津月凛音に似ていない⑤
いいと思うんだけどな、ハンバーガーレディ。
「あ、そうか。津月……フィナも女の子だもんな。レディよりもガールの方がいいか。ハンバーガーガール……いや、ハンバーガール……で、どうだ?」
俺がニヤリと提案すると、フィナにぱしっと手を払われる。
「……センスが……センスが、終わってます」
「そ、そんなにか……?」
よくないか、ハンバーガール……?
俺とフィナが話していると、ちょんちょんとモノに服を引っ張られる。
「……フィナさんよりも、私の名前の方を決める方がいいかと」
「あー、まぁ、そうだな。婚約者だけど仲間ではないからなぁ。……モノは何か思い出とかないか?」
モノは自分の頭についている蝶々の髪飾りを触って、呟くように言う。
「……真っ暗い道。カタカタ馬車が揺れて、寒かったときに。赤い蝶々があたためて、道を照らして」
俺を見て、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「……結局、あの街に行かずに帰って。けど、えへへ」
「……そうか。じゃあそれから取ると。……暗闇の道……ロード・ダークネスだな」
「強そう」
「ボスっぽい」
割と好評みたいだな。
「じゃあ、モノのコードネームはロード・ダークネスで。まぁ、俺と違って表に出たりすることはあまりないだろうから使うことは少ないだろうが」
「おお……」
まあ、話はこれぐらいか。
うし、と、気合いを入れ直して宣言する。
「これより、悪の秘密結社グラスランドを始動とする。リーダーはこの俺、グラスフェルト。そしてモノことロード・ダークネス。この二人が初期メンバーだ」
モノはこくこくと頷く。
「それで、レングをどうやって味方にするかだが、一番有効な手立てである決闘の手段は使ってしまったんだよなぁ」
生真面目かつ自分の力に自信があるレングには決闘をふっかけて従わせるのが手っ取り早い手だったが、俺の戦闘能力を知ったレングが頷いてくれるとは思えない。
となると、まぁ正攻法で交渉する必要があるが……難しいな。
今は学校が休みとかで家にいるが、基本的にはここで暮らしてないしなぁ。
とりあえず、直接交渉しに行ってみるか。
まぁ、無理な場合の策も考えておくか。
◇◆◇◆◇◆◇
自己紹介。
それを僕がしようと思うと、まず自分の名前よりも先に語るべきことがある。
グラスフェルトという人物の話だ。
尊大で傲慢、我儘で子供っぽい。
愚かで、間抜けで、けれども、けれど……愛おしいと思うのだ。
そんな、悪の組織の首魁のことを。
決意の力である異能には、その持ち主の精神が強く影響される。
同じ能力はないけれど似た能力はある。グラスフェルトと僕の異能力はとてもよく似た形をしていた。
自分だけを傷つけない炎。
「俺はいい。俺はいくら傷ついてもいい。だから、誰も傷つけたくない」
そんな願いは現実には不可能で、だからこそ、決意を固める必要があった。
戦いとは、自分が傷つかないようにしながら他者を傷つけることなのだから。「戦う」と、決意したのだ。
他の異能力者達とは違う。純粋に、ただ単純に「戦う」それだけのために産まれた異能力。
彼のその力は、綺麗な蝶々の形をしていた。
……ああ、そうだ。僕の自己紹介だった。
津月凛音。大嫌いな人の名前で、過去の僕のことで。
フィナ・ソード・ホリーク。大嫌いな人の名前で、今の私のことである。
全てを失って死んだあと、僕を助けようとしてくれた女神様のことを振り払った。
僕は救われていいような人間じゃない。と。
そのくせ、生まれ変わっても何もせずに、流されるがままだった。
親に無理矢理許嫁の人のところに連れて行かれて、その人を見て、死んでから生まれ変わってもずっと止まり続けていたような心臓の音がトクリと鳴った。
武家とは言えど貴族なのにボサボサの黒い髪、仕立てがいい服は雑に気崩されていて、一見すると怠惰な放蕩貴族の少年時代みたいな風にも感じるが、年齢の割に明らかに鍛えている容貌。
ふと、隣に座っている父が居住まいを直したことに気がつく。
貴族としての位は自分達よりも低い、自分の娘と同じぐらいの少年を前にして……無意識のうちに。
父は気づいているのだろうか、王都で陛下も参加するようなパーティの中よりも背筋が伸びていることに。
そんなどこか妙な懐かしさと威圧感を覚える少年は、私を見て瞬きを繰り返す。
その唇が動いたとき、ドクドクと心臓が深く鼓動したのを感じた。
嘘だ。そんなはずはない。だって、だって。
「津月凛音」
血が凍ったように、そう感じた。
その僕の名前を呼ぶときの優しい声色は、まさしくその人のものだった。
「グラスフェルト」
全身が固まるような、そんな感覚の中で声を搾り出す。
手足から血が抜けて、首を伝って頭に入り込む。座ることさえ難しいぐらいに感情が昂って手足から血がなくなって冷たくなっていく。
力が入らない。
僕が殺した。僕がこの人を殺してまで守ろうとしたものも守らなかった。
合わせる顔などあるはずがない。許されたいと願うことすら傲慢だ。
胃が縮こまり、何かを吐き出そうとするも、まだ何も食べていなかったおかげで吐かずにいられた。
謝るべきだ。……謝っていいのだろうか。
分からない。何も分からない。
力が入らないのに、心臓はうるさい。
ただ、ただ、罪悪感と自己嫌悪で押しつぶされそうなのに……確かに感じてしまう、この人への恋慕。
恥ずかしい。恥ずかしい。
今すぐにでも腹を掻っ捌くべきなのに、この期に及んで恋愛感情が心の中にある。
はしたない自分への嫌悪と羞恥。
驚いた様子の彼に連れられて部屋から出たとき、まるでそれは断頭台に足を運ぶ死刑囚のような……。
恐怖と罪悪感と羞恥がないまぜになったような感覚の中、彼に連れられてきた部屋で話をした。
会話の内容はよく覚えていないぐらい頭がぐちゃぐちゃになっていて、けど、彼はいつものハンバーガー屋さんのときと同じような調子で接してくれて……決意も、反省も何もかもがぐちゃぐちゃになって。
……わけもわからない、めちゃくちゃで、ぐちゃぐちゃな頭の中、彼と結婚することが決まった。
それを嬉しいと思う自分が、きらいだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「ん、ああ、いいぞ。すぐに始めた方がいいか?」
色々とレングとの交渉の準備をしてから、空いた時間を見て話に行くと、拍子抜けするぐらいに簡単に頷いた。
「……え、いいのか? うちの組織に入るの」
「目標が建国……といっても、こっちの手続きをちゃんと踏むなら新しい領地の開拓ってことだろ。んで、まぁ開拓もローなら出来そうだしな。たまに手伝うぐらいなら構わないよ。まぁ、休みが明けて学校が始まれば無理だけど。直近の計画の街一個救うってのも学校で自慢になりそうだ」
ええ……いや、ありがたいんだけど軽いな。
「けど、まぁ、条件として。魔物に征服された街を取り戻すにはそれなりの期間の戦闘になる。いくら俺やお前が強いと言っても、魔物をいくらか倒して疲れたら近くの街まで撤退、またやってきて魔物を倒す、みたいなやり方をしてもキリがない。戦力とそれを支える部隊を作ったらだ」
「……タイムリミット、学校が始まるのはいつだ?」
「二ヶ月後だな。行くのに一週間かかるから、家を出るのはだいたい五十日後ぐらい。家と港町の行き来で十日。まぁ、一月以内に仲間を集めたらだな」
「……根回しだけ頼むのはナシか? その後は俺がやる」
「流石に可愛い弟ひとりを戦場に送るのはダメだ。俺がついていくのは必須……というか、俺以上の戦力なんてこの街にはほとんどいないと思うぞ。期間は短くとも俺は利用すべきだ。あと、次に俺が帰ったころには荒廃が進むか、他のところが解決するかしてそうだからそれもナシだな」
ああ……まぁ、そうだよな。そうなるか。
薄々思っていたが、やっぱりレングって強いよな。
一月かぁ。一月……かなり厳しいというか、正攻法だと絶対に無理だろう。
時間さえあればどうにでも出来たが……。レングに頼るのは諦めた方がいいか。
……いや、まぁ、今はフィナがいる間に仲間を増やしたという実績を得たい。
フィナを仲間に引き入れる材料としても戦力や仲間を集めるのは必須だ。
「……分かった。あー、親父殿に街に自由に行く許可をもらってきてもらえないか?」
「婚約者の嬢ちゃんがいるんだから、デートの下見をしたいとか言えばいいんじゃないか? たぶん、それぐらいなら許可降りるぞ」
「ああ、まぁ、そうするか。よしとりあえず今日は許可をもらって街の下見までするか。この前は夜逃げだったから近場の街には行けなかったしな」
モノの方を向くと、モノはふんすっと気合いを入れる。
よし、やっていくぞ。
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