第43話 最後の仲間、イザベルに会う

 本来のルートはモルネクでは降りずに、そのまま大都市フォニアで下船する。

 だけど、状況が変わった今、前の世界をなぞる理由はなくなった。

 それよりも先ずは、アークの体にオズが戻れなくさせること。

 ただ、船の上だったからではあるが、世界がどうなっているのか、マリアの髪色からしか想像できていなかった。


「魔物の姿が全く見えない。これ、どういうことだ?」

「僕はレプトの世界を知らないから分からないけど、確かに静かすぎるね」

「サーベルタイガー、ベアタイガー、ミアキャット、ハーピー、ジャイアントポイズンフットに、ファイアフライにドヴェイリンっていう二足歩行魔物。知性はライデンの方が上だけど、力は変わらない奴らがうろついている。そいつらも呼ばれてるのか…?」

「レプト先生…、なんだか強そうですけど、大丈夫なんですか?」

「うん。俺とアークなら大丈夫だぞ」


 リンは再びレプトを先生と呼ぶ。但し、そこに特別な感情はない。

 レプトも特に気にせず、いや特に気にしないようにして、対話をする。

 別に構わないのだけれど、前の世界の話と前置きしたのだけれど、告白したことになっているらしい。

 彼女の理屈によると、上の立場からなら問題ない、と。


「そ、それって、私たちだと問題ありそうに聞こえるけど」


 並んで歩くシスターは振り返る。王子様とお姫様、それからお坊さん。


「俺たちでは力不足だと?」

「あっちでここの魔物とは戦っているでしょ、私たち」

「うーん。アークはどう思う?」

「一対一ならなんとか。でも、囲まれたら全滅すると思うよ?それに…」

「そうだよな。今はアークがいるからなんとかなってるけど」


 皆の首がこてり。だけど、


「ここの木は動くから、よそ見してるとはぐれるぞ」


 レプトの言葉に後ろを歩く三人が一斉にアークに向かって走り出す。

 だが、ここで


「フレデリカ。その木に触るな。大火傷するぞ」

「ひっ!お兄様、場所変わって‼」

「俺なら火傷しても良いみたいに言うな!」


 もう一つ、別の即死が存在すると知る。


「僕だけじゃなくてレプトもいるからだよ。レプトは罠解除がすっごくうまいんだ!」

「いや。知っているだけだし。前の世界だと、アークはそのまま突っ込んで大けがしてたんだし」

「うー。だって、分からないんだもん。やっぱり冒険に盗賊って絶対必要だよね!」

「役割分担だよな。マリアは回復魔法が得意、リンは俺より隠密が得意だし、ギルガメットは大盾で何かあった時に皆を守れるし、フレデリカは攻撃手段の幅を広げられるし、ダーマンは近接戦が得意。回復は…任せない方がいいけど」


 楽しそうに語るレプトと、その中に自分がいないと焦りだすアーク。


「アークはその全般。あと、特攻隊長?」

「レプト、それは駄目です」

「だな。…でも、それくらいバランスの取れたパーティなんだ」


 赤毛の王子様も金色髪のお姫様も、髪の毛のないお坊さんも目を剥く。

 特にギルガメット。


「そういえば、俺が使いたい武器をけなしたりもしたよな」

「そりゃ、格好つけようとしてた時期もあったよ。でも…、ギルの良いところは別にある」

「ほう…。是非聞いてみたいものだな。俺の良いところ…」

「えー、知りたいんだ。お兄様の良いところくらい私にも分かりますよ」

「今回でもそれは出てたよ。アークを必死に守ったのは、単にアークが勇者だからじゃないだろ」

「ちょっと。私が言おうと思ってたんだから。で、私の良いところは?どう見ても私とアンタ、仲悪そう。実際、仲悪かったんでしょ?」

「バーカ。それはお前の口が悪いだけだ」

「はぁ?アンタも口悪いじゃん」

「…でも、ちゃんと皆を見てる。周りを見てる。補助魔法を優先して使うって、凄いことだと思うぜ。本当は自分も攻撃したいって思ってるのに。今回のことがなかったら、我慢して公国に嫁ぐつもりだった。兄想いの良い奴…、ぐぇ」


 ここでシスターの肘鉄が入る。

 お姫様の両肩が跳ね上がり、頬が染まったところで。


「レプト、喋り過ぎ。それよりまだなの?その魔法使いの家は。モルネクから直ぐって言ってたのに、結構歩いたわよ」

「いやぁ。それがさ」

「まさか…、迷ったの?それとも、もしかして…」


 在り得る。ここの魔物たちは強い。だから、女神の恩寵無しの女など。


 だけど、実はそうではない。


「…罠が異様に多い。処理されていないってことはその心配はない。で、本当はココに来るまでにもう一年経ってる。俺たちが早く着きすぎたってのは確かにあるけど…。何かがおかしいな。俺の知らないことが起きているのかも。もうすぐ着くから、そこで一旦作戦会議だ」


     □■□

 

 モルリア諸侯連合の植民地であるモルネク。

 今回、勇者たちが下りた町が小さいのは、迷いの森が近くにあるからだ。

 そもそも、大陸の半分は迷いの森であり、その中心をフォレスト・オブ・カリナと呼ぶ。

 名前の通り、カリナという女エルフが長をしている森である。

 西の大陸では自生していない植物もここではよく見かけるし、見たこともない野菜も育っている。

 甘い甘い植物もここに生えていて、魔物の力を借りて果汁を搾り取れば、真っ白な砂糖まで取れてしまう。

 西の大陸の嗜好品はこっちの大陸から殆どが輸出されて、人語を解するエルフとの取引により、モルリアは黄金ルートを手に入れた。

 勿論、その黄金も大陸北にあるエリス山脈で採掘されており、そこには様々な種族に分かれたドワーフが住んでいる。


「フォニア。ちょっと行ってみたかったですわね」

「だったら嫁に行けば良かったじゃねぇか」

「嫌ですわ。こんな機会だからという意味ですから‼私は歩いただけで骨が折れるのですわ」

「え?そうだったんですか?ど、どうしよ。僕…」

「勇者様。今のは嘘でございます」

「嘘?…でも、どうして」


 なんて会話をしているが、本来のルートはウェストプロアリス大陸南東のフォニアだった。

 サラドーム大公の一族が所有する、比較的開けた地域。今は所狭しと人間の建物が木の代わりに生えている。

 東側には街道も整備され、北のドワーフの街ヴェルグへと通じている。


「全部終わったらフォニアに向かえばいい。その前に…、ここなんだけど。」

「レプト、どうしたのです?」

「シスターには分からないんですね。この家は罠だらけです。」

「む。それくらい…私だって」

「マリア、それぞれの役回りって言ったろ?」

「そうです。罠に嵌ったら、恐らく魔法が飛んできます。その時の為にマリア様は下がっていてください」


 森の中にぽつんと家がある。

 ウェストプロアリス大陸では、もしかしたら普通に見かける光景かもしれない。

 だが、二人は足を止める。先生と生徒の関係の二人。


「どこから侵入しようか考えているのですが、私には難しそうです」

「アーク。ここってまだビノ地区だよな?」

「むむ‼それはアナグラムでござるな。つまり、その答えは」


 ドン‼


「こいつは黙らせておく。俺たちにはなにも出来ないからな」

「サンキュ、ギル」

「ね。ビノ地区って何?」

「あ、そか。この時点のアークは知らないのか。創世記は知ってるのに、ここ最近の記憶がないってなかなか難しいな」

「元々、前世の記憶を持つ方がおかしいのよ。未来の記憶持ちもね」

「違いない。ビノ地区は魔樹が蠢く場所。フォレストオブカリナの大半がそれだな。更に奥に行くとアシュリの葉が生い茂るパラノイ地区がある」

「アシュリー‼」

「アシュリーが植えたって言われている。人間に幻を見せる成分を出す厄介なハーブだが」

「先生が良く使ってるハーブですよね、それ」

「人聞きが悪いことを言うな。大体、そういう成分のハーブを持ち込む人間が悪い」


 皆に白い目を向けられる。けれど、使い方を工夫すれば薬になる。


「で、その奥にここからでも薄っすら見えるかな。神樹があるんだけど、その周りをトレイ地区と呼んでいて、エルフたちがそこに住んでいる。エルフの中には人間の言葉を話せる者もいるから…」

「成程。それで取引が成立するのね。でも、取引は互いに欲しいものがある時にしか成立しないわよ。エルフって長寿の生き物じゃなかったかしら」

「あぁ…。それについてはまた後で話す。今はかき入れ時だし、酒は好む。っていうか、ウェストプロアリス大陸から運ばれる殆どは麦と酒。あと偶に羊毛。ドメルラッフ平原の麦が金銀財宝や紅茶や菓子、それから服に変わる。流石に王族なら知っておくべきだろ」

「勿論、知っている。その為に民が疲弊していることも含めて、な」


 ドラグーン島がなければ、運搬コストはかなり削減される。

 それでも、貧村の生まれとしては思うところがある。


「まぁ、いいよ。リン、行けそう?俺よりリンの方が細い。でも、気をつけろよ。アレはミアキャット向けのトラップかも」

「分かってます。アーク様、もう少し頑張ってくださいね」

「うん…。ありがと。でも、リンも気をつけてね」


 マリアは元々孤児だが、教会という組織のお陰で慎ましくではあるが生活出来ている。

 そして、リンは村を失った孤児。逃げ場を失って過酷な少女時代を過ごした。

 前の世界では、アークに想いを寄せながらも彼に誘われることなく、その後の所在は分からない。


「リン。良く分からないけど、私の補助魔法って使えない?」

「えっと…。使えるかも…です。女神の恩寵なら…多分」


 リンの言葉にレプトが目を剥く。フレデリカの優しさではなく、彼女の機転。


「そっか。ナイス提案だ、フレデリカ。それからリン」

「え?それくらい私だって…」

「あ、ありがとう…ございます…?」


 簡単なようで、簡単ではなかった。アーク曰く、女神の恩寵を使う癖が出来ている。

 それくらい女神の恩寵が当たり前すぎて、その事実に空目していた。


「流石はレプトが選んだ仲間だね」


 前の世界の記憶だけが全てじゃないってこと。

 リンだって、こんなに変わっている。

 未来の通りになんて行かない。

 ありとあらゆる展開が、少しずつズレていくなんて当たり前の話。


「ほんと。連れてきて良かったよ。リン、俺も行く。リンはそっち。俺は別方向から」


 ここに仕掛けられているのは、魔物向けの罠ばかり。

 アシュリの葉も多数。こんな場所に自生していないし、流石にアシュリの葉に囲まれては暮らせない。


「当たり前だけど、エルフにはアシュリの葉が効かない。つまり、それ以外の魔物に対する罠。マリア、防護魔法も頼む。女神の恩寵の方で…、もう大丈夫だよな?」

「うん。当たり前。私だって頑張れる。私は私の役目をする。受け取って、レプト、リン‼」


保護女神の守りアリアドネシール


 人間へ向けての罠はあまり張っていない。

 そもそも、イザベルはエルフではない。彼女は人間。

 だから人間用の罠がないのではなく、流石に二千年も生きていないということ。


「やっぱり、この力なら触れて問題ない。アーク、一気に行くぞ。悠長に罠探しなんてしていられなくなった」


 確かに一年も早くついた。だけど、そこに居るのは一年前のイザベルではない。

 もっと前に何かが起きたイザベルだ。

 ここで少々急いだところでって思うけれど。


「ギルガメット‼ダーマン‼女神の恩寵の力で扉をこじ開けろ‼」


 ここにいる誰もが、首を傾げるレプトの焦り。

 さっきまでじっくりと丁寧に罠を調べて、余計なものに触るなと言ったのに、突然の朝令暮改。

 突然だから朝令暮改。


 ガン‼ダン‼…そしてドン‼


 ウェストプロアリス大陸ではよく見られる小さな小屋。

 その小さなドアを意味も分からず、壊している勇者の仲間たち。

 彼の彼女も、レプトの言葉を信じて扉を壊す。


 そして、ここで。


「キャァァァァアアア‼」


 と悲鳴が上がった。


 ついでに。


「あ、アナタ様が…イザベル様。大変大人びて…」


 いや、いやいや。

 それは流石に…、おかしくない?


「誰だ。お前たちは‼」

「ノノ。奥に下がってなさい」


 だって、ノノが生まれた理由は…。


「アシュリー?いや、アシュリーはエルフ。でも、人間?」


 レプトは目を剥く。

 隠れ住んでいた家族。一人は知らない男エルフ。

 だけど二人は知っている。真っ白い髪の女と女の子。

 

「イザベル?…ノノと一緒に暮らしてる、それって」


 アークは目を点にして、少し老いたアシュリー似の人間を見つめる。

 ここにいるのはただの家族。でも、エルフの夫。

 彼が家族の為に立ち塞がる。


「ついに人間まで寄越したか、インペルゼステめ‼」

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