津月凛音に似ていない①
「そうとー。そーうーとーうー」
「……んぁ? おー、モノか。おはよう」
あれから、俺達は目的だった港町まで行かず家に帰った。
振り回してしまったレングは怒ることもせずに「そうか」とだけ言って納得したようにモノの髪留めを見ていたのが印象に残っている。
あと親父殿から三人まとめてバチクソ怒られた。
それからのモノは家にいる使用人の真似をしているのか、やたらと俺の世話を焼きたがるようになった。
今もその一環なのか、俺が寝ている布団をパタパタと叩いて起こしにきていたりと、まぁそんな感じだ。
親父殿たちからしてもあまり人の言うことを聞かない俺がモノの言葉には従うのは都合がいいのかモノの思う通りにしているようだ。
「当主様からの「食堂で一緒に食べよう」とのことです」
「あー、またお説教か? 適当に断っといて」
「ダメですよ」
「……なぁモノ、その話し方どうにかならないか? 堅苦しいんだけど」
「ん、ダメです。総統の専属のメイドにならないとダメなので、頑張らないと」
「専属とかそういう制度あるのか……? まぁいいや、ふたりのときは別に必要ないだろ?」
モノは少し照れたような表情で、こくりと頷く。
「うん。総統」
「それで、着替えるからちょっと出ていってくれ」
「手伝うよ?」
「いらない……。というか、将来的にこの家からは出ていくつもりだから、専属どうなこうのって言っても仕方ないぞ」
「ついてく。どこいくの?」
「あー、まあ、そうだな。まだ名前もない国に」
モノは不思議そうに首を傾げる。
「いずれ建国するからな」
「……うん、ついていく」
ほんの一瞬だけ考えて、モノは頷いた。
そんな簡単に頷いていいことでもないだろうに、そう思っていると、モノは出ていきながらスッと俺に視線を流す。
「だって、あなたのとなりが、私の故郷ですから」
いつもよりも少し落ち着いた、大人っぽい笑みでモノは言う。
「……そういやそうか。……いい故郷にするよ」
服を着替えてからモノに連れられて食堂にくると、既に待っていた親父が「おー」と軽い感じで俺とモノを呼ぶ。
「おはよう。親父殿、何の用だ?」
「可愛い息子と飯を食いたいって変でもないだろ。執務も落ち着いたしな」
「……まぁ、そういうことなら」
軽く椅子を引いてモノを座らせてから俺も座ると、親父殿は少し驚いた様子で俺を見る。
「あー、微妙に切り出しにくくなったな。……あ、そうだ。レングとの決闘に勝ったって聞いたけど、どうやったんだ?」
「単に俺の方が強いだけだけど」
「いやー、んー、まぁ手加減はしてたんだろうけど、レングはアレでも学校で主席をキープしてるからな。どれだけ油断してても無理だろう」
……まぁ、異能力と魔法の相性差は大きかったけど。
「学校か……」
「おっ、興味あるか?」
「まぁ、多少は。相続とか長男がする形で、次男のレングは別の仕事……おおよそ、軍事や官僚というような関係のことをするから通ったって感じだろう」
「あー、詳しいな」
「まぁ様子を見たら何となくはな」
おそらく、貴族の子弟が縁を結ぶ場所という側面が強いのだろう。
将来的に人材はほしいので、コネ作りのために通うのもなしではない。
「まぁ、学校は追い追いでいいだろう。結局、本題があるのだろ?」
「飯を食うのが本題ではあるけど……。まぁ、ほら、家出をする前にも話した許嫁の話だ」
俺は運ばれてきた朝食を受け取りながら軽く礼を言い、それから親父殿の方を見る。
「まったく、その婚約は家と家の繋がりを作るためのものだろう? 俺だぞ? むしろ縁が破壊されるだろう。俺だぞ?」
「なんでお前はそんなに偉そうなんだ……?」
親父殿は貴族とは思えないような雑さでパンを掴んで齧る。
「まぁ、平気だ。そもそもウチは武官寄りの家系だから、強ければ細かいことは問われない。どうやったのかは分からないがレングを下せるお前なら問題ないし、それに……」
親父殿と同じようにパンを齧っていると、親父殿は少し気まずそうに目を逸らす。
「まぁ、その子も少し変わり者らしいから、あっちも大目に見てくれるはず」
「…………なんで目を逸らす」
「いやぁ、まぁ、うん、まぁ。……少し暗い子らしいけど、仲良くな?」
いや、俺は小目標として建国しなければならないからそんな暇は……というか、流石に色々とまずいだろう。
断ろうと考えていると、親父殿は軽く笑う。
「まぁ、昼にはこっちなら着くからさ。軽く案内してやってほしい」
「……昼?」
「ああ」
「い、言えよ。もっと事前に……!」
「言う前にお前が家出したんだろ……!? こっちはもう冷や汗ダラダラだったんだからな!? 遠方から来てもらってるのに本人が不在って自体になりかけていて。とにかく、しばらくここに滞在するから子供同士仲良くしろ」
いや……俺は中身は子供じゃないし……。他にもやることが色々とあるのに許婚と言われても。
ああ、けど、まぁ……いつかはあっちから破談の申し込みをしてくるだろうし、無難にこなせばいいか。
そう考えていると、きゅっと小さな手が俺の服をつまんだ。
「どうかしたか? モノ」
「……なんでもない、です」
「ならいいが……はあ、仕方ない。まぁ、軽く家の案内はするけど、期待するなよ」
「ああ!」
期待するなという言葉に対していい返事をするんじゃない。
まぁ俺が悪かったところもあるわけだし……。とりあえず、無礼にならない範囲で「コイツ終わってんな、死んでも結婚したくねえ」と思ってもらって穏当に話を流すのが一番だろう。
色々と策を練りながら、日課のストレッチとランニングを終えてこの前の旅の残りの乾パンと干し肉を齧っているとモノがパタパタとやってくる。
「総統っ! もう来ちゃいました! 急いで汗を流してきてくださいっ!」
「えっ、早いな。まぁ、しばらくは親父殿が話すだろうから急がなくてもいいだろう」
パタパタとモノに押されて、水浴びをして服を着替える。
適当に身だしなみを整えてから、再びモノに押されて応接室へと向かう。
廊下で立ち話をしていたメイド達が「随分暗い子」とか「元気がない」と話しているのを耳にする。
彼女らもひとめしか見ていないだろうに、それが分かるほど大人しいのだろうか。
少し心配になってしまいながら扉を開けると、ちょこんと、人形のような綺麗な白髪をした少女が座っているのを見る。
俺はそれを見て「似ていない」……と、そう思った。
考えた自分でも意味が分からない感想だった。
例えば事前に「どこの○○に似ている」だとか「○○さんの娘さん」のような情報があれば、似ていないという感想もおかしくはないが、何も事前に聞いていない中で「似ていない」という感想はおかしなものだ。
けれども、もう一度人形のように可愛らしく、おとなしい少女を見ても、また思うのだ。
「似ていない」と。
「おー、ロー、どうしたどうした、別嬪さんだから見惚れたかぁ?」
親父殿の言葉を無視して、俺が入ってきてと反応を寄越さない少女を見て考える。
誰に似ていないんだろう。
白い髪と灰色の瞳。幼いながらも整った顔立ち、表情が薄い様子。
「津月……津月凛音……?」
「……へ?」
許嫁の少女は津月凛音に似ていなかった。
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