幕間-2 追憶②

 夕飯を済ませた私とゆきは駅までの道を歩いていた。時刻は午後8時を迎え、日は沈み、月が夜空に輝いている。その周りには遥か遠くにある星々が、私たちのいる地上までその光を届かせていた。都会の空でも一等星は強く輝いて見える。私は夜空の中に、夏の大三角形を見つけた。


「夏の大三角形……って、なんで大三角形ってなんだろ。三角形でもいいのに」


 なんとなく思った疑問を私はつぶやく。


「大きいからじゃない?」


「てきとーじゃん」


 小さかったら小三角形になってたのかな、なんてくだらない考えが頭をよぎる。


「星座って割と適当な名前多いんだよね。三角さんかく座とか、南三角みなみのさんかく座とか。まあ夏の大三角形は星座じゃないけどさ」


「え、星座じゃないの?」


って名前じゃないでしょ」


私は思わず「あ……」と声を漏らしてしまった。言われてみればその通りだ。どうしてそんな単純なことを勘違いしていたんだろう、と恥ずかしくなる。夏の大三角形が星座じゃなくなった今、私が他に知ってるのはオリオン座しかもう残っていない。そっちは冬の星座だから、今は見れないけれど。


「星座って何個あるんだっけ。88個?」


「うん、全天88星座。夏の大三角形の星はみんな別々の星座を作ってるんだよね。デネブは白鳥はくちょう座、アルタイルはわし座、ベガはこと座」


「あれだよね、ベガが織姫で、アルタイルが彦星」


 博識なゆきに対して、私はなんとか知っている知識を呼び起こす。まあ私が知っていることを、ゆきが知らないってことはないけれど。ゆきはいつも、私の知識に上乗せして何かを教えてくれる。そこに嫌味が無いのがゆきのすごいところ。きっと私の知らない七夕の話でもしてくれる。


「……」


 そう思っていたけれど、ゆきは何も言わなかった。ふとゆきを見ると、道の真ん中で立ち止まって空を見上げていた。


ゆき……?」


夏の雑踏の中、蝉の鳴き声が響いている。


「……ベガとアルタイルは恋人同士だけど、そこに巻き込まれたデネブってかわいそうだよね。まるで邪魔者みたい」


その中でもゆきの声は、はっきりと耳に届いた。その声はどこか沈んで聞こえた。数瞬の沈黙の後、


「ごめん変なこと言った。なんでもない。帰ろ」


と明るい声でゆきが言った。私は特に気に留めることもなく、「うん」とうなずいて歩き出した。


 帰りの電車の中で、私は眠っていたらしい。気づいたら最寄り駅に着いていて、発車ベルを聞いて目を覚ました。私は慌てて電車を飛び降りる。飲み干したペットボトルをゴミ箱に捨て、駅のホームへと向かう。その途中スマホを開くと、ゆきからメッセージが来ていた。


『家についたよ、今日は楽しかった』


 そこにはそう綴られていた。私はそれに返信をする。


『ね、今日は楽しかった!私いま駅なんだけど乗り過ごしそうになっちゃって……』


そこからまた他愛のない話を、私たちは寝る直前までしていた。やがて時刻が0時を迎え、『おやすみ』というゆきからのメッセージに、私も同じように返信をする。スマホを閉じて、布団の中で目を閉じる。今日のことを思い返しながら、私は深い眠りについた。

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