調整中

上空の太陽

1

暗転から一転、白く染められた視界。

静寂から喧噪。意識が急浮上する。


「元気な男の子ですよ!」


朧気な意識の目覚めと同時に聞こえてきた人族の一声に、人への生まれ変わりの成功を確信した。

生まれたてのこの身体は聴覚以外の感覚が鈍く、視界には薄くボヤケた輪郭しか映らない。


「よかった」

「わたしにも抱かせておくれ」


ただ直感で。

今しがた自分を抱き上げたこの人族が人族になった自分の親であることを理解した。


筋骨隆々で逞しい腕の中。


安心してこの身を任せて眠りについた。













眠りにつきたかった。


バチバチと全身の神経が刺激された。

ぼんやりと鈍かった感覚が、神経が、モヤがかっていた五感がハッキリと知覚できた。

激しい痛み。反射的に大きな声で泣いてしまう。


「おお、よかった」


開かれた視界いっぱいに広がる傷だらけの男の顔。幼い身体から涙と声が漏れ出していく。


「おわ、どうしたどうした」

「怖い顔してたのよ」

「そんなことはないと思うぞ。でちゅよねー」


人に生まれ変わって初めて見た姿が人族の男の顔。

推定父の顔に嬉しく、さらに涙が溢れてくる。




さらに、成し遂げたという感動が、発せられない言葉の代わりに涙で飛び出して止まらない。


身体を揺らされて慰められるが、実感が増して涙の勢いが増すので、それ以上喜ばせないでほしい。


「もう!そろそろ返して」

「ごめんなぁ、ゴレムス」


推定父から推定母へと抱き戻される。


ぎゅっと優しい抱擁。


「こわいパパよりママでちゅよねー、ボロンゴちゃん」

「パパはこわくないでちゅよー、ゴレムスちゃん」


幼いこの身体を間に挟んでゴレムスやらボロンゴやらを主張しあう二人の姿。

頭上の喧騒に慣れてきた頃、この身体の限界が来る。意思とは裏腹に瞼が勝手に閉じられていく。


「ゴレムス」

「ボロンゴ」


最高に人族の生を感じられる。


この身は、この魂は、長らく求め続けてきた人族に生まれ変わったのだ!!!

















この身体が数えて3度、何事もなく年を跨いだ頃。


「お待ちください、坊ちゃま!」


追いかけてくる女子を尻目に、舗装された林道を一直線に走っていく。

前生から引き継いだ魂から魔力を引き出して身体能力を上げて、この女子を振り払ってこの身で世界を駆け巡ってやるのだ・・・とは行かない。


酷使すれば身体が壊れてしまう。

人の身体は酷く脆いものだ。簡単に壊れるのだ。


そんなヘマは踏まないのである。


背後から軽い息遣いを知覚して直ぐ、浮遊感。


「まったくもう」


脇の間からひょいと彼女の腕が伸びている。

当然だが、捕まったのだ。


「坊ちゃまにはまだこの森は早すぎますよ」


3歳の幼い人族の身体スペックが、歳上の人族の身体スペックより優れるはずがない。


劣っている身体スペックの限界を理解して。

隠密行動を取り、彼女の隙を突いて外へ走っても、すぐに見つかってしまう。


なぜならば。


彼女こそ、この身がこの地に降り立った時からお世話になっているこの身体専属、この身体特攻の百戦錬磨の専属メイドさんなのである。ちなみに12歳。

トイレやベットメイキングの時くらいしか共にいない時間がない。すべて見られている。


「もうやらないからさ・・・」

「その言い分は毎回聞いてますからね、やんちゃ坊ちゃま」


地面に優しく降ろされ、手を繋いで屋敷に戻る。

これがこの3歳の日常となっている。












本棚に囲まれた一室。屋敷の執務室。


中央には漆黒の事務机、その上には嵩張る書類。

部屋の扉が開き、2つの人影。


「これで810回目ですな」

「ララティーナには世話をかけるな」


その一方、藍色の洋装の男性が椅子へと腰掛けた。

サッと執務机に置かれるグラス。


洋装の男がグラスを掲げると、灰色のタキシード男がトクトクと洋酒を注いでいく。


「困ったものだな、元気すぎるというのは。もう少しこう、気弱とか身体が弱いとかがな」

「シルフィさまに怒られますよ」

「違いない」


大声で高笑いしてグビッと一息に飲み込む男。


「坊ちゃまには期待しかないですね」

「ああ。あれだけ好奇心溢れた元気な子なのだ。レオなら問題なく頂けるだろう」


一番上の書類を手に取る男。


書類には大きく適正検査のお知らせの一文。






  



日が暮れて夜が深まった頃。

自室のベットの上。


「それでは坊ちゃま、お休みなさいませ」

「おやすみ」


今日もまた、専属メイドのララティーナさんに抱きしめられて眠りにつく。

このように、深夜は絶対部屋を抜け出せないのだ。


自由に冒険する人生はまだまだ遠い。













日の光で目が覚める。


いつの間にか彼女の拘束は解けており。

彼女は部屋のカーテンを開いていた。


「おはようございます、坊ちゃま」

  

衣装を片手にスタスタと歩み寄ってくると、額にこつんと額をぶつけてくる。

視界いっぱいに広がる彼女の顔。


「きょうも健康ですね」

  

この行為をしなくてもいいのでは?と疑問符を浮かべ、一度拒んだことがある。

すると、彼女は途端に暗い顔をしたのだ。彼女の趣味であり日課を潰してはいけない。


ニコニコ顔の彼女は衣装を差し出してくる。


「坊ちゃま、本日は坊ちゃまが待ちに待った外征ですよ」

「外征ってどこに行くの?」


スルスルと寝間着に下着に肌に身に着けるすべてを脱がされていく。


最初は羞恥心があった。嫌がると彼女は悲しい表情を浮かべるのだ。断れなかった。


そして慣れてしまった。ごきげんよう人生、さようなら羞恥心。見られてないものは無い。


 「この国の王都です!」


ズボっと顔から礼装服を通され、次々とよく分からないアクセサリーを装着させられていく。



自室がノックされる。



「私だ」



返答を待たずに、扉が開かれる。


ズカズカと入ってくるのは藍色の服の男。

顔は傷だらけ。今生の父である。


「おお。やはり似合うな。さすが私の息子だ」


「旦那さま、坊ちゃまはお着換え中で」

「息子の裸は見慣れとるから問題ない」


「そうではなく・・・」


困った表情のララティーナは貴重だ。父上には感謝しかない。続け様にマナーについて言及される父上だが、息子だからセーフ理論武装済。

    

予定時間を過ぎてもやって来ないことに腹を据えた執事長に連れて行かれるまで、ララティーナの声が震えていた貴重な時間をありがたく頂戴した。









屋敷の前に停車した漆黒の大型馬車。


乗り口に大きく紋章が描かれている。

中心に藍色の大きな花。花の上に斜めに乗る薄紅の直剣。我が生家の家紋である。


家紋付き馬車とともに視界に映るのは、家紋なしの馬車およそ20台以上。

その周りで待機する甲冑姿の騎士およそ100人。



ララに手を引かれながら。

正確な馬車の台数や人の数を脳内で数えている間に乗車予定の家紋付き馬車の乗り口まで辿り着く。


「坊ちゃま、足元にお気をつけて」


本日4歳児には少し厳しい高さの階段。

彼女の手を支えに一段ずつ登っていく。








登り切った先には先客。


目を閉じて、傷だらけの顔をクシャクシャにしている男。見た目だけは厳格な我が父である。




「旦那さま」


ララが声をかけるが反応がない。

馬車に来るまでが遅かったことに腹を立てているのだろうか。いや、違う。

これは間違いなく絶対に眠っている。



ガコンと重たい音を立て、馬車の乗り口が閉じられる。同時に入ってくるのは我が家の執事長。


「ちち、旦那さまが」


無反応な我が父の顔を覗き込む執事長。彼の執った行為は右頬への軽いビンタを複数発放つこと。

ペチペチと音を発て、我が父へ炸裂する。

  





そして我が父が動き出す。


「おお、すまんな。どうにも歳で疲れが」

「坊ちゃまの晴れ着姿が楽しみで徹夜していただけでしょうに」

「バラすんじゃなない」


ジト目で見る隣の彼女。我が父が絡むとポンコツが漏れ出るララの姿をありがたく頂戴した。















馬車に揺られることおよそ3時間ほど。


人生初となる馬車移動に、揺れによって酔いが回り体調が少しずつ悪化してきた頃。


「一度休息としよう」


父の一言ですべての馬車が停止した。

  


停車して直ぐ。


立ち上がった執事長が、停車した馬車の扉を開き、飛び降りていく。

  










2分ほど経った頃。


騎士を3名引き連れて、執事長が戻ってきた。


「整いました」

「よし」


座席から立ち上がる我が父。

先の執事長と同様に馬車を飛び降りていった。


父を見送って直ぐ。

ララも立ち上がり、こちらの手を握ってくる。 


「それでは参りましょう」



彼女に導かれて乗り口へ。

地表まではおよそ5メートル。この幼い体では非常に厳しい高さ。骨折は免れない。


及び腰になるこちらを見て微笑むと、この耳では聞き取れない言語を3文ほど唱えた。


途端にフワリと身体が浮き上がる。


今生で、初の人族の魔法の効果を身に受けたのだ。


  












草原の上、テントが多く列なる野営地。


その中心には大きな木箱に腰掛ける傷だらけの顔の男。騎士たちを束ねる当主である。

当主たる彼の目に映っているのは漆黒の大型馬車。その乗り口で、ララティーナに手を引かれてゆっくりと地面へと降り立つ礼装服の息子の姿。

息子の目は大きく開かれ、キラキラと歓喜の表情。絶えずララティーナに話しかけ続けている。


  「かわいいな」

  「閣下、ご指示を」

  「黙っとれ! 一度しか味わえんのだ!」

  「はあ・・・」


騎士は困った顔で主人の号令を待機していた。










甲冑姿の我が家の騎士から昼食を頂く。

銀プレートの皿には湯気の立ち昇るカレーライスが盛られている。口に運ぶ。


「あの魔法はどうすれば使えるの?」


屋敷ではお目にかからない、程よい甘みのカレーライスも嬉しいが、一番の興味は先の魔法だ。


魔法発動の呪文に耳を澄ましていたが、その言葉がまったく聞き取れなかったのだ。

 

「神様から恩寵をいただければ、その内使えるようになりますよ」


「恩寵はどうすれば貰えるの?」

「これから貰いに行くんですよ」


件の女神からどのようにして恩寵を貰うのか、これからの展開に期待で胸がいっぱいであった。















馬車に揺られ、屋敷外で初の夜を3度明けた朝。


幾度か停車した中では初の、コンコンと馬車外部からのノックがあった。

    

父と執事長が視線を合わせる。


父の意思を確認した執事長が扉を開く。


外に立っていたのは我が家の騎士。


「閣下、到着いたしました」


屋敷を出て4日目。


ついに王都へ到着したのだ。











乗り口に備えられた階段を下りていくと、目の前には屋敷。王都にある我が家の別邸である。


別邸から駆け寄ってくる人影。



「レオちゃんー!」

「ぐえ」


翡翠色のドレスの女性に力いっぱい抱きしめられる。とてもとても苦しい。


「シルフィ、レオが苦しんでいる」

「あら。ごめんあそばせ」


我が母、シルフィ。およそ1年ぶりの再会である。嬉しいが苦しい。助けて。

    




王都の屋敷。

普段母が生活しているこの別邸では、甘やかしてくる人間は計6人になった。

 

「怪我してない?疲れてない?パパに虐められてない?」

1人目は我が母シルフィ。ソファの上でずっと抱きしめられている。苦しい。

現在怪我間際です。ママが虐めてきます。

  

「大きくなりましたわねー」

「久しくママに抱かれて顔を赤くしとるわ」

射影機でこちらの様子を撮り続けている祖母と祖父。初顔合わせ。

恥ずかしいんじゃない。苦しいの。助けて。


「こんな立派になられて・・・」

御産を担当した母のメイドたち。ハンカチで涙を拭っているが間に合っていない。

1年前にも会ってるから。1年ではそこまで変わっていないはずだ。たぶん。  



一挙一動可愛がられることに不満はない。


しかしせっかくの王都、せっかくの外征なので王都の探検をしようと画策をしていた。

画策していたのだが、いつもより周りに人が多く、いつも以上にずっと誰かがこちらを見ている。


結果として、脱走する隙は全くといってなく、内心ガックリと肩を落としていた。


そして意識も落ちた。母の締め付けが強すぎた。

パタリ。


「あらー?レオちゃん寝ちゃったわね」


強制シャットダウンさせたことに母は気づいていない。    














翌日。


王都を訪れた当初の目的を果たすべく。別邸の人間に別れを告げて王城を訪れた。


前方に父上、左右に我が家の騎士2人。後方にララ。四方をガッツリ固められていた。


殺気立つ四人に空気はピリピリ。

守られているはずなのに鳥肌が止まらない。






王城の開かれた城門の前。

  

「待たれよ」  


耳に鈍く響いてくる渋い男の声。

城門前の全身甲冑が呼び止めてきたのだ。


「ここから先は招待状を持ちし者のみ進める」

「こちらで相違ないか」


父上は胸元から取り出した書類を全身甲冑男に手渡す。受け取った男は表面をジトッと見つめ。


「中で拝見いたす」


断りを入れて軽く会釈した全身甲冑は、受け取った書類を持って王城へと足早に消えていく。









およそ10分後。


「お待たせしました。確認が取れました」


ハスキーな女性の声。

初見の全身白色のメイドが、先ほどの全身甲冑男を引き連れて戻ってきたのである。

    

全身甲冑男とこちらの一行にそれぞれ一礼すると、背を向けて王城へと歩き始める。


「レルーヌ城へようこそ。サイレンス伯爵御一行様」














レルーヌ城。王城の廊下を進む。


置かれているすべてが高級品。

花瓶だったり肖像画だったり。床の絨毯だったり。

天井のシャンデリアだったり。贅沢に装飾が彩られていた。少し眩しすぎてこの目には苦しい。


どれか一つでも壊してしまうだけで人の命一つが消し飛ばされてしまうのだろうか。




高級品以外は進行路に目を惹くモノはなく。


王城メイドに黙々と付いて行っていると、ふと父上が停止した。

  

「今日招待されているのは同い年の子たちだ」

「先日ララティーナから、同期の子息令嬢が集っている顔合わせの場であると伺いました。

他家との関係をより深めるために仲を深めることに重点を置いて挑みます」


父上は首を振った。


「仲を深める必要などない」

「それはなぜ?」


頭を一撫でしてくる。

こちらに背を向け、掠れた声で呟いた。

  

「多数があわなくなるからだ」

    

それ以降、父上は口を開かなかった。



ララは途中で他家のメイドさんと合流のため離脱。

舞台裏で料理とか接待とか隠れて警備とか色々。

貴族メイドは大変なのである。









幾度か大きな扉を開き。

廊下を進み続けると、急に正面が明るくなる。


少し長かった即席冒険パーティの終わりが訪れた。


会場の大広間に辿り着いたのだ。


「サイレンス伯おなーりー!」


こちらを引率したメイドさんの大声に反応して。

既に到着していた来賓の、貴族たちの様々な感情が乗った視線がこちらへ一斉に向けられた。


殆どが好奇な目。

大小様々な感情がこちらへ向いた。

そんな視線に思わず笑みを浮かべてしまった。表面を品定めする目に対して、人間らしい、と。



  「レオは強いな」

  「ええ、その歳で視線に畏れずに笑って流せるのは流石の子としか言えないですな」


父上の呟きに乗ってきたのは白く長い口ひげを生やした線が細い男。

その傍らには男の膝に縋る女の子。


  「ごきげん麗しゅう。サイレンス伯」

  「麗しゅう。エルギニア伯」


エルギニア伯が訪れたことを皮切りに、他家の挨拶が続々襲来。


やれ私が〇〇爵やら〇〇夫人やら。


正直、一桁齢の脳と視力では然程変わらなく見えてしまう。


ただ一点。どの貴族にも見えたのは自分の地位への拘り。この人間臭さに自然と笑みが深くなる。




  「ねえ」







  「ねえってば」





    




  「ねえねえ!」

袖が少し強めに引っ張られる。引っ張ったのはエルギニア伯の足に縋っていた女の子。

 

  「どうしたの」

  「あっちでお話ししよ」


彼女が指さすのは大広間端の席。

人だかりが薄い場所。


父上に目線を向ける。頷かれる。


許可が下りてしまった。


  「いこ」


腕を引っ張られて暗がりへと連れて行かれる。


一体なにをされてしまうのだろうか。


もしや、これが人間のカツアゲか。

今日は初体験のバーゲンセールだ。


幸福な一日である。















なにか特別なことをされることはなかった。


カツアゲされることもなく。期待していたのに、とても非常に誠に残念だった。

 

ーーーあなたは何月生まれなの? から始まり。


ーーーわたしの方が早いわね!で終わり。


少し彼女の方が生まれたのが早かったから、という理由からお姉さんロールが始まった。すまない、わたしのお姉さん枠はもう決まっているのだ。


  「あなたここ初めてでしょ! あたしが案内してあげる!」

    




ここはねこういう場所なの、ここはねここはね・・・と王城を連れまわされた末。

現在は大広間に戻ってきて食事を取っている。


  「それでねそれでね!」


席について落ち着いたところで、改めて彼女を観察する。

水色の髪、端正な顔に少し垂れ目で翡翠の瞳。名前は名乗られていないので分からないが、エルギニア伯の娘。王城内にとても詳しくて、案内した際に遭遇した警備兵たちからも制止の声は上がらなかった。王城の常連さんなのだろう。


「ところで!あなたは何のために加護が欲しいの?」

「え?」


無邪気な顔から急転。笑顔が抜け落ちた顔から冷たく見つめられる。

視線に堪え、主語の欠けた言葉が飛び出した。


「まもるため」

「あたしもよ! 加護を授かったら、それであたしの周りのみんなを守るの!」


こちらは自分の身を守るため。こんな言葉は紡げなかった。

どうやって守るのか、どうやって貰うつもりなのか。続け様に発する彼女の言葉に大した反応は出来ず。ただ、その穢れの無い真っすぐな心で光り輝く姿に目を焼かれていた。感動していた。


「あなたはあたしを守ってくれる?」


言葉を止め、再び見つめてくる彼女の双眸。

その言葉を漏らす前に、二人の時は終結した。


  「シズク」

  「あ、お父様」


 アルギニア拍が父上を連れ立ってこちらに来た。

 近くに控えていたメイドが素早く座席を用意し、二人は腰掛ける。

 

 「始まるぞ。選別の時だ」




 


大広間の中心に設置されたステージ。

冠を被った初老の男が、薄い布で顔を隠した神官を引き連れてステージ上に現れる。


「よくぞ参った、グランジニアの未来たちよ。

いまこの時より、第114回餞別の儀を始める」


大人たちのパチパチと手を叩く音。



その号令に反応して、角に潜んでいたメイドたちが、来賓席に座る子どもたちにヒソヒソと声掛けをしていた。

声掛けをされた子どもたちは立ち上がり、誘導されてステージに上がっていく。

 

「神官イリーナ。はじめよ」

    

神官イリーナは軽く頷き。

躊躇せずに集まった子どもの一人に近寄り。

その頭に右手をそっと乗せた。


「女神アリーナよ、御身の加護を個の者に与えたまえ!」


言葉の後の聞き取れない言語に反応して、神官イリーナの右手が発光した。


「うわあああああ!」


頭上が光る子どもが悲鳴を上げる。


これが餞別の儀。

人族にしか与えられない女神の加護を付与する儀。


想像していたのは四方に蠟燭を焚き、地に血の魔方陣を描き、その上で生贄を複数人用意して儀を行う光景。

若干、儀の光景に拍子抜けしていた。






餞別の儀とは。


長年争っている天使族と悪魔族の現状を嘆いた女神アリーナが、2勢力の争いを打開するために人族と協力して生み出した術式であるとされる。

また、餞別の儀を作り上げた女神アリーナは存在が大きくなりすぎたために世界から弾かれて存在が維持できなくなったと語られている。

そんな女神の術式に見事適合したものだけが固有能力を得られるという。


いまはなき女神からの人への贈り物。


このことから、この術式は餞別の儀と呼ばれている。






名称や伝説は仰々しくなっているが、実際の目前の光景はというと。神官が子どもの頭に手を置いて、その手が発光しただけである。


「女神アリーナはあなた様には加護を授けなかったようです」


残念そうな声と共にイリーナが手を放して告げる。

素早く言葉に反応して、子どもを連れてきたメイドが元の場所へ連れ戻していく。

    

ーーーそうして、その親が悲しい表情で子を連れて大広間を退室していく。


別称、選別の儀。


その後の人生が、限界が、ここですべて決まる。


父上が言っていた

      あわなくなるとはそういうことだ。


身分に関係なく。


血の尊さではなく、女神の術式との相性で決まる。











「お二人様」


メイドに声をかけられる。


誰一人女神の術式に適合する子が出ないまま、この席の順番となった。

残る人は少なく、おそらく一番最後の席。


よもや不適合ということはありえないだろう。

このために何年費やしたことか。


「レオ」


父上の腕が伸びてきて、頭をそっと撫でてくる。


その顔を見ると。


顔の傷に添って涙が少し流れていた。


「問題ない」


その言葉は誰に向けたものか、


自分に言い聞かせた一言なのだろうか。

今も撫でる手が震えている。




「父上」


ビクッと跳ねる手。その瞳は視点が定まっていない。

撫でてくる手にそっと手を重ねる。


「任せてください」


強がって笑う。


自分自身で出来る精いっぱいでにかっと笑う。


父上の放心したように表情が固まる顔に緊張が雪のように溶けていく。


「血の鬼人ライアンもそんな顔が出来るのだな」

「やかましいぞ血の魔人クリフトン」


不安な顔が吹き飛んだ父上に胸を撫で下ろす。





「レオ」


シズクに右手を掴まれる。


「あたしにも一言」

「がんばろうな」

「うん」


立ち上がってメイドに一度会釈する。

メイドは背を向け、ステージへと歩いていく。


「レオ」


もう一度父上に声をかけられる。

続く言葉はいつも通りの声色で飛んできた。


「待っている」


本心で向けた笑顔を返事とした。








ステージまでの道のり。

   


入ってきた時に感じた視線が。様々な感情が。

1つに集約されていた。


期待の眼差し。

   

そんなに期待して見られても、正直100%の勝算はない。不安な気持ちがある。


だが、このために人族になったのだ。

失敗があってはならない。

違う。そうではない。絶対に成功してやるのだ。



「シズク・エルギニア伯爵令嬢、レオニース・サイレンス伯爵子息」


冠男に声をかけられる。その顔色は非常に悪い。

苦しい立場だろう。目の前で人生が転落した子どもたちを見続けてきたのだから。


「どちらから儀を執り行おうか」

「わたし」

「あたしから受けます」


「ほう」


繋いでいた手がパッと離される。


代わりに顔を挟まれてぐっと近寄せられる。


「先に貰うから。見てなさい」

「待ってるよ」

「いいわ」


こちらから手を離すと、クルっとイリーナの方へ振り向く。


「シズク・アルギニア伯爵令嬢、前へ」

「はい」


前に出たシズクの頭に手が乗せられる。


「女神アリーナよ、御身の加護を個の者に与えたまえ」


餞別の儀が目前で執り行われる。

その余波で視界が白く染まっていく。


眩しい。


何も見えない。実際に発動すると、術式の中の様子は見られないようだ。
























   白く染まっていた世界が色を取り戻す。

   











目の前に広がっていたのは王城の光景ではない。


辺り一面、真っ白。


何もない、水平線まで真っ白の地。


この地を知っていた。前生で見たことがある。

何度訪れただろうか。因縁の大地である。




「こんにちは」


背後から声をかけられる。

透き通る耳に心地の良い声。


「なぜ人になっているのか、説明してもらえるのかしら」


振り返ると。

大きな白い翼を背に持つ女性が立っていた。


ニコニコと美しい笑顔。ただし眉間の皺が少し寄っている。抜群のプロポーション。胸部装甲を気にせず、腕を組む天使族。


目の前に立つ天使族。


彼女は間違いなく前生の知り合いだった。


「やあ、久しぶりだね。ロゼ」

   

天使ロリエルゼ。

悪魔時代の宿敵で、親友。呼び名はロゼ。


それなりに強かった悪魔時代で唯一決着がつかず、唯一死にかけた相手でもある。

何十日の死闘となり、飢餓状態で相打ちになった際はお互いの血を啜って生きながらえたのは今でも記憶に新しい。



頬に衝撃。ブレる光景。近づく白い地面。



「父上にも殴られたことないのだが」

「なぜ悪魔族が人族になっているのよ」


重力に逆らわず、白い地面と表面が接触。

今生の熱いファーストキスは天界の地面となった。


「加護が欲しかったんだ」

「アレが?」

「うん」


人族専用の餞別の儀に適合した者だけが保有している女神の加護。

この加護を持った人族の強さは、どの種族より身体スペックに優れる天使族や悪魔族をも凌駕することがある。


女神の加護は一様に人族の限界こ壁を打ち砕く。


ただし、得た能力はその人間のみに適応されてその息子娘には継承されない。


一代限りの固有能力だが、この固有能力が面白い。


同じ時代に同じ能力は発現せず、直接の相手への殺生以外で、決まった固定概念を無視するのだ。


例えば勇者。勇者は自身の死の概念が無視される。

姫騎士であれば魔法が効かない。戦士であれば物理攻撃が効きづらくなる上で打撃が少し強くなる。魔戦士であれば魔法が効きづらくなる上で魔力が少し強くなる。

他にも色々あるが、人族のみが受けられる加護は様々ですべてが強力だ。


努力をすればするほど強くなるし、ほぼ上限がない。全種族を凌駕する唯一無二の超強力な能力だ。


「唯一無二の能力がほしいんだ」

「それがなくとも強かったじゃない」

「ロマンがな」

「魂吸われるよ?」


ただし固有能力を得る唯一のデメリットがあり、それがこの魂が吸われること。

魂が吸われる。つまり、蘇生が出来なくなる。


一度でも死んだ場合、蘇生が不可能なのである。


さらに、二度と生まれ変わることも出来なくなる。

魂が吸われるからである。

身体の蘇生が成功しても、そこに魂はなく器だけが残る。反応はしないし、加護は失われている。

ただのカカシとなるのだ。



この条件込みでも欲しがる人族は多い。




何故ならば。

加護を得た人間が、元から蘇生されるような状況に陥ることや、生まれ変わることを考えることが一切ないからだ。

身体スペックの大幅強化は全能感を与えている。


それに、そもそもーーー。


「人族ならデメリットにならない」


人の魂は経年劣化する。不老不死ではないため、元より寿命で魂が失われるのだ。

遅いか早いかの問題でしかない。


「元悪魔族のあなたでも、二度と生まれ変われなくなるよ?」

「本望」


前生の未練こそが加護が得られなかったことだ。


長年、餞別の儀を研究しても、そもそも人の魔法言語を理解できず。挫折して。

結論として、生まれ変わることを決めたのだ。


ロゼが目を伏せて大きくため息を吐く。


「そんなに女神の加護がほしいんだ」

「ああ」

「元々女神なんていないのに?」

「え?」


間違いなく存在している女神の加護。

その伝説に謡われる女神がいないとはどういうことなのだろうか。


固まるこちらに対し、クスクスと笑いかけてくる。


「女神はいないの」

「だが、加護はあるだろう?」

「ただの天力貸しよ。天力を貸して人族の潜在能力を発現させるというのが正しいことなの」


悪魔なら魔力、天使族なら天力。

自分で自分にしか使っていなかった故の見落としであった。


「この術式は何だ」

「天力に適性を持った人間の魂を招来する術式。そして魂に天力を植え付ける」

「そうして、死んだら能力ごと吸収して自分の力にするってコトか」

「正解」


女神と呼ばれる側のメリットがないと思っていたが、納得した。

要は人族の行う金貸しと同じということだ。


人族側のメリットは固有能力。デメリットは死後に魂ごと能力を吸収されること。

あちらのメリットは対象の死後に能力を得ること。デメリットは対象の存命中は天力が減ること。


「だが俺は天力を植え付けられていない」

「術式である以上介入なんて簡単よ」


ここに呼び寄せられたのはロゼによる妨害工作だったということだ。


「考え直した?」

「だめだ、やっぱり欲しい」

「天使族側を強化するのに?」

「もう人族だ」



諦めたのか。目を尖らせる。

こちらの手を引っ張り、立ち上がらせてくる。



「わかった」


周囲の風景が切り替わる。

転移させられたのだ。

目の前には小屋。恐らく彼女の自宅。



「わたしがそれ、施してあげる」

「できるのか」

「女神の加護ではないけれど」


再び風景が切り替わる。背後にはベッド。


「座って」

「この身体はまだ4歳だ。無理だぞ」


頭に衝撃。引っ叩かれる。

強制的にベッドに腰掛けてしまう。


無表情の顔がどんどんと近づいてくる。


え、しないから引っ叩かれたのではないのか。

ちょっと待ってくれ。



あの。

あ。













「ふう・・・」

「ふう・・・じゃないんだが」


魂が繋げられた。

悪魔族の魂に、天使族の魂が交った。


「ほしいものは手に入ったでしょう?」

「それはそうなんだが」


悪魔と天使が繋がれてしまった。

睨み合う二種族間。


これは禁断の結びである。


この結びを、繋がりを感じ取れる悪魔族と天使族に見つかればずっと狙われ続けることになる。

魂を感知されると、悪魔族でもあり、天使族でもある特徴的な魂の色が見えるのだ。


どの個も強大な力を誇る二種族。

この瞬間、その両方が敵となった。


あまりにも大きなデメリットである。


「責任とってね」

「この歳の人間族にかける言葉がそれか」


契約は成った。レオは固有能力に目覚めた。

その固有能力。それは・・・













脳の痛み。風景が切り替わる。















目の前が王城ステージ上へと戻る。


「なにボーっとしてるの」


シズクが頬を引っ張っていた。


「あなたの番よ」

「あー、繰り返す。レオニ―ス・サイレンス伯爵子息。前へ」

「ありがとう」

   

あれは夢だったのだろうか。

前生の記憶か、予知夢なのか。それにしてはやけにリアルな夢だった。

   

思考の海に沈んでいた頭に手が添えられる。


「女神アリーナよ。御身の加護を個の者に与えたまえ」

   

短時間で2回目の視界が白く染まる現象。

バチリと何かが弾かれる感覚。   


この感覚を機に、世界は色を取り戻していく。


風景が映り変わっていた・・・ということはなく。

映っているのは、こちらの頭を掴んでブツブツと呟いている神官の姿。


薄い布のせいで表情はよく見えないが、酷く滑稽な状態である。


真面目に儀を執り行っているようなので、大人しく待つことにする。









それから5分ほど経った頃だろうか。

   





神官の呟きが治まり、頭から手が離される。


「女神アリーナは個の者に加護を授けられた!」


パチパチと冠男の拍手を皮切りに、大広間にいた人間すべてが彼らを讃えた。







二人きりの密室。


「ねえ、レオはどんな加護をいただいたの?」

「わからない」


能力が分からない。これは事実だ。


「あたしはね」


魔方陣が目の前に展開される。

突然のことに反応できず、放出されたモノが直撃した。



魔方陣から飛び出してきたのは人。







「驚いたでしょ?」


勢いそのまま、その人に馬乗りにされてしまう。

馬乗りをしているのはシズクである。


「召喚術師か」

「せいかい」


召喚自体は一定水準以上の者なら出来る魔法である。

そんな魔法だが、絶対に召喚できないものがある。その一つが自分自身。


絶対の法則を捻じ曲げるのが女神の加護である。

   











王都の屋敷に戻って直ぐ。

母上に力強く抱きしめられ、軽く窒息してソファで横たわっている。


「レオちゃんも加護を頂けたのね、よかったわ」

「奥様のせいで初日で失われそうでしたけどね」

「ララ、静かに」


横たわっているこの身体を中心にバチバチと睨み合っていた。



母上の力加減がやけに下手なのは加護が要因である。



「治癒士のわたしがいなければ一大事でしたよ」

「ぐぬぬ」


対象を抑える力が強くなる能力、重戦士。それが母上の加護である。


そんな能力に身体を圧縮されてもどうにかなっているのはララの加護のおかげである。

治癒士は対象をかい複させることに特化した加護である。

現在治癒士が全力稼働中だ。


「加護のオンオフ出来ないのかしら」

「加減を覚えましょう」

   

身体の痛みが無くなり、ムクりと起き上がる。


おかわり頂きました。




   









王都で過ごした1カ月はあっという間に過ぎ。

過ごし慣れた我が領地に帰還する。


「レオニ―ス坊ちゃまー!」

「伯爵様―!」

「おかえりなさいー!」


屋敷のある首都に戻ってくると待っていたのは領民の歓声。

血の鬼人と畏れられる父上だが、領民からは慕われている。理由は簡単。


領地の安定を供給してくれる強者だからである。


父上が手を振ると歓声が強くなる。

この伯爵領は国の端。一番戦争の多い地域である。領地の安定さは父上の武勇が作り出しているものだ。

そして頻繁に外征しているので、目に触れる機会が多い。


父が慕われているのは自分のことのように嬉しいものだ。


「お前の凱旋だぞ」

ぼそりと呟かれた一言に苦笑いしながらこちらも手を振りだす。


ふと、父上の顔を見ると、すごく複雑そうな表情をしていた。








   自室のベッド。


「それでは坊ちゃま、おやすみなさい」


横たわったこの身が強めに抱きしめられる。


」おやすみ、ララ」


何の加護を得らたのか結局わからない。


だが、加護を得られたのは間違いないだろう。


満足感の中、いつも通り胸の中で眠りについた。










翌朝。


「いいですよ」


許可を貰えたので、ララを伴っていつもの森を訪れていた。

解放条件は加護を得ることだったのか・・・と感動を噛みしめていたところ。

   


獣の声。グルグルと威嚇する声が木霊する。



「坊ちゃま」


ララが一点を指さす。



幼いこの瞳に映るのは何てことない草むら。そんな場所から獣が飛び出してくる。




血しぶきが上がる。











「覚悟はおアリですね?」


片手で振るった長剣に付着した血を振り払いながら。

返す剣でもう一匹切り払った。



「もちろん」


虚空に手を翳すと剣が降ってきてそれを掴んで戦闘に入る。

   








そんな魔法は使えないので、彼女の持っていた長剣が手渡される。


「守ってくださいね」

「頑張るよ」


グルグルと威嚇してくる獣の声が耳に届く。

剣を構えて気配を探る。

   



草むらか、木陰か、空耳か、ララの腹の音か。




頭上から気配が降ってくる。




思いっきり振り切る。僅かに重さを感じた。


勘に任せ、左で一振り。再び何かに当たった重さ。




「御見事です」


倒れ伏しているのは狼4匹。人になり、初めて意思のあるモノを殺傷した。

手の痺れがその実感を加速させる。


この身体では二振りが限界らしい。


新たな気配を察知したが、腕が上がらない。





「お疲れさまでした」


後ろからララに抱きしめられる。

彼女の腕に獣の歯が突き立てられる寸前。狼が弾け飛ぶ。


代わりに血の雨が降ってくる。だが、かからない。

ララティーナの得意とする風の魔法だ。


「少しずつ鍛錬しましょうね」


彼女を中心に強めの風が吹き荒れ、草むらが大きく揺れる。


揺れたことで隠れていた獣たちが露見した。その数10以上。


獣たちは逃げていく。







「きょうは1000回素振りをしましょう」

「もう腕上がらないよ」

「治癒します、まだいけますね」


彼女は鬼教官。鬼に育てられた生粋の鬼である。












餞別の儀から2年。


身体は逞しく成長し、背丈は150ほどに。

6歳になったので抱き枕から卒業したわけでも、彼女の身長を超えたわけでもなく。


きょうも抱きしめられた状態で就寝の時間である。


「おやすみなさい、レオさま」


何歳になっても彼女からすれば変わらないのだろう。

   




この2年で大きく変わったこともあった。


貴族らしく、婚約者が決まったのだ。婚約者はシズク・アルギニア伯爵令嬢。

あの儀で出会った彼女である。決まったのは6歳の誕生日を迎えた時。


誕生日の日、貴族教育という名目で前線デビューしたのだ。






そして死にかけた時、長くわからなかった加護が判明した。

   












   2か月前。



「坊ちゃまも前線デビューですか・・・」


今までの誕生日と同じく。

屋敷の食堂で屋敷の人間に囲まれ祝福されることを想像していた。


今の自分を囲っているのは筋肉の盛り上がった男たち。それと父上。

感涙している男たちには悪いが、正直ドン引きしていた。




「よし、いけー!」




雄たけびをあげて突撃していく男たちを呆然と見つめていた。

















その時、戦場から、音が失われた。














咄嗟に反応できたのは修練の賜物だろう。



頭上に気配を感じ、腰から長剣を引き抜きながら飛びのく。

一瞬の風切り音、そして轟音と共に、立っていた場所に戦斧が叩き下ろされる。

クレーターが出来上がった。


舌打ちと共に戦斧を引き抜く男。


「よく避けたなガキ」




「子ども相手に大人げなくないですか」

「ハッ、同じ加護持ちに手加減なんざ出来っかよ」


戦斧を肩に担ぎ、指を曲げ挑発してくる。

今度はこちらが舌打ちする。加護を持っていることがバレていた。


「オレは静かな轟音、と名乗れば通じるか?」



「皇国の暗殺者ですか」

「いかにも」


状況は最悪だった。

初陣で、だれの補佐なく歴戦の加護持ちとの対決。


さらには相手が暗殺者だということ。

暗殺者の固有能力の一つは無音の環境を築き上げること。


救援は来ないだろう。


一撃必殺こそが暗殺者の最も優れた点。

直接戦闘では大きく能力変化に作用しないのがまだ救いだ。


「次はやるよ。来い」


6歳の身体に鞭を打って、出せる限界で斬りかかる。

大きな声を出して身体を奮い立たせて振り抜く。


「その歳にしちゃあ中々いいパワーだ」


簡単に受け止められる。

力の押し合いは不利。


素早く身を引いて繰り出される一撃を回避する。


戦斧のリーチ分を避けるのは一苦労だ。

だが、その分相手は重量もあって体力を消費する。



チャンスはある。








「ぐうっ」


ヒットアンドアウェイ戦法を繰り返して1時間ほど経っただろうか。



こちらの傷は打撲のみで致命傷はなし。相手側も致命傷には遠い軽い切り傷のみ。

膠着状態・・・ではなく不利度が増している。


前提として、スタミナ量が違いすぎるのだ。こちらは6歳の子どもだ。


「ずいぶん動きが鈍ってきたじゃねえか」

「ほんとうに大人げない」


切れかけたスタミナが致命的な隙を生み出した。

一瞬大きく息を吸い込むために、意図せず目が閉じてしまった。


そうして暗殺者を見失った。能力を発動されたのだ。



急いで気配を探る。








「おせえよ!」


武器によるガードは間に合った。

全力で打ち込んできた一撃を。片手で受けたことによる右腕の骨を代償に。   


食糧庫の壁に吹き飛ばされる。







激痛。


骨が力ずくで折れ曲がった痛み。


痛すぎて、声が出なかった。





戦斧を肩に担ぎ、暗殺者が近寄ってくる。


「ハッ、これも止めたか」

   

命の危機に、使わないと決めていた切り札を切ることに決めた。

   

心臓から黒いなにかを溢れさせる。

魔力だ。


「やっと能力出しやがったか」


前生の悪魔族の固有能力。身体を別の姿に変化させるもの。


バチバチと身体から黒い雷が漏れ出る。

捩れていた右腕が音を発てて回復していく。だが変だった。




姿が変化しない。





「超再生か。 初めて聞くな。だが終いだ」

「終いだな」

「あん?」




「なにが! 終いなのよ!」


脳に声が響いたのだ。力の使い方が。

正しくは、悪魔族の能力を行使しようとしたことによって繋がったのだが。


「なに笑ってやがる」

   

能力が分からなかった理由が判明した。

加護を与えてきた者から説明がなされる前に意識が呼び戻されたことだった。


つまり、儀式が正常に終わっていなかったのだ。


「自己バフ、攻撃力5倍」

「あがっ!」


軽く剣を振っただけ。それだけで。

先ほどまで劣っていた力関係が逆転した。


勢いよく暗殺者が転がっていき、兵舎の壁に衝突する。



どんなに試しても、どんなに調べても加護が分からなかったのは。

前提条件が違ったのだ。

初めての加護の使い方、覚え方。


それはまず加護を与えてきた相手に聞かされることであった。


「だって突然消えちゃったんだもの」


これ、魂が繋がっていなかったら詰んでいたのだ。






発現した加護は賢者。

対象を強化することに特化した能力である。


「言い残すことはある?」


壁にめり込んだ暗殺者。足元には刃が砕けた戦斧。

首に剣先を突きつける。





「あの世で待ってるぜ」


思い切り剣を振り抜き、何かが宙を舞った。


























暗殺者の影響がなくなり、戦場の音が届き始める。


雄たけびと悲鳴が響く戦場。揺れる大地。

周りに人はいない。肌に届くのは生暖かい風だけ。

風に乗って血の匂いが鼻に入る。


この匂いに人を殺めたことを実感する。




「おこ?」

「怒ってないよ」


突然いなくなったのはこちらに非がある。口が裂けても批判はできない。


「言うタイミングいっぱいあったけど伝え忘れてたの許してもらえてよかったー」

「おこです」


天使族との第二ラウンドが始まった。


結果、拠点が全壊となりました。


   









「こりゃ大戦果ですな」


手ごろな木箱に腰掛け休息を取っていたら意識を失っていたの巻。

真横に突き刺した戦斧とその傍らの亡骸に人が集まっている。


紅色に染まった男たち。飛び出していった男たちである。


「若が育ちましたな」

「ああ、想像以上だった」


薄く目を開けるが意識がボンヤリとして声が発せない。

過度な身体強化の代償だろうか。身体が非常に重く感覚が鈍い。


「引き上げるぞ」














あの戦場以来、戦争自体発生していない。



気になって、後ほどそれとなく戦果を訪ねた。

    


アルフス高原でシオン皇国軍と会敵。

    アーシア王国サイレンス伯爵軍、計100

    シオン皇国軍ベース侯爵軍、計2000

被害状況

こちらの被害。本陣の全壊と伯爵令息の負傷。

敵側の被害。総大将ベース侯爵戦死。暗殺者、敵騎士1900討死。



怪我をしたのは自分だけ。


果たして自分は人間に生まれ変わったのだろうか。

少し不安になった。















今日は街中に二人でお忍びデートに来ている。


少し深めにフードを被っているので話しかけられることはない。

強さを求めてギルドハウスデートだ。


「スズスカ支部へようこそ!」

「おすすめはウルフルーズ焼きだよー!」

「1泊1金貨だよー!」


右手側には飲食店。左手側には宿屋が。そして正面に、目的のギルド受付。

2列に伸びている最後列に並び、順番を待つ。

    

前の人が捌け、順番が回ってきた。


「こんにちは! 本日はどうされました・・・か?」

「こんにちは。きょうはこの方の登録に来ました」

「はあ・・・」

    

フードを被った人間からフードを被った人間の紹介だ。怪しさ全開である。

唸る受付嬢さんは長机からマニュアル表を取り出し、慌ただしくペラペラと捲る。


「フードを外していただけますでしょうか」

「ごめんなさい、できないです」

「フードを少しずらしていただけますか?」

「ごめんなさい。できません」

「フードを」

「ごめんなさい」









「ギルド長~~!!!」



受付嬢さんは逃げて行った。

    

ドロップしたのはマニュアル表。

開かれていたページには対処法が雑把に記載されていた。



㉚ 顔確認がとれない来客の対処法 その1

対処法⇨根気強く顔を見せていただけるようにお願いしましょう。

      ※それでもダメな場合はギルド長または副ギルド長まで。

                   身分証明書での対応は不可。




バタバタと足音を発てて受付嬢が戻ってくる。


「ギルド長!この人たち!です!」

「うん?」


入ってきたのは灰色のタキシード姿の男。


「あ、ちち」

「あーアーシャくん問題ない。交付してやってくれ」

「へ?」


ポトリと手に持っていたペンを落とす受付嬢。

呆然とした彼女の視線は洋装の男とこちらを往ったり来たり。


「身内だ。身分はわたしが保証する。では頼んだぞ」

「たすけて」


隣の受付嬢に縋る受付嬢。肩に手が置かれて首を振られていた。


    













可愛らしい咳払いをして笑顔を向けてくる受付嬢。


「先ほどはお見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんわ!」


鈍い音を出して長机の上に大きな真珠が置かれる。


「こちらの上に手をお乗せて下さい」


真珠が一瞬淡く光る。

ブリブリブリブリブチチチチチチチチチ・・・・・・ブッ

汚い出力音と共に、証明書が発行された。


「こちらがギルド証になります。

無くされますと別途費用がかかりますのでご注意ください」


渡されたギルド証は固く温かい蒼色の四方形のプレート。


「ふっ」


ようやく。人族らしい活動が行える。実感に熱い気持ちが湧き上がってくる。


「印刷の音ですからね!」

   

さあ、パーティでモンスター狩りの始まりだ。

 

さっそく受付嬢にモンスター討伐依頼を聞き出していく。

ゴブリンか、コボルトか、スライムか。はたまた・・・






「入会したての方はモンスター討伐が行えません。まずは収集クエストを」


膝から崩れ落ちた。


「坊ちゃま、坊ちゃま!!!」

    















人族はすごいですね。

いま、もりのなかで雑草を収集しています。


薬草クエストと言われましたが雑草にしか見えません。

どうやって人族の皆さんは薬草と雑草を見分けているのでしょうか。

とりあえず落ちている草は薬草だと思うので全部取ります。

こんなに取れちゃって困っちゃうなー。あーたのしー。


「レオさま・・・」


あ、この薬草三つ葉だー。これは効果高そうですねー。

青色の薬草獲得―。これは絶対効果高いですねー。

白い葉っぱ獲得―。とりあえず取っておこう。








「えーっと」


前回対応して貰った受付嬢さんが顔を顰めている。

取りすぎてしまっただろうか。


「えー、ポイント付与しておきますね!それでは!」


取りすぎてしまったようだ。今後は程々に収集しよう。

報酬の領収書が届いていたので中身を確認・・・と。





Eアルフの森 薬草収集

  内訳  猛毒毒葉 0.5×5    2.5

         草 0  ×120  0

      幸せの草 1  ×1    1

      睡眠青葉 2  ×1    2

                  計 5.5P

            次のランクまで94.5P

             報酬はギルド口座に直接振り込まれました。



「坊ちゃま」

「はい」

「薬草収集クエストはやめましょう」

「はい」


人間は凄いと思いました。違いわからない。







翌日。逃げた猫の探索のクエストを受注。



フードを被った怪しい二人組が街中を走り回っていると通報が寄せられ。


「若、その恰好で駆け回るのはおやめください」


2人とも駐屯所に連行されていた。

結果、クエスト失敗。ポイント変動なし。

   







その翌日。街中の清掃クエストを受注した。


E伯都スズスカ 清掃活動

  内訳  西地区 5  ×5    25 評価A

                 計 25P

          次のランクまで69.5P

         報酬はギルド口座に直接振り込まれました。



「ララ」

「はい?」

「天職を見つけた」

「はい!明日も頑張りましょうね!」

    

早くモンスターを狩りたいな。

この調子なら1週間後にはモンスターハンターの仲間入りだな。

待ってろよ、Cランク。















人生はそんなに甘くない。

ギルド活動を始めてから、そんなことを学んだ。



「申し訳ありません、現在発注されていないようです」


    今日は屋敷で素振りをしよう。


「申し訳ありません。既に別の方が受注されています」


    今日も素振りで一日を潰そう。


「申し訳ありません。既に別の方が受注されています」


    明日はもう少し早く訪れよう。


「申し訳ありません。現在発注されていないようです」  


    雑草集め、頑張ります!!!!!サイコーーー!















この身体になってから7年目を迎えた。


すっかり担当になってしまったアーシャさんに精算してもらう。


「こちらが報酬となります。ご確認くださいね」

「いつもありがとうございます」




D伯都スズスカ 清掃活動

内訳  北地区 5  ×5     25 評価A

                   計 25P

               次のランクまで0P

             報酬はギルド口座に直接振り込まれました。



「おめでとうございます。Cランクに昇格です! え?」


涙が流れてくる。ようやく解放されるのだ。

来る日も来る日も雑草、雑草、雑草。たまに側溝掃除に街道掃除。ずっと雑草、雑草。心が壊れそうになっていた。ようやくたどり着いたのだ。


「えっと、レオさんはCランクになりましたので、モンスター討伐が解放されます」

「ありがとうございます!好き!」

「はい?」

    

左頭に衝撃。隣を見る。誰もいない。後ろを見る。誰もいない。気のせいか。


右頭に衝撃。隣を見る。そっぽを向くララ。


「2回叩いた?」

「1発だけです」

「え、2回痛かったんだけど」

「私ではないです」


一体誰が叩いたのか。おかしなこともあるんだなあ。

    






翌日。


アーシャさんから依頼表を受け取る。

依頼表に冒険者名レオ、ラティーと書き込んでいく。


C討伐クエスト 参加同意書

    討伐対象 ゴブリン

    討伐理由 現地貴族依頼。治安維持の為。

    討伐場所 ミノリ草原

    報酬額  個体値で算定 指定数なし

〇注意書

・冒険者ギルドは参加者が死傷しても保証しない。

 ・ギルド規定に反する活動は規定に則って懲罰する。

                記 レオ ラティー 


採集クエストは様々な国の依頼を冒険者ギルドが受注、さらに冒険者ギルドが各支部に発注、さらに支部が現地冒険者に発注する形式なので、冒険者の直筆サインは必要とされない。最終的に誰がどれだけ納品したかなんて各国に伝えないし、ギルド職員が精査しているからだ。

しかし、討伐クエストは支部それぞれが現地貴族から調査を依頼され、最終的に報告書を提出する。その際に討伐者本人の直筆が必要となる。ギルド・貴族が強者を囲い込むためでもある。  


「レオ、武器屋に寄りましょう」

    

自分の武器はない。ずっとララの装備を拝借していた。


戦争時に使用していた剣は、ララからおまもり兼誕生日祝いとして貰ったものだ。

現在も腰に装備しているが、大切な人からの祝い品、さらに言えばおまもりとして貰った品である。壊したくない。









あらかじめ目星をつけていた武器屋に入店する。


扉の開いた音に反応して、奥から店員が飛び出してくる。


「いらっしゃい」

「長剣がほしいのだが」


「承知しました。少々お待ちくださいね。」


店員が奥へと駆け足で引っ込んでいく。店頭に商品は配置しない。これが普通だ。

盗難防止、強盗対策、そして一見防止対策だ。

以前、店頭に置いてあるもので店の質を判断され、多くの冒険者から悪評が溜まり、武器屋が大量に閉店した時期があった。その時期に閉店しなかったのは、お得意様がいた武器屋や特注の武器屋、たまたま潰れなかった運がいいだけの武器屋、そして店頭に武器を置いていなかった武器屋である。


恐慌以降、世界共通で武器屋は特注の武器屋か店頭に商品のない武器屋だけとなっている。


「おまたせしました」


店員がいくつかの長剣を抱えて戻ってくる。

店の中央にある台座にドサリと置くと、一本ずつ手に取って紹介を始める。


「この長剣はだれでも扱えるのが特徴です。お値段は100Gとなります」

「こちらは人を選びますが先ほどより切れ味のよい商品です。お値段は150G」

「お客様にはこれがよいかもしれません。切れ味はそれほどよくありませんが折れにくく大変長持ちします。お値段は同じ150G」

「これはかの名工ミホーク氏が打ったとされる一品。お値段は300G」

「テオドール魔宮産です。切れ味が大変良いですが少し重いです。お値段は350G」

「壊れにくさ業界1とされるアモンド商会の商品です。長く冒険者を続けるならコレと冒険雑誌にて掲載されています。お値段は500G」

「細かな手入れが必要となりますが、切れ味耐久性どちらも高水準です。お値段は600G」


全部で7本。しっかりと冒険者の体型を見極め、おすすめを伝えてくるこの店は優良店としてこの街の冒険者に知られていた。おすすめの通りに買った方がよいのかもしれない。

手持ちは1500以上はあるので、どの商品も購入できる。迷ったときはどうすればよいか。

迷ったときは勘を信じる。


「ご購入ありがとうございます!!」


さあ、モンスター討伐の狼煙をあげよう。ビバ、人生。


ニコニコ顔の店員に見送られて店を出た。




「勘は大事。ララが教えてくれたことが活きたね」

「いいえ、活きておりません。あなたの勘は矯正しなければなりません。」


関所の兵士に声をかけ、依頼書を見せて許可を取り、草原へと飛び出していく。

このパーティの草原への一番乗りはいただいた。


移動速度が負けていたため二位となりました。二位じゃダメですか?ダメです。

緊張で身体が重たい。初心に戻って討伐に挑まなければならないと再認識した。


「いいえ、緊張で身体が重いのではありませんよ」

「デバフをかけられてたのか。教えてくれてありがとう」

「7本すべて購入した挙句装備してくるなんて。ありえませんよ」

「もしかしてわすれてた?賢者は自分にバフをかけれるんだよ」


普通の魔法使いにはできない、自分へのバフ。

賢者は問題なく行える上で効果値も高い。討伐の際にかけて戦闘すれば武器の重さなど一切問題とならないのだ。これが女神の加護の強さの活かし方である。


どやどや。

どやどやどやどや。加護でマウントを取れるのは非常に甘美なものである。



頭を抱えるララ。どうしたのだろうか。


「はあ・・・・・・」






「お忘れですか。そのバフの効果が切れた後になにが起こるか」







「あっ」


自己バフは強い。それはもう反則的なほど。

特に対単体の場合は無類の強さを発揮する。ただし、これにはデメリットがある。

デメリット。使用した時間分、身体が動かなくなるのである。


「坊ちゃまは重たくなった状態でわたしに連れて帰れと仰るのですね?」

「いや、その」


関所に逆戻り。

ずいぶん討伐が早いと褒められたが、討伐されたのは抜けていた自分であり、武器を複数預けたいと伝えた時の兵士たちの表情は何とも言えない苦笑いであった。


準備はしっかりと。見切り発車はおやめください。
















6本預かって貰って、関所を出る。

先ほどまで背中に感じていた重さがなくなり、少し不安になってしまう。

舗装された街道に沿って歩く。モンスターがいない。

野生の動物たちがミノリ草原を楽しさに駆け回っている。


「いなくない?」

「簡単に見つかるほどモンスターが溢れていたら非常事態です」

「それもそうか」


この点は悪魔族と大きな違いだ。

人族は群れを作って環境を保持するが、悪魔族と天使族は群れずその日を持ち前の強さと勢いで生きている。歩けばすぐ魔物と遭遇していた魔界との緊張度の温度差にまだ慣れられない。


ヒュンと風切り音。咄嗟に身体にバフをかける。

身体に当たった何かが地面にポトリと落ち、それを拾い上げる。

先端が鋭く磨かれた石で作られた殺傷力にある木製の矢。

刺さっていたら深手を負っていただろう。


岩陰に消えていく影。


「レオ様。襲撃犯はあそこです」

「うん、見えてる」


殺気がなかったり致命傷を受けると感知できない一撃は受けてしまう。

早いうちに、この身体を長く使う為に矯正しなければならない。

腰から長剣を引き抜く。


見つかったことを近くしたのか、岩陰から飛び出してくる異形の姿。

赤色肌の小さな人型モンスター、ゴブリンだ。

手には小さなナイフが。ナイフは赤黒くなっている。生物を殺し慣れている証拠だ。気を引き締めて間を埋めていく。小さく声をあげて飛び掛かってくる。


ナイフと長剣の刃先が接触。甲高い音を発ててt弾かれる。

ゴブリンが勢いよく岩壁に叩きつけられる。

その額から青い血が流れ、その目が恐怖の色に染まる。視線は外さない。


こちらから視線を外して背後を晒すゴブリン。本能からの逃走だ。

先ほど以上に足へ強化を施して一歩、一跳び。

追いつかれたゴブリンが慌ててナイフを向けてくるが、もう遅い。

全力で一振り。油断なく、躊躇いなく。右斜めから、ゴブリンの身体を袈裟斬りにした。

断末魔を上げてゴブリンがその場で崩れ落ちる。

ピクリとも動かない。間違いなくゴブリンの生気が失われた。


「御見事です」

「あっけないね」

「人もあっと言う間に死にます。油断なさらないように」


ポーチから袋を取り出し、ゴブリンの死体を突っ込むララの姿。

飲み込まれるように姿が見えなくなり、袋は膨らまずに、ゴブリンの死体が消失した。

実際に目の前で見る人族の技術の結晶に感動する。


「すごいね、それ」

「そういえばこの袋を見るのは初めてですね」」

「収納袋ってどういう原理で出来てるの?」

「さあ? 私にも原理は理解できませんが、何やら空間魔法がかけられているみたいです」


さらに追及したところ、これは非売品で市場には出回っていないものだとのこと。

どこで手に入れたかと聞けば、ランク報酬で貰ったとのことだった。

それまでは普通の袋に死体を詰めて草原を駆け回っていたとか。

匂いきつそう。


そういえばララってランクいくつなんだろう。これは教えてもらえなかった。

上位ランクの恩恵に預からせてもらってる現状、これはズルなのでは?と思ったが。


「王都の冒険者ギルドではよくやっておりますので」


との回答だった。なら問題ないな。ヨシ。

ここは王都ではないことには目を背けて瞑ろう。

身体も回復したので、楽しい愉しいモンスター狩りの再開だ。



街道から大きく外れたけもの道。木陰からソレを覗く。


ゴブリンが群れて騒いでいた。こちらには気づいていない。

元悪魔族には人族の騎士道精神は理解できない。

全身にバフ。先ほどよりも強度を上げ、当然、奇襲した。




視界に映っていたゴブリンは6匹。

木陰から飛び出し、飛び出し様に近くにいたゴブリン1匹の首を泣き別れさせる。

素早く踏み込み、目を白黒させる3匹の首を切り取る。肩を寄せて震えながらナイフを構える2匹にも、力強く踏み込んで剣を一振り。ナイフごとゴブリンの首を切断することに成功する。

暗殺者の方が向いているかもしれない。


最後の怯えていたゴブリンを見ていると、若干の罪悪感がある。だが、この世は弱肉強食。

たまたまこちらが先手を取って殺害したが、逆の場合もあるのだ。彼らの命を糧にしてこの身体をより強化していこう。青い血だまりを見て、再決心する。




あれから、日が傾くまでゴブリンを狩り続けた。

その結果、ララの収納袋が限界に近いとのことだったため撤収を決意する。




そんな決意した時だった。





「レオさまッ!!!!!」


雑木林の奥から、とてつもなく濃い殺気が叩きつけられた。

とてつもない速度で何かが接近してくる。


こういうのを待っていたのだ。


「ララ!!手を出すな!! 俺の獲物だ!!!」


全身に、今日一番のバフをかける。そして迎え撃った。

周囲の地面が陥没するほどの一撃。

一撃をはじき返されたモンスターは大きく飛び退く。その姿は。

通常のゴブリンの5倍近い大きさ。特徴の赤色肌が非常に赤黒く、その頭には冠のような6本の金色の角。


「ゴブリンキング!!!」

「やっと出たか!!!」


ゴブリンを狩り続けた理由。それがこのモンスターを引き釣り出すためだ。

ゴブリン族の上位種ゴブリンキング。子分のゴブリンが殺され続けると姿を現す生態がある。

身体強化10倍のこの身の一振りを容易く受け止めるパワーが特徴。


「こいつは特A級のモンスターです! 危険です!」


同時に動く。剣を振る。弾かれる。大剣が振られる。弾く。こちらが強く踏み込んで斬りかかる。轟音を立てて鍔迫り合いとなる。ゴブリンキングの吐息が極至近距離となる。

身体強化を12倍に引き上げた。少しずつ押し込んでいく。パワーの不利を知覚したゴブリンキングは体勢を後ろにそらして迫り負けて振るわれた一撃を避ける。

バク転しながら後ろに飛び退いていく。


互いに視線は逸らさない。


こちらの左側に目を向ければララが映っているはずだが、絶対に逸らしてこない。

外した瞬間が命取りだと知覚しているからである。互いに敵はただ一人。

地面を蹴って互いに飛び出し、再び衝突。その中、ゴブリンキングの右足が鞭のように飛んでくる。

左足で対抗。 身体強化を14倍に引き上げ、鍔迫り合いを左手だけで維持する。


右拳を振り抜き、その胸元に打ち込んだ。

鈍い音を発て、勢いよく正面の木を貫通して吹き飛んでいく。


「固いな」


身体強化をかけていなければ腕が拉げていただろう。

岩を殴ったような感覚があった。


唸り声が耳に入る。

ここからが本番だ。腰からもう一本引き抜いた。

一撃を当てても戦闘不能までは遠いだろう。出し惜しみはなしだ。



咄嗟にこの動きが出来たのは暗殺者との戦闘が役立っているのだろう。

正面からの風に反応し、剣を振る。

跳んできた岩が弾かれた。その質量に腕がしびれた。

間髪なくもう一つ、二つ、三つ。


引き下がらない。一つ一つはじきながら前進する。

命の駆け引きは畏れて引いた方が負けなのだ。


岩の壁が積み上がりつつある中。ようやくゴブリンキングの姿が見えてくる。

全身から青い血が噴き出している。特に拳の一撃が決まった個所はえぐれて出血が激しい。

満身創痍。だが、戦意は衰えていない。

変わりなく飛んでくる岩を、意識してゴブリンキングに打ち返す。

ゴブリンキングに当たり、岩が砕ける。


岩が衝突して視界が塞がれた一瞬を見逃さない。

一跳び。


受け止める体勢だが、勢いよく落下した力が乗った一撃は大剣を砕き、その頭を切り裂いた。

断末魔はなく、力なく俯せに崩れ落ちた。







油断はしない。



近寄ったこちらに拳を振り上げるゴブリンキング。

上級モンスターは頭が斬られた程度では即死しない。それは知っている。

腕ごと、首を跳ね飛ばした。


勇者と違い、首がなければ生きられない。上級モンスターの討伐完了だ。


殺気が切れたことを感知したのか、人影が近づいてくる。

見知った顔である。


「お怪我はありませんか?」

「ない」


全身血濡れ。口に流れてきた血を一舐めする。人の血の味と変わらなかった。

どちらも命ある生物の血だ。

違いは種族だけ。互いが生きるために障害となるから命を狩る。どちらも同じ。

今回かったのは人族だった。ただそれだけだ。



身体強化を切らずに関所に到着。

関所に待機していた騎士たちがこちらの姿を認識した瞬間、大騒ぎになる。


全身血濡れのこの身体。血濡れではないが、収納袋からゴブリンキングの首が飛び出したララ。

怪我がないか全身チェックされている間に父上が現れ、再度全身チェックされた。

そこで限界を迎えたこの身体が崩れ落ち、父上が担いで屋敷に引き取られ、一日を終えた。






本邸の執務室。三つの人影。


「どうであった」

「正直申し上げますと」


椅子に腰掛け、言葉を待つ男。サイレンス現当主ライアン伯爵その人。

傷だらけの顔に乗るその瞳は輝き、続きの言葉を待っていた。


「坊ちゃまは旦那様以上になります。これはもう間違いなく」

「それほどか」

「ええ。まだ発展途上ですが、既に実力ではあたしを上回ってるかと」


ライアンが持つ報告書。そこには加護を使い多くのゴブリン、そしてゴブリンキングを討伐したこと、ゴブリンキングを討伐した時のレオニ―スの戦闘の詳細が記載されていた。

力強い一撃を跳ね返す、岩を弾く、高速戦闘で特A級認定のゴブリンキングを圧倒した・・・等。

漏れ出た笑い声と共に手に持っていた紙に皺が浮き上がる。


「魔法は教えてあるのか」

「いえ、まだです。坊ちゃまの8歳の誕生日にご教授しようかと想定しておりました」

「そこまで待たせなくてよい。明日にでも指導してやれ」

「よろしいので?」

「ソロの肉弾戦で特Aを狩れるのだ。これでダメなら誰がよいというのだ、ガゼット」


机の引き出しに手を入れ、黒色の封筒をララへと差し出す。

封筒を受け取ったララは開封して中身を確認する。中身を見ると目を丸くする。


「よろしいので? なにかあれば一大事ですが」

「まだ克服できていないとはいえ、そこまでなら閉じ込めておく方が悪手だ」


丁寧に閉じ、小さな腰のポーチに放り込む。それだけで黒色の封筒は姿が見えなくなる。

三者一息吐くと、三者三様に堪え切れなかった感情が口から漏れ出した。


「やはり見えなくなると寂しくなるからなしにしようか」

「血は争えないということですな」

「坊ちゃまと領外旅行楽しみです」




C討伐クエスト 報告書

 討伐対象 ゴブリン

〇討伐個体

 ネームドなし通常種 200×32   6400

 ネームド付き通常種 500×3    1500

 特Aゴブリンキング 50000×1 50000

                 計 57900P

次のランクまで0P

           報酬はギルド口座に直接振り込まれました。

戦闘報告書

 当クエスト討伐者は女神の加護を活用して積極性を持って治安維持活動に励んだ。地力の技量でモンスターを圧倒し、部位損傷少なく討伐した。特出すべきは特A級ゴブリンキングの討伐成功である。特A級モンスターのソロ討伐は数少なく、当該冒険者は初戦であるが先述の大きな戦果を上げた。

よって、当該冒険者をA級冒険者として認可し、これを保証する。

                        印 ライアン・サイレンス








翌日。

ベッドに横たわったまま動かない人影があった。


「レオさま、朝ですよ」

「全身筋肉痛で身動きが取れない」

「はあ・・・」


年齢相応の筋肉以上の運動をした代価はあまりにも大きい。

失われたのは彼の尊厳。

伯爵子息レオニ―スは約2日間、筋肉痛でまともに動けず、赤ん坊の頃のように世話を焼かれたのであった。

そんな彼に対して、困ったようにため息を吐きながらも、ララティーナの顔はとても幸せ色だったことも追記しておく。



あれから5日。

ようやくまともに動けるようになった。

ギルドの受付はアーシャさん。すっかり専属の受付嬢だ。


「こちらがA級ギルドカードと昇格報酬となります」


手渡される見覚えのある袋と、少し重みのある銀色のカード。


上位冒険者認定証

       冒険者ランク A

名 レオ  齢――  レベル62

   冒険者ギルドはこの者を当ギルド所属の冒険者と認定する

                   座長 アーマルド・グランツ


カードに記載されているのは、冒険者名、冒険者ランク、そしてレベル。


レベルとは。

人の強さが数値化された人の強さを計る上で一定の判断材料になるもの。


初期スペックが全種族の中でもトップクラスで劣っている人族の種族特性。

女神の加護も種族特性ではあるが、大多数が発言しないので割愛する。

狩れば狩るほどレベルが上がって強くなる。加護なしは個人差の上限あり。

能力が大幅に成長する個性。これが人族の種族特性である。


レベルを上げた人族は非常に脅威的な存在となる。


しかし。忘れてはいけないこと。

それが人族の初期身体スペックは全種族でトップクラス低いということ。


狩る相手が限られている。


強さを求めて強敵に挑み、逆に狩られることが多いのが人族である。

狩られることを恐れた人は街の中で一生を終える。

これが人族の普通である。


レベルという概念を利用するのは狩りを行う冒険者くらいで、大半は種族特性を活用せずに一生を終えるのだ。実に勿体ない。新たな力を求めて戦いに生を見出していた悪魔族からすれば理解が出来ないものであった。

だが、実際に人族になってみて。穏やかな生活もありだと思わされることがあった。

特にこの数日間はだらけきった生活をしていたから気持ちが増大していた。


そんな考えを消し飛ばしてくれたのが、このレベル表記。


レベル60は十分に高い水準であるが、序の口。元の悪魔族に勝つためには最低でも300はないと一方的に嬲られて死を迎えるだろう。それだけの身体スペックの差がある。


加護を得た人生を長く続けるためにも、さらにレベルを上げなければならない。


「アーシャさん」

「は、はい」

「討伐任務はありますか」

「この辺りは先日のゴブリンキング討伐から平和でして・・・」


さっそく頓挫した。

さて、どうやってレベルを上げようか。








本邸の自室に戻ってくる。

自室に一人。ベッドに寝転がり、対策を練っていると扉がノックされる。

普段ノックをして入ってくるのは父上か執事長くらいだ。

投げやりで返答をすると扉が開かれる。



「きょうからお世話になりますわ」


黒髪ロングの見知らぬ女性。

思わず飛び跳ねるように起き上がり、ベッド横の剣に手をかける。

そんなこちらの様子を見て上品に笑ってくる。


「警戒されてしまわれましたわね」


当然だ。

事前にこのような来客があるとは聞いていなかった。

人族の貴族層では暗殺はよくある手段。


「レオさまにサプライズ成功ですね!」


黒髪ロングの女性の背後から顔を覗かせるララティーナ。

執事長に報告だ。


「こちらの方は?」

「申し遅れました。わたくしはアリーシア・アカシアと申します。あなたの家庭教師としてこちらに配属されましたわ。きょうからなにとぞよろしくお願いいたしますわ」

「アリーシアさまには貴族教育および魔法の教師として招待しています」


魔法。そうだ、どうして忘れていたのだろうか。

狩る相手がいないのならば自室で修練できる魔法を学べばよいのだ。

思わずアリーシアに詰め寄って手を握りしめる。


「アリーシア先生、よろしくお願いします!」

「ええ、よろしくお願いしますわ。ええ、先の話の通り、とてもお熱い方ですのね」

「え?」

「その手を取って懇願する仕草は貴族間では求婚ですのよ」


苦笑いしながら手を解き、腰の杖を目前に向けてくる。


「そこら辺の常識も一から千までビシバシ教えますわ! お覚悟なさって」


杖の先から魔法の気配。

家庭教師になる彼女の魔法を妨害する必要はない。魔法を甘んじて受け止めた。






本邸の中庭。

転移魔法が発動し、寝室から中庭に転移したのだ。

杖をクルクルと回し、愉快そうに鼻歌を奏でているのが今回の術者。


「まずは魔力の適性を見極めましょう」


朱色ドレスのポケットから真っ黒の巻物を取り出した。

徐に開封し、そうして宙に浮かべると、何も書かれていない中身の中心に手を添えた。

すると、文字が浮かび上がってくる。


アリーシア・アカシア 人

       レベル 200/

能力値

生命値  2500/2500

魔力値  1800/3000

攻撃値  8200/8200

防御値   300/300

精神値  3000/3000

  属性

火 A  風 C  水 A  土 C  空 A

無 C  光 C  闇 B

  固有加護 拳闘士


彼女が手を離しても文字は消えない。

カリカリと掻いてみるが、巻物に烙印されたかのように文字は消えない・

原理は分からないが、1つ分かったこと。

家庭教師として招待されただけあって中々に強かった。


[このように検査巻きに手を添えると、自分の生体情報が表記されますわ]

「これが他に漏れたら大変だね」

「問題ないですわ」


検査巻きが炎に包まれる。

数秒、パチパチと音を発てて燃えるが、姿形残らず焼失した。


「次はあなたの番ですわ」

「短い人生だったなあ」







「おバカなことおっしゃらないこと」


杖で小突かれた。







目の前に浮かぶ巻物に手を添える。

それだけで音もなく生体情報が記されていく。


レオニース・サイレンス 人

        レベル 62

能力値

生命値   520/700

魔力値  9800/9800

攻撃値  1000/1000

防御値   150/150

精神値   800/800

  属性

火 A  風 F  水 F  土 F  空 A

無 F  光 S  闇 S

  固有加護 賢者


「ずいぶん偏っていますが、これで把握はしましたわ」

「ランクFってなに?」

「才能なし、使えないってことですわ」


膝から崩れ落ちた。

全属性を使って魔法戦をして無双する夢、ここに破れたり。

ショックを受けているこちらを気にせず、検査巻きが焼かれていく。

燃え尽きていく様が、こちらの夢のように見えて非常に儚い。


「これは家族間のみで秘匿される情報ですので、ご安心なさって」

「でもアリーシャ先生が知ってしまって」

「それもまだ教育されていませんのね」

「え?」


中庭から自室へ風景が切り替わる。


「レオさまはまだ7歳ですので」

「それでは今からお教えしますわね」


慌てて止めるララティーナ。口を押えて必死に止めようとするが、結局言い包められて俯いている。

専属メイドの初敗北。次は頑張ってくれ。


「貴族間での専属メイドと家庭教師は男女関係前提ですわよ」

「え」

「魔法を教える前に常識を教えなければなりませんわね・・・」


齢7歳の秋。

この身体を取り巻く環境、そして貴族の常識を知った季節であった。

間違いなく。7歳に聞かせる内容としては非常に不適切な内容であったことを書き残す。





貴族教育でお預けにされてから1カ月。


すっかり中庭の樹木の色が切り替わっていた。綺麗に整備されている中庭にはいつも癒されている。

地面にも余計な草が生えておらず、適切な草だけ残されている様子。

庭師さんには頭が上がらない。


「レオくんはどれだけ魔法を理解していますか」

「魔法それぞれの属性のおおよそのことくらいですね」


現在、魔法講義中。初日ぶり2回目。

教鞭を奮っているのが我が家庭教師のアリーシア嬢である。


「使ったことがあるのは?」

「加護で得られた身体強化くらいですね」

「それでは一つずつ、すべて教えていきましょう」


手の平に小さな火を発生させ、上空に浮かせた。


「ではまずは同じことをやってみましょう」

「いやあの、その火魔法の発動方法の手順を教えてほしいのですが」

「熱い感情をぐわーっと一点に集める感覚ですわね」


アリーシャ嬢は非常に優秀な人族である。これは間違いない。

全属性使いで文武両道。だが家庭教師としては非常に不出来である。

なぜなら。


「ぐわーっと手に集めればできますわ」


感覚派。脳筋。これに尽きる。

どうすればこうなるという説明が非常に欠けており、これまでの経験で得た感覚で得た勘に沿った行動でどうにかしてしまう生粋の脳筋である。最初から言葉より行動で説明してくる人間である。

背後に回って背中に手を置くアリーシャ嬢に嫌な予感を覚える。


直後、身体を循環している魔力が操られ、催眠にかかったような感覚に陥る。

魔力の主導権を奪われ、自分の意志で身体が動かせなくなる。

温かい何かが心臓から指先に向けて伸びていく。

意思とは関係なく勝手に手が上がっていき、やがて指先に火が灯る。


主導権が戻ってきたように、魔力の流れた感覚がハッキリ認識できた。


先の操作を真似て、同じ手順で魔力を廻してみる。火が出た。


「お父さまにもこうして教えていただきましたの。レオくんも出来てよかったですわ」


非常に不出来と言ったが、前言撤回だ。

天才はいる。悔しいが。それも天才の一族がいる。


「それでは次は空属性をお教えしましょう」


以降は同じやり方の繰り返しであった。

火は心臓から暖かな魔力を一点に纏めて体外に伸ばす。

空は心臓から目的まで魔力を伸ばす、光は心臓から全身に暖かな魔力を廻す感覚。

闇はその逆、心臓から全身に冷たい魔力を巡らせる感覚とのこと。


いつか同じように誰かに魔法を教える機会が訪れたなら。

同じような説明で同じような処置をして魔法を伝えるだろう。感覚派万歳。


魔法の発動法の習得。そこからどう規模を大きくして対象に影響を与えるか。

すべてこの身に受けて学んだ。熱い寒い痛い固い重い煩い癒され苦しみ。すべて受け終わった後にふと使えない属性を受けても意味ないのではと呟いたのが聞こえていたのかバツの悪い顔をしていた。








季節が2度変わり、白い蓄積物が街道に表れ始めたころ。

我が家に一枚の封書が届いた。


居間の机に置かれた封書を囲む5つの人影。


「私としては行ってやりたいところだが・・・」

「他家の問題ですので、私としては反対ですね」

「ちちと同意見です」

「わたくしとしては救援に向かうべきかと」


太くて大きな字で救援願。

中身を確認すると、差出人は知った名が記されている。

差出人、クリフトン・アルギニア。


「レオ、お前はどうしたい、」


現在、賛成2反対2。どちらかに与すれば決まる状況。

自分の命を懸けるか、アルギニア伯爵家を欠かすか。この家の令嬢とは文書上では婚約関係にあるが、餞別の儀の時から顔も声も聞いたことがない。完全な他人とも言える。


ふと思い出すのは、少し震えた声ながら無邪気に笑う顔。

恐怖心を強い使命感と意思でねじ伏せる気丈な少女の姿。

「あたしがみんなのことを守るの!」

気を強く装う、そんな彼女は人族で初めての友なのだ。

思い出した時点で、すでに答えは決まっていた。

「愚問でしょう」

「ガゼット、準備は出来ているな?」

「ええ、予想出来ておりましたので」


肩に力強く、太い腕が置かれる。


「総大将を任せる。アルギニアにある異物をすべて叩き潰せ」

「御意」



「お話は終わりましたでしょうか」

「ああ。お待たせしたな」

汚れの無い全身甲冑。籠っていて性別は窺えない。

ただし、その動きは歴戦の戦士である歩様。一歩ずつ進んでくる毎に警戒度が上がっていく。

「父上、この者は一体」

「封書を預かってきたアルギニア拍の者だ。私が保証しよう」


「現在、我らアルギニア家は窮地に陥っている。敵数は少なくとも2万」

2万。この数は以前の戦争で発生した決戦のおよそ10倍。

「そちらの軍は」

「現在、首都アルギスが包囲化。軍は8000ほどになります」

「籠城戦か」

「いえ。敵軍は当家の結界に苦戦しており、首都での戦闘はまだ発生しておりません。とはいえ、時間の問題ではあり、非常に危険な状況下です」

西の辺境伯家アルギニア。現当主含め、魔法を得意とした一族。位置も正反対でありながら性質も正反対である東の辺境伯家の我が家は近距離の物理肉弾戦を得意とした一族だ。

遠距離魔法での殲滅を主にしたアルギニアが首都まで攻め入られている状況は「首都の破壊を是」としなければ詰みである状況である。首都の破壊は貴族の威信に関わる。敗戦濃厚だろうと簡単に是とするわけがない。

「アルギニアほどの家が何故そこまで追い込まれたのです?」

「敵兵は魔法鎧を着こんだ兵士が殆どで、遠距離から撃ち倒せず。被害を最小限にすることを考慮した上で、前線を下げ続けた結果が現在の状況になります」

「本気で崩しに来たわけだ」


「事態は一刻を争います。続きは馬上にて」




陽が頂点から照り付けて肌を焼く。野鳥の囀りの音だけが流れていたゆったりとした時間が、力強く大地を踏み締めてくる来る者たちの音で慌ただしく動き出す。

緑の大地を馬の蹄が刈り取り、後方に残がいが舞い上がる。成した者たちは既に遥か遠くへを駆り進んでいる。


「レオニ―スさまが参戦した理由をお聞きしてもよいでしょうか」

「聞いてどうするの?」

「不快に思われたのなら申し訳ありません。ですが、てっきり辺境伯本人が来る可能性の方が高いと想定しておりましたので。あの関係以外に理由があるのか、と気になってしまいました」


抑揚のない申し訳なさのない一言。形式上は婚約者となっているが、その関係は一夜限り。それも少し会話をした4歳の餞別の時以降、文通すら行っていない非常に関係性が薄い状態。

連れてきた兵数もそこまで多くなく、普通に戦闘を行えば死亡する可能性もあるだろう。

要するに、関係性の薄い伯爵子息が自ら出向くメリットがないのだ。

武勇? 既に得ている。 金?すでに満足している。 それでは何の為に?


「本人には言わないでほしいことだから、言わないと約束してくれるなら答えるよ」

「ええ、アルギニアの杖に懸けて、口外しないことを約束しましょう」


アルギニア家の家紋は杖と弓を組み合わせて型作られたもの。その一つ、杖に懸けるということは絶対と同義である。この誓いを破れば、世界から存在が消されてしまうらしい。

ともあれ、この騎士が誓いを立てた以上、黙秘をするわけにはいかない。

「痺れちゃったんだよね」


「あの歳であの高潔さ。あの気高さ。あれは失われてはいけないものだって。本能でそう思ったんだよね」

「はあ」

「あと顔と声が好みだった」

「そうでしたか」

以降、騎士は話さなくなったし反応が非常に薄くなった。

不正解を引いてしまったようであった。




爆発音。何度も何度も何かに衝突しては爆発して衝撃波が撒き散らされている。


「うてーっ!」


指揮しているのは髭面の男。目の前の砲撃部隊に命じて、聳え立つ建築物に攻撃を繰り返している。大砲から放たれた一撃が建築物に着弾し、建築物の残骸が宙を飛び散る。

着弾した様子を見ても、髭面男の表情は晴れずに曇ったまま。


「第二師団はまだ突破できんのか!!」

「申し訳ありません!予想以上に抵抗が激しいようでして・・・」

「伝令兵までも逃しおって!!」


戦闘開始から三カ月。大量に兵士と兵器を投入した甲斐あって順調に進撃が進み、さらには伯爵量本都の完全包囲に成功した。成功したが、本都を覆う防護壁と結界に阻まれて進撃が停止した。

各方面の防護壁を砲撃しているが、重厚な防護壁を破壊しきれず、また結界を一撃で消し飛ばせず、未だに本都内の攻略が1つも進んでいない。さらに、一瞬の隙を突いた敵兵士が結界から飛び出してきて、他家への伝令を成功させてしまっている。


「しかし子爵閣下。アルギニア伯爵家と言えば頑固者で有名でございます。それに現在、この家には婚約者がおりませぬ。ならば救援に駆けつける家などおらぬのではないでしょうか」

「たわけめ。おらぬわけがないだろうが。口外していないだけであって、伯爵家ほどの家格の者を欲さない者などおらぬわ。いるのは確定しておる。相手が誰であるのか。これこそが問題なのだよ」


その後も地団駄を踏み、罵詈雑言を繰り返す。

主人を窘めつつ、周りの騎士に打ち続けるように指示を行った。


「既に一部は崩れております。それに。どんなことがあろうとも有利は覆りません」











「なぜなら、外縁に加護持ちを3人配置しておりますから」
























パチパチと音を発てる僅かな焚火を中心とした陣地。

火の明かりに20の影が落ちている。


「ご報告いたします」


新たに一つの影が火の灯をさらに妨げる。場の明るさは殆どなく、吹き荒れる風の音に火の発てる音はかき消され、人の囁きをもかき消している。ガサガサと動く音。されど異質な音ではない。ここは森。獣や魔物たちの住処だ。その営みは人の有無で変わることはない。


「この先の都市ミラーリンは既に陥落。街の至る所に敵軍が配置されております」

「数は?」

「およそ1500。大将はラインハルト男爵。加護持ち1です」


吹き荒れる風はこの先に待ち受ける彼らの厳しさを表わしているかのように。風を受けて勢いを増していく焚火は彼らの心の内を表わしているかのように。

誰もが黙り、誰もが一点を見つめて待ち侘びる。


「正直に言わせてもらう」


沈黙が破られる。


「本気でつぶしに来たかと思えば、この程度かと」

「で、あれば」

「夜の間に進軍する。お前たちの意見はどうだ?」



火が消える。風が止まる。音がなくなる。

答えにNOはありえない。大将が決めたことが全ての話し合い。彼らに求められているのは断ることではなく、大将の考えを先読みし、集成すること。


プッ。


何処かの空気が抜けた音。それは一か所だけではなく。

大将を見つめるすべての影から漏れた気の抜けた音。


「坊では旦那様のような圧は無理ですな!」

「でしょうな! 我らは坊の坊の時から見ておりますから!」

「厳しい目で見つめられても愛おしくて仕方がないですわ」

「全くですな!」



再び火が灯る。風が吹き荒れる。

兜で顔の見えない者たちは除いた、個々の表情が浮き彫りになっていく。

だが、その兜の下の表情は他の者たちと遜色ないだろう。

大将を除いた全員が笑みを浮かべていた。

この場にいない者を含めると、総勢24名がサイレンス伯爵軍の援軍部隊である。


「茶化さないでくれ。お前たちの考えはどうなんだ」



「この場の全員が同意見です。少数ではありますが、我らは坊を守るためだけに来たわけではありませんので」


「目的は」


「敵を討つためでございます。それも漏らしなく確実に」

「でなければ、現戦力は過剰にございます」





ふと背後から。

ガサガサガサガサ。草を掻き分ける音。

ザッザッ。土を踏み締めて近づいてくる音。人の気配。されど誰も振り返らない。

何故ならば。


「ただいま戻りやした」


薄紅色に染まった甲冑が3つ。肌から滴り落ちるどす黒い雫。全員が左手にボコボコになった人の形をした何かを地面で削りながら引き連れている。。元人間と思わしき物体。焚火の前へと放り投げられる。


「馬鹿者。火が弱くなるだろうが」

「またおめえが着けなおしゃいいだろうが」

「坊の姿が見えなくなるだろうが」

「そこまでにしておけ。はやく報告だ」


2人がバツの悪い顔をしながら、大将の前に足を運び、片膝をつく。

21の視線が三者に注がれる。


「周囲を探索したところ、鼠がおりましたので仕留めました。こやつら各々の所属は判明しております」

「ユーシア帝国の騎士3名。ネル、シィン、アースカ。すべてネームドでございます。外縁部隊の将かと思われます」

「たまたま見つけたので仕留めました。そこそこ楽しめたました」


全員の視線が人と思われるナニカに向く。

3つすべてが甲冑に所々穴が開き、甲冑が役割を果たしていない。さらには焼け焦げた跡。四肢が人のあるべき方角を向かずに鎮座する様。

間違えようのない拷問の跡。


「鼠をしたのはお前たちだろうに」

「あん? 坊の土地に許可なくいるんだから鼠はあっちだろうが」

「まだ坊の土地ではないぞ」


繰り返される喧噪。まるでここが戦場であることを忘れさせるかの様相。

緊張感なく誰もが大声を上げて笑っていた。

それもそのはず。


「坊。迷うことなどありません。ここにおりますのは全員加護持ちでございます」


一人で戦況を左右する加護持ちが二十四名。

この進軍は止められない。






これから二時間後。この世から一人の男爵と軍隊が黄泉へと送り出された。







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