遊園地にて


 快速の電車で揺られ続けること三十分。

 駅からの送迎バスに乗り込んだ俺たちは、予定通り一時半には遊園地に辿り着いた。

 緑あふれる森の中に建てられたこの遊園地はとても広く、全てのアトラクションを回るには三日は必要だとも言われている。


「す、凄いね……人がいっぱいだよ」


「そうだな」


 来場客は何も俺たちだけではない。ゴールデンウィークが近いからか、家族連れの団体が多くいる。中には俺たちと同じく男女で来ている人もちらほら。

 改札を潜り抜けると、俺たちは記念で頭につける被り物をもらった。猫耳と犬耳のやつ。


「どうかな……?」


 照れながら笑う天音に、俺は正直な感想を言うことにした。


「良いんじゃないか」


「ゆ、ゆうくんも付けてみてよ」


 顔を赤らめた天音が、もう一つ残った猫耳を俺のほうに手渡す。

 どうして俺が……と断るのは容易かったが、それでは意味がないと思った俺は渋々残りの猫耳を着用する。


「か、可愛いよ! このままお持ち帰りしたいくらいっ!」


 なんて天音は言うが、どうにも気が乗らない。

 本当に似合ってるかぁ?


「それじゃ、まずはどこにいく?」


「メリーゴーランド! 私、それに乗ってみたいの」


「お。そうだったな、それじゃあいくか」


 俺たちは人にぶつからないように慎重に歩き出す。

 一応改札時にマップを貰ったから、迷うことはない……はずだ。


(なんせ俺も初めて来たからな……)


 なんなら、俺自身も遊園地はかなり久しぶりなような気がする。

 あの何でもかんでも夢や理想を抱いていたあの頃とは違って、久しぶりに来る遊園地はなんともと言った様相だった。


可もなく不可もなくといった感じ。


つまらない人間だと思われるかもしれないが、しかし仕方のないことだ。陽気な音楽と熱気が俺たちを歓迎してくれるが、ああ言うのは気分に乗れなかった時の疎外感にダイレクトに来るからやめて欲しい。何も遊園地に来るのは陽キャたちだけじゃないのだ。


「……なんて、めちゃくちゃつまらねえこと言ってんな、俺」


 周りが盛り上がるとかえって自分が冷めてしまうことは、まああり得る話だろう。

 いや、まあいつも斜に構えた見方をしているわけではない。俺だって楽しむところは楽しむ。もちろん、天音と一緒にいると楽しいし嬉しいものだ。……もとよりこれは俺の過去に起因するもので、要するに――傲慢。思い上がった結果痛いしっぺ返しを食らった身としては、物事が順調に進んでいると、進んでしまうと身構えてしまうものだ。


何か嫌なことが起きるのではないのか、幸せと不幸せは等価値ではないにせよ同質量だともいえる。どちらかに傾けば均衡を取ろうとして不幸マイナスが、あるいは幸福プラスが降ってくるのだ。


「……思考停止バカか俺は


 言葉にして、考えを一旦停止する。人生を素晴らしいものにする方法は、考えても無駄なことを考えないようにすることだ。


 それに、そんな鬱屈とした考えは不用意な軋轢あつれきを生むというもの。

 もとより今日は天音のための日だと、自分自身で決めたことじゃないか。

 天音は五年ぶりに日本に来たのだ。めいいっぱい楽しませよう。


「あぅ」


「おっと、ごめんな」



 そんな時、後方で天音の声が聞こえた。


 どうやら天音がだれかとぶつかってしまったようだ。

 ぶつかった人は何事もなさそうな感じでそのまま行ってしまう。

 ふらりとよろめく彼女の手を咄嗟に握って、俺は大丈夫かと彼女に問いかける。

 相も変わらず大丈夫だと薄く笑いかける天音だが、全く、変なところで強情だ。


「ほら」


 やはりここはちゃんと俺が引っ張ってやらねばならない。

 手を差し伸ばすと、天音は少し驚いた表情を浮かべた。

 いいの……? と言っているように思えたので、俺は有無も言わさず彼女の手を取る。


「行こうぜ。まずはメリーゴーランド……だろ?」


 ◆


 軽快な音とともに揺れ動く木馬。ごぅんごぅんと回り続ける台。

 年端もいかないような子供たちの中に、天音はいた。

 白く塗装された木馬に必死にしがみつきながら、それでもその表情は緩んでいる。

 いや満面の笑みとも言ってもいい。幼いころに戻ったような天音の笑顔を見て、俺は苦笑を浮かべる。


「これで五回目……ったく、そろそろ別のアトラクションに乗らせてくれ」


 なんて悪態ついている俺も、ひそかに良かったとすら思っている。

 少なくとも、この笑顔を見られただけでここに来た意味はあった。

 俺はポケットからスマホを取り出して、カメラを起動する。


 パシャリ。


 そんな音とともに、俺のフォルダ内に初めて天音の姿が入ったのだった。


「ご、ごめんね……っお待たせしちゃった」


「いいよ。次はどこにする?」


 楽しかったとばかりに満面の笑みを浮かべる天音の手をつないで、俺はマップを開く。ここから近いのだとコーヒーカップと――。


「わ、私あれ乗りたい」


 おずおずと対の手で指さすのは――ジェットコースター。

 国内で二番目に大きいと言われている、この遊園地の名物の一つだ。

 最大高度は約八十メートル。またそこから螺旋状に下るところは何人もの猛者(ここではジェットコースターのことを指す。いやジェットコースターの猛者とはなに? という話だが)たちを失神ブラックアウトさせたという恐ろしい伝説がある。


 まあもちろん伝説というだけあって信憑性は薄い。

 ――が、事実は事実だ。数値は誤魔化せない。

 失神が嘘であっても、高い速い怖いのジェットコースターには変わりないのだ。


「もしかして……ジェットコースター苦手?」


 中々行くのを渋る俺に天音が問いかけた。

 その顔は少しだけ意外というような表情で、俺は弁明するかのように口を開く。


「ふむ……まず何をもって苦手とするかは本人の裁量だと思うが? そもそも苦手とは何だろうか。別に俺はスピードや高いところが少しだけ苦手ーだなんて一言も言ってないが」


 つらつらと語る。語れる。


 というかそもそも。


 そもそもジェットコースターとはなんだ。アトラクション足りえるのか。むやみやたらに己の三半規管を苛めて心臓の鼓動リズムを変えたりして本当に真の意味で客を楽しませられるのか。身長が足りなければ乗れないような乗り物を、果たして子供を楽しませることが本流である遊園地に取り入れてもいいのだろうか。体重制限のあるものもある。それこそ分からない。思うに、ジェットコースターとは、最初に訪れる社会の理不尽なのかもしれない。しょうがないといいつつ、名前も顔も知らない他人の幸せのために、自分の幸せを犠牲にする……そんなどこかありふれた、しかし不条理だとも言わざるを得ないそんな経験を、俺たちは子供のころから経験することによって、社会に対する憎悪ではなく、むしろそれらを普通だと、どこにでもある普遍なものだと認識させることが真の狙いなのかもしれない。そう考えるとこのジェットコースターというものは、随分と多義を持ったアトラクションともいえる。いやいや、もはやアトラクションだなんてそんなカタカナで誤魔化せるような柔んだものではない。これはそう――教育だ。洗脳の第一歩。社会の規則を暗黙の了解として理解させるもの。


 そもそも、ジェットコースターなんていう乗り物は果たして乗り物足りえるのだろうか――なんてそんな役得のない話まで展開しそうになった俺を引き戻したのは、天音の上目遣いによるお願いだった。


 握る力を僅かに緩めて、顔を近づける。

 潤んだ碧霄へきしょうの瞳が、俺を艶やかに映した。


「……お願い、ゆうくん」


「――。―――。――――。別に、嫌だとは言ってないだろ」


 ちくしょう。その上目遣いは反則だ。


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