第3話 俺の名は

激しい衝撃が全身を包み込んだ。巨大な光の中に俺はいる。これは現実なのか、はたまた夢の続きを観ているだけなのか、自分自身に問いても答えは出ない。そう、ただ、何かをひたすらに願っていただけでは何も生まれないのだ。


宙を舞った。上空何メートルの位置だろうか。俺は地面から遥か上空に吹き上げられていた。地面の様子が霞がかりながらもその真紅のドラゴンが確実に放った咆哮(ブレス)は果てしなく続くであろう大草原の果てまで続いているのが見えた。


「俺の身体は、とりあえずは無事か」


安堵したのも束の間だった。一瞬にして晴れやかな群青色の空が真っ暗になった。


「しっ、ま・・!」


巨大な龍の爪が俺に直撃した。凄まじい威力だ。全身がとても痛い。今にも痛みで弾けそうな自分がいた。痛みを感じた間もなく今までいた上空から遥か地面まで、瞬間的に直撃した。なんていう威力だ。


「ほぅ、この一撃すらも耐え抜き、息があるか!!」


どこか恍惚さが微かに笑みを浮かべている印象をドラゴンから受けた。


「こんなにも遠い距離だというのにあのドラゴンの声が聞こえてやがる。なら、生憎、俺は一度死んでいるんでね!! 今度はこっちの番だ!!」


こんなところで死ぬなんてクソ食らえだ。俺は脚に全力で力を込めて解き放った。一瞬にして遥か上空にいたドラゴンの腹部に渾身の右ブローをかました。


衝撃波だけで空に浮かんでいた周囲の斑な雲は無くなった。


「手応えあり!!」


拳がドラゴンの表皮にめり込む。


「・・・ぬるい」


俺の鼓膜がドラゴンの声を拾った。目の前が真っ暗になった。


「何が起きた!」


「忌々しい者に死を」


愚者への審判と裁きをデス・インデペンデント


何重にも重なった大きな方陣が見えた。あれは魔法陣なのか?! そんな風にも見えた。だが、その正体も原理原則もこの聖地と呼ばれる場所のことも、この世界のことも全く分からない。ただ、脳裏の片隅を限界まで引き延ばした思考が加速した結果、瞬きも許さない瞬間だというのに考えることが出来たことは奇跡だと直感した。


「まずい!! とにかく今の俺じゃ、あのドラゴンは倒せない。ここは逃げの一択! うぉりゃーー!!!」


通常であれば、あのドラゴンにボディブローをかまして直後で落下している状態なのに逃げるという発想は生まない。


だが、俺は俺を自身の得体の知れないこの力を信じている。全力で宙を蹴った、その瞬間だった。移動が出来た。それは俺の中で力の一端であろう何かを確信させた。


「これで移動が出来る!! 回避が出来る!!」


逃げる! 逃げる! 今はそれこそが生存本能で最適解が弾く言葉が逃げるということだ。全力で、あのドラゴンのことも忘れて、攻撃も何もかも忘れてただ逃げる。それしか今の俺には選択肢しか無い。これが最善だと願うばかりだ。


「愚者だな。余から逃れることは不可能。不可避の事象と知れ」


憎悪と侮蔑、あらゆる下等という言葉を凝縮した音が俺の耳に聞こえてきた。目視もしない。ただ、全力で逃げるだけ! あのドラゴンは途轍もなくヤバイ。このことだけは心の底から確信を持って言える!


ドラゴンに一撃をかました瞬間に分かったのだ。本能レベルで勝てない相手だということを。


「死にたくねぇええーーー!!!」


初めて全身から汗が噴き出る。恐怖よりも生への執着が勝っているような渦巻く感情が俺を包み込んむ。


上空から真っ白な光が全面に降り注いだ。死を意識した。俺の本能がそう告げているだ。圧倒的な戦力差の前で死を覚悟したが、脚は止まっていない。上空全面から降り注ぐあれから逃れるためにはどうすれば良いのか、思考を加速させた。


見える景色が真っ白に見えた。あの光に直撃する! いや、したのか?! だが、ドラゴンから受けた痛みは感じない。


「死んだ」


そう呟く自分を冷静に観ている俺がいる。


(お前は死んでいない)


俺を観測している俺がそう告げたようにも聞こえたのは気のせいなのかも知れない。


「いや、俺は死んでいないぞ?! なんでだ?!! 確かにあの白い光に包まれて死を意識したぞ。死んだってそう確信したんだ。心の底から。なんで俺生きているんだ? それにしても、ここはどこだ?」


辺り一面が荒野のように更地になっていた。あのドラゴンの攻撃でこうなったのか、それとも無事に逃げ切れて、あの白い光も回避出来たからこそ、今の場所に辿りつけたのか。考えても仕方が無いことだが、さっきの出来事と今を振り返ってみて、自動的に頭が考察してしまう。


さっきまで死ぬような出来事が起きたばかりだというのに、あの真っ赤なドラゴンもいない。周囲を見渡す限り上空にも大地にも気配の影もない。


「本当に何が起きたんだ?! 俺は今、どこにいるんだ?! だが、幸運なことに逃げ切ることには成功したようだ。まずは落ち着こう。状況の把握だ。今は誰も周囲にはいない。ただ見える周囲が荒野か。さっきいた大草原とは全く違う光景だな。ただ、石と土の景色しか広がってねぇ」


冷静に分析してみた。とりあえずは生き残ったこと。死んではいないこと。服は少し汚れているけれど、目立った傷はないということ。全身が少し汗ばんでいるということ。だが、汗ばんだことで不快感は今のところはない。


どこか、川でもあれば水浴び出来ればってぐらい。お腹も今は空いてはいない。取り敢えず、あてもなく歩いた。方向感覚は現状、景色は昼間のように明るいが太陽らしきものは見えない。


「ああ、なんだか、どっと疲れたな。気分的に」


本当に疲れた。少し気持ちがまだ高ぶっている状態なのかも。


「ここも聖地?って場所じゃないよな。さっきみたいな野蛮なドラゴンとはもう二度と遭遇したくはないしな。あんなのに頻繁に遭遇しては命が幾つあっても足りもしない。こんなことは今後まっぴらごめんだ」


それにしても、荒野と群青色の空の二色のコントラストしか目に入ってこないから、味気ないというか寂しい光景だなと思った。


目の前に何かの影が横切った。

動物? 人影?


オイオイ、フラグ立てちまったか?

遭遇したくないと言った途端にこれだ。

逃げるか、攻めか。

ここはひとまず様子をみよう。


「おい! そこに隠れているは誰だ! 出て来ないなら敵とみなすぞ!」


影が隠れて先からは返事は返ってこない。野生の動物とかか? 敵対するような行動をとってくるような様子もない。ゆっくり影が隠れたであろう岩へゆっくり近づいてみた。


岩から影が飛び出してきた。

警戒していたおかげで、瞬時にその影を捕まえた。


「おりゃ! おとなしく・・って、あれ? ウサギ? 人? ぬいぐるみ?」


「離すんじゃー! 痛いのじゃー! この無礼ものぉー!! 離すのじゃー!」


もふもふした手の感触が心地よかった。見た目が喋るぬいぐるみのような。


「お前、ウサギ? ぬいぐるみ?」


「あたいをぬいぐるみじゃと?! ふぬー! 怒ったのじゃー! ぶちのめしてやるー!」


ぬいぐるみじゃないと言うこの生命体は、白い小さく可愛い手がぐるぐると空回りしている。この世界でドラゴン以外で出会う初めての存在。


「おー、おー、どうどう。とりあえず落ち着け。お前は何者なんだ?」


「ん?! お主、あたいを知らぬじゃとー! お主こそ、どこの無礼者じゃー! 離せー!」


白い生きたウサギのようなぬいぐるみみたいな生命体がいるのか、この世界は。


「お主、無礼なことを今考えていたじゃろー! 離せー! ぶちのめしてやるー!」


「わかった! わかった! とりあえず、物騒なことはしないと誓えば離す。それに、俺もお前に危害を加えないと約束しよう」


このぬいぐるみの出方次第にもよるがな。


「うむ、よかろう!」


「それじゃ、お前を離す前に、まずは自己紹介だ。俺は・・・あ!」


そうだ、俺、自分誰だっけー!! 自分が一体どこの誰かも名前も、どこから来たのかも知らないんだったー! 今、そんな話したら、絶対にこのぬいぐるみからふざけてるって襲われる。考えろー、考えろ俺ぇー!!


「どうした? お主?」


「俺のな、名前はな、えーっと、シウだ! 俺はシウだ!」


「お主の名はシウとな? 変わった名じゃな。なら、今度はあたいの番だな。あたいの名はアルプじゃ! アルプ・アルプム、聖なりし偉大な名じゃ! では、離すのじゃー!」


「おぉ、アルプか。俺はシウだからな。しっかり覚えておいてくれよ。だから、お互いに敵対することをしないと約束してくれるか」


「うむ! シウをぶちのめすのはまたの機会にするのじゃ! だから、離すのじゃー!」


「わかった、わかった! それじゃ、色々聞きたいことがあるから攻撃とかしてくれるなよ。平和的にいこう」


アルプをゆっくり地面の置いた。その立ち姿、正に荒野にウサギのぬいぐるみ! 圧倒的違和感!!

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