第45話 帰る場所

 魔王が封印されるとエリスの加護の生命は力を失う。

 殆ど動物になる者、殆ど物質になるモノ、単に眠る者。

 因みに殆ど動物になっても、魔物の方がちょっとだけ強い。

 それ故、貴族の馬は大抵が魔馬だし、ギルガメットの伯母が大切に育てている特上の羊毛が取れる羊も魔物。


「いつ来ても空気が違うって分かるな」

「成程。ただの子供がそこまで知っているとなると、信じざるを得ないわね」


 エルフの場合は無気力な人間になる。ドワーフもただの小人となる。

 ただ、この二千年は少しだけ違っていた。

 人間が海路を確立したことにより、彼らはそれなりに活動をしていた。

 とは言え、人間には簡単に侵略が出来ない。

 エルフやドワーフは馬や羊と同様に、少しだけ人間と比べて強い。

 それだけではなく、人間と魔物の関係も要因の一つとなっている。

 そもそも、海路の確立には魔物が必要だから、基本的に人間の方が腰が低い。

 人間は魔物を単に利用していると思われたら、ゴールドルートが失われる。

 そして人間は黄金のためなら、いくらでも腰を低く出来る…らしい。


「基本的には同じだけど、色々変わっている。こっちが変わっているのは絶対に俺のせいじゃないし。いや、絶対とも言い切れないのか。プロアリスの穀倉地帯とこっちは海で繋がってるからな」

「ただ、今回はもっと前からということね。それで前の私は鬼のように研究をしていた、と。私だけ、ズルい気もするけれど」

「大丈夫だよ。俺もズルいことした。それにしても…、やっぱりそうなのか」


 って、そんなことは今はよくて、重要なのはエルフは森に閉じこもっていた訳では無いということだ。

 そんな時、突然。エルフの発情期と呼べる魔王核の覚醒が起きた。

 殆どのエルフはエルフ同士求め合う。

 ただ、偶に魅力ある人間と結ばれるケースもある。

 とは言え、通常は子供が出来ないし、寿命も違うから長くは続かない。エルフの女王に白い目を向けられるのも理由の一つ。


「曖昧な世界。それで奇跡が奇跡じゃなくなっていた。そして曖昧な魔王。曖昧で子供っぽい侵略…か」

「そうね。やたらめったら襲ってくる。だから、エルフの森も早くから襲われていた。そしてハーフエルフの命が狙われたの。命令しているのはベルセルスギルス。彼がインペルゼステに命令を下した」


 ベルゼルスギルスは最高齢のダークエルフ。一万歳なんて優に超える。

 そして、この世界は魔王の目覚めからおかしかった、と。


「そんなこと考えてもいなかった。…俺はあんな中途半端な場所から始まったんだった」

「アナタの言葉を信じればだけど、その砂時計のところと関係がありそうね」


 レプトは砂時計が戻っていくのを外から見ている。

 そして、時間が戻った後に戻された。あの数秒が約十年のズレをうんでいた。


「そして今度はエルフと人間狩り…か。ただ襲うではなく、狩る…」

「勇者の魂と魔王核に入り込んだ、オズワルトという過去の英霊。その魂がやるべきことを知った…。創世記の半魔半人…。もう、私の範疇を越えているわ。その時の私でも対処は難しいでしょうね」

「…ってことはやっぱ」

「同じく創世記のエルフ。このハーブの名となっているアシュリーも気付いている筈。だから…」

「ハーフエルフの誕生が容易くなった…か。そして…ノーラの力が濃い」

「言葉だけは残っている。…少しだけ悔しくはあるわね」

「何が」

「その半狂乱の私、魔法使いを究めようとした私なら、間違いなく飛びついていた。だから、あの子も同じだと思った」

「いやいや。お前に比べてノノは良い子だ」

「あら、酷いことを言うのね。それにこれは性格の話じゃなくて、本質の話よ。伝説の魔法使い…、アシュリーという名だったことも知らなかったけれど。その帽子だって残ってるし」

「創世記からの帽子…って」

「レプリカよ。本物なわけないでしょ。でも、同じ形と言われている。さ、もう終わったみたいね」


 ルッツが走り回って探してきてくれた材料。

 その間、娘を預かる責任として、現状を母イザベルに報告していた。

 この世界の彼女はハーブに溺れることも、火をつけて煙をくゆらすこともない。

 白い髪と赫眼の女。とは言え、話の最中に何度その目が光り輝いたことか。

 道を譲っていなければ、間違いなく彼女がついてきただろう。


「ルッツさん。有難うございます」

「貴様に名を呼ばれる筋合いはない‼」


 そりゃそうだ。でも、一応は聞かないと。


「あの…。ウッドは…」

「…‼ウッドを知っているのか…」

「い、一応」

「レプト、ウッドは前の世界でどうだった?」


 少しだけ違和。だけど、聞いた以上は。


「ウッドはノノのナイトみたいな兄だったよ。どっちかというと俺はルッツさんを知らなかった」

「どうやらこっちの大陸の方が変化が大きいみたいね。元々ね、…ハーフエルフを差し出すと言ったのは、エルフの方からだったの。元々、白い目で見られていた。そして執拗な攻撃が、魔王様がお変わりになられたという話が伝わって。異変の原因として献上するとカリナが言い出したの」


 ハーフエルフのノノは、隠されるように生かされていた。

 だけど、今回はある程度の人数が居た。


「もしかして…その時に殺された…」

「いえ。彼は生きているわ。純粋なエルフの母と共に、ね。そして差し出す側に回ったの」

「え…?あんなに大切に育てていた…のに?」

「その時とは状況が違うの。本来、エルフの森は不可侵の筈なのに攻撃を受けたのよ。あの子がまだまだ小さかった頃。だからノノはエルフの森に行ったことが無いの」

「私も…戻れずだった。とにかくハーフエルフを差し出すと女王が仰られた…からな」


 世界が違う。歴史が違う。それはそう。

 距離が違うし、その頃はまだ前の世界の記憶を持っていない。

 だけど、変化した世界は始まっていた。


「そんなにハーフエルフって憎まれる対象だったのか…」

「それは確かにそうかもしれない。でも、根本は魔王にあったわ」


 そして、知ってしまう。

 もしかしたら、いやいやもしかしたら在り得ないけれど、それでももしかしたら救えたかもという話。


「エルフに対して、とにかく差し出せと言った。何をだと思う?」

「何って、それは──」


 レプトが0歳で記憶を取り戻したとしても、やはり不可能。

 王の生まれとかでも、多分。

 その時点で意識がはっきりした人間じゃないと無理。

 こっちに住んでいないと無理。

 魔物の言葉を話せないと無理かもしれないこと。


「魔王様は何かを差し出せと言った。何かと聞いても何かとしか…」

「そう。何か。いままでと違うもの。だから…、…って今。何か言った?もしかして…」


 成程。勇者と魔王。生まれが違い過ぎる。いや、魔王の方は目覚めだけど。

 でも、これを言ったところでどうにもならないのだけれど。


「いや、分からない。魔王も勇者と同じ。漠然とした不安を抱えていたとしたら…って考えただけ。それにウッドも死んで」

「死んでないわよ。エルフの長は魔王に膝をついた。フォレストオブカリナは分裂して、ウッドは女王の近衛として魔王軍に与している。アシュリを使っていないトラップだってたくさんあったでしょ?私たちはエルフからもノノを守らないといけないのよ」

「でも、エルフ狩りは?」

「分裂して残っている側ね。でも、殆どいないかもしれない。この家から何年も出ていないしね」

「なぁ…。お前は知ってるんだろ?私たちは何を差し出したらいいんだ。…何をすれば、魔王様の機嫌が直ってくれるんだ…」


 そんなの今更、なのだが。

 確かに、知らせるべきかも、と思った。


「…神樹だよ」

「葉だろ?葉なら渡した」

「…渡したのかよ。魔王の封印に使えるんだぞ」

「だから、渡したんでしょ」

「でも、違う。魔王が欲したのは神樹そのものだろう」


 あれを知ってるとは思えないから、そうなる。


「神樹…だと?アレは我らの象徴だ。それを渡せなど…」

「魔王であるブーザー、古龍たるグングナル、神樹レイトは創世記より存在する。なら、内なる恐怖を抱くとしたらエルフに対してじゃない。神樹レイトに対してだろ」


 二人とも目を剥く。が、やはりイザベルの方がより一層。


「神樹の名?そんなことまで知っているの?」

「…知っていたのはアーク。その記憶を今、凍らせている」

「神樹の名などどうでもいい。魔王…我らを本当に滅ぼすつもりか…」

「まぁ。そうだよな。今は知らないけど…」


 ルッツの反応を見るに、生まれる前に対処してもダメだったらしい。

 人間が生きていくのに、耕す大地が必要なように彼らには神樹が必要のようだ。


「ならば、私たちも立ち上がろう。神樹を打ち倒そうとする魔王に、膝をつくとは!カリナめ…。あんな奴が女王でなければ‼」


 それだけでエルフのルッツは怒り心頭。

 浮気をしていたから、彼はここにいるのだが。

 エルフの女王はもしかしたら神樹を守るために膝をついたのかもしれない。

 そして残ったエルフは神樹を守るために戦った。

 当時はその程度だっただろう。いや、それだけで十分に悲惨だけれど。


「本当に大丈夫なの?…既に引退した私だけど、世界の根本が崩れそうなのは分かるわよ」

「何とかするしかない。アークと約束したし」

「イザベル。私たちも行こう。これは聖戦だ‼」

「そう…ね。エルフがどうとか、人間が言っていられないし」


 全世界を賭けた戦い?

 いや、元はと言えば。時が戻ったから。


 戻した責任と、戻してしまった経験者は、片手を突き出して二人を制止させた。


「イザベルとルッツはここで待機だ」

「なんで‼」

「どうしてだ‼私を愚弄するか」


 実際にはそう。イザベルもダメ。勿論、ある程度戦えるとは思う。

 でも、ダメ。レプトはそういう意味で経験者。


「俺たちがなんとかする。…んで、その後。ノノには帰る場所が必要だろ」


 前の世界でノノはイザベルの帰る場所だった。

 二人まで戦って散ったら、彼女は何処に帰ればいい。

 ハーフエルフの彼女には帰る場所が他にはないのだから。

 ある意味、家族を失った盗賊の英雄と同じ。

 その後、帰る場所がないからと、時を戻されたら堪らない。

 言えた立場ではないのだけれど。


「アーク。調子はどう?」

「レプト‼…ん-、何か大切なことを忘れてしまったかも?でも、大丈夫そう。だってレプトがいるし‼」


 処置が終わったので、前のアークに戻っている。

 だから、詳しく知っているのはレプトただ一人に戻ってしまった。

 ただ、ここで少女は言う。


「お母さん。あの帽子、持って行っていい?ほら、つばが広いから耳も隠せると思って」


 天井を見上げるノノ。その先にはどうやったら掛けられるのかって場所に帽子があった。

 魔女のとんがり帽子。


「いつまでもお母さんに頼らないの。自分で取りなさい」

「えー。もうもう。いっつもそれ言うー」


 ノノとアークの精神年齢は同じくらい。年齢も同じくらい。

 ってことは、レプトが一つ年下。だけど、色んな意味でお兄さん。


「アークがとってやれ。魔法は使うなよ。この家、色んな細工されてるから」

「うん。分かった」


 16歳と半くらい。だけど二歳か三歳くらい若く見える。

 だけど、人間離れした大跳躍が出来る。

 そして彼は帽子を持って、少女に被せた。ボッ‼


「え、えっと…。似合ってるよ、ノノ」

「うん。ありがと、アーク‼」


 どうやら全てが凍ったわけではないらしい。

 根本に刻みついているのかも。

 ここで


「アーク様‼アーク様‼私の事、覚えてます?」

「うん。覚えてるよ」

「え、えと。あの約束も?」

 

 黒髪少女がやってきた。


「うん。えっと二番目の女にするって」

「わ、馬鹿‼」


 パリン‼パンパンパン‼パリン‼バリン‼


 レプトは兄として、弟のアークの口を押えようとしたが間に合わず。


「勇者様、不潔です‼」


 せっかくアークが何にも触れないように帽子を取ったのに、部屋中のガラスが割れてしまった。


「どうやら、この世界であったことは覚えているんだな。そ、その確認だよな、リン。だから…」

「勇者様なんだから、それくらいは…大丈夫じゃないですか?」

「むぅぅぅ‼」

「レプト?本当に私の娘、大丈夫なの?っていうか、これ」

「べ、弁償します。えっと、フレデリカ?」

「私、全然関係なくない?」


 と、こんな感じ。

 アークは記憶を失って早々、クソ男の烙印を押されてしまったらしい。


「ま。いいわ。それじゃ皆行ってきなさい。ノノ、私とお父さんでこの家はしっかり守ってるからね」


 とは言え、新メンバーが加わった。

 アルビノハーフエルフのノノ。彼女は膨れた顔を笑顔に変えて、嬉しそうに頷いた。


「うん‼行ってきます、お父さん、お母さん‼」

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