第6話 双方

「えっ?」

「……!?」

 二人は驚いた。いつもより幾分か早い電車に乗り込んだ想思郎の視界には、桜の姿があったためだ。それは桜にしてもそう、いつもより早い電車に乗り、いつものように緊張に身体を強張らせて正面を見据えていると、その視界に想思郎が入ってきた。

「……早くないですか?」

 そう言われ、心のなかでそっちこそ、と思った想思郎はそのままそれを声に出した。

「…………?」

 桜はその姿に違和感を感じたが、それよりもせっかくなので話を進めることにした。何よりも気になることがあったからだ。

「藤井さん……。これ……、どういうつもりなんです?」

 なんのことかと疑問に思ったが、桜がスマートフォンを取り出そうとしたのをみて想思郎は思い出した。案の定、彼女はSNSの画面を表示してきた。そこには、文章が途中で切れたメッセージが示されていた。

「これは……。何言うか決まり切る前に……、とりあえず謝罪だけ書こうとして、そのまま……」

「……謝罪?なんの、ですか」

 なんの。桜は正確に言うなればどれのと聞きたいところだったが、あえて更にぼかした。

「適当な告白と、昨日逃げた事かな。特に逃げたことは本当に悪いと思っている。でもあれは……」

 眼の前の桜を見て言葉をつまらせた。想思郎の心の内では気持ちをどん底に突き落とした、桜のあの言動が悪いと思っていた。しかしそれを本人に言うのはあまりにみっともないとも考えていた。

「……本当はとか、……あれはとか、言い訳でも、あるんですか……?ああ…………。あるんですね。言わなくても、わかりまますよ」

「…………」

「そんなに、睨まないでください……。わかります。私に、原因があるんですよね」

 完全に心の内が筒抜けになっていたために、想思郎は観念して言うことにした。しかし桜の問題の方はまだ言いづらく感じていた。

「先に、告白の方」

 想思郎がそういうと、ただでさえ電車内という緊張で姿勢が良くなっている桜の姿勢は、さらに正されたような気がした。しかし。

「あの……。その話はせめて、電車降りてからにしませんか……」

 姿勢を気持ち丸くし、少し俯きになり頬を染めながら桜はそう呟いた。それに対し、想思郎も同意したあとは無言のまま電車に揺られ、学校最寄りの駅につくのを待つのであった。


「あそこに入って、話ししませんか」

「……そうだね」

 駅前の広場で話をするのも目立つし、学校へ行っても二人で話をするのに都合の良い場所はない。幸い、一時間ほど余裕があるために、喫茶店へ入ることにした。店に入ると互いにコーヒーだけを頼み、話を再開する。

「まず、あの告白に、なにも悪い点はなかったと思っている」

「……なぜです。あの時点では互いに、見ず知らずだった藤井さんが、いきなりあのように来られても、私としては理解できません」

「えらく、スムーズに喋るね」

「あ……。今は、いいじゃないですか。いえ、……別に隠すことじゃないですね。私は……、単に考えがまとまらないから……、こんな話し方になるんですよ」

 それを聞いた想思郎は1つこれまでの疑問が晴れたものも、この質問をした理由はそこではなかった。気になるのは、あんなに怒っていたように見えたのに、すごく落ち着いているのはなぜなのか、というところだった。そう考えたところでどうなるわけでも無いので、直接聞くことにした。

「でも昨日、怒ってなかった?」

 この質問に桜は少し驚いた。それと同時に先程の違和感はこれか、とも思った。先週までに比べて想思郎が思ったことを口にしていることだ。幼い頃は考えないとして、知り合って一週間ですら頭で思ってることを口に全然出さない人であると、桜は思っていた。同時にそれがかなり顔に出ているということも含めて。

「怒って、いるわけではないですよ。……落胆はしていましたが。……ええと、昨日のあれは、忘れてくれませんか……」

 桜は言いながら、恥ずかしさを感じていた。自身では理解していた、あれは心がかき乱されて混乱してしまっていただけだと。一晩寝ることで高まった気持ちは落ち着き、冷静になって考えると、自分自身の激しかった口調が恥ずかしく思えた。

 一方、あれを忘れろと言われても想思郎には難しかった。あの姿を見せられて、散々悩まされたのだから。

「今は……、冷静になってるので。 本当忘れてください……」

 そういった桜は、それより想思郎さんの話ですよ、と続きを話すように促した。

「ああ、うん。告白なんだけど、あれの何が悪いかわからないんだ」

 それを聞いた桜は怪訝な顔を見せるが、気にせず想思郎は続ける。

「単に、惚れてたんだ。正直に言うと、誰だか正体の分からない相手に会わされるのが嫌で、すぐに彼女でも欲しい、断る理由が欲しいと理由もあった。でもそれはきっかけに過ぎないんだ。もともと綺麗で、ただそれだけの理由で惚れていた。だから告白するのを君にきめた。それじゃだめなの?」

 桜は顔から火が出るかと思った。さすがに面と向かって惚れてる惚れてると連呼されたら流石に照れるし、嬉しかった。ましてや相手は自分が恋い焦がれてきた相手だ。しかし、自身はもっと理由らしい理由を持っていたゆえに、そのような感情のみの理由には納得しかねていた。

「だめかどうかは、判断できかねます……。ただ私は……、もっと具体的な、感情ではない理由が、欲しかったです。私には……、あるんです」

 そういった桜は、目線をやや上に外し、幼い頃路の記憶を反芻するように続けた。

「幼い頃の私は……、その頃ほとんど無口でした。頭では色々、考えるんですけど、口に出せない……。今のあなたみたいですね……。とにかくその頃に、あなたと出会ったんです。とても沢山話しかけてくれました……。覚えてます?」

 問われた想思郎は、思い出す素振りを見せる。しかし、一向に思い出す気配がない想思郎を見て続けることにした。

「まぁ……、その姿を見て、私は子供ながらにもっと喋ろう……、そう思ったんです。そして少しずつ変わることで……、周りの人とも、接する機会が増えました。…………ま、比較的、です。その変化をもたらした、あなたを尊敬し、とても大切に思うようになったのです。……人とほとんど人に言わせれば、それだけでと驚かれますが」

「……学校でみた印象では、話よくするタイプには……、みえないけど?」

「それは……。この話し方ですね。別に、緊張とかではないんです……。ただ、考えが、まとまらないまま話し始めるから……。最近では、皆さん、この話し方の私を敬遠されるので……」

「……なるほど。それだけで、ずっと好きでいられるのは…………、凄いね。俺は……その頃のことを、殆ど、覚えていないから……。反応に困るな……」

 そういう想思郎にやはり桜は違和感を覚えた。先週までの想思郎であれば、ここは無言だった、無言だけど頭の中ではなにか考えているような印象を持っていた。まるで幼い頃の自分のようだと思っていた。違う点は表情から何考えてるのか読めるくらいだった。

「藤井さん?……なにか変わりました?」

「ああ……。思っていることを、口に出す努力を……」

 それはまるで、幼き頃の桜のようで。

「言われて……、少し思い出したんだけど。俺って、幼い頃に……ちゃんと考えてから話そう、すぐ口に出すのをやめよう、そう頑張っていた気がするんだ」

 それの先にあるのが、まるで幼き頃の桜のようで。

 桜のようにまた、想思郎も相手のようになろうと努力をしたということになる。お互いそれに気づき、少しばかり恥ずかしいような嬉しいような感情をもつ。

「あれっ……?」

 しかし、それを聞いた桜は疑問を覚えた。

「考えて……、よく考えて出た結果があの告白…………?」

「その質問には自信を持ってイエスと答えよう」

 嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、それでいて納得はできない。桜はそう感じていた。

 あれだけ真っ向から綺麗だと言われて嬉しくないはずがない。ないが…………。

「やっぱり、なにか理由がほしいです。……今すぐじゃなくていいので」

「……いずれね。それでもいいかな?今……、理由をでっちあげられても、欲しいのはそれじゃないでしょ?」

 それに、と想思郎は続ける。

「こっちだって、嘘をつかれた理由が知りたいんだけど。……分かってたんだろ?俺が相手……、好きだった相手だって。いつからなのか、知らしらないけど、お互い様だろ」

 そう言ったところで、想思郎はふと気になった。

 今、何時なんだ?

 慌てて確認したスマートフォンの時計が指していたのは想像よりも遥かに進んでいた。

「……これは」

「遅刻、ですね…………」

 二人は走って学校へ向かい、また下校時にと言葉をかわしてそれぞれの教室へ向かった。

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