第12話 カルネアデス王国

随分走った。

周囲を見渡すと山や村らしきものが見えた。

ようやくだ。ようやく見つけることが出来た。どれほど、この瞬間を待ち望んでいたことだろうと、俺の心は感動に震えているさえいる。


「ようやく、村か。この世界に来て以来、初めての純粋な人間と出会えるなんて、なんだか涙が込み上げてくるような気がするな。よし! あの村に行ってみよう」


村の人々から警戒されないように、地面を砕きながら走るとか、俺の力が込めすぎないように、細心の注意を払った。


目視で村が見えている。歩きで充分だろう。


「楽しみだなー」


晴天快晴也。

良い日になりそうだ。


村に着いたら、まずは食事かな。ウルトから解放された力のおかげで空腹という感覚が無くなっているが、食欲は多少残っているようだ。なにしろ、食べることは生きている実感を得られるこの上無い瞬間だ。


何があるのか、想像するだけでとても楽しみだ。

あと、情報収集も欠かさずやっておきたい。北の方角についてと、周辺各国の状況、この国のこと、後、諸々の装備品も揃えたいところだが、先立つものがない。


そうだ! お金が無いぃー!!


「あの村に行けば、ギルドみたいのがあるのだろうか。もし登録することが出来るなら、今後のためにしておきたい。あと、アルプが使っていた収納魔法も習得しておきたいところ」


そうこう考えているうちに、村に着いた。

正直に言おう。かなり、発展した村というか、街だ。都市まではいかないが、出入り口であろう、門も巨大でかなり立派な造りだ。


「さぞ、名匠が造ったのだろうなー」


門には列ができていた。近づいてみると、ラノベやアニメに登場してきそうな中世っぽいけど、現代っぽい装備をした人々が並んでいた。


俺も列の一番後ろに並んだ。同時に後続にも人々が到着して長い列になった。


モンスター対策だろう。鎧を着た兵士が列を守るように見守っている。


長い列だったので、しばらく入門に時間が掛かるかと思ったが、思いのほかスムーズに列が街に吸い込まれていくようだ。かなり速い。これは、さぞ、仕事が出来る人間がいるか、街へ入る際には簡単な手続きで済むのかも知れない。


聖域以外で初めて会う人間。いや、あの森にいた聖域いた奴らを人間と言っていいのだろうか。済んだことだ。取り敢えず結論は後回しだ。この街はかなり発展しているから、情報収集として持ってこいの場所だな。とても楽しみだ。


「次の者前へ」


門番の兵士の声が聞こえた。


「はい!」


「この街にはどのようなご用件で?」


「仕事探しに来ました。かなり発展している街のようなので、仕事が見つかるかと」


「なるほど。身分証はお持ちで? もしくは、ギルドカードはお持ちですか?」


「いえ、どちらも持ってはいません」


「その血で汚れた衣服を観るに、襲われましたか?」


「はい。モンスターの群れに遭遇してしまい、そこで荷物も身分証も、何もかも無くしました。辛うじてこの街が見えてすがる思いで歩いて参りました」


「ふむ。わかりました。この街にある魔獣補償制度を適用しましょう。あくまで補償ですので少額ですが、ギルドでの登録料やら衣服代に充てると良いでしょう。大変でしたね。カルネデアスは貴方を歓迎します。では、門兵に補償金を受け取り中で手続きを。次の者前へ」


「ありがとうございます!」


俺は対応してくださった優しい街と兵士の方々へ深々とお辞儀をした。武装はゴツいが、中身は人間、とても優しい顔が見えた。


門兵に連れられて、門と一体になっている石造りの部屋へ案内された。そこには、行政の人が多く移動していた。見るからにとても忙しいそうだ。こんなにスムーズな対応を後ろで支えている人々がいるからこその対応の早さだと思い知った。


「さて、大変な旅路でしたね。お名前をお聞きしてもいいかな?」


「シウと言います」


「シウ様ですね。では、こちらの紙へサインを。補償内容の詳細になります。少額ではありますが、この街へ労働という名目でしたので、労働手当が付きます。なので、補償の対価として今後労働した場合に税収として3%徴収いたしますので、予めご承知おきください。他、カルネアデス王国は貴方を歓迎するに当たって、いくつか約束があります。そう身構え無いでください。一つ目は王国内では戦闘は決してしないように。二つ目は、許可無く物を販売しないように。最後の三つ目は、王国側の命令には必ず従うことです。この三点だけ押さえておけば大丈夫ですので、問題なければ、こちらへサインを」


この世界に来て初めての文字だ。この異世界の言葉は理解出来るようだ。それに有り難いことに文字もスラスラと書ける。簡単に問題無くサインが出来た。内心かなり嬉しかった。俺が異世界語をマスターしているからだ。今まで気付かなかった俺はバカだが、それなりの発見はあった。この街は王国の首都に当たるカルネアデス王国という名前の国らしい。


だから、門構えも街並みも立派だったのかと、また俺のバカさ加減が脳内で爆発していた。


「字、とても綺麗ですね。どこかの国の貴族ですか? 商人ですか?」


「あの、俺は、独学で文字を学びました」


「独学で!? それは凄い才能ですね。本来ならば、学院または学術院に行かなくては、ここまで綺麗な文字を習得することは出来ないんですよ。しかも、シウという貴方の名前もどこか異国の雰囲気がありますね。失礼いたしました、この王国で、多々成る祝福を」


「ありがとうございます」


役所の人に御礼を言うと、街の中に入った。第一印象は、凄い人の数だ。前にいた世界で例えるならば、東京みたいな密度を感じた。この街は都市または大都市なのかも知れない。見ず知らずの民にお金を補償してくれるなんて。難民制度も充実しているとか、凄くないか!?


しかも、少額としきりに役所の人も門兵の人も言っていたけれども、かなりの額が入っている。この王国での通貨は金貨と銀貨、銅貨の三種類だ。ゲームに出てきそうな名前だ。


金貨が二十枚に、銀貨も銅貨も二十枚ずつ布袋には入っていた。役所の人が知らせてくれた紙には、貨幣価値のことも簡単に記載してあった。簡単に言うと金貨は一枚あたりの価値は、十万円だ。銀貨は一万円。銅貨は千円。つまり、二百二十二万円をポンと渡せる程の国家というわけだ。


前世にこんな待遇ならば、一年は余裕で何もせずに暮らせるかも知れない。だが、この王国の物価がどれ程のものかを俺は知らない。というか、世界がどのような物価傾向にあるのかも、文明レベルも知らない。門兵や役所の人が着用していた服や書類の様子を見る限り、見た目は中世で、実務は前世レベルの文明というのが印象だ。


「まずは、服だな。こんなに汚れていては乞食と間違えられるかもしれない」


ドラゴンの群れでの戦闘で返り血を浴びた真っ赤だった色はくすんでドロで汚れた薄汚い服になっていた。


「お兄さーん、街案内してあげようか?」


「え?! どちら様で?」


「街の案内人のアルだよ」


そばかすと赤髪がチャーミングな少女が話しかけてきた。


「そうだなー、いくらだい?」


無料というわけでもないだろう。


「銅貨幣五枚だよ」


五千円か。まぁ、チュートリアルにはいいか。というか、安いのか高いのかわからない。道案内に五千円と聞くと前世では間違い無く客引きでアウトなやつだよな。だが、ここは異世界。前世と同じことはならないだろうと何かに祈った。


「わかった! 服屋と宿と冒険者ギルドがあるといいんだけど。案内お願い出来るかな? というか、冒険者ギルドは存在している?」


「うん、まいどあり! 全部あるよ。このカルネアデス王国には無いものは無いんだよ」


「それはよかった。それじゃ、まずは服屋にお願いします」


「承知しました!お客さん!この王国で一番の服屋を紹介するよー」


「予算もあるから、一番じゃなくても冒険者に合いそうな服屋を希望かな」


「お兄さんは、なんていう名前なの?」


「俺の名前はシウって言うんだ! アルよろしくな!」


「シウさんね。わかった! これからよろしくね。この門から少し歩くけど、評判の良い衣類と武具店の商店街があるんだ。そこには冒険者ギルド・アカツキがあるから都合が良いと思うわ」


「冒険者ギルド・アカツキか。そりゃ、冒険者に合った商店街が出来るわな」


「お兄さん、察しがいいわ! そういうことよ。この街で欲しいものは何でも手に入るわ。案内人という仕事もちゃんとした行政の仕事なのよ」


「アルって、凄いんだな!」


「そうよ! この王国の街ベスト案内人にも選ばれたこともあるんだから!」


「それは、頼もしいぜ! アルはこの仕事は長いんだな」


「そうね、まだ三年程度かしら」


「三年でベスト案内人に選ばれたっていうことは凄くね?!」


「そうよ、凄いのよ! 街の案内人は王国の顔にもなる職業だから誰でも就けるというわけでもないのよ。しかも、この首都カルネアデスはとても大きいの。その大半は居住区だけれども、繁華街の規模も大半を占めるから行商人の案内役を務めたりしる場合もあるわ。シウさんのように、難民者への案内も私達案内人の仕事なの」


「へぇー、けれど、女性一人で案内するのって大変だったりしない? ほら、全員が良い人とは限らないし」


「門にいた、役所の人も言って無かった? この街のルール。にと? もし、争いで戦闘になったとしても私はこう見えて強いのよ。現役冒険者だったりするのよ。案内人の仕事と冒険者のどっちが副業なのか、私自身でも分からないけれども、腕には自信はあるわ!」


「まさか! 現役の冒険者に早速出会えるとは!」


「驚いたでしょ。私って色々出来るのよ。冒険者だから、この街や王国にも詳しいのよ」


「なるほどね。どおりで詳しいわけだ」


「そういうこと」


「冒険者というとランクとか、階級があったりするの?」


「あるわ。それは、冒険者ギルドに到着したら教えてあげる。別料金で戦闘の訓練もオプションであるわよ」


「俺、魔法を覚えたいんだ! あの収納魔法ってやつ!」


「収納魔法? ああ、一般生活魔法と行商魔法と魔導魔法の三種類があって、この辺りは魔法使いなら当たり前の常識なんだけれども、本人の適性によって決められるわ。魔導魔法級は有り得ないけれども、一般生活魔法と行商魔法レベルなら魔法の才能が無くても取得出来る筈よ。あまり期待を上げ過ぎないように一応釘刺しておくけれども、冒険者ギルドで適性を見るまではわからないんだからね」


「了解だ! アル、ありがとな!!」


「シウさんは不思議な人ですね。名前からして、生まれは異国でしょうけれども、その服を見るからに本当に大変だったでしょう」


「まぁな! でも、俺は生きてここにいる!」


「シウさん、貴方凄い人ね。本来、辛いことがあったりしたらその辛さに甘えるものだけれども、貴方からの笑顔からは微塵も感じ無い。強い意志を感じるわ」


「アル、ありがと!」


「シウさん、こちらこそ。ほら、雑談をしている間に、冒険者組合が運営しているカルネアデス王国一番の冒険者商店街ですよ!」


「おお!!」


凄い人だ。群衆とでも言うべきか、こんなに活気のある商店街は前世でも見たことがない。それに強い気配を複数感じる。正に冒険者の為にある商店街って感じだ。


「どう? 活気があるでしょ? 王都にはいくつかの大規模な商店街が存在しているけれども、冒険者商店街が一番の活気がある大通りなのよ。ほら、シウさん、あそこに見える看板のシエルブルーっていうお店がオススメですよ。早速、行きましょう!!」


アルが俺の腕を組み引っ張って、群衆をスイスイと進んで行く。これは熟練したスキルだと感じた。案内人の仕事って大変だと感じると同時に尊敬した。


「ほら、到着したわ。早速入りましょう。マスター!」


お店の中に入ると沢山の人がいた。俺よりデカい冒険者が何人もいた。歴戦の冒険者って雰囲気だ。壁には剣や盾、鎧に、広い店中にある棚には衣類が多く綺麗に並んでいた。


「アルか! お客さんかい?」


「ええ、紹介するわ。シウさんよ。この方は、この王国に来たばかりの人なの。シエルのお店で何か見繕ってくれると嬉しいわ」


「初めまして、シウと申します!」


「おう! シエルブルーの店主、シエルだ」


屈強な風貌だ。


「シウさん、シエルは元冒険者なの。しかも、かなり強いのよ」


「がははははッ! アルは相変わらずだな! シウさん、予算はいくらだ? 予算に合わせて見繕うよ」


「予算は金貨数枚程度でお願いします!」


「そんだけ予算あるなら、お釣りが出るわ! そうだな、冒険者希望でその予算なら良い品がある。服装の希望はあるか?」


「兄ちゃん、見た目は細いが、かなりの強いだろ?」


凄い。冒険者の勘というやつなのだろうか。


「それなりには、人並み程度です」


「詮索するようなこと言ってすまんな」


「いいえ、俺のことは気にしないでください。ありがとうございます! 希望があるとすれば、汚れにくく、洗い易いやつがいいですね」


「そうだな。これならどうだ? 少し値は張るが、服に≪物理無効の効果付与≫と≪汚無効の効果を付与≫してある服がある。これは、戦闘向けというわけではないが、衣類では一番の効果が付与されている」


「それでお願いします!」


「兄ちゃんのローブを下取りしよう。少しだが、値引きして金貨三枚でどうだ? 他にはどうだ? 武器も付ければセット割もするぞ」


「武器なら、拳を守るような武器がいいです」


「兄ちゃん、武闘家か! それなら、このナックルはどうだ? ある名匠がしつらえた紫皇龍パープルエンパイアドラゴンのナックルだ。本来は王族や貴族に卸す程の品だが、兄ちゃんの強さに合うのはウチの店ではこれが最上級だろう。セット割で金貨十枚にするぞ! どうだ?」


「それでお願いします! 出来れば、靴や諸々一式お願いします!」


ここで自己投資しないでなんとする。この店の品々はかなり武装に特化している。今後の戦闘や活動を見据えると安い買い物だろう。予算は金貨数枚のつもりだったが、シエルさんの商売が上手ということも相まって、金貨十五枚になった。


「シウさん、補償金殆ど使ったんじゃないですか? 大丈夫ですか?」


「アル、大丈夫だよ。これは自己投資ってやつよ」


「それじゃ、早く冒険者に成って稼がなきゃね! 準備が出来たら、冒険者ギルドに行くわよ」


「おう!」


新しい服一式に着替えて、ナックルの武器も服も靴も新品だ。しかも、汚れに対して強い耐性効果が付与されているとか。一番は、汚れに強いということと、この武器、紫皇龍パープルエンパイアドラゴンのナックルは名は無いらしい。落ち着いたら名前を付けようと思う。


お店を出ると、大勢の群衆を泳ぐように、アルが冒険者ギルドまでスイスイと案内してくれた。

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