第3話 予定

 朝。明るさに目が覚める。普段はもっと暗い時間に目が覚めるはずだった。アラームは?

 スマートフォンにめをやると……、大量のSNS通知。なるほど、通知切るために音切った結果か。

 しかし何件あるんだ、このSNSアプリの通知が起きるのは御堂さんしかありえない。まぁ、メッセージくらい読みますけども。さっと支度を済ませ、朝食をとりながらSNSの内容を確認する。


 s.midou:そうですか、それは残念です。受験生なんですね、頑張ってください。私はこの春高校生になったばかりなので、受験は終わったばかりです。

 s.midou:いきなりの事で驚かれるかもしれませんが、私はあなたことが10年以上前から好きです。

 

 そういえば姉が、小さい頃に会ったことがあるとか言っていた。本人から言われると、こちらには記憶がないため少し申し訳ない気持ちになる。その後は、小さい頃遊び相手になってくれた、その時たくさん話しかけてくれた、ただ格好よかった(子供の頃の話では?と疑問が浮かぶが)、一度会いたい、父も応援してくれている、こういう本を読む音楽を聞く食べ物を好む、等々。よくこれだけまとめてに送ろうと思ったなと関心する。

 乗り気ではないが無視するのも悪い気がするために、軽く返答しておく。


 sousiro.fuji:おはよう。年下だし言葉砕けてもいいよな?会うのはちょっと勘弁してほしいかな。まだ連絡先交換したばかりだし。御堂さんは小さいことの頃を覚えてくれているみたいだけど、実は俺は覚えていないんだ。ごめんね。ちなみにそういう本だと、最近でた本で――――。


 こんなもんでいいか。

「ふぅん。ちゃんと返信してあげてるんだ。えらいじゃん」

 背後から姉の声がかかる。振り返るとちょっと顔がにやけているのが見えた、人のプライベート覗き見てその顔はなんなんだ。

「そう睨まないでよ。妥協案だったけど、あんたには文字のメッセージでちょうどよかったかもね」

 どうせ愛想がなくまともに話さないと思われるってことだろう。昨日の話から推測できる、否定はできない。通知音がメッセージの着信を告げる。


 s.midou:そうですか、すぐは無理でも前向きに考えていただけると嬉しいです。言葉はお好きにしていただいていいですよ。その本なら私も読みましたが、特に中盤の盛り上がりが好きで――――。


 sousiro.fuji:中盤もいいけど、俺は最後のところで涙腺が――――。


 さっと返して時計を見ると、結構時間が押していた。急いで朝食を平らげて、出る用意をする。母には、胃に悪いから急がずにゆっくり食べろとか、別に時間に余裕持って出ているのだから、一本遅れてもかまわないでしょうとか声を掛けられていたが無視する。この時間じゃないといつもの電車に乗れないんだよ。

 しかし今日、いつもの電車に島田さんはいなかった。昼休みに一年のフロアを覗きに行ったら居たので、早く来たか、遅れただけということだろうけれど、4月以降初めてのことなので少し驚いた。

 そして放課後、いつもの電車に居なかったことを聞いてみた。

「あ、ごめんなさい……」

 そう言いながら、俺に申し訳無さそうな顔を向ける。

 別に約束してるわけじゃないから、謝らなくていいのに。かと思えば表情を緩めた彼女は、続けた。

「えっと、家で、スマートフォンを触っていたら……時間が…………。普段はそんなこと……、ないんですけど…………」

「ゲームとか?」

「まぁ、そんなところです……」

 少し照れた表情を地面に向けそう言う。ゲームくらい恥ずかしくもなんともないと思うが……。

「あの、今日……」

 うん?

「…………やっぱり、なんでもないです」

 なんだなんだ。

 あ、そうだ、島田さんにもあの本勧めてみよう。

「そういえば島田さんって小説とか読む?」

「えっ……。あ、まぁ、少しは……」

 じゃあと、本を勧めてみるとすでに読んだという。趣味合うのかもしれない、良いことだ。他にどんなの読むんだろうか。

 ――少しの間があって。

「え……?この話終わりですか」

 え?

「ほんと……、いえ、なんでもないです」

 そう言う彼女の顔からは笑みがこぼれている。なんだというのか。

「あ、あの……やっぱり今日!……いえ…………なんでも」

 えぇ……。

 しばらくこんなやり取りを続けながら帰宅した。

 

 帰宅後、ダイニングでしばらく勉強をしていたが、どうも集中できない。原因は分かっている。

 ――♪

 これだ。御堂さんからのSNSだ。こちらが返信を忘れてもしばらくするとまた送られてくるし、そもそも返信するの自体は楽しいので返してしまう。女の子との会話とは楽しいものだから。顔も知らないので本当に女の子なのかは定かでないけれど。

 母さんにも、なんだか楽しそうね、などと言われてしまった。あまり楽しそうにしていると、会えばいいのにとか言われそうだから、気をつけなければならない。

 そんな調子で夕食時になるまで勉強とSNSを繰り返していると、リビングの入口から声が。

「おやおやおや~?彼女ですか?なんだか楽しそうだねえ」

 おお、分かっていて言ってるのだからこれはうざい。彼女ではないが、楽しいことは否定できない。

「そんな複雑な顔せずに、何思ってるのか言ってほしいかな」

 そうだった、言葉を口にすることを心がけないと。

「彼女ではないけど、やりとりは楽しい」

 そのままを口にすると、それを聞いた姉はニヤリ顔。

「そんなあなたへ吉報!今週日曜に会えます‼️」

「あら、いいじゃない。あ、そろそろご飯の用意をするからテーブルの上片付けてね」

 全然嬉しい知らせではない。

「会うって話は直接御堂さんに言われて断ったんだけど」

「はい、はい。文房具早くどけてね」

 ちょっと、それどころじゃないんだけど。

「まぁ~、悪いんだけどさ。ちょっともう観念してよ。会うだけじゃん。嫌ならその場でごめんなさいしなよ。あと早くどけないと、母さんが睨んでるよ」

 とりあえず勉強道具をダイニングからリビングのテーブルに動かして、夕飯の用意を手伝いながら話を続けようとする。

 しかし、もう別に会うくらいいいんじゃないかなと思う点もある。SNSで話していて楽しかったからだ。あまり普段は他愛のない会話などには使わないため、意外に感じた。

「なるほど。じゃあOKだね」

 うん、そう。

「えっ、何も言ってないだろ」

「顔に出てたよ」

「顔に出てたわよ」

 そうだった。顔に出やすいんだった。

「ま、お見合いとかじゃないから、気軽なセッティングにしてくれるみたいよ。場所も自然公園で」

 相変わらず気乗りはしないが、そう聞くと想像よりだいぶ敷居は下がった感じがする。ホテルのレストランで、面と向かって保護者付き食事、とかなら改めて拒否していたところだ。姉も保護者付きで食事とか嫌でしょ、とか言っている。本当にな。

 ただ、このあと御堂さんにはなんでこうなったのか聞いておきたいところではある。

 夕食と風呂を済ませ、勉強を始まる前の休憩がてら連絡しよう。

 スマートフォンを見ると相変わらず受診があるが。その内容は……と。


 s.midou:ごめんなさい。沢山送ってしまっていますが、受験勉強とかされていたら邪魔になっていたりしませんか?返信は私に合わせなくても大丈夫ですよ。


 実際その通りなので助かるが、その配慮が嬉しい。

 しかしそれとこれとは別だ。


 soshiro.fuji:気にしてくれてありがとう。勉強はしているけど、こうしてメッセージ送るのは自分のペースでやってるので大丈夫だよ。


 soshiro.fuji:ところで、なぜか急に会うことに決まったみたいなんだけど。俺この前断ったよね?


 文章だとどうしても表現がストレートになってしまう。ちょっとキツすぎるだろうか。


 s.midou:ああ、その件ですか、ごめんなさい。父が勝手に進めてしまったようです。でも先程話を伺いましたが、会っていただけるとのことでとても嬉しいです。


 なるほど、父親が。ならしかたないか、それに姉も、向こうにOK返すの早すぎるだろう。

 その後は勉強しながら定期的にメッセージを返して、就寝した。


「あの、……いいですか」

「いいけど」

 翌日の投稿時、島田さんは何やら強い決意を持ったような表情で話しかけてきた。

「今日……、きょ……今日……」

 結局言いきれず、あぁだの、うぅだのと何度も唸り声やら叫び声やらをあげている。

 その調子を何度も繰り返したまま、結局通学を終えてしまった。

 途中友人が、彼女ができたのかと聞いてきた。連日同じ子と登下校をくりかえしているので、いずれは誰かに聞かれるとは思っていたので慌てることはない、事実のまま、告ったがとりあえず話をするだけなら、と言われた答えた。何度か快諾されるパターンはあったので、めずらしいと言われてしまった。

 そして放課後。今日こそはゆっくり話をする時間をもらいたい。

「あの……」

 朝と同じ調子で話しかけられる。

「…………今日、は。ええと、いいですよ。どこか、寄るの……」

「えっいいの⁉️」

 交渉する前に返事が先に貰えてしまった。

「……電車にでも乗らない限り、喫茶店くらいしかないけど。そこでも寄ってくれる?」

 同じ学校の生徒が遊ぶといえばだいたい電車で2駅ほど離れた、少し賑わいのある場所になるが、落ち着いて話をするだけなら喫茶店でもよいだろう。

「――!……いいですよ」

 ただ、その彼女の表情は普段より極端に硬い。話す言葉こそ途切れがちでゆっくりだが、比較的積極的に話しかけてくれていたここ数日の姿はみられず、目線もうつむき気味だ。しかし目線こそ違うものも、以前電車内で彼女から感じていた印象のそれと同じようなものを感じる。

「今日、どうしたの?なんだか緊張……?してる」

「…………」

 島田さん?と呼びかけても返事がない。自分から今日は良いと言っておきながら緊張しすぎじゃないか。ただ喫茶店で話すだけなのに。

 喫茶店の席についたら、コーヒーを注文した。

「今日、無口だね」

「えっ……。そうですか……?でも、藤井さんも、いつもと違いますね」

 えっ?俺もいつもと違う……?

「……ここ数日間、登下校してました、けど。もっと、無口でしたよ?まぁ……。あ、いえ、なんでもないです…………」

 そこでやめられると気になる。でも俺は無口だった?もっと話しているつもりだったけれど。

 もしかして、島田さんと話しているときも言葉にしない癖が出ている?

 あ、今も頭で考えてるだけで話してない!慌てて口を開く。

「あぁ、そうみたいだね。実は最近知ったんだ、姉に教えてもらって。全然言葉にしないって。そういうこと?」

 そう言うと、少し表情を緩めた彼女は肯定する。

「ふふふ……、でも大体、わかりますよ」

 表情で読めるのは、家族だけではないのか。

 運ばれてきたコーヒーを一口運んだ彼女は、また表情を硬くし、こちらを向く。

「それが、わかれば……。他の方とも……、会話、できますよ」

 どういうこと?

「近い内に、好きだったかとお会いできるんです。ですので、その日次第では、もうこうして話をすることはできません」

 今周、とても楽しかったです。とお礼を述べた彼女はそのまま立ち去っていった。

 席には俺と、二杯のコーヒーと、千円札だけが残された。

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