津月凛音に似ていない②

 ◇◆◇◆◇◆◇


 別組織の長である雷使いの男を倒して数日、街をぶらりと歩いていた。


 久しぶりの休日であるが……何をすべきなのだろうか。


 休むことは得意じゃない。

 ある程度立場があると、休んでいるうちに仲間が死んでしまうかもしれない、休んだせいで組織が不利になるかもしれない。

 そう考えてしまうからだ。


 けれども、まぁ、部下に「休め」「休め」と何度も言われて、職場から追い出されてしまえば休まざるを得ない。


 何をしたらいいのかも分からずに街を彷徨っていると、ハンバーガー屋が目に入る。

 ……そういや最近行ってなかったな。


 何となく入り、期間限定とやらのハンバーガーを頼んで、外が見える二階の一人がけの席に座る。


 そういや、休むのなんて学生のころ以来だな。久しぶりすぎて何をしたらいいのか分からない。


 ポテトをつまみながら何をしたものかと考えていると、窓の外に高校生らしい少女が帰宅しているらしい姿を見つける。


 長い綺麗な黒髪が揺れる姿は仇敵である津月凛音を思い出させられる。

 あの子もこれぐらいの年齢だったような。


 ……いや、というか本当に津月凛音じゃないか……? 


 と考えていると、窓の外の少女がふとこちらを向いて目が合う。


 津月である。何度も何度も戦い、煮湯を飲まされてきた少女である。


 えっ、なんでこんなところにいるの? と考えていると、津月凛音はバババッと走ってハンバーガー屋の中に入ってきて、息と制服を乱しながら俺の元にやってくる。


「こんな街中まで何の目的ですかっ! グラスフェルトっ!」


 ぴしっと俺を指差す。


「いや、普段から街中にいるよ。森にいる獣でもあるまいし……」

「何の用で姿を現したのですかっ!」

「いや……ハンバーガー食いに」

「……ハンバーガー?」

「ハンバーガー」


 津月凛音はトーンダウンして、とてとてと歩いて俺の隣の先にポスリと座る。


「……あの、本当にハンバーガーを食べに? 悪の組織の首魁なのに……?

「ハンバーガーぐらい食うよ……」

「……」

「……」

「生活圏、被ってたんだ」


 そうだな……。

 近くの高校の制服らしいものを着ている少女を見て、どうしたものかと考える。


「……この前は、助けてくれてありがとうございました」


 ぺこり、津月凛音は頭を下げた。


「危ない目に遭って、怖かったんだろう。もうヒーローの真似事はやめて、普通の高校生に戻った方がいい」

「……貴方が普通に戻るなら。僕も一緒に戻りますよ」

「やるべきことがある」

「僕も同様です」


 はぁ……と、ため息を吐く。まあ、この場で戦うようなことはするつもりがないようだし、食ったらさっさと帰るか。


「ハンバーガー、好きなんですか?」

「ん、ああ。まぁ、そうだな。……いつでもどこでも、同じ味というのがいい」

「……?」

「世界征服の味がする」

「……もう、やめませんか? それ、言いたいことは分かります。今の社会に問題があるのも、あなたが善人なのも」


 俺のちょっとした冗談にマジでダメ出しされた……? と考えていると、彼女はジッと俺を見つめる。


「あなたはいい人です。だから現状に怒り、過去を悲しみ、未来を憂うのでしょう。……目の前の人間を殺すことさえ出来ないくせに」

「……」


 俺が答えずにいると、津月は立ち上がって階段を降りていく。

 ……帰ったか、と、窓の外を見ているが、なかなか津月が出てこない。


 不思議に思っていると、パタパタと足音が聞こえて、ハンバーガーのセットを手に持った津月が再び俺の隣に座る。


「話しましょう。とことんと」

「……話し合えば分かるとでも? その言葉を口にするやつは、大概が「無知蒙昧の相手に啓蒙してやろう。相手は悔いて謝り、改めるはずだ」と考えている」


 津月は首を横に振る。


「僕が聞きます。あなたの話を」

「……えー」

「それなら文句がないはずです! 前にも

 僕が欲しいだのなんだの、何度も言ってきたじゃないですか!」


 わーにゃーと騒ぐ少女を見ながらジュースを口に含む。


「あれだけ会うたびに口説いてきたんですから、いつもみたいにきたらいいんです! 口説かれてやるって言ってんですから」

「やめろ……。俺が女子高生を口説いてるみたいになってるだろ……」

「今更ですよ。なんなら僕が中学生の頃にも言ってたじゃないですか」

「やめて……。周りからすごい目で見られてるからやめて……」


 ああ、そうだ。津月凛音はこういうやつだ。

 騒がしくて、鬱陶しくて、堂々と自分が正しいと思ったことをするし、助けられるなら敵でも助けたいと願う。


 ……だから、思うのだ。思うのだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 津月凛音に似ていない。

 明るい笑顔も騒がしい口振りもない。


 もちろん顔立ちどころか見た目の全てが変わっているし……そもそも性格も見た目も仕草も、何もかもが違う人物を見て俺はなんでこの少女を津月凛音だと思ったのかすら分からない。


 けれども、何故かは分からない確信があった。


「津月凛音……」


 少女の目が開いて俺を見る。

 彼女もまた、分かるはずもない俺の姿を見て、瞬きを繰り返す。


「グラスフェルト。……ぁ、ああ、あああ……な、なんで。ご、ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい」


 何故かは分からないが、けれども、確かに。

 俺と津月は、何もかもが変わったはずのお互いを見て、それがかつての仇敵であることを理解した。


 俺たちの親は二人とも不思議そうな顔をして見合わせて、俺はそれを無視して津月の方に向かう。


 ぴくっと肩を揺らした少女を見て、親が庇うように俺を見る。


「……突然ですまない。少し、彼女と話をする時間をもらえないか」

「いや……内気な娘でね。ご迷惑をかけてしまうかもしれない」


 父親は娘の怯える仕草を案じてそう言うが、津月はそれを見て首を横に振る。


「……いえ、その、私も、彼と話したいです」

「いや、しかしだな……。分かった。まぁ、当人同士で話したいこともあるだろう」


 立ち上がった津月を連れて、今の時間にはあまり人がいない食堂に向かった。

 その間、彼女は何も言わない。かつての彼女であれば嫌になるぐらい騒いでいただろうに。


 絹糸のように光を浴びて輝く長い白髪。

 繊細な美術品のような綺麗な顔立ち。宝石の瞳を不安げに揺らした。


 背は低く、体は小さく、かつてほどの年齢差はなさそうだが、俺よりもいくつか歳下に見える。


 逸る気持ちを抑えて、二人で椅子に座る。それから、我慢出来ずに呼吸をおく間もなく俺は尋ねた。


「世界は、俺の死んだ後の世界は、どうなった。救われたのか。少しでも、微かにでも、マシに……!」

「…………ごめんなさい。ごめんなさい」

「っ……!」


 分かる。分かってしまう。

 押し付けるような謝罪の言葉でそれを理解してしまう。


「……もう、ハンバーガーも……食べられないです」

「…………そうか。ああ、そうか」

「あなたを、殺してまで……守ろうとしたのに、全部、全部、めちゃくちゃで」


 ……ああ、上手くはやれなかったか。


 おおよその察しはついた。

 管理社会とその腐敗。俺はそれを善悪を無視して強引に、津月は人を守りながらゆっくりと、その変革を臨んできた。


 俺との戦いに勝ったのは津月であったが……けれども、それに不満に思うものたちは、俺たちだけのはずがない。


 似たような悪の組織や正義の味方は数あって、民衆の不満にかこつけて火事場泥棒のように暴れる者や、ドサクサに紛れて権力を簒奪し成り上がろうとする者、善意はあれども道を間違えた者、いくらでもいた。


 俺がいなくなったことで、パワーバランスが大きく崩れた結果、乱世のようなことになったのだろう。


「……ごめん。ごめんなさい」


 何と声をかけたらいいのだろうか。


 津月は耐えられないようにボロボロと涙をこぼす。


「……お前ほどのやつが、どうにも出来なかったのだろう。なら、誰にもどうにもならない」


 思うところはあった。

 ないはずがなかった。何度も何度も繰り返し必要を説いて……これ以上悪くならないように現状を変えるべきと語り続けた。


 津月はそれでも今の平和を守って血を流さずにいたいと言い。……そして、それが、これか。


 だが、分かっている。津月の代わりに俺がいても、上手くはいかなかっただろうと。

 俺がそう思っていると、少女は小さな自分の手を開いて、閉じて、それから俺を見る。


「……あなたが、グラスフェルトが正しかった。私が、僕が、間違ってた。全部、全部」


 懺悔なのだろう。自分を許すことが出来ずに、ただ罰を欲しがって俺に縋っているのだ。


「僕は、世界を守れなかった」


 弱く、小さく、怯えている。

 その姿はやっぱり、津月凛音に似ておらず。けれども、死んでなおも背負い続ける姿は俺の知っている彼女のものだった。


 だったら、俺が言うべき言葉は決まっていた。


「津月凛音。お前が欲しい」


 前世で、地球で、何度も何度も繰り返し言ってきた言葉。

 それをまた口にした。

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