うーん、婚約者さんからしたら気分良くないんじゃないか……?」
「フィナはそれぐらいで嫉妬はしないよ」
「その信頼早くない? 昨日初めてあったとこだよね? こええ……最近の子供」
とりあえず街の方に向かうことにして、モノとケリーを連れて外に出る。
「んで、ケリー。とりあえず、ギルドって呼ばれてるところに行きたい。この前の旅で知ったんだけど」
「初っ端からデートスポットじゃない……。坊ちゃん、やっぱりデートの下見って嘘ですよね?」
「嘘じゃないよ。ほら、フィナってギルドとか好きなとこあるじゃん?」
「坊ちゃんにあの子の何が分かるんだよ。……なんか主人公みたいなこと言っちゃったな」
モノはとてとてと着いてきながら首を傾げる。
「総統、なんで冒険者ギルドにいくんです? 作戦に関係が?」
「やっぱりデートの下見じゃないんだな」
「デートの下見だって。戦力を集めるんだったらそこが基本になりそうだしな。うちの抱えの騎士を連れていくのはそれなりに難しいし、日雇いの傭兵でも戦力がほしい」
「デートの下見で戦力を集める必要あります? 坊ちゃん」
「最近のデートには戦力が必須だからな」
ケリーに適当なことを言いながら街までやってきて、近くにいた人にギルドの位置を尋ねる。
「ああ、ケリー。聞きたいことがあるんだけどさ」
「どしたんです、坊ちゃん」
「魔法ってどういうことが出来るんだ? レングのぐらいしかマトモに見たことがなくてな」
「あー、まぁ坊ちゃんは習う前ですからね。属性によって出来ることは違いますね。例えばレング様は水属性で、水を出したり操ったり出来ますね。で、それぞれの属性によって操ったり出来るものが違うという具合で」
「……土木作業とかも出来るのか?」
「まぁもちろん。でも、魔法使い自体そこまで多くないですからね。戦力として以外はあまり一般的に使われませんね。魔法使いを雇うのよりも普通の人を何人も雇った方が安く済みますしね」
「なるほど。でも、魔法の方が早いんじゃないか? 一瞬でバーンって」
「一瞬で作る意味もないですからねぇ」
……いや、あるだろ。めちゃくちゃあるだろ。
なんとなく感じていたが、戦場におけるドクトリンのようなあまり発達していない。
おそらくは魔法という技能が個々の才覚によるものが多く、本来ならそれなりの立場の人間がそれを勘定にいれながら采配する必要があるが、彼らが危険な現場にあまり脚を運ばないために現場の指揮官にしかノウハウが蓄積されておらず、そのせいで技術の継承が出来ていないのだろう。
考えれば思いつく奴がいても、個々の能力によりすぎるせいで、次の代では使えないためその代だけで終わる……と、まぁよくある話か。
もっと上の人間が積極的に記録を取れば違うのだろうが、まぁ難しいのだろう。
「壁で覆う……というのは、分かりやすいモンスターへの対策だが、安直だとは思わないか。これだと人口が抑制されてしまうせいで、発展性に欠ける」
「急にどうしたんだ?」
「俺ならもっと上手くやれる。そういう話だ。……気がついているだろうが、これはデートの下見ではない」
「えっ、デートの下見じゃないの!?」
「なんで気づいてないんだよ。……まぁ、とにかく、親父には黙っていてもらいたい」
ふざけた様子のケリーにそう言うと、彼は首を横に振る。
「旦那様には恩がありますからね。ご子息が危険なことをしようとしているようなら止めますよ。もちろん、冒険者ギルドに遊びにいくぐらいならいいですが、それ以上ならね」
存外に真面目な答えだ。
恩があるという言葉を茶化したくはないというのが読み取れて、彼にとってそれは大切なことなのだと分かる。
説得には時間がかかるな。
仕方ない予定を繰り上げてしまうか。
ギルドの戸を開けて、周りを見回す。
酒場も併設しているのか、酒を飲んでいる人や酒気が強い。
俺のような仕立ての良い服を着ている子供が使用人をふたりも連れてやってきたことが珍しい……というか、まぁ妙なことだったためか注目を浴びるのを感じる。
「おー、どしたよ、坊主。迷子かぁ?」
少しからかうような言葉。
機嫌良く飲んでいたところに水を差されたと感じたのだろう。
ほんの一瞬だけ思考し、それからケリーに目を向ける。
返ってくる「この程度で俺に頼るのか」というような失望の目を無視して冒険者の男に指差す。
「彼に一杯頼む」
「……えっ」
「預かってるだろ。一杯ぐらい別にいいだろ」
ケリーと冒険者の男が呆気に取られた表情をしている中、モノのために椅子を引いて、その隣に座る。
「ああ、いや、恥ずかしながら迷子みたいなもんでさ。声かけてくれて助かったよ」
「えっ、あ、ああ」
驚きながらも目の前にやってきたグラスに目を向けて、それから薄赤くなった顔を俺に向ける。
「まぁ見て分かると思うけど、俺ってボンボンでさ。昨日、婚約者というか、許嫁というか。そういう女の子が出来たからデートしたいんだけどさ、あんまり街とかに詳しくなくて」
「えっ、ああ……なるほど?」
呆気に取られている間に話を開始して、へらりと笑って尋ねてみる。
「女の子が喜びそうな場所とか知ってたら教えて、頼むよ」
俺が手を合わせると、男は状況が分かってきたのか「あー、なるほど」と言って、面白そうな酒の肴になると考えた様子だ。
酒をぐいっと煽り、それから俺に尋ねる。
「事情は分かったが、なんで俺に聞いたんだ?」
「そりゃ、詳しそうだからな。……ラフな格好をしていることからこの街の住人だろうことが分かるし。何よりモテそうだ」
「モテはしないけどな。まぁ、相手の子がどんな子にかにもよるんじゃないか? どんな子なんだ、坊主」
「強い正義感と折れない信念を持つ、真なる優しさを持つ……そんな尊敬出来る人間だ」
「昨日あったばっかの婚約者の解像度高くない?」
それからデートスポットや婚約者の話などをダシにして冒険者の男と雑談をしていき、物珍しさからくる注目と、仲間が親しくしていることによる安心感がギルド内にいる奴等に広がったのを見計らい、すっと話を切り替える。
「そういやさ」
俺は酒気の入っていない飲み物の入ったグラスを傾けながら軽く背を伸ばす。
「この前、初めてちょっとした旅をしたんだ。大切な用事があってな」
「ん、ああ。偉いな。俺がお前ぐらいのときは街の中で鼻垂らしながら遊んでたよ」
「いやー、それでまぁ街道を進んだんだけど、野宿って結構厳しいなと思ってな。というのも、まず身体が冷えるし地面は硬いしで全然休めないし、案外夜って小雨が降るし、見張りも必要で、休んでるはずなのに余計に疲れてくるぐらいだ」
「あー、まぁ、慣れてないとそれなりにキツイものか。……あれ、自分で見張りもやったのか? ……いいとこの坊ちゃんで、最近旅をした……えっ」
男が何かに気が付いたように俺を見て、俺は周りで様子を伺っているやつにも聞こえるように、少し声を大きくする。
「それでさ、せっかく冒険者のおっちゃんに話を聞いてもらえる機会だから聞きたいんだけど、小屋ってあったら便利だと思うか?」
「小屋?」
「ああ、街道沿いに、雨風を凌ぐことが出来る小屋を置くだろ。中には特に何もなく……あー、暖炉ぐらいならあってもいいか。とにかく、そういうところがあればそれだけで冒険者の体力を温存出来て、疲労によって力を発揮出来ないということもない気がする」
冒険者の男は少し考える様子を見せてから頷く。
「まぁ、あれば使うかもしれないな」
「なるほど。じゃあ、街の外で怪我をしたときにその小屋に駆け込めばおっちゃんに助けてもらえる可能性があるわけか」
冒険者の男の顔から赤みが抜けていき、近くに置いていた水をガブリと煽り飲む。
「……魔物や野盗が住み着く可能性は?」
「街道で、冒険者がよく立ち寄る場所だ」
「……休憩所を作って、その休憩所にいる冒険者に救護をさせようという話だよな」
「まぁ、救護される側も冒険者だろうから互助ということになるが、そこのところは法律以上に縛る意味もないだろうな。あくまでも、他の冒険者がいる可能性が高いところ、が決まっていれば生存率は高いだろうかという話だ」
彼は少し黙りこくり、周りで話を聞いていた冒険者の方に視線を向ける。
その瞬間、内心、ニヤリと自身の策の成功に喜ぶ。
冒険者の男が他の仲間に意見を求めたこの時、これはただの雑談から冒険者達が共有する計画へと移り変わった。
「許可は得られる。それに優秀な水属性の魔法使い……レングもあてに出来る」
男は俺の話を聞き、確信を持ったような目を俺に向ける。
「坊主、お前は……」
その言葉を聞き、俺は他の人にも聞こえるよう、堂々とニヤリと笑みを浮かべて自身の名前を語る。
「ローレン・ファル・アストロ。ここの領主の三男坊だ。よろしく」
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