第11話 聖戦の産声
走る。走る。景色は緑一色。浅い草原が景色に溶け込んで加速していく。緑と青のコントラストは空と大地という存在を忘れてしまうかのような去りゆく景色が眼に焼き付いた。
何かを見落としているのか、そんなことは走っている間は感知しない。違和感があれば止まる。今は聖域という場所から直ぐに離れることも追ってから逃れるための条件だと俺は思った。
暫く走って景色が少し変わった頃に、走る勢いを緩めて変わりゆく光景に眼を走らせた。木がまばらに生えている。浅い丘が緩やかに広く大きく波打っているような印象を受けた。
現在の状況を分析するまでもなく、状況は少し木が見えた程度で大して変わっていないということが自分の中で自己完結した。
走ってきた方角を振り返って見た。追ってが来る気配はない。走ってきた跡が残っている。これは、振り返って初めて気が付いた。
「俺バカ過ぎる、こんな崩れた足場が一直線にあれば、「追ってに来て下さい」と言っているようなもんだな。まぁ、いいか。済んだことだ。気にしないこと。これからは、足跡も隠していこう」
今までは一心不乱で走ってきたということもあり、当然ながら大地という足場が、大きく崩れて大きな足跡を残していた。これは失敗だが、不思議な点がある。モンスターの類いが一切気配が無いということだ。
というわけで、俺はジョギングよりも速い速度で走ることを再開した。方向感覚は皆無なので、太陽の傾くのを見ながら、恐らく北側であろうという己の感覚を信じた。こればかりはどうしようもないのだ。
何か特殊な能力でもあればなー、人でもいい!
心の底から人肌恋しいと思ったのはこの瞬間かも知れない。
※
「あはは、面白いことになったねー」
お腹を抱えた魔女が事の問題に嘲笑った。それは、
「静粛に」
白く清潔感のある髭を蓄えた男が魔女を叱る。魔女はその男に対して口を開く。
「バキエル、あんたの命令でもこの状況は笑うしかないだろう。ほら、ハナエル、あんたんとこのマレフィキが、起こした始末どうするんだい?」
「黙れ。神託は確認した。確かに、
魔女は更に見下すように嗤う。
「神託ね。それがどうした! 結果どうなった。大神殿の破壊活動に、彼を逃した大罪をどう説明する? 神託ならば、結果は絶対だ。なのにだ。この様は、なんだ? 答えてみろ、ハナエル」
「愚問だ。アスモデル、神託は降りた。結果もその通りとなった。彼は神託のままの行動をした」
「その神託がこの様ね、本当に嗤えるわ」
バキエルは眼を細めた。魔女の風貌をしたアスモデルは静かに冷静に見下し嗤った。彼女の階級は
本来であれば、アスモデルが階級的にも戦闘的にも遙かに上位であるが、この聖帝議場の場にいる場合においては序列は同列と見なされる。だが、私は
「アスモデル、静粛に」
「だから、バキエル、お前な! シウという存在がどうしてこの聖域に入ることが出来たか神託は降りているか? この場で神託が降りたと言っているのは、ハナエルだけだ。神々は我々に何を所望されている? 何故、ハナエルだけに指定した? シウという人物は、いや、存在は、聖域という概念に支障が起きる程の大問題だぞ。何故、貴様は冷静に状況を俯瞰しているつもりでいる?」
「言葉が過ぎるぞ。アスモデル。だが、ハナエルだけに神託が降りたこと。他、一部の神託者に神託が降りたことが問題だ。そうだな、ハナエル」
「ムリエル、貴様のところのウルトレス・スケロルムのせいで、こうなっているのだがな!」
ハナエルが獲物を見るような鋭い殺意に満ちた眼をムリエル自身察知していた。このままでは。
議場が荒れる。力の序列があれど、議論する場である以上、この聖なる議場は皆同列扱いになる。議場内で書記をしている下位天使らは上級天使らの言葉を黙々と記録している。
「神託が何故、我々全員では無く、一個人の上級天使に降りたことが謎だ。我からも神々へ進言を提案する」
一際大柄な男である序列七位のウェルキエルは、力強く発言した。
「神々は我々に何をご所望されているのか? もしくは何かの意図があるとでも?」
序列第八位のハマリエルはそう問いを議場に投げる。
「神々らが何をご所望されているのかは、我々では深淵なる御心を覗くことなど皆無。だが、神々らが我々を欺き混乱に陥れるとは考え難い」
バキエルは、神々らがハナエルに降ろしたとされる神託は本当に存在するのだろうか。ムリエルの部下には神託が降りたことにして、阻害させたそうだ。何故? 無限加速する思考もやはり解決には至らない。
上級天使の我々の頭脳は中位、下位の天使級の比ではない。次元が違うというレベルでの思考加速が生んだ議論であり、聖帝議場にて解決しない問題は前例は一切無い。
「バキエル、貴方、神々の神託が嘘だったという話をしようと考えているの?」
序列三位のマルキダエルは静かに発言した。
「マルキダエル、神々の神託は絶対である。虚言は我々の存在如きでは口にも心にも思えないというのが真実だ。神々での深淵なる意図があるのか、もしくは、我々を試すためか、もしくは、シウという彼の存在が神々にも予期せない事態であったか」
無限加速した思考が終着した結論である。だが、加速さは光や次元すらも忘れて更に議場内を白熱し加速する。天使らの速記詠唱を止めざる得ない事態まで発展した。
「バキエル、ハナエルの罪はどうします?」
ムリエルは平然と口に出す。見透かしたように口元は微かに笑っている様だった。
「貴様もハナエルも保留だ。神々らへの進言と提言は私から伝えるとしよう」
シウか。何者なんだ? 我々の思考加速でも結論が出ないのが異常だ。この議場で異論を出す者はいないだろう。口に出さなくても思念伝達で議論は加速の果てにいる。聖域に神々の許可を無くして侵入出来る存在であり、報告によれば、別の聖域からの来た痕跡も確認されているだとか。
この
シウという存在が及ぼした影響は、私が考えている以上の存在? 神々らも予測がついていない可能性もあるかも知れない。
「情報が必要だ。シウという人物を可能であれば始末せよ」
「バキエル、頭大丈夫?」
「どういう意味だ、アスモデル」
「シウという存在は、我々の結論だと
バキエルは思考が停止した。
「何故だ? 上級天使である、我々が何故、止めることができない?」
純粋な疑問であり、問いだ。だが、アスモデルからは。
「シウという名の仮定とした存在は、世界秩序を超越した存在である可能性があるからよ」
「ありえん! 我々が信仰する神々らを超越した存在など決して認めることはできない!」
「バキエル、貴方も思考が停止しているでしょう? それが我々の限界であり、世界の応えであり、答えよ」
「有り得ん! 断じて有り得ない!!」
「冷静な貴方が慌てる姿なんて、初めてみるわ。それは、バキエル、貴方自身にも神託が降りたんじゃないかしら?」
聖帝議場が気付けば光に包まれていた。神々が神殿祭典(しんでんさいてん)以外に前から、直接神託が降りることなど、過去に一度も無かった。
神々らから神託が降りた。
<シウを抹消せよ>
「主よ、その真意をお聞かせください」
<シウは我々と同じ存在に成りつつある、それらは決して許されない世界の均衡を崩壊することに繋がることは必至である前に処せよ。そして、バキエル、神器を持ってシウを討つのだ>
「主よ、我々の結論では、それは不可能だと結論が出ました」
<愛しいバキエルよ、それは結論では無く、机上の推論であろう。シウはまだ至っておらぬ。安心せよ、お前達は神々である我々が創造した存在達。後れることがあってはならぬ。いいな?>
神々の直接的な神託は絶対であり、超越者から拝謁するのは、無限の時を生きた存在である上級天使でも片手で数える程も無く、これは、世界創造と聖域大戦に匹敵する状況なのだと、思考を加速させた。
「はッ!」
全員が一斉に立ち上がり声に出した。
神託は降りた。
これは最早、単なるシウという人物の抹消という生易しい問題では無い。
大戦争規模を遙かに凌ぐ、超越者たる神々で在らせられる主が直接前線に立つ可能性を秘めているということを聖帝議場にいる上級天使全員が感じた。
「神託は降りた。全員拝聴した通りだ。シウを孵化したばかりが僥倖であり、唯一無二の好機である! 皆心せよ! これは聖戦である!」
バキエルの声に上級天使全員が一斉に呼応する。
「
上級天使全員が議場を後にした。
聖戦が始まる。
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