第10話 力の目覚め
大神殿メ・ノスと呼ばれる建物は、近くで見るとその巨大さで圧倒されてしまう迫力があった。生まれて初めてみる完全な純白に金色で至るところに装飾がされている。
豪華絢爛とも違う、これは神聖な建築物という完成した芸術作品の頂じゃないだろうか。俺は素人ながら完全にその存在感に圧倒されていた。
「どうぞ、シウ様、こちらへ」
仮面を被った案内人がそう言う。ここにいる全員の仮面の模様が違う。よく観察してみると、模様だけではなく模様に施されている色も違うような気がする。
「あの、全員仮面を被っているのは何故なのですか?」
「ここにいる教徒は、仮面に施されている模様によって階位が異なるのです」
「そうなんですね」
「そういう信仰だと思ってください」
「わかりました」
仮面で顔はわからないけれども、案内人の顔が笑っているような気がした。見える筈は決してないんだが、そう感じ伝わった。
「ここからは、転送で貴方を移動します」
「はい」
明らかに巨大な建築物だから、徒歩や多少な自動機械があったとしても膨大な時間が掛かってしまうことだろう。だが、転送で移動することでいくつかの部署を経由して、目的地まで移動することができた。
そんなに時間は経過していない。小さな部屋、中くらいな部屋、大きな部屋が、切り替わるように瞬時に光景が変わる。不思議な感覚だ。
「シウ様、お待たせいたしました。大司教様がおられる聖階へ到着しました」
「ありがとうございます」
「私はここまでです。この扉を開けた先に大司教様がおられます。では」
「はい、ありがとうございました」
案内人は瞬時にいなくなってしまった。部屋の真ん中には巨大な扉が聳え立っていた。宙に浮かんでいるようだ。表も裏側も同じ模様の造りになっていた。部屋のサイズは大きな部屋。推測だが、前世にあったエレベーターのような縦に直線的な構造ではなく、複雑な経路を経てこの階層へ繋がったのだろう。窓も無いので外の景色も見えない。
正面から門を開けると、隙間から光が漏れてきた。眩しいということはない。決して油断しないように気を張った。大司教という存在は前世にもいた。が、この世界の大司教は違う存在だろう。そう俺の直感が脳裏に囁く。
光が晴れると、そこには、荘厳で聖なる場所という言葉しかない空間が広がっていた。圧は感じ無いが、神様が居てもおかしくない雰囲気はあった。こんな感覚初めてだ。魔物や魔獣と対した禍々しい雰囲気とは正反対という言葉がしっくり来るだろうか。実際には俺が保有している語彙力程度ではこの圧を正確に表現することは出来ないだろう。恐らく、俺以外の誰にも。
「シウ、よく来ましたね」
優しい言葉が聞こえた。耳慣れた声だ。不思議だ。俺はこの世界に来てから、知り合いはアルプしかいない。耳慣れた優しい言葉には前世で聞いたような言葉の印象と受け取れた。
「その判断は正しいですよ。私は異世界語で今話をしていますから」
「俺が異世界人だということに気付いていたんですか?!」
「この言葉は、日本語という言語形態なのでしょう? 聖典にも記録はありますが、貴方が異世界人であり、日本人ということまでは神託が降りるまでは、私自身も与り知らないことです。貴方は日本人のシウ様でよろしいですね」
「はい、間違いありません」
だが、俺自身のことは記憶がさっぱり無いが、前世の記憶は丸々覚えている。はっきりと。
さて、聖典という言葉が出てきた。つまり、これは。
「他にも、日本から来た異世界人がいるのでしょうか?」
「はい、いますよ。ですが、神託が無い限り詳細は控えさせていただきます」
「あの、大司教様は、どうして俺をこの聖域という場所に入れてくれたんですか?」
「・・神託が降りたから。そして、異世界人であること、そして、異世界の知識を恐らく持っている完全者だということが神託による神からの言葉を仰せつかっております。シウ、貴方の力はこの異世界にとってはかなり貴重な力です。なので、我々が管理することで世界の均衡を保たせていただきます」
「あの、先程から何を言っているのかよくわかりません」
聞き違いでなければ、俺はこの組織の管理下に置かれるという認識でいいのか? いや、なんだか、きな臭い感じがする。直感だろうか。
「そうですね。はっきり、言いましょう。シウ、貴方を保護したいのです。異世界人は貴重であり、かつ、この世界にとって危険な存在であるという二面性を含んでいます。貴方にはこれから、神の名に置いて我々の庇護下に置かれ永続的に管理されます」
「申し出は受け入れることはできない」
「我々の庇護を受け入れないと?」
「残念ながら」
「そうですか。ですが、神託は絶対です。貴方は、聖域に侵入した時点で庇護下に置かれ決定されました。シウ個人の意見は参考以下にしかなりません」
この組織イカれてやがる。
「なら、力尽くでもここから出させてもらう!」
「それは不可能」
その俺の言葉に呼応するかのように、さっきまで存在していなかった武装した兵士が突如目の前に現れた。何かを唱えている?! まずい感じがかなりする!
兵士を殴って壁まで吹き飛ばした。殴った感じは、あのドラゴンよりはかなり弱い。殴られた兵士は完全に沈黙していた。他の兵士が目の前に襲ってくる!
「片っ端から!!」
殴りまくった。兵士全員が壁にめり込んだ。
「素晴らしい!! これが異世界人の力!!」
「この大司教とやら、かなり狂ってやがる!」
「敬虔な教徒だと言って欲しいものだね」
「お前は、狂信者だ!」
力を込めて拳を握り、殴った。が、届かない?!
「どうした? 日本の異世界人?」
蹴る、殴る、拳と足が大司教に当たる寸前で何故か止まる。寸止めしているわけではない。壁をぶち抜く勢いで攻撃しているが届かない。
『
目視で確認した。大司教の周囲にはバリアみたいな力を纏っている。何かを大司教は唱えている。詠唱か?! 今の俺には神法やら魔法の未知の攻撃や防御に対する耐性や攻撃を貫通する手段はない。この場合は選択肢は一択。
「逃げる!!」
「無駄ですよ、シウ。貴方は神々に選ばれた存在。聖域全体が貴方を完全に庇護するでしょう。完全に」
優しい言葉はもう微塵にも感じ無い。悪意の塊。狂気の産物か何かだ。この世界にいる異世界人は俺だけじゃないということを知れたのは大きな収穫だったが、今はそんなことを考えている余裕はない。全力で壁という壁をぶち抜いて貫通させて入り口を創る!!
「神々の前では、全てが無駄なこと」
マレフィキ大司教は薄く仮面の下で笑みを浮かべる。
「絶対に逃げ切ってやる!!」
俺は無我夢中で移動した。膨大な部屋に空間をぶち抜いた。多くの兵士を薙ぎ倒し前に進んだ。ドラゴンほどの強さは無いが、ヤバイ雰囲気があったのは、あの名前を名乗らない大司教という謎の仮面の人物。模様は明らかに周囲で見かける兵士やら、一般教徒とは違うように見えた。
体力なら無尽蔵にある。いつかは外に出られる筈だ。だが、見えない何かにぶつかった。
「なんだ? これは一体。透明なケースに入った何か? なんだ?」
よく見ると、ケースというか、巨大な容器に何か巨大な生物? が入っている。
「モンスターか?! 生きているのか、これ」
「いいえ、生きていない」
「!!?」
声がする方向に振り向くと、逃げ切った筈の、あの大司教がそこに居た。まるで、今までの騒動の間、ここに長居したかのように寛いでいる。
「ああ、君、シウだろう? 私はマレフィキ大司教ではないぞ。私はウルトレス・スケロルム。ウルトとでも気軽に呼んでくれたまえ」
よく見えたら、仮面の模様が違う。
「敵だな!」
俺は身構えて攻撃態勢を瞬時にとる。
「敵じゃない。君をここから出る手助けをしようと思ってね」
「その言葉を信じるとでも?」
「そりゃ、信じないだろうね。我々は全て別の意思で動いている。系統も違う。神託の是非も何もかも、ね。私は君のような不思議な存在が、この誤った世界でどう活躍するのか観てみたい傍観者であり、熱心なサポーターと言ったところかな。まぁ、私の言葉だけだと信じることは到底出来ないだろう。だから、君本来の力を解放しよう」
「どうも、信じられない」
「まぁ、聴きたまえよ。私はね、多数の異世界人が実験台になっていく様を散々観てきてうんざりしているのだよ」
「それも神託というやつか?」
「どうだろうね。私個人の意思だと思っていい。だから、言葉よりも行動で示そうじゃないか。それが、私に出来る懺悔であり、神々への復讐なのだから」
ウルトが手を俺に手をかざした。攻撃してくる気配や意思を感じ無い。だが、これは。
「なんだ?!」
「落ち着け。今、力を解放してやる」
眩しい光が俺の全身を覆った。内側から途轍もない何かが湧いてくる。なんだ、この力は。
「これは?! 君は一体何者になったんだい?」
「それは俺が聞きたいね」
明らかにウルトが驚いている。俺自身も驚いている。まるで、何でも出来てしまうようなこの全能感。
「一応、君の状態を確認させてもらったが、どの異世界人とも共通していないことは断言出来る。シウ、君は本当に異世界人なのかい? いや、神託ですら無い?! 神の意思以外の何か? どういう状態だ?!」
ウルトは驚く表情を必死に抑えようとするが、同時に同様している様が違和感を感じた。俺自身が今までと違う変化が一瞬の光に包まれただけで何かが解放されて制限が解除されたようだ。状態がなんとかと、ウルトは言っていたが、ステータスというやつなのだろうか。俺にも見せて欲しいところだが。
「やってくれたな! ウルトレス・スケロルム!」
あの大司教の声が聞こえた方へ振り返った。純白の羽を生やして宙に浮かんでいた。
「マレフィキ、君の行為は、神への冒涜行為、謀反、そのものだよ。君の神託は間違いだ。私の意思がそう囁くのだから」
「ウルトレス貴様ッ!!」
「マレフィキ、もう何もかも遅い。私は彼を解放したのだから。これから、この世界は面白くなるぞ」
「笑い事かッ!!」
怒髪天とはこのことだ。仮面の裏側では怒りの形相が見えなくても、気配と言葉の圧だけでこの場の空気を満たした。
「シウ、私が許す! 気が済むままに」
「ウルト、力を解放してくれた事には感謝する。だが、貴様達を信じたわけじゃない」
「それでいい。この世界を自由にすればいい」
「二人でごちゃごちゃとッ! 神の名の下に裁きを!!」
『
巨大な一撃が階層全体を大きく揺らした。凄まじい衝撃だが、俺自身には対したダメージは入っていないように見える。ただ、光に包まれただけ。それに、俺は何かに意思から逸脱ているような意識が沸き上がってきた。
これは、誰の記憶だ?! 俺の知らない記憶が頭に流れ込んで来る。この攻撃は、単なる破壊行為じゃなくて、洗脳の類いなのか?! それでもおかしい。何かが変だ。ただ、俺は攻撃をしてくる。マレフィキに向かって渾身の一撃をかました。
「は?」
マレフィキの右半身が完全に吹き飛んだ。マレフィキ自身も気付かない程に。
「何故! これ程の力を、シウ貴様が持っている!?」
「ウルトに俺の力を解放してもらった。どうやら、俺は本来の力が使えるようになったらしい」
実際には、俺自身の力の底は見えないんだが。
「本来の力だと?! ウルトレス・スケロルム!! 貴様、説明しろ!! どういうことだ!! 我々の一撃が効かないという状態はどういう意味を指す!!」
「それは、私には分からない。最早、我々でどうすることも出来ないというやつさ」
「貴様! 十二天宮天使(ゾディアック・サイン)が黙っていないぞ!!」
「これらは、神託を超越した世界の意思であり、我々の感知することではない」
俺は二人が言い争っている間に逃げることにした。マレフィキが起こした一撃で外側が見えたからだ。一刻も早くこの聖域とやらを抜ける。今の俺なら、そんなには時間が掛からない筈だ。
「行かせないよ、マレフィキ」
「どけ! 貴様如きッ」
「マレフィキ、君が受けた神託は本当に神託だったのかい? 私には、そうは見えないし、神々の意思が介在しているとは到底思えないし、彼は神の意志の外側にいる存在だ。我々の力程度では、孵化したばかりの彼を抑えることは、万が一にも出来るかも? 知れないが、倒すことも捉えることも出来ないだろうね。神託が降りる前に彼は、この聖域に踏み入った可能性がある以上、神々が動く。天使如きの我々では最早役不足だよ。残念だったね、マレフィキ」
「貴様、殺してやる!!」
「おお、こわ! 君は私より下位の存在だ。亡者の成れの果ての我々が殺し合ったところで、勝負はもう見えている。マレフィキ、君には、罪を償ってもらう。神託という名を借りた個人の意思で動いたことは明白。私の罪も同罪だろう。この世界にとっては、はてさて、彼はこの世界をどうするのかな? 彼がこの世界に降り立ち、その潜在の能力を解放した今、何が起きるのか、とてもワクワクするな」
大聖堂陣営シウが聖域を駆け抜けたのを観測した。その速度は神速に匹敵する程。神託者や下級天使程度の存在では、シウの気配すら感知することは不可能と確定された。
その頃の俺は、息も上がらない身体になっているせいか、全力で森を駆け抜けた。聖域なのでモンスターの類いは感知しないが、五感が鋭敏になったせいか、小さな気配でも手に取るようにわかった。ウルトには俺の本来の力? を解放してくれたことには感謝している。
さて、とりあえずはこの聖域を抜けることが大前提だ。追っては十中八九来るだろう。そんな面倒なことにはなりたくない。いずれは対峙する場面が来る可能性もあるが、それは今じゃないということは俺自身がよくわかっている。
暫く走ったら、あっと言う間に森を抜けた。生い茂った森は遙か後方だ。もう景色の果てにあるかと思うぐらいだ。俺ながら、爆速で走っただけはある。
「とりあえず、北にいかなくちゃな。アミークスに会わなくちゃいけねぇ」
周囲、目立ったものは無く、草原がただ広がっているだけなので、とりあえずは何か見えるまで走ることにした。
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