君の故郷に続く道④

 夜の街道を進んでいる間に、レングがポツリと口を開く。


「ロー……ずっと前世とか言ってるけど、本当なのか?」

「あー、ああ。やっと信じてくれるのか」

「……明らかに、戦い慣れてたしな。俺の松明の火はどうやって消したんだ?」

「初手で俺たちを囲っていた水流に突っ込ませた蝶がいただろ。アレをそのまま松明の方にやって、先に俺の炎で燃料になるものを焼き尽くしておいて、そのまま松明の火に偽装しておいた」


 レングは馬を走らせながら、俺の方を見ずにため息を吐く。


「……初手……か」

「勝ち筋が薄かった。魔法を焼くことが出来るところまではいいが、レング兄貴を倒せるだけの火力はないし、倒すには魔法の水に濡れていてもらわないとダメで、濡らすためには衝撃を逃すクッションとして水を使わせたい、そう使わすためには投げる必要があるが普通にやっても体格差が大きい。読み切っていたというか、それを狙う以外の手がなかった」


 レングは頷く。


「……ローは、俺の弟か?」

「違うのか?」

「ははっ、いや、そうだな。前世があろうとなかろうと弟か。少なくとも悪いやつじゃないしな」


 へらりと笑うレングの方に顔を向ける。


「いや、俺は悪いやつだよ。あまり信用はするなよ」

「そうか、まぁ悪の組織の首魁だもんなぁ」


 夜は深い。馬車の軋む音が体に響く。

 まだ幼いこの身では、少しばかりしんどい旅が始まった。


 街が見えた頃にはもううすらと明るくなっていた。


「明るくなってきたな。灯りはもう必要ないから寝ていていいぞ」

「……あー、悪い。これからの予定は?」

「とりあえず、今日は一日休むのと食料の買い込み。一応それ以外の荷物はあるけど」

「……一日休むのか。まあ、そりゃそうか」


 夜に俺と決闘してからそのまま朝まで馬を走らせている。レングも体力的にも限界だろうし、馬も何日も昼夜逆転させ続けては平気でないだろう。


 言葉に甘えて馬車の中で、モノの隣にいって目を閉じる。

 疲れのせいか、それとも単純に長く起きすぎていたからか、眠るのには到底向いていないような揺れの中、数秒程度の短い時間で意識を手放した。


 ◇◇◇◇◇◇



「──ッ! 何故だッ! 何故、現世界を憎むお前が俺の邪魔をするッ! グラスフェルトッ!」


 力を数十倍に引き上げる秘宝……か。

 男の目から血涙が流れ出て、全身が血走るように血管が以上に浮き出ている。


 明らかに、過剰な力によって肉体にダメージがいっている。

 男から放たれた雷を片手で握り潰して、吐き捨てる。


「……お前のやり方には矜持がない。お前が勝ったところで残るものは壊れただけの世界で、お前が負けたところで何の意味もない」


 男の近くで倒れている津月凛音の姿を見て、もう一度同じ意味の言葉を繰り返す。


「お前は、世界を壊すことが出来ても、世界を作ることが出来ない程度の器だ。津月凛音を殺そうとしているのがその証左だ」

「そのガキが……なんだって言うんだ! 俺達の敵だろうがっ!」

「……「敵」を救いたくはないのだろう? そのガキとやらは、「敵」であるお前を救おうとしたぞ?」

「ッ……だからなんだ甘ったれて生きてきたやつが、甘ったれた生き方をしているだけだろうが!」


 次々と放たれる雷をねじ伏せて、ゆっくりと進む。


「……何故、それを憎むように言う。お前は、俺たちは、そんな甘ったれが好きで、そればかりにするために戦っているのだろう」

「ッ……おまっ、おまえっ、は……! それを許せるのか!? 誰も彼もが俺たちを憎んでいる! バカだと嘲笑い、鼻摘む! 俺達は救おうとしているのに……!」


 雷の精度は下がっている。

 決意の力であるそれが歪むということは、そういうことなのだろう。


 いかに外部の装置により力を増幅しようが……既に芯が破壊されていたなら、何の意味もない。


 出力の高さだけはなかなかのものだが……まさか、津月凛音がこの程度の相手に敗れるとはな。

 俺の買い被りだったか。


「──俺が、救ってやると言っているのによぉ!?」


 男の全身から放たれる、男の身すらも焼き捨てる強力な雷。……もう少し話したいと思っていたが、これ以上はこの男が保たないか。


 巨大な雷の塊を、その上から雷を上回る大きさの火炎の蝶が押さえつける。


「うが、うぐあああああああ!!!!」

「……応援してるよ。けど、まぁ、今日は俺に救われておけ」


 雷を押さえつけた蝶は優しく男の胸にあるネックレスを破壊し、その火の粉の鱗粉を残しながら消えていく。


 先程までの男自身を破壊する雷は消え失せて、急激に静かになった空間の中を一人歩く。


「……一理あるよ。俺を将来殺すとしたら、それは津月だろう。けれど……まぁ、それでも、俺の理想とする世界には必要なんだ」


 三つ巴の戦いは幕を閉じる。

 ……ああ、懐かしい記憶だ。……もう少し、もう少し微睡の中……津月の顔を眺めていたい。


 ……殺されてから好意に気付くなんて、馬鹿らしいけれど。


「……グラスフェルト?」


 ◇◆◇◆◇◆◇


「──とう、総統。宿に、着いたよ」

「んぁ……ああ……モノ……か。おはよう」

「あ、お、おはよう、です」


 少し照れたようなモノの顔を見ながら身体を起こす。既に馬車の近くに馬はおらず、レングが眠たそうにふらふらとしながら馬車の布を上げる。


「おー、宿の部屋とったからそっちで休むぞ」

「……ああ、ありがとう。……レングが寝てる間に何か物資とか買っとこうか?」

「子供二人で街を歩くなんて危なっかしいだろ。馬車旅にも慣れてないんだし、もう一回寝とけ」


 俺はまだまだ眠いが……モノは夜に寝ていたのであまり眠くはないのではないだろうか。

 宿屋の部屋に入り、馬車の中よりもマシなベッドを見る。


 ベッドが二つか……と、考えていると、レングは堂々と片方のベッドを占領する。

 まぁ、今はまだ男女とかそういうことを気にする年齢でもないしな……身体の小さい二人が同じベッドで寝るほうがいいか。


 ベッドの上に二人で横になると、レングはパチリと俺の方にウィンクをする。……いや、気を利かせたみたいなのやめろ。


「総統。……どれぐらいかかる、です」

「あー、こっちに来るときどれぐらいかかった?」

「……一週間と、少しぐらい」

「ならそれよりも少しかからぐらいかな。……せっかくだし、旅行みたいに思って楽しんだらいいんだぞ?」

「……うん」


 きゅっと、ベッドの上で俺の手を握る。


「総統は、なんで私の味方をしてくれるの?」

「そりゃ、総統だからだ。お母さんは理由もなくモノの味方だったんだろ。俺もそうだ」

「……」


 モノは押し黙ってそれから、ぽつり、ぽつり、表情を変えないまま口を開く。


「……お母さんは、よく怒るの。服を脱ぎ散らかしてるとか、遊びから帰ってくるのが遅いとか」

「ああ」

「夢を見た。お母さんの。私は……お母さんに怒られたくて、わざとパーって服を脱いで……」

「怒られちゃった?」

「…………途中で「なんでこんなにお母さんに怒られるようなことしてるんだろ?」って考えて、いないんだって思い出した。そしたら、目が覚めて」

「……そうか」


 軽く抱き寄せて頭を撫でる。


「会いたい。お母さんに……会って「どこに行ってたの」って怒られて……怖くて、私は泣いちゃって……そしたらお母さんは仕方なさそうに抱きしめてくれて」

「……ああ」

「なんで、魔族がやってきたの。何もしてないのに……私も、お母さんも……」


 そう口にしてから、ビクッと、何かを思い出したかのように動き、ガタガタと震え出す。

 みるみると顔が青ざめていき、助けを求めるように俺を見る。


 抱き寄せて、背中を撫でる。

 浮かんでは消えていく慰めの言葉を探し、けれども適切なものが見つかるはずがなく。


 ただ、君の味方である、と、抱きしめることで表すことしか出来なかった。

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