第2話 神隠し

 外は少し曇っていた。天気予報では夜には雨が降るらしい。今はまだ午後4時半だから、早めに帰れば降られることはないだろう。


 私はのぞみさんと公園に来ていた。住宅街から少し外れたところにある、丘の上の公園。崖から落ちないように設置された柵の近くでは、花壇に咲いている花が風に揺られている。公園の中央には木が一本植えられていて、その近くにベンチが数台置かれている。幼い頃は遊具の無いところを公園って呼ぶことが不思議だったが、いつの間にかベンチさえあれば公園だと思えるようになっていた。


あいちゃんのことを思い出したのは、何時頃だったっけ?」


のぞみさんは中央の木を見つめながら、話しかけてくる。


「えっと……確か6時頃だったと思います。雨が降ってきたのがそのくらいの時間だったんで」


「じゃあ6時までここで待とうか」


 そういうや否や、のぞみさんは本を出してベンチに座った。6時まであと1時間半。本当に待つつもりみたいだ。私はおもむろにのぞみさんの読んでいる本をのぞき込む。


「何を読んでいるんですか?」


「これは各地の古い伝承が書かれた本でね」


のぞみさんはカバーを外してタイトルを見せてくれる。『神々の信仰と伝承』と書かれた表紙は、とても質素なデザインをしていた。


「今読んでるのは神隠しについて。あいちゃんの話って神隠しみたいでしょ。だから一応確認しておこうと思って」


「……あいは神隠しにあったんですか?」


「そうかもしれない。だけど可能性は低いよ。神隠しなんてのは迷子や誘拐の理由付けにすぎないからね」


のぞみさんは「可能性が低い」と言った。可能性が無いとは言っていない。そこに少しの違和感を覚えつつ、話の続きに耳を傾ける。


「でも今回のケースは神隠しとしてはちょっと変なんだ。それが何かわかる?」


「……いえ」


「それはみんなの記憶からあいちゃんの記憶が無くなっていること。神隠しってのは原因不明の失踪に対して、人が勝手に考えたものだからね。もし本当に神様が攫っていたとしても、人の記憶に残らないなら伝承なんてされない。そしたら神も信仰されない」


「確かに……そうですね。そしたら私だけ記憶が戻ったのって……」


「もしこれが神隠しだったら、あなたに伝承してもらうため……なんて考えることもできるわね」


そのままのぞみさんは本を読み続ける。


 神隠し。もしそうだとしたら、あいはどこでいなくなってしまったのだろう。思いだそうとしても、ぼんやりとモヤがかかっているみたいに、記憶が混濁している。思い出せるのは8月まで、9月末を迎えた今日までには一ヶ月もの間が空いている。


 自分の記憶すら頼りない現状で、私はぼーっと街を眺める。忘れているのはあいのことだけなのだろうか。もっと大切な何かを忘れているような……。


 あれ?そういえば私、なんであの日この公園にいたんだろう。学校帰りに寄ったんだっけ?この公園ってちょっと遠いから普段は来ないはずなのに。


 たった2週間前のことが思い出せない。それも大事な日のこと。明らかになにかを忘れている。ただそれが何かは全く思い出せない。焦りと不安が募る中、時間は刻一刻と6時に近づいていた。

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