君の故郷に続く道③

 レングは俺の言葉を聞き、炎の蝶を見ながら自身の唇を軽く触る。


「水を焼くほどの火力……は、感じないな。魔法を燃やす炎というところか。なるほど、ローの自信の源はこれか」


 未知の能力、それも自身の武力を保証する魔法の力を否定するそれを見て、レングは驚くべきほど冷静だった。


 手から細い水を垂らし、それを固める。まるで鞭のような形を取ったそれを、勢いよく振るってレングの近くの木をへし折る。


 水の鞭。……それだけなら驚くほどではないが、それを選択したことを驚く。


「この威力を見てもその火炎の蝶を大きくして防いだりしようとしないんだな。やはり火炎の勢いは無関係……かつ、あまり出力を高くは出来ないようだな」

「……どうかな」


 まぁ細い鞭を防ぐには火炎の範囲を広げるのが手っ取り早いのは事実だ。

 木をへし折る威力を見て、俺がそれを選択しない理由として、俺の異能力のリソース不足を考えるのは当然であり、半分は当たっている。


 連続して振るわれる鞭を回避し、時折り鞭を狙って火炎の蝶を飛ばすが、レングは鞭を手放して自分に燃え移ることを回避する。


 上手いな。学生レベルではない。

 いや、こちらの世界の学生のレベルは分からないが。


 連続して回避し、火炎の蝶と火が付いた水の鞭が暗闇を照らす。それは……何も対策していなければ眩しいほどに。


「防戦一方。もはや勝負は決したぞ! ロー!」


 異能力と魔法の性質の相性はあるが、この幼い体とレングではそれなりの差がある。

 お互いの能力のリソース差もあり、このままだと反撃のひとつも出来ずに負けることだろう。


 だが、仕込みは終わった。


「──レング。炎の一番の弱点はなんだと思う」

「水……いや、土を被せるのが一番か」

「ハズレだ。炎は炎に弱い」


 向かい火という技術がある。こちらに向かってくる火に対して、こちら側から火をつけることで向こうの火勢を弱めることが出来る。


 火を消すのに一番手っ取り早いのは、燃料となるものを全て焼き尽くしてしまうことだ。


 一瞬、鞭を振るおうとしたその一瞬の間に、俺は使っていた全ての異能の炎を消す。同時に、レングが立てていた松明の火も消え去る。


 夜、加えて森の中で星明かりが届かない中。先程まで明るいぐらいだったその空間が急激に闇に染まり上がる。


 急激な光量の違いでレングの視界は完全になくなった。

 ……ずっと、目を閉じ、逸らし、闇に目を慣らしていた俺とは違い。


 鞭を振るっていた腕を掴み、レングの力を利用してレングの体勢を崩し、脚に脚をかけて崩れた身体を半ば持ち上げるレベルで押し上げる。


 そして──地面にたたきつける。……その瞬間、レングと地面の間に水球が生まれて体を守ろうとし……その瞬間、レングの眼前に火炎の蝶を突きつける。


 魔法の水でずぶ濡れのレングと、魔法の火を燃やす俺の異能。


「終わりだ」


 レングは驚愕の表情で俺を見て数秒。


「マジかぁ。これでも俺、王都の学校でブイブイ言わせてたんだけどなぁ。……負けか」

「馬車と金はもらってく。モノも待たせているから、すぐに発つ」

「……あー、そうだな。一応、用意はしてた。約束は守ろう。モノちゃんを裏口に連れてきてくれ」


 俺はその言葉に頷き、モノの部屋に行って扉をノックする。

 ほぼ間を置くこともなく少女が出てきて、不安と期待の混じった表情を俺に向ける。


「本当に……帰れる、ですか?」

「……ああ、君の故郷に連れていく。……大丈夫、俺がいる」


 罪悪感と使命感。後悔と決意。それから……同情。

 少女の頭を撫でて、笑いかける。


「俺は味方だ」

「……うん、総統」


 暗い屋敷の廊下、少女の手を引いて歩く。月明かりが窓から覗き、風がかたりかたりと窓枠を鳴らす。


 ……ああ、少し怖い。


 約束の裏口にいくと、馬車とレングが待っていた。


「モノちゃん……本当に行くのか?」


 モノは俺の後ろに隠れて俺の手の感触を確かめるように握りながら頷く。


「そうか。……んじゃ、行くか」

「あぁ。……ん? えっ、レングなんで馬車の方に……」

「いや、馬車動かせないだろ」

「運転手……いや、御者はいないのか?」

「俺がいるけど」


 レングは当然のように御者台に乗り「早くしろよ」とばかりに俺たちを促す。


「え、ええ……着いてくるの?」

「そりゃそうだろ。御者なんて使用人に任せたら、最悪貴族の子供の誘拐みたいな扱いになるぞ」

「ああ……そうなるのか……。あー、まぁ、そういう社会か」


 どうする。馬車やら馬を操るのは無理だ……。元々の予定通り、出来る限りモノに歩いてもらって残りは俺が背負うという方法もあるが、荷物の量を減らす必要があるというそれなりのリスクもある。


 何より……外の世界の常識を知っている人物がいると助かる。


「レング兄貴、旅の荷物は?」

「元々、俺が学校に行くための馬車だからな、二人分だけ。食糧はないから、下の町で買い物……と言いたいところだが、朝になれば追いかけて来るだろうからこのまま隣町に向かうルートで行く。地図は見れるか?」

「めちゃくちゃ協力的……。いや、違うか、元々味方だしな」


 モノの手を引いて馬車の中に乗り込み、ごちゃごちゃとした荷物を掻き分けて御者台の方に顔を出す。


 地図を受け取り、火を灯してその灯りで見る。

 よく分からないな。まぁ、今晩は任せてしまうか。上着をモノに被せて「寝ていて大丈夫だぞ」と声をかけるが、俺の手を握ったままジッと目を開けていた。


「ロー、暗い顔をしてるけど、平気か?」

「……少し、思うところがないわけじゃないだけだ」


 人助け……というものは、そのおおよそが助けようとした人から嫌がられるものだ。

 助けられるというのはプライドが傷つくものだし、不幸やコンプレックスを逆撫でされることになる。


 放っておいて、時間が苦しみを忘れさせた方がいい場合も多いだろうし……正解は分からない。


 この場合、本当に俺は正しく入れているのか。こんなことをせずにでも、ただ隣にいてやればいいのではないか。


「…………総統。何か、お話しして」


 不安はあった。不安はある。

 けれども、俺よりも遥かにこの子の方が大きな不安があるだろう。


「……そうだな。自己紹介がてら、俺の話でもするか」

「総統の?」


 馬車が動き始めて、モノは揺れに負けて俺の方に倒れながら尋ねる。


「俺には前世みたいなものがあってな。そのときに、グラスフェルトと名乗って悪の組織をしていた」

「悪の組織? ……悪い人なの?」

「ああ。俺は悪い人だよ。……管理社会とか全体主義……と言っても分からないか。まぁ、みんなが幸せになるために一部の人間は不幸になってもらうみたいな、そんな社会でさ。俺はそれに反抗していた。こちらで言うと革命軍みたいなものか」


 たぶん、モノは言葉の意味をほとんど分かっていないだろう。けれども俺の言葉にコクリと頷く。


「俺は好きじゃないけど、その管理社会も悪いものではなかったよ、それを守りたいってやつもいたしな。けれども、目の前にいる人間は見捨てられなかった。……俺も昔、心を救われたことがあったからだ」

「……心?」

「ああ……特に悩みが解決したわけじゃないけど、世界の全てが俺の敵じゃないと知れて……救われた。俺もそうでありたいと、憧れた」


 モノは眠たそうに目を擦る。……退屈な話だったか。それとも、もう夜も遅いからか。

 ポンポンと頭を撫でて、眠ったのを確認してから馬車の外に出て、馬の視界を確保するために炎の蝶を周囲に舞わせる。


「改めて自分を見返せば……馬鹿にもほどがある」


 かつての世界で、俺を殺し、その死に涙を流した少女の言葉を思い出す。「なんでそんな変な名前を名乗っているのか知りたいな」だったか。


 世界の全てが敵だと思っていたその時に……小さな子供に、フェルト生地で作ったままごと用のコップをもらったのが嬉しかった。


 当然水を入れたらびちゃびちゃになるような、グラスとしては使えない無意味なものではあったけれど、その無意味なものに心を救われることもある。


「味方である」と示してくれる人がひとりいてくれたら、それだけで充分だった。


 だから、「意味のない贈り物グラスフェルト」を名乗ったのだ。


 俺はフェルト生地のコップでありたかったから。

 ……前世も、今世も。


 ……まぁ凛音を泣かしたことだけは、少し後悔しているけれど。

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