第13話 冒険者のエチュード
アルの案内は、とても分かりやすく大通りの密集した活気ある群衆の中を道に迷うこと無く進めることは才能だと素人ながらにそう思った。
彼女がベスト案内人に選ばれる訳だと彼女の行動を見ていれば、話し方一つでも銅貨五枚でこの価値はお値段以上の価値があると実感した。
「ほら、シウさん、ここが冒険者ギルド・アカツキよ」
「アルは凄いね。こんなに密集した群衆の中をまるで泳ぐようにスイスイ進じゃうんだから」
「それは、私が案内人に向いているポイントなの。だから冒険者と兼業でしているのよ。正直、案内することは嫌いじゃないし、この王国の街並みが私はとても好きだから」
彼女の笑顔が眩しく感じた。
「それじゃ、いよいよ」
「ええ、いざ冒険者ギルドへ!」
冒険者ギルド・アカツキの入り口はとても大きく終日営業中は開放していると、入り口の看板に記載がある紙が目に入った。
「うぉおおおおっ!!! ここが冒険者ギルドか!!」
「あはは、シウさん、大興奮しているわね。ここは周辺各国でも指折りの大規模冒険者ギルドなのよ。ほら、正面に見えるのが、受付カウンターよ。あそこで、新規の冒険者登録を出来るわ。受付の人には、先にシウさんの事情を説明してくるからちょっとここで待っていて」
「アル、ありがとう!!」
アルは受付の女性の元へ向かって行った。それにしても、吹き抜けの天井がとても高い。開放感があって、ギルド内でも活気ある言葉や歩く音が耳に入ってきた。
「さすがは、大規模ギルド。スケールが違うな。冒険者ギルドと言ったら、あれだ、依頼の掲示板を見に行こうかな」
心は既に一流冒険者。だが、その正体は未登録の新規冒険者。だが、そんなことは関係無いのだ。俺は俺がやりたいようにこの人生を謳歌するつもりだ。
ギルド内には大きな掲示板がいくつもあった。SからGと刻印されている。恐らく、冒険者ランクに合わせた依頼の掲示板なのだろう。興味本位でSランクの掲示板から見に行ってみた。
掲示板の前には人がとても多く、武装も素人目から見ても品質がとても良い素材でしつらえたのであろう武具や鎧、装備で固めたパーティーらしき人たちが塊になって掲示板の前で打ち合わせしていた。
依頼の張り紙をみて見た。[S級:魔大陸への遠征希望者募集・報償金相談][S級:不死鳥騎士団の入団希望者募集・報酬相談][S級:
S級の掲示板には討伐依頼というよりも、冒険者としての依頼の色が濃く表記されている印象だ。しかも、報酬金額もかなり高額だ。そのS級掲示板前には、数多くのパーティーが集まっていた。
「S級ってのが、この世界でのギルドの最高ランクの依頼か」
後ろの気配を感じた。
「坊主、お前さんもS級冒険者か? 見ない顔だな」
気配をまるで感じなかった。このおっさんかなり強い!
「いえ、興味本位で覗いてみただけです。この街へは初めてで」
「ほほぅ! あ、挨拶がまだだったな。俺の名はガウル・ヴァルシーカ。冒険団に所属している。坊主の名前は?」
「シウです」
「シウか、珍しい名前だな。この冒険者ギルドに来たということは新規登録かな?」
「そうです。今手続き中で待っている状態です。なので、この冒険者ギルドではどのような依頼があるのか、興味本位で見ていました」
「そうか! 立派な装備をしていたから、それなりの実力者または見栄か。俺が見る限り、坊主、実は強いだろう?」
「いえいえ、人並み程度で」
「いや、俺の目には狂いは無い。先輩冒険者から一言言わせてもらうと、冒険者は腕っぷしでのし上がるパターンと、経験でのし上がるパターンと大きく二つある。バランスが良い冒険者は両方なんだがな。坊主は腕っぷしタイプだ。その場合、護衛依頼よりも討伐依頼を熟すとランクアップが早いぞ。がははははッ!」
「どうして、見ず知らずの俺に教えてくれるんですか?」
「そりゃ、冒険者見習いを育てることも立派な先輩冒険者の務めであり、義務だからだ。いいか、坊主。実力があっても、背伸びをするな。立派な冒険者に成りたいなら、着実に確実にランクアップすることが重要だ」
「ありがとうございます!」
「がははははッ! どこかで一緒に仕事する機会もあるかも知れないな」
そういうと、謎のおっさんは去って言った。
「シウさん」
「うわッ! なんだアルか。びっくりしたー」
「あははっ! シウさん驚き過ぎですよ。先程話ししていた男の人はガウルさんですね。あの人はこのギルドに拠点で活動をしているS級冒険者なんですよ。あ、ランクの説明をしなくちゃですね。ギルドには事情はお話してありますので、一緒にいきましょう。詳細はその時に」
「アル、ありがとう! とても助かったよ」
「これも、案内人であり冒険者である成せる業ですよ。あはは」
アルと一緒に新規冒険者登録専用の受付カウンターに行った。そこにも沢山の人々で溢れていた。ギルド職員が対応に追われているが、混雑しているわりには対応がとてもスムーズに進んでいるように感じた。
「この方がシウ様ですね? アルさん?」
「ええ、そうよ。シウって言うの」
「シウ様、初めまして、冒険者ギルド・アカツキへようこそ。当ギルドは貴方様を歓迎いたします。私が本日担当させていただきます、ミルと申します。では、早速ギルドへの新規登録をさせていただきます。異国から来られたそうで、身分証明書を発行ができない事情は、アルさんから伺っております。冒険者ギルドで王役所で確認したところ、難民申請が受理されておりましたので、登録料が銅貨で五枚必要となります。これは、ギルドカード発行や事務手数料に充てられます」
「わかりました」
「登録料を頂戴いたしました。では、ギルドのクラスについての説明をさせていただきます。シウ様は見習い冒険者というクラスになります。S級からG級までの八クラス外でのランク付けとなります。予めご了承ください。なので、当ギルドといたしましては、これは義務では無いですが、不安でしたら見習い冒険者研修制度も充実しております。ギルド内にはランクに応じた依頼掲示板があり、そちらに依頼がまとめて掲示されております。冒険者ランクに応じての案件を推奨いたしますが、冒険者組合規則では、ランクを満たしていなくても、どの依頼を引き受けても問題はありません。ですが、冒険者ランクに応じて対応している傷病保険または補償は対象外となりますので、予めご了承ください」
そこから、担当者のミルさんから冒険者としての活動の難易度やら義務の話、俺は難民扱いになるので報償金から3%徴税されるという話をされた。大規模なギルドだから想像はしていたけれども、かなりしっかりとしたギルドみたいだ。俺みたいな身分証明が無く、難民扱いでも王役所が承認すれば登録ができるようだ。
しばらく、ミルさんの説明を聞き、各掲示板の依頼内容の説明もあり、改めて研修制度の説明もあり、かなり充実した時間だった。時間にして二時間程度だろうか。難民ということもあり、王国の状況まで教えてくれた。
適性検査については受付時間を過ぎており、明日以降改めてという形になった。残念だが、この混雑具合を考えるとしょうがないと思った。
王国は千年王朝と呼ばれる長い歴史と伝統があるこの世界に数多く存在している王国のようだ。
「シウさん、疲れた?」
「うん、もっとざっくばらんな説明かなって思ってたけど、かなり丁寧に説明してくれたから、改めてこのギルドの凄さを知ったよ。一人一人丁寧だし、他にも俺みたいな難民の人もいたにも関わらず、分け隔て無く丁寧に説明をしてくれるなんて、ホントにアカツキという冒険者ギルドはスゴイ所だよ。本当に」
「あはは、かなりお疲れみたいな顔しているねー、お姉さんが何か飲み物買ってきてあげるよ。ちょっと、そこのベンチに座って待ってて」
「え?! いいの?!」
「いいの! 先輩冒険者として歓迎の印よ」
程なくして、アルが戻ってきた。冒険者ギルド内には大規模な食堂や売店が数多く入っているような話をアルが話をしてくれた。そんなことを聞いたら食べ歩きしたくなるじゃないかー!
「はい! これどうぞ」
渡されたのは、あのアイスだった!
「え?! これ? アイス?」
「お! アイスのこと知っているんだね。その味はブルーハワイという味なんだ。私のはマンゴー味」
前世とまるで同じ見た目。味のほうは?
「これは!! うまーい!!」
「でしょ? アカツキのアイスは王国でも評判が良いのよ。シウさんが喜んでくれて私も嬉しいわ」
「このアイスって歴史が深いの?」
「うーん、この王国を創った最初の王様が広めたって伝記で読んだことがあるわ」
この世界には、俺と同じように前世からこの異世界に来た存在がいるということだ。
「俺、この国の歴史を学びたい。世界の歴史を学びたいな」
「歴史に興味が出た? そうね、王立図書館なら歴史に関する書物が沢山あると思う。ただ、過去に戦争や大戦で焼失した本も多くあるから正直どの程度正確に残っているかは分からないわ。今日はこの後、暇なら王立図書館まで案内するわよ。ここからちょっと歩くけれども、王立図書館なら明日でも時間を作って調べ物があるなら調べるといいわ」
「そうだな。今日のうちに依頼を受けたい。後、宿の手配もしたいかな」
「そうね。今日、かなり先行投資しちゃったもんね。手伝うわ」
「いいのか?」
「ええ、シウさんの案内役でもあり冒険者見習いに手伝いが必要なら先輩冒険者として道を作ってあげなくちゃ。シウさんも立派な冒険者になったら、困っている人を助けてあげなさいよね」
「はい! アル、ありがとう」
「それじゃ、まずは依頼よね。見習いだと、薬草採取または、護衛あたりになるけれど、シウはどうしたい?」
「うーん、出来れば魔物や魔獣を討伐したいかな。さっきの先輩冒険者の方にもそうアドバイスを受けたばかりだし」
「それじゃ、上位ランクになるから保険対象外だけど、討伐依頼だとGランクのゴブリン討伐辺りがベストじゃないかしら? もしくは、スライム討伐かしら。どちらも報酬は銅貨十枚」
「ゴブリンにします」
「それじゃ、この依頼で。この依頼はギルド依頼だから期限は無いわ。ただ、冒険者として実績を積むなら早めに行動すると評価が高まるわよ」
「それなら、王立図書館は機会を改めて、明日討伐しにいきます。今日は宿の手配をして終わりにしたいと思います」
「そうね。それじゃ、宿はおすすめなところがあるから案内するわ。王立図書館は今日この後、場所だけ案内するから後日時間が出来たら寄ってみて。ギルドカードで通信も出来るから、明後日以降に案内が必要だったらギルドカードで連絡して頂戴。冒険者としての代金は報酬を半々で分けましょう」
「報酬がそれだけでいいんですか?」
「いいのよ。私、結構稼いでいるのよ。それよりも、シウさん自身の財布を心配したほうがいいわ。宿が銅貨一枚だから王都で泊まるなら、[双頭の鋒(そうとうのきっさき)]がオススメよ。価格の割にセキュリティ面でも安心よ。新人冒険者は皆そこに泊まるわ」
「アル、ありがとう」
アルと一緒に俺は依頼カウンターでギルドスタッフに依頼書を渡した。ギルドカードに記録されたので、これで討伐クエストするだけだ。
「あ、魔法の訓練もしたいって言ってたわね。魔法使いの知り合いがいるから、その人から教えてもらうといいと思うわ。その人も冒険者。クラスはA級冒険者だから実力と信頼と実績はあるわ」
「そしたら、明日の討伐の収納をアルにお願いしてもいい?」
「いいわよ。必然よね。今後、私は一応、B級冒険者。ソロで活動しているわ。冒険者としてもよろしくね、シウさん」
「はい!」
「魔法はそんな簡単に習得できるわけじゃないから、時間掛けてゆっくり冒険者業をやりながら習得するといいわ。その魔法使いは討伐後に紹介するわね。さて、依頼もしたし、王立図書館にいきますか!」
「そのくらいの距離があるんですか?」
「本当に近所よ。ほら、入り口出たら一番大きな建物が見えない? あれよ」
ギルドから出たら、夕方の日射しが目に差し込んで来た。目が慣れてきたときに、一際大きな影が見えた。巨大な建築物だ。神殿みたいな。
「あの神殿みたいな建物ですか?」
「神殿? どうして、その言葉を知っているのシウさん?」
「え?」
空気が一瞬で凍り付いた。何か俺間違えたか?!
「貴方、神殿関係者なの?」
「いえいえ、なんだかそう見えただけで言葉の意味までは知りません」
神殿関係者はこの王国だと禁句扱いなのか?! あの憎たらしい神殿側とこの王国は関係があるのだろうか。ここは言い逃れるしかない。俺は難民だ。神殿側とは今や敵対関係にあるだろう。追ってもここまで来る可能性もある。だが、言い訳苦しいかったか?
「そう。あーびっくりした。この王都でその言葉を口に出さないようにしたほうがいいわよ。命が惜しいならね」
「なんでですか?」
「神殿は王国と敵対している関係なの。今は冷戦中というところかしら。この国では神殿という言葉自体が禁忌扱いになるから、本当に気をつけて」
「わかりました」
やはり、この神殿という言葉自体や関連する事柄も禁句のようだ。この世界のことを知らないうちは、無闇に発言は控えるようにしよう。
積極的にこの世界を知ることが必要だ。
「シウは見るからに、私より若いから世間や国の情勢にも疎いのよね。しかも、難民になったとあれば尚更ね。話は戻るけれど、あの教会が王立図書館よ。近いでしょ? ここから歩いて数分で行けるわよ」
「行きましょう!」
本当に数分だった。大通りから少し外れた通りに位置している巨大な建築物が一際目立った。閉館なのか、門は閉められていた。
「今日はもう閉館しているわね。場所はわかったし、次は宿に行きましょうか」
「はい! 宿もここから近いんですか?」
「もちろん! ギルド直営店だから、冒険者ギルド・アカツキの隣が[
「アルもここを利用していたの?」
「そうよ。同じ冒険者を目指して研鑽する場所でもあるのよ。手続きはギルド内でミルさんと打ち合わせしたときに済ませてあるから、中で提示して。明日、朝に迎えにいくわ。これからよろしくね、シウさん」
「何から何までありがとうございます! 明日もよろしくお願いします!」
アルとは宿の前で別れた。一日があっと言う間だった。本当に疲れてはいないけれども、心労があるような気がするのは気のせいだろうか。恐らく気のせいだろう。宿に入ると賑やかでも落ち着いた雰囲気の宿だった。
ギルドカードを受付カウンターで提示すると、部屋まで案内してくれた。三〇一号室だ。ベッドと家具がシンプルに設置してある。ちなみにこの宿は、≪拡張魔法≫を施されているようで、建物の外観よりも内側の設計は大きな造りになっているようだ。そう、受付の人から簡単な説明があったのだ。
なんだか、一人暮らしを始めた頃を思い出した。自分が生前どんな人生を送っていたのかも記憶にないのに、懐かしいと感じるのは不思議な感覚だ。
「お腹も空いてないから、今日は武具を整えて明日に備えよう」
この宿、実は部屋に浴室があるのだ。驚きだ。なので、身体を洗うことにした。髪は真っ白だと今更ながら気がついた。壁に掛かっている鏡を見たからだ。見た目は辛うじて男性か?
「これが、この世界での俺か。随分、幼いな? 十三歳ぐらいに見えるな。むむむッ! この身体成長するのか?」
この身体自体が謎だ。俺自身という存在もかなり謎だ。まぁ、とにかく今後のことはなんとかなるだろう。
身体も洗ったし、かなりスッキリした。今日は心労で疲れてはいないが疲れた。明日はアルとゴブリン討伐。とても楽しみだ。本当に。
「あ、北ってどっちだ?!」
バタバタして、アミークスの件をすっかり忘れていた。明日にでもアルさんに方角や方位の道具について聞いてみよう。
しばらく、王都にはいるつもりだし、冒険者として経験値を積んで置きたい。別に一流の冒険者を目指しているわけではないが、この世界を自由に旅するだけの力と繋がりは欲しい。
思いのほか、ベッドがふかふかで満足した。
眠気は全く無いが、目を瞑って眠るように横になった。この異世界に来て初めての寝るという行動だ。屋根があり、雨風をしのげる空間。前世だと当たり前にあったことが、この異世界に転生してから全く安心して休める瞬間など無かった。
アルプは元気にしているだろうか。約束まだ守れなくてごめんよ。
アルプからもらったペンダントを見つめた。よく分からないが力を感じる。あのアルプがお守りでくれたものだから、普通の物じゃないと思うけれども、この異世界に来て孤独という寂しさがアルやアルプに優しくされて嬉しい気持ちに浸った。
瞼を閉じると、転生してから今までの光景が走馬灯のように目に浮かぶ。全てが昨日今日にあった出来事だと誰が信じるだろうか。神託者の件も気になる。追ってが来る前に俺自身の力を蓄えなきゃいけない。装備は充分に揃えた。
幸い、この身体は生命活動に必須だと思われる食事を食べても食べなくても平気みたいなので、状況に応じて使い分けようと思う。今後の戦略としては、まずは力を付けること。この世界のことを可能な限り知ること。聖域とは何か、神殿とは何か。
これは推測だが裏で糸を引いている存在がいる。あの神託が降りたという言葉も気になる。神々という存在が、この世界にいるということ。王国では神殿関連は禁句ということ。どこかで情報が漏れた場合には、この見た目で甘んじて旅先で言葉だけを知ったということにしよう。そのほうが都合が良いかも知れない。
状況としては、良い方向に向かっていると思う。アルという頼もしい冒険者が明日は俺との討伐に参加してくれるというし、A級冒険者の魔法使いの知り合いにも紹介してくれるという。
歯車が大きく動き始めたような感覚がする。
これは俺自身を巻き込んだことになる可能性も充分に有り得る。神殿では結構無茶苦茶に破壊しながら脱出した気がする。
後、気になるのは、神託者のアルバという謎の女性。SSRというガチャ概念がこの異世界にも言葉として存在しているということは、この世界にも前世から来た存在がいる可能性がとても高い。そして、神託という言葉と神々という名前からして、アルプとの会話を回想するに、”ぷれいやー”という言葉はプレイヤーという言葉だろう。まるでゲームの話だ。
俺がいた世界から来た存在が居るという痕跡は確かにそこら中に散らばっている。今までの経験から考えて、俺もプレイヤーという可能性もある。これはアルプの見解だったが、その感覚が現実味として微かに感じる。
俺は一応は人の形はしている。
性器は付いていたが、用を足すという行為を今までしていないので、飾りだと思う。性欲も特別湧かない。というか三大欲求全てが無い。皆無である。睡眠欲も食欲も性欲も無い。
性別は辛うじて少年という男性。
髪は老人のような白髪というよりも銀髪に近い色だと鏡を見たときに思った。
「人の形はしているが、人間族では無いんだろうな」
ベッドから起きて、窓から覗く月と星を眺めた。
結局、睡眠という欲が無いので、一晩中寝ることはなかった。ただ、星の位置と月の位置を数えたり暇潰しをしていた。他から見たら変な奴だろう。図書館で本が借りられるならば、沢山借りて読書しようと思う。多分、今現時点だと夜の時間を有意義に過ごすことは不可能だろう。
俺のギルドカードがピコンと音を立てた。
アルから到着したという連絡だ。荷物という荷物は無いが、装備と忘れ物が無いかを確認して部屋を出た。個室にお風呂が別室であるとは、まるでホテル仕様なこの宿が銅貨一枚で済むんだから格安である。見習いまでという制限付きだが、これはありがたい制度だろう。大規模ギルドということもあり、後進育成に精を出している様子が窺える。
「アル、おはよう! 早朝なのにありがとうございます」
「シウさん、おはよう! さぁ、冒険者として初の討伐依頼を達成しましょう。昨夜はよく眠れましたか?」
睡眠欲が無いとは口が裂けても言えない。
「はい! ふかふかのベッドでぐっすりと眠れました。アルのおかげです」
「睡眠はとても大事だからね。冒険者たるもの体調管理も仕事のうちってね。しばらくはこの宿がシウの拠点になると思うけれども、やっていけそう?」
「ええ、もちろん! しっかりと冒険者として力と知識を高めたいと思います」
「シウは勉強熱心でいいことだ! さて、早朝に出発するのには理由があるんだ。まずは、ゴブリン群れで活動する習性上、討伐に時間が掛かるということ。夜になれば、辺りは危険な魔物や魔獣で溢れるから、初心という気持ちを忘れないためにも早朝での出立になります。いいかな? シウさん」
「はい! 初心を忘れずにっていうことですね」
「初心はとても大切なのよ。早めに行動することこそが冒険者たるもの成長する大きな第一歩になります。自分の命を大切にという意味も初心には込められているわ。だから、無理をせずに丁寧に正確にゴブリンを討伐しましょう」
「はい!」
アルと一緒に門の方向に向かった。正門ではなく西門という場所から行くと討伐依頼の地域に出るようだ。
「そういえば、アル。この討伐が終わった後でいいんだけれど、方位が分かる道具って売っているお店を教えてくれないかな」
「
「アル、ありがとうございます」
西門もとても人の出入りが多かった。行商人やら冒険者やら多くの人々が行き交って門兵の人が数多く配置され対応していた。
「出国ですか?」
門兵が質問してきた。
「冒険者です。こちらがギルドカードになります。シウさんも出してみて」
アルの言う通りにギルドカードを門兵の人に見せた。
「ご苦労様です。依頼頑張ってください。ご武運を」
アルが慣れたように対応していた。
「いい? シウ。出国入国する際には必ずギルドカードを提示すること。必要であれば、ギルドに門兵が問い合わせする場合もあるけれども事務的な手続きだから深く考えなくていいわ」
アルは色々なことを教えてくれた。
「はい!」
西門から出ると正門から出たときは景色が随分違う。森が正面に見えた。
「あの森にゴブリンが群生地があるわ。行商人も多く利用するから依頼が絶えないの。一応、行商人も護衛を付けている場合が多いからさほど問題は起きないけれども、万が一に備えてゴブリンが脅威にならない程度で討伐するの。間引きというやつね」
「ゴブリンも他のモンスターは全滅することは出来ないんですか?」
「良い質問ね。これだけ、討伐依頼があれば全滅するでしょう。動物ならば。モンスターの類いは違うわ。魔素から魔気に転じてモンスターが発生するの。魔気溜まりという場所がポイントになるのだけれども、完全に討伐しきるということは難しいわね。だから、頻繁に討伐依頼が来るのよ」
「そうなんですね、魔素に魔気か。それに魔気溜まりからモンスターが発生するという原因が解明されているということですか?」
「いえ、モンスター学術を専門とする数多くの学者が研究しているけれども、根絶までは解明出来てはいないわ」
歩きながら森の方向へ進む。
話は続く。冒険者としてのモンスターへの知識は必須ということ。モンスターと魔族とは別物ということ。
「その魔族とモンスターの違いって何なんですか?」
「残念ながら解明には至ってはいないわ。ただ、魔王がこの世界には存在しているということ。それは人知を超えた存在だと言い伝えられているわ」
「そうなんですね」
「この辺りは太古の神話世界の話にはなるけれども、魔王族は存在しているということ。それに伴って、超大国周辺各国は”勇者”を召喚したと噂に聞くわ。人間族の代表として勇者は魔王族、神族と同列の存在とされているわ」
「勇者か、きっと凄い方なんでしょうね」
「それは、私達では遠く及ばない大いなる存在であり、平和でたらんとする”平和の象徴”であるのよ。噂程度で最近聞いたから、近々戦争があるかも知れないわね」
「戦争になった場合には、俺たちは軍へ徴兵されるのかな?」
「いや、それは有り得ないわね。大陸冒険者組合条約に違反するから冒険者全員徴兵されることはない。自己防衛という形になるかな。現代と呼ばれる現在では大きな大戦は起きていないし、過去の大戦事例の歴史を読み取っても徴兵された記録はないわね。だから、安心して。ただ、市民の避難誘導やら依頼は来るだろうから、その分の仕事をする形には形式上はなるわ」
「そういう理由があったのか。安心しました」
「シウさんもきっと将来は立派な冒険者になるわ。まずは、ゴブリン討伐で戦闘経験を積むことよ。まもなく、ゴブリンの群衆が見えるはず」
森に入り、草木を掻き分けてアルの後ろに続いた。ナックルに力が入る。
「ほら、あそこに居た。シッ! 静かに目算十体。二人ならいけるわ。準備はいい? シウ」
こくりと頷いた。同時に隠れていた草木から出てゴブリンへ奇襲を掛けた。アルの長剣が鋭く陽光で光った。瞬間、三体のゴブリンの頭が宙を舞った。アルの戦い方は精錬された技が成せること。
俺もアルの後ろからゴブリンへ奇襲を掛ける。ナックルで拳を固めて四体を撃波した。ゴブリン討伐の正直な感想は豆腐より脆い物体を殴っているようだ。
残り三体。アルが畳み掛けた。刹那、残り三体のゴブリンの頭部が宙を舞った。まるで、舞のようにその剣筋は美術品のように見えた。
「シウさん、貴方強いわね。想像以上だったわ」
「いえいえ、この装備のおかげです」
「さぁ、ゴブリンの討伐の証に耳を切っていくわよ」
「はい!」
二手に分かれてゴブリンの耳をシエルのお店で購入していた短剣で耳を切った。
冒険者として初めての討伐は、モンスターによって与えるダメージが装備によってかなり強化されていることが実証された。凄まじい威力だと思った。今後の討伐は状況に合わせて、加減をする必要があると気がつけた実りある討伐経験になった。
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