津月凛音に似ていない③

「そーとー、元気出しなよ」

「……元気だし、総統は元気」

「フラれて落ち込んでるじゃん……」

「フラれてないし」


 まぁ、いつも通り勧誘は断られたが、許嫁と婚約に関しては特に嫌がっている様子はなかった。


 つまり俺はフラれていない。

 ……俺と破談になったら知らない相手が代わりにくるから、それよりかはマシと思っただけかもしれないけど。


「大丈夫だよ。総統の隣には私がいるから」

「ありがとう。……けど、まぁ、津月の協力は得たいんだよなぁ」

「……ああいう、お人形さんみたいでおとなしそうな子が好み?」

「いや……津月はそういうタイプじゃ……。まぁ、モノからしたらそう見えるか」


 本当の津月はもっと明るい性格だ。

 今は後悔や無念で落ち込んでいるのだろう。


「……前世では敵対していたが、アイツはいい奴だし、信頼出来る相手だ。そして、強い」

「……私よりも小さそうだけど」

「まぁ、俺よりも後に生まれ変わったから、たぶんひとつかふたつ歳下の子だから今はそこまでかもしれないけど。……かつてのアイツは、本当に強かった」


 何せ……複数の組織の乱戦を、誰一人として殺さずに力づくで止められるほどだ。


 俺がアイツと頻繁に会っていたのも、俺を止められるのが津月だけで、津月を止められるのも俺だけだったからだ。


 ……結局、津月に負けたことが遠因で国や他の組織に捕まったり死んだ仲間はいたが、津月本人が殺したのは俺だけだったしな。


「しばらく滞在するみたいだし、話す機会も多いだろうからまた勧誘するよ。今回が無理でも、婚約者なら話す機会は多いだろうし」

「うん。頑張ってね」


 それにしても……時間の流れがおかしくない限り、俺が死んで一年程度で津月も死んだことになる……。


 やっと二十歳になったかどうか、それぐらいの年齢か。


 思うところはあった。

 かなりの時間、津月と争って、彼女の時間を奪い続けた。


「……まぁ、勧誘もほどほどにして、少し話を聞くか。チャンスはいくらでもあるわけだしな」


 うし、と、立ち上がって津月が休んでいる部屋に向かう。

 ノックをして返事がないことを確認してから口を開く。


「津月。入っていいか?」

「……はい」


 観念したような声。

 会いたくはないが、負目があるから会わざるを得ないという様子だ。


 無視されるのよりも、拒否されるのよりも、一番いやな状態だ。


 扉を開けて、モノと二人で部屋の中に入る。


 やっぱり津月には似ていない少女を見て、それから頭を掻く。

 何を話したものか、そう考えていると、津月は俺の方に目を向けずに口を開いた。


「僕に恨みは、ないのですか?」

「殺し合いの末に殺されただけだ」

「……殺し合いでは、なかった。だってグラスフェルトは殺そうとしませんでした」

「死んで、蘇って、後悔したよ。お前に俺を殺させて」

「……」

「ごめんな。お前に殺されて」


 ぽすり、頭を触る。

 拒否する様子もなく、津月は俺を見る。


「……ごめんなさい。ぜんぶ、守れなくて」

「……大丈夫だ。俺の後ろ姿も、お前の勇姿も、色んな奴が見た。世界が酷いことになろうとも、また誰かがどうにかしようとするだろうよ」

「…………」

「まぁ、色々聞きたいことはあるけど、地球の話は今はいいか。……この世界に来てからどうだ?」

「…………」


 返事はない。無視をしているというか、質問に困窮しているようだ。


 沈黙が続き、俺が話題を変えようとしたところで津月が口を開いた。


「……この世界は魔族と呼ばれる生き物に押されている。少し調べて、分かったのは、彼等にはプログラムのようなものが外部から貼り付けられた生物であるということ。魔法的なサイボーグと言ってもいいかもしれない」


 急に学問的な話というか……。聞いたのはそういうのではなく、もっと個人的なことだったのだが……。


「生体ロボットみたいなものだから、侵略するならそこがいいと思います。原住民もいないようですし。あなたが……この世界でも、グラスフェルトを名乗るなら」

「津月……」

「……フィナです」

「……?」

「僕の……いえ、私の名前です」

「いや……でも……」


 俺は今、どんな顔をしているのだろうか。


「私には無理です。知っているでしょう。決意が折れた異能力者は……到底、戦力になりません」

「そりゃ、知ってるよ。そういう奴は見てきた。決意の力である異能は使えなくなる。けど……」

「無理なんです。私には、全部、全部」


 少女はうずくまる。かつて世界を守ろうとしていた少女は、世界から逃げるように体を縮こめて。


「っ……けど、俺は、お前となら……!」

「僕となら、なんですか。こんな、ただのちっぽけな、ちっぽけな」

「でも、俺は津月が……」

「僕が、なんですか。……本当に、その後に続く言葉があるのなら、言ってくださいよ。……僕は言ったじゃないですか、好きだって」


 少女は俺にすがって、その瞳を向ける。


「本当に僕のことが好きなら、戦わないで、このまま、いてくださいよ」


 少女はそう言って、俺から逃げるように背を向ける。

 らしくない。本当に、らしくない。


「分かった。そうだよな。辛かったよな。……殺されて、ごめんな。……じゃあ、形式的な話だけ。……お互い変わり者扱いで親が婚約に困っている様子だし、このままでいいか?」


 少女は頷く。

 俗な言い方をすれば好きな女の子だった。

 歳は少し離れていたが、本気で尊敬し、憧れ、惚れ込んでいた。


 ……そんな子と再会して、婚約までした。


 なのに、嬉しくなかった。


 背を向けて扉の方に向かう。


「じゃあ、またあとでな。……フィナ」


 少女の名前を呼んで、そのままモノを連れて外に出る。


「え、えっと、よかったんですか?」

「……分からない。まぁ、元々、彼女に頼る予定ではなかったんだから元に戻るだけだ。計画に支障はない」

「……好きな人なんじゃ、ないんですか? その、見ていたら、分かります」


 モノが分かるほど、冷静さを欠いていたのだろう。


「……仮に惚れた女として、それと婚約したんだ。心配されることでもないだろう」

「それは……はい、その通りです」

「……まぁ、少し心配な様子ではあるしな。……よし、作るか」

「作るって……何をですか?」

「ハンバーガー。仲間に引き入れるのは別にいいけど、元気がないのは見過ごせないからな」

「……ハンバーガー?」


 頷きながら厨房の方に向かい、調理人に声をかけて厨房を借りる。


 知らない道具や食材もあるが、まぁパンとハンバーグさえ作れたら大丈夫だからなんとかなるだろう。


 よし……じゃあ……どうしようか。


「……どうしたんです?」

「いや、よく考えたら料理したことねえなって」

「……」

「……」

「総統はアホなんですね。……どんな料理ですか?」

「作れるのか?」

「お母さんの料理のお手伝いしてたぐらいです」


 期待するなと言いたげな様子で、けれども真剣な表情で調理道具を見ていく。


「えーっと、パンにハンバーグ……挽肉をこねて焼いたやつを挟む料理なんだが」

「それぐらいなら出来ますね。味付けは?」

「えー、塩胡椒とケチャップ……トマトを原材料にしたソースに、あと、ピクルス……酢漬けの野菜か。それに付け合わせに揚げた芋だな」

「……ふむ、とりあえず作ってみましょうか。再現出来るかは分かりませんが」


 モノが俺にも手伝うように言い、二人でバタバタと慣れない作業をしていく。

 モノはお手伝いと言っていた割に手際がよく、たまに俺にハンバーガーの話を聞きながら作っていき……。


「出来た! あんまり似てないけど、ポテトだけはいい感じだ!」

「……揚げただけですから。嬉しいでしょうか?」

「ああ、絶対に喜んでくれる、ありがとう!」

「私が聞いたのは……いえ、なんでもないです。持っていきましょう」


 せめてそれっぽくなるように盛り付けてフィナの部屋に運ぶと、フィナは少し驚いた顔をして俺たちを部屋に入れた。


「あの感じですぐにまた来るんですね」

「まぁ、仲間にならなくても、それはそれとして心配だしな。元気になってほしくて」


 ハンバーガーとポテトを差し出すと、少女はほんの少し驚いて、それから少し呆れたように笑う。


「グラスフェルト、本当にハンバーガー、好きですよね」

「えっ、ああ……まぁまぁ、それなりに。普通ぐらいに」

「……へっ? でも、いつも食べてましたよね。会うときも毎回そこだったし」

「えっ、いや、津月が好きだったから合わせてただけだったんだけど。どこで食べたいかって聞いてもハンバーガーでいいって言ってたし」


 二人で顔を見合わせて、合わせて首を捻る。


「えっと……私も、普通ぐらいですけど。脂っこいから、日によってはちょっとしんどいかなってなるぐらい」

「えっ、じゃあなんで毎回どこに行くって聞いてもハンバーガー屋って答えたんだよ」

「いや、グラスフェルトが好きだから……特に何も言わなかったらそこでしたし、好きじゃないならなんでそこばかりだったんです」

「津月が好きだから……」


 お互いの顔を見合わせる。


 俺が食事の場所を決めるときは、津月の好物だと思っているハンバーガーの店にしていた。


 そのせいで津月は俺の好物がハンバーガーと勘違いして、津月が決めるときは毎度ハンバーガーだったわけだ。


 それで、また俺が「こいつ本当にハンバーガーが好きだな」なんて勘違いして……。


「はは」

「えへへ」

「……なんだよ、それ。あー、バカみたいだ」

「えへへ。……いただいてもいいですか?」


 津月は笑いながら、目尻にほんの少し涙を溜めて、パクリと不恰好なハンバーガーを齧る。


「……ハンバーガー。美味しいです。いま、好きになりました。すごく」

「……なら、ふたりで作った甲斐もあった」


 何も解決していないし、少女の目にはまだ影が残る。

 けれど……まぁ、今は少しだけ明るい表情をしてくれているから、それでいいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る