第7話 聖域と神託者

暴れる。

見た目はあの最初に遭遇した真っ赤なドラゴンより小ぶりだが、それでもデカいと思う。半分ぐらいのでかさだろうか。


人間で言うところの襟足にあたる部分を両手でわしづかみしている。全力で、渾身の力と込めて。ドラゴンの分厚い皮膚に両手が深く食い込み、ドラゴンが悲鳴の咆哮をあげる。身体の芯まで深く食い込むような咆哮だ。


ドラゴンは空中を縦横無尽に暴れる。


「この程度で振り落とされる俺では無いのだよ! ここか!」


何か指先で強くつねった感触で、ドラゴンの動きが変わった。まるで、俺がドラゴンを操縦しているような。だが、ドラゴンは他にも無数にいる。このままドライブしてもいいが、無数のドラゴンがこちらを目掛けて追いかけてくる。


「本当に埒があかないな! まずは一匹!!」


ドラゴンの首の骨を折った。急降下する。想定内だ。焦らない。冷静な俺が自分に言う。息をしていないドラゴンの背に移動して、背を足場にして向かってくる、次のドラゴンへ跳んだ。


二匹目のドラゴンは面を食らったように、方向転換するが、俺の跳んだスピードの方が段違いに早い。跳んだ勢いで加速した分を合わせて、渾身の力を込めて正面からドラゴンの顔面にストレートパンチをぶちかました。


勢いが増したせいか、ドラゴンの顔は潰したアルミ缶のように簡単にへしゃげた。続いて二匹目を足場にして次のドラゴンへ跳ぶ。ドラゴンの群れは密集しているせいで、急な方向転換が出来ないらしい。


三匹目も四匹目も五匹目も六匹目も、それから数えているだけで、合計、五十匹以上のドラゴンを倒した。未だ、俺は空中。落下する速度は倒したドラゴンの山をクッションにしてドラゴンの死体の山へ着地した。


「どりゃ! 俺に掛かっちゃこんなもんよ! 見たか!!」


真っ青な雲一つ無い空に向かって俺は雄叫びを上げた。この異世界に来て初めての達成感。結局、どのくらいの時間の間、ドラゴンの群れと戦闘していたのかはわからないが、体感一時間半ぐらいのような感じがする。無我夢中で集中していたせいもあるかもしれないが、戦闘に慣れた感じが体験として経験値になったと全身で感じた。


一応、俺自身の全身を確認する。この白いローブはドラゴンの返り血で斑模様になって、ダルメシアンのような柄になっていた。いや、ホルスタインか? そんなことはどうでもいい。怪我はしていないようだ。疲れも息切れも感じ無い。


「良し! 服は汚れたのはどこかで洗えば問題無いだろう。近くにモンスターの気配も感じないし、むしろ、ドラゴンとの戦闘でドラゴンに混じっていたモンスター達がいなくなってるな」


空中戦で気が付かなかったが、ドラゴンとの戦闘で随分な距離を移動したようだ。周囲には草や木が見えた。


「あ、そういえば、方角がわかんなくなっちまったー!!」


北ってどっちだっけ?!

混乱する俺。見えるのは、先程までいた荒野から随分な距離を移動したのは間違いない。遠くには森らしき景色も見える。


「ふぅ、ここは落ち着く場面だ。俺落ち着け。北はどっちかはわからないが、荒野から脱出出来たと思えばプラス思考というものか、はぁ」


ちょっと落ち込んだ。さっきまで戦闘で満たされていた満足感は経験値になったが、この失敗も大切な経験値になった気がした。そうするように意識した。アミークスという人物には会うことはできるのかは正直わからないが、広大な荒野を脱出出来たということだけでも、良い収穫だと自分を鼓舞する。


「失敗も経験! プラス思考だ! まずはあそこの森に向かってみよう」


足の方向を森へ向けた。そんなに遠くはなく見える。しばらく歩いてみると、あっと言う間に森へ辿り着いた。森をしばらく観察した。モンスターの気配は感じない。多少の小動物がいるような気配が微かにするぐらいだ。


「とりあえず、入ってみるか」


草や林、森。まるで、元いた世界と同じような植物が生息している。森林浴という感じでとても新緑の豊かな香りが鼻を喜ばせた。リラックスする感覚もあるようだ。腰丈まで生えた草を掻き分けて前に進んだ。


ガサガサと俺の音だけが、森の木々の音と重なり神秘的な空間になっていた。


「息がしやすくなった気がする。酸素が多いのかな」


リラックスしているせいだろう。俺の呼吸も自然とゆっくり深呼吸しているようにゆっくりになっていた。心地良いというのが、この森の感想だ。危険な雰囲気も感じ無い。


「あのさ、その殺気どうにかならない?」


後ろから声をかけられて、身体を反転して声がした方向に身構えた。気配は感じ無かった。声がしたということは人? モンスター?


「誰だ!」


「ふーん、いい動きだね。それに、この鼻に付く濃い血の匂い。これはドラゴンかな? 君、一人で倒したの?」


「ああ、それで?」


視界にも気配にも耳にも、その存在が見えない。


「じゃ、君はこの森に何をしに?」


木々の音に紛れて、はっきりとその謎の声が耳を刺激する。声と状況から察するに俺を探っている様子だ。


「旅をしていて、人探しをしていて、偶然、この森へ入ったんだ」


「ふーん、旅人ねー。殺気剥き出しで森を歩く旅人ねー」


「ここはなんて言う森なんだ?」


「ここはね、森じゃなくて”聖地”なんだよ。本来なら、女神の神託が降りないと入れないし、君みたいな人間族ヒューマン風情が、気安く侵入出来る筈も、森を歩くのは見たことも聞いたこともない。君は何モノなんだい?」


声だけでは中性的過ぎて、男女の区別すらも探れない。そもそも、ここは”聖地”と言ったか?! ここも聖地なんて、嫌予感がする。とてつもなく。


「俺はシウという名前だ。さっきまで、ドラゴンと闘っていて、殺気立っていたことは謝る! 申し訳無かった!」


「ふーん、君、別の””から来たでしょ? なんで、生きているの?」


「俺も分からないんだ。気が付いたらこの森まで辿り着いたんだ」


「君、噓を言ったね。私の眼は君を認識している。もう一度言う”君は何モノなんだい?”」


「何を言っているのか、俺の何を知りたいのか正直分からないが、俺は本当に偶然にこの森まで辿り着いたんだ! 本当に偶然なんだ!」


「ここは不可侵領域なんだよ。神託を受けた存在だけが足を踏み入れられる場所なんだよ。本来はね。私が知りたいのは、シウ、君がどうして生きてこの”聖域”に無条件で足を踏み入れられたのかを知りたいんだ。次の質問で最後だ、君は何モノなんだい?」


得体の知れないこの声が、何を言いたいのかはさっぱり俺にはわからない。理解が出来ない。


「わかった。この森に入ったことを謝罪する。本当に申し訳なかった。ここから出るよ」


足を入り口に向けた筈だった。掻き分けた草が木になって塞いでいた。というか、景色が別物だ。周囲の木々が移動しているかのような。なんだ、この状況。


「シウと言ったか、君にはということはよく分かった。この森に足を踏み入れた存在はなんであれ、生きて帰すことは決してない。例外も無い。君にはここで死んでもらう」


「は?」


意味がわからない。また、戦闘かよ!


去るがいい」


全身を逆なでるようにゾワッと鳥肌が立ったような感覚が全身を巡った。とんでもない殺気だ。状況が読めないが、明らかに俺を殺そうとしているというのは理解した。


突然、何かに衝突したように吹き飛ばされた。木々にぶつかりながら、方向感覚を失った。だが、痛みは無い。俺の身体はとんでもなく丈夫らしい。


地面が光った。かなりの範囲だ。いや、これは!


上空から光の巨柱が降ってきた。回避は無理だ。本能的にそう思った。視界に入る森全体が光っているように見えるからだ。地面もそうだ。天地から攻撃が来るような。


神裁槌ガベル


光が眩しくて俺は全力で防御姿勢をとった。




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