君の故郷に続く道⑨

 この幼い体は弱くて損ばかりだが、いくつかいいこともある。

 そのひとつが、他者に警戒されにくいことだ。


 幼く弱い、だからこそ、警戒されずに懐に入ることを許される。

 ……だと言うのに、だ。


 支部長と呼ばれた女性は俺たちに「謝りたい」という理由で近くの公共施設のような場所に呼び、それに従った。


 そして向かい合う支部長だが……明らかに、油断していない。

 正確には子供を相手にしている「フリ」をして油断しているように見せているが、細かい場所で警戒が見て取れる。


 男が息を切らせていて俺が余裕そうだったからか? だとしても過剰なような……。


「私はこの街の冒険者ギルドの支部長をしているレイだ。私の部下のバカがすまないね」

「……冒険者ギルド?」


 と、尋ねながら女性を見る。

 紙とペンを取り出して俺に何かを説明しようとする様子を見て、違和感が確信に変わる。


 これは明らかに時間稼ぎだ。普通の手続きなら、さっさと謝ってこちらに事情を聞き、場合によっては手土産を持たせて帰らせる程度だろう。


 ものを知らない子供の社会科見学などする意味がない。

 こちらの様子を探っている……何故だ? 今世ではそんな目を付けられるようなことはしていないはずだが。


 ほんの少し、焦げた匂いに気がつく。


 ……なるほど、地龍か。

 大した奴ではないと思っていたが、アレがそれなりの脅威であると仮定すると納得がいく。


 俺たちが倒した地龍を見つけて、ここにいる戦士では倒せないから部外者だろうと考えたのだろう。


 子供である俺が討伐者であると考えたのは少し不思議だが……。


 いや、違うな。逆か、この世界のような魔物の脅威が身近な世界だと戦士の需要や立場は大きいものだろうし、街にいないようなレベルの強者が知られていないはずがない。


 そう考えると、他国の者や歳若く今から名をあげる者である可能性が高く、むしろ大人よりも子供の方が討伐者の可能性が高い。


 そこに丁度、大人の男と争って制圧している子供が現れたことで俺が討伐者であると判断した……というところか。


 なかなか判断が早くて優秀だな。少し部下に欲しい。


 ……で、尚且つ、俺に討伐者であるかどうかを確かめないのは……と、色々と考えてから頭を掻く。


 いや、違うな。そもそも俺が優先すべきはモノのことで、ここで政治ごっこを楽しむときじゃない。


「……なるほど、冒険者ギルドという名前だが、正確には複数の業種の仲介所か」

「そうそう。興味あるか?」

「……いや、この子も怖い思いをしたところだし、早めにお暇させてもらおうかな」

「……そうだね。すまなかった。アレには私からキツく言って……いや、しばらく監視をつけておこう」


 ……まぁ、出来たら俺も力になってやりたかったが、今はモノが優先だ。

 屋敷にいた頃のように縮こまっているのは、あの男が怖かったからか、それともバツの悪さからだろうか。


 チラチラと俺の顔色を伺っているのに、けれども服の端をつまんでいる様子を見ると、その両方だろうことが分かる。


「……じゃあ、また暇なときにくるよ」

「ああ、いつでも歓迎しているよ。……ああ、張り紙とかもあるから見ていったらいい」


 少し不自然な話の流れに釣られて掲示板の方に目を向けると、地龍の討伐者にギルドから報奨金を出すという旨のことが書かれた紙が貼ってあった。


 普通にバレてるな……けど、無理に押し付けてくるつもりもないらしい。

 ……レングに金を出させてしまったのでその補填はしたいが……勝手なことはしない方がいいか。


「この張り紙、もらっていっていいか?」

「ああ、どうぞ」


 適当にポケットに入れて、それから小銭を見る。


「……モノ、ちょっと付き合ってもらっていいか?」


 モノは俺の顔色を伺いながら頷く。


「……どこいくの?」

「いい店をさっき見つけてな」


 人通りの多い道を歩いて、来た道を戻っていく。

 雑多な人の喧騒の中、モノは小さく口を開く。


「怒ってないの?」

「……いや、謝るのは俺の方だ。モノには、味方がいると分かってほしかった。だから……たぶん、生きてないだろうと分かっていながら、連れてきたんだ」


 そんな俺の言葉にモノは少し驚いて、少し怒って、少し悲しんで……それから、ほんの少し、ほんの少しだけど嬉しそうに俯いた。


「……お互い様、だったんだ」

「そうだな。……すまなかった」


 モノは無言で道を歩く。

 俺よりも少し前なのは、モノの足取りが軽いのか、俺の脚が重いのか。


「……お母さん、死んじゃったの」

「……ああ」

「みんな、みんな、走って逃げて、私が転んで、けど、みんな走って、押して。……魔物じゃないの」


 モノの目からは涙が溢れていく。

 いつのまにか足はモノに追いついていた。


「お母さんを殺したのは、みんなで、私だった。転けて、後から来た人から踏まれていた私を守ろうとして、ギュッと抱きしめてくれて。……でもみんな、足元なんて見てないし、後から後からたくさんの人がくるから止まれないし」


 ……いわゆる群衆事故だったのだろう。

 パニックと密集により、人が雪崩のように押し寄せて圧死して事故はままあるものだ。


 けどそれは、ただ外敵に襲われて死ぬことよりも残酷かもしれない。


「いつもいる場所が、知っている人が、私達を踏んでいくの。……お母さんは、ぎゅっと私を庇って。……私のせいで」


 ああ、彼女は、モノは……親だけじゃなく、故郷を失ったのだろう。


 知っている。愛していた街が壊れていく。知った人も知らない人も走り、怯え、踏んで、踏んで。


 震えているモノの手を握る。


「……そうか」


 小さな手は冷たく頼りない。


 ……裏切られたと思ってしまうだろう。街の人達もパニックになっていて、後ろから押されて止まれなかったと分かっていても、許せるようなものではないのだろう。

 みんなも、自分自身も。


 故郷の土地が荒れて、故郷の人を恨んでしまえば……もうそこはきっと、故郷と呼べるものではないだろう。


「約束、半分は守れなかったな。お母さんのところには行けないから」

「……半分?」

「故郷に連れていくって言っただろ」


 モノは、俺の手を握り返す。それは俺を頼っているというよりも嫌がっているように思えた。


「……モノは、そこが故郷とは思えないんだろ」

「……うん」

「だったらさ、俺が故郷になるよ」

「……へ?」

「俺がモノの故郷になる。約束は守るよ。これからずっと」


 モノに俺の言葉の意味が伝わったのか、それとも伝わっていないけど、味方であると分かってくれたのか。


 握っていた手の温度が少しだけ暖かくなる。


「……うん。……うん」


 ポロポロとモノの目から涙が溢れていき、俺の方に身を寄せて、俺を抱きしめるようにわんわんと声を上げて泣く。


 俺は背中をさすり、大丈夫だと声をかけ続ける。


 どれだけの時間、モノは泣き続けたのか。

 泣き止んだけれど、それは疲れて泣く体力もなくなったからだろう。


 目を真っ赤にして息を荒くしたモノの手を握って、もう一度笑いかける。


「帰るか、家に」

「うん。……帰りたい」

「ああ、そうだ。帰り道に寄ろうと思ってた店があってな」


 モノの手を引いて、装飾品を並べている露天商のところにいく。


「ほら、指輪とか髪留めとか。これなら、帰り道に手が塞がったりしないだろ」

「……いいの?」

「ああ、レングの金だしな。……と、言いたいけど、まぁこの分は旅とは関係ないから後で返さないとな」


 モノはくすりと笑って、それからジッと並んでいる髪留めを見る。


「指輪とかはいいのか?」

「ん……ブカブカだと思う」

「ああ、そりゃそうか」


 モノは涙でくしゃくしゃになった目を擦りながら動かしていた視線をピタリと止めて、それから、俺の方を見る。


「……これ、いい?」


 小さな蝶の意匠があしらわれた髪留め。値段からしてイミテーションであろう赤い宝石がほんの少しだけ飾られている


「これでいいのか?」


 モノは俺と髪留めを見比べて、それからぎゅっと握りしめる。


「うん。これがいい。私は、これがいい。ちょうちょ、好きになったから」


 モノは購入したそれを髪に付けて、それから「えへへ」と笑う。


 モノの笑顔はこの旅の間に何度も見たはずだけど……。不思議と、この瞬間のその笑顔が初めて見たようなものの気がした。


 宝石みたいな涙を目の端にためて、キラキラと日の光を反射させて、雨上がり虹のようで、俺はすこし見惚れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る