幼馴染みと遊びに行くことはデートとは言わない


 ジェットコースターで並ぶこと十分。

 気温は平均より若干高めなためか、こうして並ぶだけでも汗が出てくるというもの。

 ハンカチでそれらを拭きつつ、逆に一切の汗を掻かない天音には脱帽してしまう。


 しかし汗を掻かないということは、逆に体温調節が難しいということでもある。


 暗い洞窟内、俺はパタパタとマップを団扇代わりにして天音に仰ぐ。


「キツくなったらいつでも言えよ。何なら今から戻ってもいいぞ」


「ううん、ありがとう大丈夫だよ……ジェットコースターはね、前々から行きたいって思ってたんだ」


 ――ほら、昔は乗ることも遊園地に行くことも出来なかったから……。


「……そうかよ」


 ここまで言われてしまったら、引き返すことなんて出来なかった。

 ……なんだかさっきからずっと自分で退路を断っているような気がする。


「それではシートベルトを着用してください」


 やがて俺たちの番が回ってきた。

 係員に促されるがままに、俺は遂に覚悟を決める。ジェットコースターのシートベルトを付けた。二人一組の席。隣には天音が心なしかうきうきした様子で辺りを見渡している。


「怖い……?」


「だっ、誰がだよ」


 薄暗い洞窟を模した入り口の中。

 一番前の席に座っているため、俺たちの真正面には今か今かと待ちわびている景色があった。レールは入口から先が見えない。つまるところ下にある。


 ……始まっていきなり落ちるのかよと、げんなりしていた時だ。


「うわ――」


 ガコンという音と共にジェットコースターが緩やかに走っていく。

 始まってすぐにちょっと降下、フワッとした浮遊感に肝が冷える。


「うわ! ああ! あああああっ!」


 左いったり右にいったりと激しく揺れる視界に、俺は必死に持ち手の部分を握りしめていた。


 なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!


 視界から捉えられる情報が脳に伝達するよりも先に体感させられるこの感覚。


 理解分かるよりも先に体験が来る分からされる


「きゃーっ」


 隣にいる天音は楽しそうだ。無論、見ることも出来ないので声だけの推測なのだが。

 しかし本当に楽しそうな悲鳴を上げる。これじゃ悲鳴じゃなくて歓声だな。

 やがて一通りのものが終わり、ジェットコースターは最終盤ファイナルへと移行する。


「ゆうくん……大丈夫?」


 ココココ……と徐々に坂の頂上へと登るジェットコースター。

 隣にいた天音がそっと俺の方を覗く。

 予めカチューシャは外しているから、そのせいで髪型がちょっと荒れていた。


「な、何が……っ?」


「手、繋ぐ?」


「はぁ? いや別に怖がっているわけじゃない。ただちょっと驚いたというかあんな左右いったりするのにビビったというか、そもそもこんな三半規管を責めるような乗り物は果たしてアトラクションと言えるのだろうかやはり分け隔てなく老若男女楽しめる乗り物こそが真のアトラクションだと思ってあちょっと待ってやっぱ手繋がせてくださいお願いします」


 やがて頂上へと登ったジェットコースターは、しばしその動きを停止させていた。

 快晴にも近い天候、クリアな視界からは雄大な山々が望めた。


(あれは……)


 やがて落下する前の、ほんの一瞬。

 俺は天音の小さな手の上に自分の手を重ねて、今かいまかと来る落下に怯えていた。


 やがて、均衡が取れていたはずのゴンドラに、僅かな重力を感じたその時。


 その刹那――天音の声がした。


「ゆうくん。私ね──あなたのこと────だよ」


「え? 今なんて──うああああぁぁぁぁっ!?」


 耳をつんざめく様な風の音と悲鳴。

 隣にいる天音からも小さく叫んでいる。

 かくいう俺もそれに負けないくらい、いや恐らく誰よりも叫んでいたことだろう。

 長い浮遊感に堪えるように、ただ俺は必死に天音の手を掴んでいた。


 ◆


「め、目回る……世界が脈動している……」


 ジェットコースターから降りた俺は酷い頭痛に襲われていた。

 視界がぐるぐると渦巻いている。気持ちが悪い、昼に食べたサンドウィッチがそのまま出てしまいそうだった。


「だ、大丈夫っ?」


「悪い……少し休ませてくれ」


 天音の手を握りしめたまま、俺は彼女に支えられて近くのベンチまで向かう。

 木の素材を存分に感じるベンチに腰つけて、木陰の下で一呼吸。


 ……か、格好悪ぃ。


「ごめんね。私が無理して言ったから……」


「ば、か……天音のせいじゃねえよ。これは……っうぅ、やっぱちょっとタンマ。悪いが水を買ってきてくれないか?」


「あ、うん。ちょっと待ってね」


 パタパタと近くの自販機で一本の水を購入してきた天音は、そのままパタパタと俺のところまで戻ってきた。そのまま受け取った水を飲む。少しだけ気分が改善してきた。


「ふぅ。ありがとうな天音。助かった」


 冷たい水が喉から胃袋へと伝わる感覚がわかる。体の細胞が潤う。

 息を吐いて気分をリフレッシュしたところで、俺はちゃぷりと残ってるペットボトルを持て余しながら立ち上がる。


「そっ、それ、いらないなら私も飲みたいな……なんて」


「ん。水が飲みたいならばもう一つ買ってくるけど?」


 天音が俺の右手にあるペットボトルを覗く。

 水は残っているとはいえ半分以下だ。口に二回くらい含めばそれで終わりだ。

 それならばもう一本追加で買っておいたほうが良いかもしれない。


「それで十分だよっ。むしろそれがいい感じなの」


「そうか……?」


 まあそれでいいならそれでいいか。遊園地にある自販機ってホント高い。野生のどこにでもある自販機よりも高額なのはどうしてだろう。

 水だけで清涼飲料水が買える自販機って、こことあとは山くらいしかないぞ。


 俺は後ろでものすごい表情……ありていに言えば『やってしまった、やってしまった』と子供が浅知恵で大人を騙したあとのような、そんな表情を、含みがあるようなもにょもにょしている天音を他所に、俺は遊園地のマップをひらく。


 幸いなことに、目的の場所は意外と近くだった。

 というよりも先ほどのジェットコースターで、その場所スポットを目視出来た。

 なるほど、ジェットコースターにはこういう利点もあるわけか(いやない)。


 さて……昼ももうじき終わる。俺はこの後の予定を頭に詰めながら、また趣のある顔を浮かべ、まだペットボトルの水を飲んでいない天音のほうを向く。


「今度は俺の番だな」


「どこに行くの……? コーヒーカップ?」


「次はちょっと小休憩だ……ま、一緒に行こうぜ。見せたい景色ものがあるんだ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る