第3話 信じる

 段々と雲行きが怪しくなってきて、雨が降る前の独特の生暖かさを感じる。予報では午後8時頃から雨が降る予定だったから、私は傘を持ってきていない。けれど、あと1時間もしないうちに降り出しそうな空模様だった。


 6時までここにいて何かわかるのだろうか。この公園は私があいを思い出した場所であって、あいがいなくなった場所じゃない。それにさっきからぼーっとベンチに座っているだけで、他には何もしていない。のぞみさんに言われるがままこの場所まで来たけれど、本当にここにあいを探すための何かがあるのだろうか。


 ふとのぞみさんの方を見ると、もう本は読んでいなかった。代わりにスマホで何かを調べている。本には載っていないことを調べているのか、はたまた全く別のことか。何を見ているか気になったが、人のスマホを覗き見るつもりにはならなかった。そのまま私はのぞみさんを観察する。口に手を当てて考えているその姿は、妙に様になっていた。


 思えば私はのぞみさんのことを何もしらない。うわさすがって、無理難題を押し付けるような形で「妹を探してほしい」と頼み込んだ。それをのぞみさんは何も言わずに受け入れて、今この公園まで来てくれている。『どんな悩みでも解決してくれる人』。そんな嘘みたいな肩書を否定もせず、ただ私の悩みに向き合ってくれている。いったいこの人は何者なのだろうか。


「あの……」


 聞きたいこともまとまらないまま、私はのぞみさんに声をかける。するとのぞみさんはスマホを操作するのをやめてこっちを向いてくれる。私は頭に思い浮かんだ言葉を選びながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「えっと、のぞみさんはなんで私の話を信じてくれたのかなって思って……。普通だったら私の頭がおかしいと思われるだけです。なのにのぞみさんは、誰も信じてくれなかったことをあっさり信じてくれました」


 警察だって、両親だって、私の話を信じてくれなかった。なんの関係も無い赤の他人がこんな話を信じてくれるなんて、普通じゃありえない。けれどのぞみさんは「なんだ、そんなことか」と何でもないことのように言った。


「だって嘘をついてないこと、私は眼を見ればわかるから」


 その言葉に、私は喫茶店での会話を思い出す。のぞみさんは私が何か言う前に、私の悩みを言い当てていた。


「あなたは心からあいちゃんのことを心配していたし、誰にも頼ることができなくて不安そうだった。私はそんな人を助けたくてあの喫茶店にいるの」


 そう語るのぞみさんは、少しだけ悲しそうな顔をしていた。けれど、彼女の眼を見ても、私にはのぞみさんが考えていることはわからなかった。のぞみさんは私から視線を外して空を眺める。けれどそこには晴れ渡った空も、星の輝く夜空もない。ただどんよりとした雲が流れているだけだ。


「それに……」


 何かを言いかけて、のぞみさんは口をつぐんだ。いったい何を言おうしたのか、私が何かを問う前にのぞみさんは話題を変えてきた。それは何の脈絡もない話のように思えた。


こころさんはさ、人っていつになったら大人になれると思う?」


「……自立したらだと思います。私ってば、高校生なのに親に頼ってばっかで……」


 小さい頃は人は自然と大人になるって思っていた。小学生のときは中学生が大人に見えて、中学生のときは高校生がすごく大人に見えた。けど実際に高校生になって、そうじゃ無いことに気がつく。


 中学生から高校生になったって、急に何かが変わるわけじゃない。それはきっと大学生になったときも、社会人になったときもそうだろう。だから私は自立という言葉を選んだ。少なくとも一人で生きていけるようになれば、それはきっと大人と言えると思って。


「高校生なんてそんなもんだよ。どうしたってお金の問題があるしね。でもこころさんは他の人よりも自立してると思うよ。なんせ、一人で私のところまで来たんだから」


 私はのぞみさんの言葉に対して「そんなことないですよ」と返す。そして、そのままの流れで「のぞみさんはどう思ってるんですか?」と質問をした。のぞみさんは少し悩んでから


「少なくとも、私はまだ子供のままなんだって思ってる」


と、曖昧に答えた。


「私から見ればのぞみさんは大人に見えますよ」


と私は思ったことを口にする。それに対してのぞみさんは「そうかな」と軽く笑っただけだった。


 公園に設置されたいくつかの外灯は、気づかないうちに静かに私たちのいる場所を照らしている。その横に建てられた時計を見ると、時刻はもうすぐ午後6時を迎えるところだった。

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