第42話 漸く纏まった勇者パーティ

「アーク…、お前…」


 帰りはマリアの魔法を使った。

 海の上にまたしても氷の道を作った。

 その氷の廊下を歩く二人を見下ろす者は多い。

 船員は勿論心配そうな顔をしているが、仲間たちは引き攣った顔。

 勇者様は笑顔なのは分かる。だけど、その隣にいる少女も同じく笑顔で手を振っている。


「んと。…た、旅が終わったら…ってことで。あと良く分からないけど…二番目でもいいって。ギルガメットに聞いたら、いいじゃないかって言ってくれて」


 小声で言ってそうだが、女神の恩寵を受けた体だから、船外にも響き渡る大音量である。


 レプトがその少女に半眼を向けると、勝ち誇った顔でアークの腕に絡みついた。


「…勇者の巫女様。あれは大丈夫なのか?その…宗教上」

「二番目ならいいんじゃないですか?勇者様が国を興すというなら、いつか問題になりそうですが、アーク様はそういうタイプに見えませんし」

「あっそ」

「あれ?もしかしてやきもち?一部とはいえ、目覚めた勇者様。きっと素敵なんでしょうね」

「…え、やきもちはないけど。アークならって感じ。安請け合いをしてないか、心配だけど」


 一度海を凍らせて、氷が溶けるまでマリアと話をした。

 アークはその間、仲間を集めて話をしていたのだろう。

 そして、アークは前のアークとは違う。前ほどではないが、記憶を取り戻している。

 あのリンは元々、アークの素直な性格と優しさにべた惚れだったんだから、簡単に想像がつく。

 ただ、勇者のあの顔は絶対に何も分かっていないのだろうと想像がつく。


「ギルガメットにそういうものだと言われて、意味も分からず了承した。…本当に大丈夫なのか?」

「そして記憶を取り戻したアークはもっと素敵になるけど、私はフラれる。…レプト」

「…なんだよ。その勝ち誇った顔。さっきも言った通り、アークには敵わない。だから気にしな…。なんだよ、そのVサインは」

「安心しなさい。レプトも二番目でいいですよ」

「な、何言ってんだよ、お前…。…まぁ、いいけど。そ、そんなことより王族の二人だろ。ダーマンはさておき」


 いかりを下ろして、停まっている船。

 とはいえ、物流を考えたら迷惑極まりないだろう。


「ただ、成程。一週間でもこの程度しか進んでいなかったのか」

「どういうこと?一週間でここまで来たって私は思ったけど」

「いや。本来はこんなもんじゃない。とっくに港町モルネクに着いててもおかしくないんだ。だけど、そう言や。強めの魔物は召集されてんだっけ」


 思ったよりも進んでいないことに気付く。

 魔物が少ない海路。でも、魔物の力も借りていたから風と海の流れに頼るしかない海路。

 こっちに来るにはいいが、サラドーム公国は今頃、歯がゆい思いをしている筈だ。

 なんせ、マリアが流されたのと逆の理屈で、内海を遡るのは魔物の力がなければ不可能なのだ。

 陸路しか選択肢がなくなるから、ベローナは一時的に大混雑しているだろう。


「時間がないな。とっととあの二人を説得しないと。マリアも宜しく」

「そうですね。二番目でも大事にしないと」


 半眼で睨むが水色の少女は勝ち誇った顔のまま隣を歩く。

 っていうか、一番目は誰だよと考えながら、鳶色少年も歩く。


 そして、舞台は甲板の上。


「か、カップリング…でござるか?拙者だけ、マイ女神像様」

「出すな出すな。そういうのじゃないから。それに教えてやるよ。ダーマン、お前はもうすぐ恋に落ちる。ま、相手は未亡人で子持ちだけど」

「み、未亡人、子持ち…。未亡人、子持ち…。未亡人‼子持ち‼」

「ちょ、レプト‼あれ、絶対ダメなリアクションのやつ‼」


 しかも、その子供は女の子。絶対にダメ。こいつはあかんやつや。ま、あのイザベルなら、な


「はぁ。そういうのはいい。マリアがレプトにくっつき、そのレプトに我らが勇者様がくっつき、その勇者様にリンがくっついている。…どういうことだ。人数で勝とうと言うのか?」

「お兄様がアークにリンをくっつけたからじゃありませんか。それよりレプト。ちゃんと説明しなさい。アークの話は曖昧だから、よく分からなかったのですわ」

「ご、ゴメン。レプト。やっぱり創世記の話は曖昧過ぎて」

「と、ところでマリア。その髪…、それはつまり…」

「その件は俺から説明させてくれ。恐らく、創世記の英雄オズワルドの影響だ。それしか考えられない」


 アークはうんうんと頷く。

 皆、首を傾げて、マリアも目を剥いている。リンは絶対に分かっていないだろうに、うんうんと頷いている。

 既に過去となった男、レプトの顔は一切見ない。リンは過去の男を引きずったりはしないらしい。


「そうなんです‼オズワルドはノーラの時代の人間。だから、こうなるんです‼」

「分かった。その話は何度も聞いたから、それは分かってる。で、どうやったらこうなるんだ?そもそも、お前は勇者に何をした?何をするつもりだ。」

「ちょっとだけアークが頼もしくなった…それは認めるけど。何をしたのか、ちゃんと説明しなさい。ちゃんと分かり易くね‼」


 そしてレプトはここで漸く、彼らが激怒していた理由に辿り着く。

 激怒の根底にあるのが、不安や恐怖だったことに気が付いた。

 それはそう。彼ら目線では勇者に何が起きたか全く分からないのだ。

 そもそも、伝承にはない突飛な出来事の連続。その渦中にいたのがレプト、つまり人狼であった。


「アークは前世の記憶を持つ勇者。そしてその前世は数万年の記憶を持つスライム。それこそ創世記以前に理の女神アシュリーによって生み出されたのが、アークなんだ。あ、そう言や。アーク。俺、時間が巻き戻る前にアシュリーらしき神様にあってた。その時は女神エリスって言ってたけど、アークの話だとそれはないもんな」

「え?お母さんに会ってたの?…僕も会いたかったな」

「そうだな。俺だけ悪い。…でも、オズが出てきたってことは」

「うん。そうだね。アシュリーも動く筈だ。不味いことになりそう…。早く、僕の体にオズが入ってこないようにしないと」


 二人だけの世界にお姫様の足が、お姫様だけどかくかくと揺れ動く。

 ただし、最後の発言だけは捨て置けない。


「どういうこと!分かり易くと私は言った筈ですわよ。そのオズが何なんですの?」

「創世記の人間なのは分かったが、それが何だと言うんだ」

「あ、そか。創世記つまり理が創られる前は、色んなものが混ざってたんだ。だから、当時の人間、特にオズワルドは半魔半人って感じだったらしい。簡単に言えば、人間と魔族のハーフだ。んで、その混沌した世界に安寧を齎した英雄だ」

「成程。そんなことは聞いたことがないが、置いておこう。で、そんな英雄様とマリアの髪色の変化に何の関係がある?」

「その前にモルネクに止まるようには言った?」

「元々停まるでしょ。でも、食料と水を乗せたら直ぐに出発するわよ」

「そこで降りなきゃ不味いって…言ってるんだけど、全然聞いてもらえなくて」

「あー、そりゃそうだな。俺が言いだしたんだし。先ずは、ダーマン。モルネクの近くに未亡人が住んでいる件」


 今回の世界でも未亡人になっているかは分からないが、そこはさておき。

 ダーマンは何も言わず、椅子の位置を勇者側に変えた。


「数なんて関係ないわ。ウラヌ王国の力を舐めてもらっては困るわね」

「整理してるだけだよ。先ずはノーラの力から…、ってそうだ。実際に見せた方が早いな。アーク、頼める?」

「また、勇者様を‼」

「大丈夫です。フレデリカ様がいつも仰られていることをするだけです」


 そして、アークはマリアを探した時とは反対のことをサラリとやってのける。

 すると、今度は彼女が目を剥いた。


「レプト。そんな状態で何をするつもり?」

「何をって、実際に見せた方が早いから?」

「ダメよ。今のアナタは簡単に…」

「大丈夫です。マリア様。レプトは…」

「今のアークだって同じ、だろ」

「…成程。これが勇者の力。確かに俺はそう言ったが、本当に出来るんだな。女神の恩寵を剥がすこと。と言うことは‼」


 と、女神の恩寵の出し入れを目にしたギルガメットは彼を睨みつける。

 彼の妹も同じく。勇者は彼を仲間から外した。だったら、敵。だから睨みつける。


「…えっと、どこを睨んでる?」

「な、いつの間に?」


 だが、睨んでいた相手はぼやけて消えた。

 そして背後からポンと肩を叩かれる。が、ここまで女神の恩寵を溜め込んだギルガメットは、その経験値も高まっていて、振り向きざまに肘での攻撃に切り替えた。

 でも、やはり捕まらない。ギルガメットもフレデリカも彼を見失って、あっさりと背中を取られてしまった。

 ついでに何処からか拾ってきた小さな棒を首元に添える。


「え…。これって。私、知ってる…」


 そう。マリアには既視感しかない。

 レプトは最初の頃からこれをやっていた。

 彼は経験値とか女神の恩寵の器とか言っていたが、経験値はさておき、器にはちゃんと別のモノが注がれていた。

 これが今のアークに教えてもらったことであり、彼がちょくちょく姿を消せた理由。


「何なの、こいつ。何なのよ‼」

「女神の恩寵ではない力…、つまり魔王の力…か」


 であれば、魔物にも通用した理由にはならない。

 理のせいで見えにくくなる。だけど、そこにはちゃんと存在している。

 理の中で力を求めれば求めるほど、視認できなくなる。


「これがノーラの力だ。アークに教えてもらったんだけど」

「も、もういいよね。不安だから、元に戻すよ‼」

「え…、ちょっと?」

「見えたぞ‼」

「見えたわ‼」


 ここで王子とお姫様の攻撃が当たり、どうにか二人の体裁は保つことは出来た。

 とは言え。


「アーク。やっぱりノーラの力が使いやすくなってる。理があやふやになっているんだ。」

「うん。そうみたいだね。だから、急がないと」

「…私の髪を見ながら言わないでください。一応、私は」

「似合ってるよ、マリア様」

「な。アーク」

「そ、そんなこと…、あ、あるかもしれませんけど」


 シスターは少し照れながら、ロージン地区の二人を思い出していた。

 そして、あることを思い出す。


「…え?勇者様の一番目ってもしや」


 それはさておき。確かにアークとレプトのコンビ。ライデン戦でのアークの動きも併せて、尋常ではない強さに思えた。

 だが、そんな二人は言う。


「分かったか、王子様、お姫様。この得体の知れない力ばかりの世界で最強の男が蘇ったんだ」

「今の理で言えば、人間でも魔物でもない何か。創世記以前まで遡った歴史の中で、歴代最強の男。それがオズワルドなんだ」


 そして、レプトはアッと大きな声をあげる。


「そ、そういえばさ、アーク。モーラとミーア…は分からないか。レイネリアの話だと、…魔王様もアークと同じ症状だったらしい」

「‼そういうことか。もっと不味いことになってるかも。魔族に何かを準備させてるんだ。ノーラの力の振り分けはエリスの方が大きいから、先にあっちに行ったんだよ」

「オズワルドはアシュリーが理を作る前に死んだから、何を考えているのか分からない。目的も分からないし…」

「あ、でも…、アシュリーは言ってたよ。天と地、炎と氷、オズワルドに行けない場所はないし、勝てる者もいない。とっても貢いでくれるし、言われたらなんでも取ってきてくれる便利な男だから結婚したって」

「さ、最後のは聞かなかったことにして、やっぱ何を考えているのか分からないな。だから、アシュリーの子孫に相談したいんだよ。分かってくれる?この不安。王子様とかお姫様とか、関係なくない?」


 先ほど十分にノーラの力を見せられた二人。

 その力が当然であるかのように言う勇者とその親友。

 その二人が顔を青くしている。


 それくらいの最強生物がこの世界に降臨したのだ。

 王子様とかお姫様とか関係なしに、顔が引き攣る。


「そ、そういうことは早く言ってくれるか?」

「私たちがバカみたいじゃない。お兄様、船をモルネクに停めるように言ってきて」

「お、おう。そうだな。レプト‼あとで詳しく説明しろよ‼」

「了解だよ」


 レプトの件で色々あったが、世界を救うメンバーの二人だ。

 漸く、振り出しに戻ったというだけ。


「レプト殿‼逢引の件も宜しく頼みましたぞ‼」

「…そっちも了解だよ。だけど、…ノーラの力を無意識に扱う最強の魔法使いだぞ。お前なんて転がされ…。いや、ダメだ。何を言っても全部、ご褒美っていいそうだな、お前」

「…ご褒美、だと?つまりレプト氏!お主も我と同じ覇道を行くものでござったか‼」


 こっちの方はイザベルまでが大変だったから、大成功。

 だって、彼女は。


「お、お、お、お前と一緒にするな‼」

「は?…その反応、どういうことかしら、レプト君、説明してくれる?もしかして…」

「え…、いや。そ、そんなわけない…だろ」


 嘘が下手な盗賊は視線を泳がせる。


「そんなわけなんだぁ…」

「だ、だってしょうがないだろ。見た目はどう見ても二十代だし、フレデリカよりもずっと大人で色っぽいし‼」

「ちょっとぉ?アンタ、何?なんで、痴話げんかで私をディスるわけ?」

「そ、そうだ。アーク、お前も結構懐いてたんだぞ‼あんま、そういうことも分からないお前もだ」

「え…、それは多分。話を聞くにアシュリーの面影があるから?」


 自分への非難を勇者に擦り付ける親友。

 そして、それは勘弁という顔の勇者アーク。


「あの、アーク様。それはそれで…、違う意味に聞こえます」


 と勇者が答えてしまった為、大人しくしていたリンもきっちりと巻き込まれた。


 兎にも角にも、前の世界での最後の仲間、イザベルに会いに行くこととなった。


 ──そこで世界の変化の一端を再び見ることになるのだが

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