第4話 午後6時、公園にて
スマホからアラームが鳴り響く。目覚まし時計のような煩わしい音に、少しだけ眠くなっていた私の意識は覚醒した。
「これから何かするんですか?」
寝ぼけまなこを擦って、私は
「何か思い出すことはない?ここで
「……思い出したことじゃないんですけど……私、あの日なんでここにいたのかわからないんです」
「二週間前の記憶が無いの?」
私は「はい」とうなずく。
そうだ、私は空を見ていた。
曇っていたから何も見えないはずだったのに、私は空を見上げていた。あのとき私はなんで空を見ていた?いや、何を見ようとしていた?
私は柵に近づいて、そのときの状況を再現しようと試みる。鼓動が速くなっているのを感じる。そのときドクン、と心臓が跳ねるような感覚がした。瞬間、私の頭の中に情景が流れ込んできた。
空を見上げている。星は曇っていて見えない。
否、視界全体がぼやけていて、何も見ていないし、何も見えていない。
『……』
何か聞こえる。これは私の声だ。ここに立っているのは私だ。けれどうまく発音できていないみたいで、何を言っているかわからない。
『……こに…………の?』
それでも最後に一つだけ鮮明に聞こえた言葉があった。
『……ゆき』
その瞬間、私の中で何かが崩れる感覚がした。
「……っ…、
強く肩を揺さぶられて目を開ける。
「大丈夫……?」
「はい、だいじょうっ……」
少しうわずった自分の声で、泣いていることに気が付いた。誤魔化すようにすぐに涙を拭って取り繕う。けれど涙は溢れて止まらなかった。今見たのは過去の私だ。そのときの感情を今の私も受け止めてしまっている。あのときの自分の悲しみが、悔しさが、その感情だけが鮮明に流れ込んできてしまって、それを受け止めきれなかった。
私が落ち着きを取り戻してから、木の下のベンチに座った。小雨程度ならこれでしのぐことができる。私が声を出すまで、
「あの……私見たんです。過去の自分を」
「それって……」
「
その言葉に
場所の記憶。過去と同じ状況を作り出すことで、その過去を体験することができるものらしい。感覚的には『ど忘れしたとき、元の場所にもどって考えると思い出しやすい』みたいなことらしい。ただ、もし体験する記憶が痛みを伴う場合、その痛みすらも再現してしまうらしく、とても危険なんだとか。もし流れ込んできたのが感情だけじゃなかったら、私も大変なことになっていたかもしれない。
「
「大丈夫です。ほら、今の私は何ともないです。思い出せたこともありますし、気にしないでください」
「ほんと、無事でよかった。ほんとは私がその役をやるつもりだったんだけどね」
「『ゆき』って言ってたんです。過去の私は。多分、というか絶対、誰かの名前だと思うんですけど」
「友達とか知り合いに『ゆき』って子はいないの?」
「それが……全然思い出せなくて。でもその言葉だけは、はっきりと聞こえて……」
「その子のことがわかれば、何かわかるかもしれないわね」
なんで
過去の私は泣いていた。それはきっと「ゆき」が大切な人だったからだろう。でも今の私はそれを覚えていない。そんな自分が酷く恐ろしかった。
「今日はもう帰りましょう」
そういって
家につく頃には土砂降りの雨が降っていた。雨に濡れて冷えた体を、お風呂でゆっくりと温める。湯舟に浸かっていると、少しだけ落ち着くことができた。それでも眠りにつく直前まで、言いようのないグルグルとした感覚が、胸の中心あたりにずっと残って消えなかった。
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