君の故郷に続く道⑦
冒険者とは名ばかりで、ここに所属しているものは日雇い労働者と傭兵の間のような人間ばかりだ。
世間的には面倒な半端なならず者紛いの荒くれ者たち。……けれども、冒険者ギルドの支部長の立場である私からすれば、守らなければならない者たちで、それであり尊敬すべき戦士たちだ。
何故ならば、魔物と戦うことは恐ろしいからだ。私もかつてはそれをして、心が折れて逃げて事務方に回ったという経緯があるために……。
部下というのと横並びに、尊敬すべき者という考えが強く……だからこそ、そんな彼らを捨て駒として扱うことはしたくなかった。
机の前で拳を握って息を吐く。
依頼の発行。それをすればいいだけだ。
運が良ければ死なないだろう。死んでも彼等の判断ミスだ。
……そんな風に割り切れるはずがない。私の手が止まっている中、ノックもなしに扉が開く。
「支部長。報告です。街道沿いに目撃情報の出ていた地龍の件なのですが……」
聞きたくなかった言葉だ。
龍という強靭で残忍な魔物。
「分かっている。……だが、どうしようもないだろう。まさか目撃情報だけで領主様に陳情を寄越して騎士を派遣してもらうわけにもいかない。かと言って、地龍に対処出来るような銀級の冒険者もこんな辺境にはいない」
せめて被害が出ていれば……。という言葉が浮かび、それを噛み潰す。
それを言うわけにはいかない。被害を出さずに、対応するのが仕事なのだ。
机の上に手を置き、グッと握りしめる。
「あの……支部長」
「分かっている。最善は尽くす……。だが……何人犠牲になるか……!」
「いえ、その、その地龍なのですが……。討伐されていました。何者かに」
「……は?」
「他の依頼で近くを通った冒険者が地龍の焼死体を発見したとのことです。こちらが、その冒険者が発見した龍の牙です」
職員の男が布に包まれた牙を抱えて私に見せる。
焼き焦げている……。だが、間違いなく他の生き物ではなく龍の牙だ。
目撃例の地龍の大きさからしても、この牙は件の地龍で間違いなさそうである。
「……焼けている」
「はい。報告によると、おそらく二度の火炎系統の魔法による焼死だろうと」
淡々と報告する部下に一度目をやって、再び牙に目をやる。
「それにしても、支部長。依頼料を出す必要がなくなりましたね。ギルドの予算もカツカツなので助かりました」
「……そう言えば、お前は冒険者あがりではなかったな」
「えっ? ああ、はい。それがどうかしましたか?」
「あまりにも淡々としているからな。龍のことを知らないと見える。……この大きさの地龍を倒せるものはこのギルドにいない。銀級の上位から金級の下位のパーティでやっとというところだ。宮廷魔導士や、国立学校の主席レベル、貴族が面子のために客人として抱える程度……。まあ、一握りの強者がやっとだ」
部下の男は感心したように頷く。
「へえ、それはすごいですね」
「まだ分かっていないようだな。……二発だぞ、そのレベルの化け物を、たった二発で仕留めている。この国にそれが出来るものは片手で足りるほどしかいないだろう。加えて、火属性の魔法使いとなると……数年前に亡くなられた【焦土】のロンベルカ様ぐらいしかいなかったはずだ」
彼は息を飲み、私の目を見る。
「世間的には知られていない英雄級の魔法使い。だが、隠れるつもりもないようだから世間と敵対する意思は見えない。簡単に金を手に入れられるだろうにそれもしない。……世捨て人に近いような人間か、あるいは金銭の価値に疎い幼い子供か、遠い異国の人間か、貴族のお抱えか、といったところだな」
「……極端ですね」
「何にせよ。敵対はまずい。非常にまずい。おそらくは消極的な味方だ。敵対することは国益に反する行いとすら言える。依頼の金が浮いたと考えるのはなしだ。ギルドに張り紙をして軽く探してもらう。だが、探しすぎもダメだ、大事になるのを嫌っている可能性がある」
息を吐き、頭を抱えながら口を開く。
「ギルドと公的な場に張り紙と、報酬は出さずに情報提供を求める、あと地龍を回収して頭蓋骨辺りを広場に飾る……ぐらいだな。それ以上は不興を買う恐れがある」
「抱え込まなくていいんですか?」
「こちらが渡せるものがない。ここで渡せるようなものを欲しがるなら数年ぐらいなら抱えられるかもしれないが、すぐに王都に移るだろう。継続性が望めないなら、あまり意味がない。別の土地に抱え込まれても同様に王都に行くだろうし、ここに引き止める意味がない」
面倒ごと……ではあるが、ありがたい。仲間を失うことなく終われたのは、これ以上ないぐらいにありがたい。
「相手は善良だ。こちらも善良であれば味方であれる。そうだな、街道を進んできたならこの街に来ている可能性が高い。……ああ、そうだな大通りの掃除でもして帰るか」
◇◆◇◆◇◆◇
「総統、そーうーとーうー、おーきーてー」
「うぅ……野宿じゃないベッドなんて久しぶりなんだからもっとゆっくり寝かせてくれよ……」
身体を起こしながらそう言うと、モノは元気にぴょこぴょこと跳ねる。
「朝ごはん食べに行こ! 総統!」
「俺はいいよ……」
「なんか元気ない?」
「……ああ、まぁ、あの炎、出しすぎるとな。精神エネルギー的なあれだから」
決意の力である異能は使えば使うほどに精神が消耗する。とは言っても放っておけば治るものだし、好きなことをしていれば回復も早まる程度のものだが……。
この前のデカいトカゲへの二発の炎弾と、野宿の際の灯りに使うなど、少し雑に使いすぎた。
おかげで多少は勘が戻ってはきたが……出ない。やる気が。
全身でだらけていると、モノが俺の手を引っ張ってベッドから引き摺り降ろす。
「うあー」
「もー、全然起きない」
「……これは重症だな」
ベッドからずりずりと身体が落ちていき、メイド服のモノを下から見上げるような形になる。
モノは少し俺の方を見たあと、顔を赤く染めながらパッとスカートを抑える。
「……」
「……そ、総統。み、見えてる?」
「見えてるな」
「そ、総統のえっち」
俺が……この悪の組織の首魁である俺がえっちだと……? と、反論しようかと思ったがやる気が出ないのでやめておく。
「あー、何か買ってこようか? えっちローは休んでおきたいんだろ?」
「うい。出ていく前に俺をベッドに戻してくれ」
「自分で動け。モノちゃんはどうする?」
「総統がこの状態だから見ておかないと……」
レングは仕方なさそうに一人で出ていき、モノは俺の両肩を持って「んー、んー!」とベッドに戻そうとする。
「モノ、無理をするなよ」
「自分で立って戻ってくれるの?」
「俺はこのままここで過ごそうと思う」
「そんな決意しないで」
ぐーっと引っ張られるが、モノでは持ち上げるのは無理そうだ。
仕方なく立ち上がろうとすると、モノは俺の動きに気が付かなかったのか立ち上がった俺を引っ張ったせいでポスっとベッドに倒れて、それに引かれて俺もその上に倒れ込む。
「ぴゃっ!? そ、総統!?」
「おやすみ……」
「寝ないで! 退いてからにしてっ!」
「割とあったかくて寝心地がいい……」
「も、もう! もう!」
モノはそう言うが俺を押して脱出することはせずに縮こまってされるがままになる。
……割と元気が出るな。思ったよりも異能の力や精神力が早く回復しそうだ。
レングが戻って来る前に身体を起こしてぼーっと窓から入り込む日の光を浴びる。
そうしていると顔を赤くしたモノがちょこんと俺の隣に座り、腕と腕がくっつく。
「……総統。元気出ないの?」
「あー、まぁ、あと数時間はたぶんマトモに動けない」
「……どうしたら、元気出る? 私、なんでもするよ。総統のためなら」
ふんす、と胸の前で腕をぎゅっとしてモノは言う。
俺のために何かするのではなく、自分のために何かして元気になってほしいが……。
まあ、いいか。
「……昼から、ちょっと散歩するか。レングが心配するから近くの大通りを少し歩くだけだけど」
「そんなのでいいの?」
「……俺も少し、寂しいから。故郷の地に比べると。石畳は凸凹していて、土の地面は柔らかすぎる」
モノは少し不思議そうに頷く。
アスファルトの話なんて通じるはずがないのに愚痴を吐いてしまったことを少し恥じて、それから少し外を見る。
「ひとりで歩くには、すこし感触が寂しいんだ」
ああ、あまり考えていなかったけど、俺は故郷の土が恋しかったのか。
だから、モノの望郷が……寂しそうで、放っておけなかったのかもしれない。
「……帰りたいよな、故郷」
モノは小さく、小さく、こくり、頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます