第4話 拒否
s.midou:いよいよ明日お会いできますね、約束の9時が楽しみです!
soshiro.fuji:そうだね。
いやあ、全然楽しみじゃないけど。それ自体よりも島田さんに、こうやって話をすることはないって言われた精神的ダメージが大きくて、そんな気になれない。
姉にやっぱりやめたいとお願いしてみたが、当然却下された。
「ま、ちょっと話し相手にでもなってあげてよ。SNSでのやりとりはまんざらでもなさそうじゃない」
それはそうだし、実際その時はまぁいいかなって思ってたよ。
そうだ、黙って身を隠してしまえば諦めるんじゃないか。相手が現れなければどうしようもないだろう。そうしよう。
そして翌日6時、俺はこっそりと家を出た。
電車に乗って、とりあえず離れたい一心で当初予定とは逆方向へ行く。
どこに行くとも決めていない。決めては居ないが、その方向は登校時と同じであるために、車窓に見覚えのある景色を映していく。
そして、何も考えていなかったからか、気がつと体は改札を通ろうとしていた。二年間通い詰めた耳が、その身体が、勝手に足を動かしたのだろう。しかし。
「この駅に降りたところで、何も無いんだよなあ」
誰に言うわけでもなく呟きながら改札を通る。せめて2駅ほど先まで行けばもう少し娯楽や時間を潰す店があるのに。
改札を出たところでぐるりとあたりを見回したところで特に何もなく、いやむしろ、なにもない方が気楽だった。
目に留まったのはあの喫茶店。
「はあ」
ため息の1つもでる。
とはいえ、特にすることもなく、その店に入るしかなかった。朝食も食べずに出ていたので、唯一の喫茶店を見ると入るしかなかった。モーニングセットの中でもできる限り豪華なものを頼んだ。どうメニューの写真を見ても足りない気がするので、追加することになりそうだけど。
「はあ」
ため息。
「はあ」
水を飲んでまたため息。
「あぁ――」
手を拭いてまたため息。ため息が止まらない。
ため息ついてる間にセットが運ばれていた。お腹は空いていたのでさっと平らげる。食べている間はその味が、食感がつらい気持ちを忘れさせてくれた。
正直なところ、別に島田さんと付き合えるとかそんなことは起きないだろうなって思っていた。それはもうそれとして諦めてしまって、御堂さんととりあえず会ってみるつもりでもあった。
しかし。今後話すらしてくれないとかちょっと想定してなかった。一緒に登下校をするの、まんざらでもないようにみえたのだが、勘違いだっただろうか。
モーニングセットを平らげてしまうと暇となっている。スマホはあるけど、SNSが目に入るのを避けてあえて取り出してない。勉強道具でもあれば、ここで勉強に集中してネガティブな気持ちも、時間も忘れることができたのに。
今ここでは流れている音楽に耳を傾けたり、コーヒーを啜ったりするのが精一杯だ。たまには、そういう時間もいいかと、ひとまずその2つに集中する。
うーん。よく味わってみるともうちょっと酸味というのか、酸っぱくないほうが良いな。お、この曲は、中学の頃に音楽の授業で合奏した記憶があるな。
など、場にあったことからどうでも良いことまで様々考えながら時間を潰していたが、口にするものが水だけになってしまった。なぜだか水だとため息が出てしまう。なんとなくだが水では気持ちが動かされないからだと思う。ため息は原因となる気持ちがあって出ているのだから、それを忘れさせてくれる別のなにかがあればいいわけだ。その証拠に今もそんな訳のわからないことを考えている間はため息が出ていない。
今何時だろうと店内を見回すも、時計が見当たらない。旅館やホテルに時計が無い的な理由と同じか?しかも見回す途中で店長らしき人と目があってしまった。気まずいのでさっきのより酸っぱくないコーヒーを注文する。
そして気乗りはしないが、時間を確認するためにスマホを取り出す。
ロック画面を表示すると時計はもう9時半を示している。また、姉からの不在着信14件も……。
それは無視するかと画面を消そうとしたタイミングで、画面に変化が起きる。
s.midou:こられないのでしょうか?
来て当然のメッセージだ。そっと画面を消したが、ここ数日のやり取りが楽しかったことを思い出し、少し罪悪感を持つ。なにか返そうかと画面を戻し、少し思案したところで注文した二杯目のコーヒーが届いたので中断した。
口をつけて一旦心を無にする。先程より酸味が少なく、冷静になるには丁度よい。
そうだ約束であるのだから、俺の心情など関係なくちゃんと会うべきではなかったのか。誠意を持って今からでも向かうべきか?いや、この状態でやっぱり会うなど失礼だろう。冷静になったつもりの頭でそう考え、そのまま時間を潰すことにする。
その後、3杯のコーヒーとランチまで食べ、時刻は2時になろうとする頃、再びメッセージが届いた。
s.midou:もう、わかりました。
根比べに勝った。これでもうこの件で振り回されることもなくなるだろう。そのために島田さんとの接点を持ち、そして失うという痛手を負ったが、今後避けになことを考えずに済む。
「藤井さん」
聞き覚えのある声に話しかけられる。店員に名乗った記憶は無いが。
「藤井さん」
いやこの声は、島田さんでは⁉️ハッとし、顔を上げるとそこには俺を見下ろす島田さんの姿があった。今日は好きだった人と会うとか言ってなかったか。もう用事は済んだのだろうか。そうだとしても俺へ会いに来るのはおかしい。そうではない、単に入ったら俺が居たから声を掛けただけ?もう話すことはないと言っていたが……。そもそも今日は休日だ、この駅で降りる用事などおそらく無いはずだ。
「混乱、されてますね……。表情が、変わりすぎですよ」
そういった彼女は、いいですか?といいながら正面に座った。まだ返答してないが。
「今日、約束した場所で……、会えなかったんですよ」
それは残念な話だな、短期間しか話してないがかなり好いているように見えていた。
「だから、会いに来ました」
会いに来た?俺に?なんで?
「なんで俺に?」
「……本気ですか」
何が。
「まぁ、私も、意地悪かも……しれませんね。名前とか……」
「名前、島田さんでしょ?」
「そう、島田桜です」
しってる。
「……しってるけど、それで?」
「…………、もう!」
島田さんはわざとらしい怒りを見せつけながらスマートフォンを取り出し、何やら触りだした。
――♪
すると俺のスマートフォンから通知音が。
s.midou:御堂桜です。……わかりました?
今更どうして改まって自己紹介なんか……。覚えてるよ御堂桜。御堂桜……御堂、桜。桜?
「えっ」
ハッとしてスマートフォンの画面から正面の島田さんへと顔を上げると、そこには意地の悪い微笑みに、目尻に涙をためた彼女の姿が。
「SNSでは、意地悪しちゃいました……。ごめんなさい。私は名前を伺った時点で、あれ?とは思いました……。確信を持ったのは、下校時に本の話をされようとしたとき、です。あの時……、本当は私に本について聞こうと、思われて、ませんでした?」
――思っていた。俺は確かに思っていたし、そう話したつもりでいた。現実は異なり、口にしていなかったのだろうか。
「でも私は、わざと隠していました。私が好きだった人とは……、実はあなただということを」
……どうして。
「1つはそれ。その寡黙な百面相です……。私の記憶の好きな方とはまるで違う。あの時は……。もっと、私に思ったこと、気がついたこと、すべてを、話してきてくれました。まぁ……、あの時といっても、まだ小学校にも行ってない頃ですから……。それが正確な記憶かと問われると、断言はできませんが」
そういえば。遠い昔に一時期よく会っていた女の子がいたような……。
「もしかしてあの子が……?いやでも…………」
「……――!あの時のこと、覚えていてくれてたんですか?」
「いや、覚えているというか、確かに小さい頃によく会っていた女の子が居た気はするんだけど。……今の島田さんとは全然違うっていうか。とにかく寡黙で、いつ喋るんだろうって思ってたような」
口にしながら当時のことを思い出し、眼の前の島田さんを見る。とても同一人物とは思えない。彼女、遅いけどたくさん話すしなあ。
「ごめん、たぶん違うよね」
「たぶん……私です。あの頃の私は……歳に合わず、しっかり考えてから、話をしようとしていたんだと思います。でも、それを口にしないと意味ないですからね」
そして、と続ける。
「今の私はあの頃出会った方に合う女性へなろうと、努力した結果、なんです。当時の想くん……あっ、ごめんない。当時の藤井さんは先ほどもいった通り……、もっと話す方だったので、私も話せるようになろうと」
まぁ結果は、見ての通りなんですけど……。と呟きながら俯いてしまった。
なるほどね。やたらと話すのはその努力の結果だけど、あまり考えがまとまってないから言葉が詰まるのかな?
もしかして今の俺も……?それは後で考えよう。
「さっき、1つと言ってたけど、まだ俺に明かさなかった理由があるの?」
「それは…………。本当は、ご自分で考えて欲しいです。でもたぶん……、無理な気がしますのでいいます。私への、軽率な告白です。好きだとしか聞いてないです……何が……?どこが……?」
「……何もなかった。また口に出してないだけかもしれませんが、多分、違いますよね……。お顔に出るからなんとなくわかります。告白の時、細かい思いがそこにはなかった」
言われた俺は気付いた、確かに失礼な話だ。俺は人を紹介されるのを回避するための理由をつけるのが第一優先だった。
「ずっと幼い頃から一人を好いてきた……、まぁ告白とかされることも、ありませんでしたが。私は……。確たる理由を持って好きだったんです。そんな中であのいい加減な告白。正直どうでもいい相手と思いましたが、話し相手ができるのは良いなと思って、帰るのはいいと言いました。……普段話す相手が、あの、いないので。」
でも!と、言葉を強める。
「同一人物だと、気がついたときには、正直幻滅しました!どうして、あんないい加減な思いで告白してくる人が、私が好きだった人だなんて……。自分にがっかりです……。そんなあなたへ、あなたは好きな人でした。なんて、私には言えません」
何?俺のやったこと裏目にでてるってことか。
いや、問題はそうじゃない。それを伝えなかったということは、つまりそれによってその気が削れたと?
「さらには今日の無断キャンセルです。そんないい加減な方だったなんて」
「いやでもそれは、そっちが……!」
「私が……?」
……もう話すことは無いだろうと言われて参っていたなんて、言い訳にしか、ならないか。
「いや……、なんでもない……。ごめん……」
「私から、仕掛けておいて、勝手で申し訳ないのですが……」
そう言って彼女は立ち上がる。昨日もこの姿を見た気がする。
「この件は、……保留です…………」
そう言って千円札をテーブルに置き、彼女は店出ていった。
何も頼んでいないのに…………。
そう思っていると店の扉が開き、再び彼女の姿が。
「――何も頼んでませんでしたね!私だって頭ごちゃごちゃなんです‼️」
そういって千円札を掴み、再び出ていった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます