#02 クビ宣言?!
大抵の人間には各それぞれが、一日の中で『自分が一番輝ける時間』を持っている。
例えば、運動が得意な者は体育の授業だったり、数学が得意な者は数学の授業だったり、大食いの者は昼休みの時間だったり。
「花音、音楽室行こ」
放課後、クラスで一番仲の良い里律が、いつものように花音の机にやってきた。
徐々にクラスメイトたちが、教室から他の場所へと拠点を変え始める。花音と里津もその流れに乗って教室を出る。
廊下へ一歩踏み出した瞬間、花音は大きく息を吸う。爽やかな瑞々しい空気で体中が満されてゆき、花音は叫んだ。
「あーっ!やっと解放っ!」
「何、急に叫んで」
「だって、今から部活が始まるんだよ!」
花音が午後四時が待ち遠しかった理由―――それは他ならぬ、部活があるからだ。
部活―――別名、クラブ活動とは、学校の教員ら顧問などの指導の下で、生徒が始業前や放課後に行う運動部・文化部などの活動のこと。
学校の教育課程には含まれていないため、部活は『授業の他で行う課外活動』という扱いになる。
しかし、部活は立派な学校教育の一環であり、現に全国の中学生の殆どが、何かしらの部活動に所属している。
中には猛烈な熱意を持って部活動に取り組んでいる生徒もおり、彼らは学校生活のすべてをかけて部活動に挑んているといっても過言ではない。
花音もその内の一人を名乗れるくらいには、高い志とやる気をもって部活に取り組んでいる。
花音の『一番輝ける時間』は、まさにその部活の時間だ。
まあ、輝けるというほど、何が目立った活躍をしている訳でもないのだが―――
「花音ってほんと部活好きだよね」
部活仲間でもある里津が、一歩下がったところで、子供のようにはしゃぐ花音を妙な目で眺めていた。
「だって、このために学校来たようなものだし!あー早く合奏したい!」
日中の学校生活の様子がまるで嘘のように、花音の瞳は希望を孕んでキラキラと輝いている。
こんなふうに、友達が軽く呆れてしまうくらいには、花音は部活が好きなのである。
【♪♪♪】
――――――ドゥルルルルルルルルルル……
パアンッッッッ!
所属部活である吹奏楽部の部室・音楽室に来たところで、花音はふと立ち止まった。
無意識に耳を傾けた。ドラムロームの音と、それに続くように聞こえてくるシンバルの張りの良い音。
「なんか、どこかで聞いたことない?」
「あれだ、表彰式のやつ…」
花音と里津はそんな話をしながら、音源である楽器庫をちらっと覗く。
そこではパーカッションパートが、さっきから何回も同じフレーズを合わせていた。
練習するにしてはかなり狭い場所だが、元々パーカッションパートのメンバーは二人、助っ人を入れても三人程度しか居ない。
それに、打楽器は運ぶのが大変だから、なるべくその場か音楽室で練習するのがベストなのだ。
しかし音楽室は金管パートが占領しているため、パーカッションパートの練習場所は基本、楽器庫となっている。
ただ楽器庫にはエアコンがついておらず、夏場は暑くて練習どころじゃなかったらしく、そういう場合は音楽室の隣にある図書室を借りていた。
音楽室に入ると、既にほとんどの部員が集まっていた。
一年一組は、SHRが終わるのが非常に遅い。
学年で一番気優しい横山先生が『みんな、席に座って〜』等と声をかけても効果は薄く、結果的に始めるのが遅れ、その分終わるのも遅れるからだ。
横山先生や自分のクラスを特別嫌っている訳ではないが、花音にとってそこは玉に瑕だった。
いつもなら来た人から練習を開始するのだが、今日はみんな席についており、顧問たちが全員揃うのを待ち構えている。
先週の土曜日の文化祭で三年生が引退し、吹奏楽部は新体制となった。今日は新しい部長や副部長、パートリーダーが発表される日だ。
「あ、篠宮さん、ちょっと」
みんなと同じように席に座ろうとした花音を、黒板近くでスタンバイしている吹雪が手招きした。
「え…はい」
花音だけ単体で呼ばれることは珍しいことだった。なんだろう、と花音は首を傾げる。
今年から若の宮中学校吹奏楽部の顧問兼、指揮者になった川本吹雪は、とにかく『謎』ばっかりの先生だ。
誕生日、趣味、出身校、どこに住んでいるのか、学生時代は何部に入っていたのか。
大抵の先生なら、新学期の自己紹介で軽めに言うであろうことだが、吹雪はそれらを何一つだって生徒に話さない。
年齢すら誰も知らないので、その童顔かつ小柄な体型から、もしかして本当は大学生、下手したら高校生なんじゃないか説も浮上している。
判明しているのは、教員歴一年目であること、クラスを持たない『非常勤講師』であること、全学年の音楽の授業を担当していること、それと左耳に障害があること、くらいだ。
そんな彼女は約半年前、トランペットを志望していた花音を、『世界でいちばん難しい金管楽器』ことホルンに強制任命した。
その理由すら、花音はいまだによく分かっていなかった。
「突然なんだけど…」
吹雪は手元にあるボードを見ながら、花音とは全く目も合わせずに言った。
「今日からホルン吹かなくていいから」
え、と出しかけた声が潰れる。
室内にはっきりと響いた吹雪の言葉に、花音は一瞬、頭が真っ白になった。
ついさっきまで湧き上がっていたおしゃべり声が、突如ぷつりと消えた。
その場に居合わせた部員達から吃驚の視線を浴びながら、花音は立ち尽くした。
カシャ、とカメラのシャッター音がどこかから聞こえた。
『お?まさかのクビ宣言?』と、妙に愉しげな女子の声とともに。
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