津月凛音に似ていない④

 フィナと再会した翌日、とりあえずもう一度彼女の泊まっている部屋に邪魔する。


「よし、じゃあ、これからの方針を決める会議を始めるとするか」

「わー、わー、ぱちぱち」


 俺の宣言にモノが小さな手でぱちぱちと拍手をする。


「えっ、なんです。なんで私の部屋で始めるんです?」

「では、異世界悪の組織会議の初回となる今回は、組織の基本方針と大目標と中目標と小目標、そして名前を決めようと思っている。あとは、これから具体的に何をするかだな」

「このまま続けるんです……? 私のツッコミはスルーして」

「いや、流石にお互い親の目もあるからここにいる間は没交渉というわけにもいかないだろ。だからさ」

「む、むぅ……まぁ、いいですけど」


 フィナは俺をぶっ殺したという負目があるため、あまり強く反対することもせず、俺達に場を明け渡す。


「まず最終的な目標は世界征服だ」

「おお……」

「おお、じゃないですよ。グラスフェルトの大口を間に受けちゃダメです」

「大口じゃない。んで、そのためにはとりあえず建国する必要があるからこれを大目標とする」

「建国……! 総統が王様です?」

「いや、政治体系は未定だ。まぁ、王政にするなら俺が第一候補ではあるか。この国の貴族だし、血筋とか分かりやすい方が揉めないだろうし。それなりのノウハウもある」

「国と組織だと全然規模が違いますよ、グラスフェルト」

「いや、小さな国よりも俺の組織の全盛期の方がよほど人口もいたぞ。まぁ土地もほとんど持っていなかったから、国としては成り立っていないが」


 まぁ、その辺りは官僚を抱き込めるかが重要だな。そこも含めて話をするか。


「モノ、それで建国についてだが、国とは大まかに三つの要素で成り立っている。それは人、土地、政府だ。粗っぽい言い方をすると「自分たちの土地で自分たちのルールで暮らせたらそれが国家」と言える」

「……じゃあ、この領地も国なの?」

「いや、ここはあくまで王様から任されている土地だからな。ルールも自分達で決められる範囲は少ないはずだから国ではない」


 モノは分かったのか分かっていないのか、こくりと頷いて俺を見る。


「それで、もちろんこの領地を国にしようとしたら間違いなくこの国が怒る。そんなことを許していたらみんなバラバラに出て行って国が崩壊するからな。だから、何かしらの方法で土地を得る必要があるわけだ」

「……む、むむぅ」

「今の第一候補は昨日津月……フィナが言っていた魔物に支配されている土地だ。今まで誰も入植していないことを考えるとかなり厳しいだろうが、内乱を起こして国を乗っ取るのは目的からして本末転倒だからな。第二候補は航海して新たな土地を探す……まぁ、これも厳しいと思うが、やる必要が出たらやるしかないな」

「じゃあ、調査をするんですね、総統」

「いや、調査や調べ物はあとでいい。というのも、それをするのにも人手がいるからな。時間は有限だ。人を頼れるなら頼った方がいい。というわけで、中目標としては国土となる土地を手に入れる。小目標として組織の運営が成り立つほどの仲間を集める。これからするのは屋敷の外で自由に活動出来る奴を勧誘するというところか」


 現状、俺の組織は俺とモノのふたりしかいない。

 最悪、家を出るという選択肢もあるが、貴族という立ち位置はそれなりにおいしい。


 この立場を手放さずに活動するためには、外部の協力者が必要だ。


「というわけで、まずは仲間探しだ。人手さえあれば俺がどうにでも出来る」


 俺がそう言うと、フィナが口を挟む。


「……実際、どうするつもりですか? 人を雇うのにもお金がないでしょう」

「実のところ、それなりに当てがある」

「……?」

「この前、ある港町が魔物に負けて人が避難して無人の地になっている。で、この国は魔物の被害があるから街は基本的に壁に囲まれている」

「……えっと、どういうことですか?」

「住める人数が明確に決まっているところに、人が大量に流入している。まぁつまり、住む場所もなくあぶれている奴がそれなりにいるはずだ」


 そういった意味ではモノはまだマシだ。

 どういう経緯なのかは分からないが、この屋敷の使用人としてそれなりの暮らしを出来ているのだから……まぁ、不幸など人と比べるものでもないが。


「住む場所を用意してやる。それだけで交渉になるだろ」

「……その住む場所がないから困ってるんですよね」

「ああ。でも、あるだろ? 解決すればそのまま住めるようになる土地が」


 モノが複雑そうに「ぁ……」と声を出す。


「その魔物を打ち倒せばいい。もちろん、それを実行する前にある程度の根回しが必要だが、今の俺の立場だとそれもある程度は可能だ」

「……子供の話を聞きますか?」

「ああ、だから、まず俺たちが口説き落とすのは、この屋敷の中にいて、ある程度自由の効く立場」


 モノも頷く。


「レング・ファル・アストロ。あいつを手に入れる」


 フィナは「誰……?」と首を傾げた。


「まとめると、立場的にも人格的にも戦力的にも全部アリなレングを仲間に引き入れて、政治的な根回しをしてもらって、港町の解放を条件にそこの権力の一部をもらい、そこを一時的な拠点として人を集めるという感じだな。まぁ、上手くやれば街の一角ぐらいは手に入るだろう」

「おお……」


 モノは俺の完璧な作戦を聞き、憧れの表情で俺を見る。


「題して「細かいことはレングに丸投げ大作戦」だ!」

「ぱちぱちぱち。流石総統」

「誰かは知らないけど、レングさんが可哀想」


 と、まぁ、具体的な作戦はこれでいいとして、あとはもっと重要なことを決めるところか。


「よし、じゃあ本題として、俺たちの組織の名前を決めよう。前の組織の名前を使ってもいいが、あっちとこっちだと結構方針も変わりそうだしな」

「元は何だったんですか? 総統」

「ブレーメンって名前だった。ブレーメンの音楽隊という童話が元で、人間に食われそうになったり捨てられたりした色んな動物たちが協力して逆に人間をやっつけて小屋を得るという話だ」

「へー、総統は物知りです」

「つまり、虐げられてきたものたちで力を合わせて現体制を打ち倒そうという名前だな。こっちだと、新しい土地を手に入れるつもりだから合わないだろう。虐げられた者に限らないしな」


 モノはこくりと頷き、うーんと考え込む。


「まぁ建国までの繋ぎだからそんなに真面目に考えなくても大丈夫だ」

「うーん……えっと、理想とか目的みたいなのがいいんですよね」

「いや、まぁ……そうだな、特にルールはないけど。同行という意味で、秘密結社アカンパニーとかどうだ? 同行のアカンパニーと会社のカンパニーをかけてみたんだが」

「うーん、思い浮かばないです」

「あれ、スルーされた……? モノに……?」


 そんなに……そんなにダメだった……?


 俺が落ち込んでいると、フィナがぽんぽんと頭を撫でてくれる。ちょっと嬉しい。


 名前を決めるのが一番難しいまだあるよな、と考えているとモノが少し遠くを見つめて、それから俺を見て頷く。


「……総統が故郷になってくれると言ってくれたのが、嬉しかったです。だから、総統の名前から少しもらって、グラスランド。あの一緒にいてくれた草原と、総統という私の故郷を合わせてみました」

「グラスランド……。そうか。じゃあそうするか。悪の秘密結社グラスランドだな」


 モノは照れたように顔を微かに赤らめて頷き、フィナが「婚約者の前で女の子を口説いてる……」と俺のことをじと目で見る。


 俺はモノを口説いてはないです。


「あとは……コードネームだな。俺がグラスフェルトと名乗っているように、本名を隠すための名前を付けていた方がいいだろう」

「えっと、自分で付けるんですか?」

「まぁ、基本的にはな。一応、前の世界では「利益にはならないが嬉しかったこと」を名乗るのを基本としていた。俺の場合、大昔に、フェルト生地……布で作ったコップをもらったことが嬉しかったのが元だ」


 モノは「うーん」と難しそうに頭を捻る。

 俺はフィナの方を見てから「そんなに難しく考えなくてもいい」と口にする。


「例えば、フィナさんならどんな名前になりますか?」

「えっ、私? 私は参加してないですけど……。さっき、ハンバーガーを用意してもらったの、すごく嬉しかったですけど」


 なるほど。ハンバーガーの用意……。


「……用意……レディ……。ハンバーガーレディ……で、どうだ?」


 フィナは真剣な表情を俺を見つめる。


「す……すごく嫌……」

「えっ、良くないか? ハンバーガーレディ。用意と女性のレディでかかってて」


 フィナは戸惑った表情で、狼狽えながら俺に言う。


「あ、あのですね。その……なんというか、えっと、僕……前世で、何度もグラスフェルトと会って、敵対していますし、お互いの立場があったので、気持ちを伝えるとか、確かめるみたいなことはしていなかったですけど。……両想いなのではないかな、など、思っていて」

「きゅ、急な話だな。……あ、あー、両想いかは知らないが、俺は、俺の方は……まぁ、その、惚れていたよ」

「……その、僕もお慕いしていました」


 ……えっ、何で急に告白を……と、考えていると、フィナは顔を赤くしながら貴族の令嬢とは思えない様子で立ち上がる。


「それはよかったです。勘違いだと、恥ずかしさと悲しさで逃げ出してました。それで……両想いの女の子に「ハンバーガーレディ」なんてあだ名つけます!?」

「えっ、いいだろハンバーガーレディ! 親しみやすいし!」

「ないですよ! 「この人クールぶってるけど私のこと大好きだろうなぁ」という長年の確信が揺らぐほどですよ!」

「そんなにか!? というか、俺からの好意を長年確信していたのか!?」


 マジか……。ええ……いや、まぁ……そりゃ、好きだったけども……本人にバレバレだったのは死ぬほど恥ずかしい。


 気づいていたなら言ってくれたら……。いや、まぁ、立場上結ばれることはあり得なかったわけだが……。

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