君の故郷に続く道⑤
モノが泣き疲れて寝て、レングも寝て、俺も寝ようかと思ったが……いつもは走り込みをしているような時間で眠るに眠れない。
かと言って……この状態のモノを放置する気にはなれなかった。
泣いて、気持ちを口にすれば楽になる。
……本当にか? いたずらにモノの感情を突っついて傷つけているだけなのではないか?
傷つける……なんてことは分かりきっている。
人助けなんて、良し悪しはあれども他者を傷つける行為だ。
分かっていた。分かりきっていた。
俺が誰かを助けようとするときは、大抵が手遅れで……いつも通りのことなのだから、どうやっても傷つけるなんてことぐらい、分かっているのだ。
窓から覗く日の光に手を伸ばし、自分の幼い手の小ささを見つめる。
「……津月凛音。君ならどうした」
そんなこと、誰も答えてくれるはずもない。
……けど、少女の体温、小さな手、涙の跡。守らないといけないだろうということは分かる。
不安がるな。不安がれば、モノに伝わる。
堂々と、胸を張れ。
少しして、俺もそのまま眠ってしまい、夕方に近づいてきた時間にレングがあくびをしながら俺たちを起こす。
「んぅー?」
「ほらほら、起きろ起きろ。旅の用意をするぞ」
ふたりの声を聞いて目を開ける。ベッタリと俺に張り付いているモノの頭を撫でながら体を起こす。
「ああ……レング、あまり寝てないんじゃないか?」
「買い物だけしたらまた夜に寝るから大丈夫だ」
充血した瞳のモノがもそりと顔を起こす。
「……お出かけするの? 総統」
「ああ。腹減ったろ、好きな食べ物とかあるか?」
「……シチュー。魚のやつ」
「あるかなぁ。地図を見た感じ、まだそれなりに海遠いしなぁ。まあ、探してみるか、見つからなくても探すだけ楽しいしな」
こくり、モノは頷き、レングは日の傾きを見て「探すのもほどほどにな」と口にしてから三人で外に出る。
「まず、絶対にいるのは保存食。野宿を連続してするのは長くて二、三日程度で他は街に泊まれるはずだけど、多めに見積もって一週間分は欲しい」
二、三日……という言葉を聞きながら地図を見る。
出発地点の屋敷からここまでの距離、最寄りの街から海沿いの街までの距離……どれもそれなりに近く、そんな三日も野宿する必要はなさそうだ。
道が悪いのだろうか。
……いや、ああ、モノの故郷の海沿いの街には泊まれず、折り返しで倍の距離だけ野宿になるからか。
泊まることすら出来ないほど酷い……か。そこから逃げ出してきたモノもその惨状を知らないはずもないだろう。
考えも半分に道を歩き、生まれ変わってはじめてとなるこの世界の街の様子を眺める。
生活レベルは思ったよりも低くない。
屋敷での暮らしでも感じていたことだが、人口は少なくかなり古い形の封建制だが文明はそれなりに進んでいる。
地球のものに比べてかなり異質に感じるが、魔族やら魔物と言った存在や魔法の影響からなのだろう。
常に魔物や魔族とやらのせいで戦時中のような状況で、それゆえに中央に権力を集中させていて封建的……と、言った具合か。
……独立を目指すなら、その魔物が厄介な土地の魔物をどうにかして住めるようにするのがいいか。
可能であれば人間と戦いたくないしな。
そんなことを考えていると、いい匂いを感じて思考が途切れる。
「……串焼きか」
「あれにするか?」
「いや、魚を探そう」
「うーん、あるかなぁ。ウチでも出てこないし……。干物とかならあるかもしれないか」
レングはあまり乗り気ではなさそうだ。
まぁ、これから一番働くし、私費も持ち出すことになったレングからしたら、旅をするうちに海の方に近づくのにわざわざ今魚を探す労力をかけたくはないのだろう。
見つかるか分からないし、あっても割高、数日もしたら普通に売ってあるようになるのだったらここで探すのも馬鹿らしい。
……けど、まぁ、今は馬鹿になるときだろう。別に魚を見つける必要もないけど。
三人で歩いているうちに出店が途切れ始める。
「魚、なさそうだな」
「……うん」
「干し魚ぐらいあるかと思ったが……。他に食べたいものあるか?」
「……総統は?」
「俺? あー、肉とか?」
モノの目が屋台の方に向いて、くいくいと俺の袖を引っ張る。
「いいのか」と聞く意味もなさそうで、手に引かれるままそちらに向かう。
「おー、デートかい? ちっこいの」
「えっ、あっ……」
はやすような店主の言葉にモノは俺の後ろに隠れる。
「そんなところ。串焼き三つくれ、あ、レングはもう一本食うか?」
「俺の意見は基本無視なんだな……。俺が金出してるのに……」
「いや、路銀に関しては決闘で俺が勝ち取ったものだし」
「……まぁ、それはそうかも。……うあー、十本くれ、十本。あとパンも三つ」
レングは唸りながらヤケになったとしか思えない量を注文する。
いや……一本でかなりボリュームありそうなんだけど……。
「おー、よく食うね。もう店も閉めるから余った分オマケしとくよ」
やめて……。と止める間も無く店主は数を数えることもせずに大量の串焼きを俺たちに押し付ける。
両手に何本もの串焼きを握りながらレングを見る。
「……」
「……レングさぁ」
「まぁ、待て。待て。めっちゃオマケしてもらったのラッキーじゃん。ほら、冷めてもローの炎があるし」
「あれは性質上料理には使えねえよ……。火力高すぎるし、不安定だしで……。と、モノが串焼きの重さで手がぷるぷるしてる……!」
「おもい……」
持ってやりたいけど俺も両手に持っているし……。
レングとふたりで急いでバクバクと口に詰め込んで、手に空いた分だけモノから受け取る。
「も、もうひょろひょろ帰りゅか」
「……ふふ、変な顔」
「保存食も買いに行かないと……あー、ロー、宿に帰ったら俺だけで買いにいくから大人しくしといてくれよ」
「もももも」
「それは返事なのか? それとも口に肉を詰め込みすぎたことによるうめき声なのか?」
「ももも」
「えっと「分かったぜ」だって」
「モノちゃんには分かるんだ。なんで?」
「ももも」
「「人と人が分かり合うのは、決して言葉があるからじゃない。お互いに分かり合いたい、そう願うから分かり合うことが出来るようになるんだ」だって」
「急にいいこと言うじゃん。もももの三文字に詰め込みすぎだろ」
「もも」
「「もも」だって」
「それはそのままなんだ」
三人で宿に帰り、串焼きを机に置いて一息吐く。
「ふー、既に腹一杯だ……」
「じゃあ、大人しくしとけよ」
「ももも」
「今は食ってないんだから普通に話せるだろ」
「もももー」
モノは俺の真似を面白がってして、レングはその様子に仕方なさそうに笑ってから出ていく。
「モノも食ってくれよー」
「ん……うん」
かぷかぷと串焼きをかじるモノの隣でパンをちぎって口に運ぶ。
「……美味しいね。あったかくて」
「そうだな」
「総統は……怖いものってある?」
窓の外で夕日が綺麗に映って、モノは夕日から隠れるように窓の隣の壁に背を預ける。
「んー、まぁ、蛇とか苦手だな。蛇を操る能力者にギリギリまで追い詰められたことがあって」
「……私は、夕日が怖いの」
モノの目はどこか期待するように俺を見て、そっと俺の手を握る。
「一緒にいて、一緒に」
「……ああ」
「あと、鳥と剣が、怖いな。……怖い」
……魔族に襲われたときのことを思い出したのだろうか。
まだ大丈夫そうに見えるが、いつでも引き返せるようにはしておこう。
レングが参加してくれたおかげで道中がかなり楽になったが、その分だけ早く向かえてしまい、モノの心の準備が間に合わない可能性もある。
……最悪、現状だけでもそれなりに信頼は得られているので、もうある程度の見返りはあったと判断して帰ってもいい。
小さな手を握る。モノの目が俺を見て、揺れる。
「……総督。あのね」
「ああ、どうした?」
「…………ごめん。なんでもないや。……なんでも」
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