君の故郷に続く道⑥
風の音。草を踏む音。
心地よさにまどろみを覚えてあくびをして、また草を踏む音を聞く。
「天気が良くて眠くなるな。……街の外って危険と聞いたが、別に魔物がたくさん出るってわけでもないのな」
「そりゃ、街道沿いはな。あっちが近寄らない」
「まぁ、普通の動物も餌がないとかじゃなければ人のいるところまでこないし、そういうものか」
「出るときは出るけどな。魔物は総じて大喰らいだ。リスクが高くても腹が減ってやってくることはある」
そう脅かすように言うレングだが、護衛もつけていないということは出てもレングが対応出来るという認識でいいのだろう。
もう少し聞いておきたいが、あまりモノの前では口にしたくない話題ではある。
車輪がガタガタ揺れて心地が悪いせいかモノが馬車出てきて「ぷはぁ」と息を吐き、それから俺の隣にくる。
「総統、総統」
「ん、どした?」
「えへへ、なんでもない」
日が高くなり、馬を木陰で休ませるついでに俺たちも木に寄りかかって昼食を摂る。
「レング、ペースはどうだ?」
「めちゃくちゃ遅いな」
「つまり予定通りか」
干し肉を飾りながら馬が草をモサモサと食っているのを眺める。
「平和だなぁ」
「それなりに大変な旅なんだけど……」
「いやぁ、追っ手もそんなにいないだろうし、平和だろ」
「たぶん十数人に追われてると思うが」
「大丈夫大丈夫。俺、数十億人に追われてたことあるから」
「話の盛り方が雑だな……。そもそもそんなに人いないだろうに」
「そんなに世界の人口少ないのか?」
「一億人と聞いたことがあるな」
ああ……まぁ、この世界は人間少なそうだもんな。ここら辺が特別に田舎という風でもないし。
文明はそれなりだが、その割に人口は少なそう……とは言っても、世界全部で一億人はかなり少ない……。
この文明のレベルなら二十億ぐらいはいてもおかしくない。
いや、魔物や魔族がいる影響や、そもそも人間が住める地形や大陸が小さい可能性もあるから地球と比べるのも意味がないか。
木に寄りかかっていると、ご飯を食べ終えたモノが俺に寄りかかる。
「仲良いな」
レングが笑いながらそう言い、俺は否定することもせずにされるがままになる。
「それにしても馬って賢いんだな。前世では見たことなかったが」
「普通はここまで賢くないぞ? ウチのが特別だ。よしよし」
俺が思い浮かべるような馬よりも少しずんぐりむっくりとしていて身体も大きい。サラブレッドのような脚の速さを誇る品種ではなく、馬車のような荷物を長時間運ぶための種だからだろう。
「そーとう、そーとう」
「ん、どうした?」
「……どんな女の子が好き、です?」
どんな女の子が好き……と、言われても、現世はまだマトモに女性と関わっていないし……。
前世も基本的に忙しかったし、対等な関係になれる女性もいなかったしな。
異性として惹かれたのは、津月凛音ぐらいのものだ。
津月凛音のことを思い出す。
長く綺麗な黒髪が風にたなびいて、ぱちりとした綺麗な目から涙が溢れる。
世界の命運を背負うには小さすぎる体。
戦うには優しすぎるその表情。
この世の誰よりも美しい容貌と、その容貌が霞むほどに美しい精神のありよう。
思い出して、深く、深く、息を吐く。
「……正義のヒーロー、かな」
「……んぅ?」
「冗談だ。……特にないよ。好きになった奴が好きなんだろうな」
ぽすぽすと頭を撫でながら、そろそろ出発かと思って立ち上がろうとするとモノが俺の服の袖を引っ張る。
「私は、総統みたいな人が好き。優しくて、強くて、あったかくて」
「……モノは見る目ないなぁ」
それから腹ごなしに馬車の隣を二人で歩く。草を踏む音。風の音。
天気の良さを感じながら、目を閉じて息を吐く。
歩き疲れたモノが馬車の中で休んでいる中、ふと、遠くに大きな影が見える。
「なあ、レング、アレって……」
「魔物だな。かなりデカい。……地龍の一種か。……見つかったらしい」
レングは馬を止めて近くに置いていた槍を握る。
「一人でいけるのか?」
「……まぁ、平気だ」
レングはほんの少し俺の手を見てから首を横に振る。助力が欲しいが、幼い俺を頼るべきではないと考えたのだろう。
「……レング、魔物と普通の動物はどう違う」
「えっ、ああ、魔法を使えるかどうか……というか、魔力を持っているかどうかだな」
「魔力……ね。つまり、俺からしたら燃料タンクが突っ込んできているようなもののわけだ」
「ロー、手を出す必要は……」
手を前に出して、指先に火を灯す。
「初手の一発を撃つぐらいならいいだろう。……殺しきれなかった場合は頼む」
精神を落ち着かせて、研ぎ澄ませる。
幼くなったためか、生まれ変わったせいか、出力は大幅に落ちていて大規模な破壊は無理だ。
だが、決意の力は、この世界における魔力というものに対して有効という性質がある。
長年に渡る戦いの勘。……鎧のような鱗を貫けば、あのバカでかいトカゲの魔力を燃料にして大ダメージを与えられるだろう。
炎を集中させ、圧縮する。
初手で撃てるチャンスは一度、溜めの時間を考えるに二度目はない。
「──貫け」
小さな火炎が空気を焼き、下の草原を焼き、赤い炎の道を生み出しながら弾丸のような速さで直進する。
地龍と呼ばれていた巨大なトカゲの腕に当たり、次の瞬間そこを中心に爆発するように炎が燃え広がる。
叫ぶ地龍を見て舌打ちをする。頭を狙ったのにずれて仕留めそこなった。
脚の一本はもうほとんど使い物にならなさそうだが、残りの三本をつかって暴れながら突っ込んでくる。
「チッ……これだから動物はやりにくい」
二発目……は、鎧のような鱗を貫けるような威力には出来なさそうだが、足止めぐらいにはなるか。
そう考えて再び指先に炎を溜めようとしたその時レングが俺の前を飛び出して地龍へと接敵する。
地龍のアギトがレングを狙い──魔法でもなんでもない、ただの腕力による槍の振り上げて地龍の頭を上にかち上げる。
「うおっ、バケモンじみた腕力だな……」
大怪我をしているとは言えども数倍どころではすまないような質量差のある生き物に押し勝っている。
二発目は……今は撃てないな。レングが近すぎて爆発に巻き込まれかねない。
もう少し離れてくれたら……と、考えていると、レングは仰け反っている龍に対して追い討ちのように巨大な水の鞭を振るって巨体を吹き飛ばす。
「ロー!」
「ああ、いい仕事だ。兄貴」
吹き飛んだ龍にはびっちゃりと魔法によって生まれた水の鞭がへばりついていて……燃料は十分だ。
二発目の弾丸は一度目を遥かに凌ぐ爆発を起こし、仰け反っていた地龍を吹き飛ばす。
辺り一帯を包む焦げ臭い匂い。目を細めながら地龍の動きを観察する。
「動かないな。仕留め切れたか」
「油断はするなよ。急に息を吹き返して暴れることもある。……さっさと離れよう」
「だな」
火の処理だけして少し早足気味に馬を歩かせる。
それにしても……随分と強そうな生き物だが、この世界はこんな恐竜みたいか動物が普通にでてくるのだろうか。
……怖いな。そりゃ人類も増えないだろう。
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