第9話 向き合う

「ここはね、今でもよく来るところなんだ」


 砂浜を歩きながらのぞみさんが言った。


「誰にも言えない悩み事があったとき、ここで景色を眺めながら、いろいろ考えてね。こころさん、あのままあの場所にいたらきっと良くなかったから」


 確かに、それはそう思う。喫茶店からここまで来るのに時間があって、そのおかげで気分が落ち着いてきた。あの場所にいたらずっと同じことを考えちゃって、抜け出すことができなかったと思う。考えても仕方ないことを考え続けてしまうことで、より最悪な想像をしてしまう。のぞみさんはそうならないように、私を連れ出してくれたのだろう。


 空からくる太陽の光と、海で反射した光が視界に飛び込んでくる。時折吹く潮風が、不思議と心地よかった。髪を洗うとき面倒くさいだろうなあなんて、そんなことを考える余裕もあって、打ち寄せる波を見ながらのぞみさんの後ろを歩いていたら、不意にのぞみさんが立ち止まって


「悩み事があるときに海に行くなんて、ベタな話なんだけどさ」


と言葉を発した。振り返ったのぞみさんと目が合う。


「自分の悩みはこの大海原に比べたらちっぽけだーなんて、私は全然そんな風に思わないし、だからなんだって話だし……。でも、波の音を聞いてると落ち着くし、それ以上に私にとってこの場所は大切な場所だから、だから悩んでたときはいつもここに来てたんだ」


「大切な場所……ですか?」


「思い出の場所って言った方が正確かな。それに何度もここに来てるから、過去の自分にも会える気がしてね。場所の記憶じゃないけどね。ともかくここは私が自分と向き合うための場所なんだ。だからと言ってこころさんがここに来る必要は無いんだけど……」


 過去の自分……。過去の私はいったい何をしていたんだろう。あいのことを忘れて、ゆきのことも忘れて、覚えていたはずの記憶すら不確かなもので……。何があったのか問いただせるならそうしたいくらいだ。


のぞみさんにも悩みがあるんですか?その、よくここに来るって……」


「うん……もう何年も解決できてないの。どうしたらいいかはわかってるんだけどね。自分と向き合うなんて言って、ほんとは逃げ出したくてここに来てるのかも。でも逃げちゃいけないってこともわかってる」


 のぞみさんも逃げ出したいって思うことがあるんだ。でも自分でちゃんとその気持ちと向き合ってる。きっと私は、のぞみさんがいなかったらとっくに逃げ出してる。


「私は、こころさんのことを手助けしたいって思ってる。でもそのせいで、私がこころさんの逃げ道を塞いじゃってるんじゃないかって……」


「そんなことありません!私が知りたくてお願いしたんです。一人だったら逃げちゃいそうなところを、二人だから前に進めるんです。今はどうしたらいいかわからないけど、それでもあいと、ゆきを見つけたいんです」


 二人とも私の大切な人だから。それに、わからないことをわからないままにしておきたくはない。これはきっと私が向き合わなくちゃいけないことだから。


「強いね、こころさんは」


「そんなことないですよ。それを言ったらのぞみさんだってすごく大人だなーって思います。一人でちゃんと自分の問題と向き合えるなんて」


「……私は大人なんかじゃないよ」


 そう言ったのぞみさんは少し困ったような顔をしていた。のぞみさんが何年も抱えている問題って、いったい何なのだろうか。今回の事が解決したら、今度は私がのぞみさんの力になってあげたい。そう思ってはいるけれど……。


「ともかく、こころさんの問題を解決しなくちゃね。だから……確認したいことがあるんだけど、いいかな」


神妙な面持ちでのぞみさんは言う。


「なんですか?」


こころさんの記憶でいいから、過去のことを教えてほしいの」


――――――


そうして私は拭いきれぬ違和感を持ちながら、過去のことを話し始めた。






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