第4話 月明かりの夜会

「改めて、俺の名前はシウだ! お前の名前はアルプでいいよな?」


「そう! あたいの名はアルプ。由緒正しいユユシア族の末裔にして、部族のリーダーなのじゃ!! よきにはからえ!」


「ユユシア族のアルプだな。よろしく。なぁ、アルプ、聞きたいことがあるんだが」


「なんじゃ? 言うてみい」


「ここはどこなんだ? さっき、巨大なドラゴンに襲われて大変だったんだ。気付いたらこの場所に」


「お主、紅帝龍レッドエンペラードラゴンに遭遇しておったのか! なんで生きておる?!!」


「生きておる?! と言われましても。。無我夢中に走っていたらこんなところに着いてしまっていてなー。本当に困ってるんだ。それに俺はどこの誰かも思い出せないんだ」


「お主、記憶が無いのか? それよりも、本当に人間族か? あの全てを滅ぼす存在と呼ばれている大厄災・紅帝龍レッドエンペラードラゴンから逃げ切れた存在など、あたい、聞いたことがないんじゃが」


「こればかりは本当だ。あの真っ赤なドラゴンから俺は逃げ切ってきた。んだよな?」


「どうしたお主? 頭でもやられたか?」


「んー、俺自身のことがよく思い出せないんだよなぁ。脳の半分が無くなったような、記憶がごっそり」


「お主が”シウ”という名前ということは理解したのじゃ。今後、お主がどこから来て、どこに行くのかは運命や宿命次第というところかのぉ」


「理解者が一人いや、一匹増えて助かる。そういや、ここは一体どこなんだ?」


「ここはのぉ、あたいアルプが治める自治領なのじゃ。なので、本来であれば、自治領に不法入国した者を、ましては人間族? を入国したのであれば、大問題じゃから、お主をここで葬ることにした!!」


「は?! この流れ助けてくれるそうな雰囲気という感じじゃん!!」


「冗談じゃ!」


小さなウサギ型の人のアルプはそう言うと、小さな腹を抱えて大声で笑っていた。


完全に、俺をおちょくってるなコイツぅ!! 内心、ムカムカしてきた。だが、情報源がアルプだけなので、俺は無闇に言い返しも出来ない。


「とりあえず、お前が治める部族の長ということは理解した。んで、もっとこの周辺国やら街というか情報が無性に欲しい。腹が減った」


「お主、腹が減っているのか? なら、これをやろう」


ゴソゴソとアルプが背負っていたリュックから肉が出てきた。


「お! 肉だ!」


「良いリアクションじゃ! これはのぅ、この荒野に生息している豚頭族オーク豚頭王オークキングの肉塊じゃ!」


「おーく? きんぐ?」


「なんじゃ、そんなことも知らんのか? この場所はな、昔は緑豊かな大地だったんじゃよ。それが豚頭族オークの群れが突如発生して、しかも統べていたのが豚頭王オークキングというレアモンスターだったからに、あたい自ら、駆除しに来たのじゃよ」


「お前・・・、実は凄い強いのな」


「存分に褒めるがよい! くるしゅうない!」


「アルプの凄さには正直驚いた、ので、肉いただきまーす!」


「肉塊なら存分にある、食え、食え!」


気が乗ったのか、アルプの気前が随分良くなった。


大きく一口、肉塊に遠慮無くかぶりつく。その瞬間、口の中で肉汁がぶわっと溢れてきた。


「なんだこれ!? スッゲー旨いじゃんかよ!」


「あの豚共を仕留めて解体したばかりじゃから、鮮度は抜群よ。生食でも肉汁が半端なかろう? これでも充分に乾燥して血抜きも済ませてある状態なのじゃよ。あたいにかかればこんなもんじゃよ」


俺はアルプの恩恵に与った。この世界のことは未だによく分からないが、この瞬間はだけは生きている実感が湧いて、食べれば食べるだけ元気になってきたような感じがする。


「アルプ、俺さ、本当に感謝しているよ。俺、そういう解体とか血抜きとスキル無いから、アルプに出会っていなかったら路頭に迷っていたよ。そして、こんなに旨い肉を本当にありがとう」


互いに素性は触りしかわからないが、現状はアルプに圧倒的感謝を精神誠意に伝えた。アルプは満足げな笑顔を浮かべていた。


「お主、これからどうするつもりじゃ?」


「んー、そうだな。ひとまずは近くの人間の村や町に行ってみるかな」


「そうじゃの、お主の見た目は人間族ヒューマンに近いが、あたいの勘だと、お主は見た目だけ人間族って感じなんじゃよな」


「どういう意味だ?」


「あたいは一応、高度な鑑定スキルを保有しておるからの、それで鑑定して見たところ、お主の種族すら何も情報が見えんのじゃ」


「それは、俺は人間族じゃないってことか?」


「そうとも言えるし、そうじゃ無いとも言える。高度に鑑定しても、見えない者や種族はいるし、魔法でも隠すことは可能、しかも、生まれ備わった固有スキルというものもあったりするから、あたいのスキルでは、お主の正体を知ることは不可能かの」


「別に隠しているわけじゃないんだけどなー」


「隠したままで良いのじゃ、もし敵に、あたいのように鑑定スキルを有していたら、弱点や個人情報が全部ダダ漏れ状態になってしまうからのぉ、お主は特別隠蔽体質シークレット二アなのかも知れん」


「ふーん、そんなもんか」


正直、スキルとかよくわからん。俺自身も分からんのにどうしたものか。だが、この体質は上手く使えるのかもしれないな。


「あたいから言えるのは、人間族ヒューマンの村は行くなら注意が必要じゃ、特に今の時期は魔王と人間の間では戦争が勃発しておるので、お主を利用しようとする者が現れるかも知れんしな」


「俺を利用だって? そんな心配する必要が今の俺にどこにあるっていうんだ? 何も利用価値は出ないさ」


「ドラゴンの件は絶対にこと」


「どういう意味だ?」


「本当にお主、どこから来たんじゃ? まぁよい。あの紅帝龍レッドエンペラードラゴンと遭遇した者がいて、その大厄災から無傷で逃げ切った者がいたと周知に知られれば、大問題じゃ。あたいの国でも大問題になることは必至じゃろう。なぁに、あたいはお主のことは口外はせぬよ。またお主とはどこかで出会いそうじゃからのぉ」


「そうだな。アルプとはどこかでまた出会いそうな気が俺にもするよ。これもご縁ってやつかもな」


「ご縁、良い言葉じゃ! ほれ、食え、食え。飲み物も出してやろう」


そういう言うとアルプは空間に手を入れた。


「アルプ! 手が!」


「なんだ? お主、魔法を見るのも初めてか? 笑えるのぉ、これは空間魔法の一種で収納魔法じゃ。商人とか冒険者や旅人には必需の魔法じゃぞ。そんなに珍しい類いの魔法じゃない」


「収納魔法か、アルプ、お前本当スゲぇな!」


「ふふ、ほれ、酒じゃ! シュワッてする酒類じゃ」


アルプから渡された大きめの木のコップには黄色いシュワシュワした液体が満たされていた。どこかで見た記憶がある。なんだ、この記憶は?! 気のせい? いや。


一気に飲み込んだ。

口の中にシュワシュワが広がる。そうだ、俺はこの感覚を知っている。この忘れもしないこの味を知っている。ビールだ!


「アルプ、この飲み物の名前は”ビール”って言うやつだろう」


「知っておったか! この酒はな、古神話時代に生まれた”ぷれいやー”と呼ばれる存在たちが神々や大地に生きる全てに与えたと呼ばれる歴史が深い飲み物なんじゃよ」


「ぷれいやー?!」


「そんな驚くこともあるまいな。今じゃ”ぷれいやー”と呼ばれた存在は多くいると言われている。あたいも何度かぷれいやーに遭遇したことがあってじゃのー、中々強い奴らじゃったわ」


「お前、そいつらと戦ったのか?」


「うむ、280年前かのぉ、人類騎士同盟なる組織と、あたいの自治領境でいざこざがあってじゃのー、当時、軍団長だったあたいが正面から戦闘したんじゃよ」


、かなり強かっただろ」


「うむ、現在尚、あれほどの猛者とは指折りしか出会っておらん」


「どっちが勝ったんだ?」


「ほほぅ、気になるか、そうか! そうか! そりゃ、あたいが勝ったに決まっている・・ッと言いたいところじゃが、邪魔が入ってのぉ、戦いは無しになった」


「邪魔って?」


「決まっておる”神ら”じゃ。大陸大戦呼ばれる時代というか時期じゃったからの、今のあたいなら”神ら”が出しゃばる前に屠れるかもな」


”ぷれいやー”と呼ばれる存在は恐らく俺の記憶で知っているゲームの”プレイヤー”のことだ。ならば、この世界は、どこぞのゲームの世界ということか? 俺は自分の名前と自分に関する情報は皆無だが、この世界に来る前までの記憶をはっきりと覚えていた。


それがアルプと会話していて毎に、記憶の輪郭がはっきりと浮き彫りになった感覚で、全身に鳥肌が立った。


だが、不明な点もある。この世界が登場するゲームを俺は知らない。近未来のMMORPGでもあるまいし。しかも、しっかりは腹は減る。五感は全て現実そのものだ。食べているときも生きている実感がある。これは現実なのか? 夢なのか? 思考が回転する。


俺は俺を知らない。自分に名付けた”シウ”という名前も、咄嗟のことで思いついたいつか見た、読んだであろう”漫画”のキャラクターの名前にあやかっただけだ。


それに、目の前にいるウサギの人こと、アルプはとんでもなく強いということ。本当に敵対していたら、俺は今頃どうなっていたことやら。


ビールが喉を潤す。肉との相性が抜群に良い。周囲は荒野だというのに、こんなに楽しんでよいのだろうか。今更だが、警戒したほうがよいのだろうか。


「お主、酔っておるな。じゃが、良い飲みっぷりじゃ! これも僥倖、運命というか宿命というか、この出会いに改めて乾杯じゃ!」


「おう! 乾杯だ!」


ゴクリと互いの喉がなった。気付けば、辺りは夜になっていた。夜風は温かさにほんのりと涼しさもあり大変に心地良い。昔、俺もこんな夜風で楽しく吞んだなって記憶が浮かび上がっては夜風に流されていった。


「今日はここで野宿じゃ!」


「おう!」


「お主と会話しておると大昔のことを思い出すのじゃ」


「大昔のこと?」


「うむ、お主との会話で気付いた点がいくつかある。お主は”ぷれいやー”かも知れぬ」


「俺が?」


「そう。”ぷれいやー”じゃ。まず、あのドラゴンを相手に五体満足で逃げ切ったこと。そして、そのドラゴンは””からは絶対に出ない。しかも、お主は”聖地”に出没しているということ。合わせて、お主は己自身のこと一切の記憶が無いということ、且つ、”ぷれいやー”のことを知っているような口ぶり。まずは”ぷれいやー”と仮定して、お主自身を調べて見るのがオススメじゃのぉ」


改めてそう言われてみると確かに、俺はプレイヤーなのかも知れない。だが、確証は得られていない。この世界には無いかも知れない知識も持っている。漫画、ゲームとか。


「そうだな、とりあえずはその線をあたって見るよ」


「それがよかろう。上手く事が運べば、人類騎士同盟が保護してくれるかも知れんぞ。あたいはあの組織は嫌いじゃがな!」


「色々と本当にありがとう。とても助かった」


「これも何かの出会いじゃ、シウ、お主が人類騎士同盟で保護されたとしても、あたいは関知しない。全て、お主の自由じゃ」


「俺の自由か」


「そう! 自由じゃ! シウ、お主はどう生きたい? じゃ。エルフだろうが、魔王だろうが、神だろうが、この世界だろうが、あたいだろうが、モノやカタチがあるのであれば、それは永劫の時を経ていつかは朽ちるもの。それは自然の摂理じゃ。その中で、シウとして、お主らしく生きるという選択肢もあるということも、保護される以外の生き方としてアリだと、あたいは考えるのじゃ。お主を見ておると、生まれたての赤子のようじゃ」


満天の夜空に輝く月明かりがアルプを明るく照らした。まるで、スポットライトだ。ステージで演説しているかのように、俺の心にはアルプの言葉がとても響いた。


「俺は、自由に生きたい! そう、自由に! この世界のことを知りたい!」


「では、探すのじゃ!! この世界は果てしなく広大で未知に溢れておる! シウよ、新しい自分を探すのじゃ! きっと、大きく成長するであろう」


堂々たるアルプの姿は俺の目に焼き付いた。


「おう!」


「それに、お主はきっととんでもない潜在能力を秘めているかも知れぬ。これを渡しておこう」


「これは、ペンダント?」


「うむ、あたいの加護が付与してある。これで、お主の潜在能力や基礎能力値を底上げしてくれるじゃろう。お主は、あたいの目からすると相当に基礎の能力が高い。加えて、あたいの加護がバフとして機能すれば、日常の野戦の大概は熟せることじゃろう」


「いいのか? こんな加護付のペンダント貰っちゃって」


「よい! あたいが見込んだ男じゃ! それに飲み仲間に早々に死んでもらっても、あたいもバツが悪い。これはこの出会いの餞別であり、お守りのようなものじゃ」


「ありがとう。それじゃ、遠慮無く貰うよ」


「ああ、そうしてくれるとあたいも嬉しい」


ニッと笑った笑顔が俺には眩しく見えた。

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