第41話 溶けて、解けて

 レプトも今日は忙しい。凹んで、慰められて、頼まれて、説得して。

 そして謝ろうと船内を周ったのに、今日はいつもこんな調子だ。


 勿論、自業自得ってのは知っている。


「マリア…」

「来るな。私を見るな‼」

「…ゴメン。本当に…ゴメン。君を利用して」


 だけど、漸く謝れた。心の底から。

 とは言え。彼女がちゃんと聞いてくれたかどうか。


「私を利用して、次は何をしようっていうのよ‼ここまで追ってきたの?変態‼」

「変態…は酷くない?っていうか、しばらく見ない間に見違えたな」

「へ?嫌‼見るな‼」

「なんで?良い色だ。この世界じゃ見ない色だ。しかも似合ってるじゃん」


 そんなことを言ったって、彼女は信仰心の塊。そういう環境で生きてきた。

 だから更に殻に閉じこもる。


「お前のせいだ。私はアリス様に…、見捨てられたのよ。人狼の声を女神様の声と偽ったから‼」


 洗い過ぎて、いや磨きすぎてボロボロになった毛先。

 どんな思いをしたのか、二周目レプトは知っている。こんな現象は知らないけれど、金色の意味は知っている。

 だけど。


「アリス様の声はしないよ。前だってマリアは最初の一回しか聞いていないって落ち込んでた」

「また。そんな風に適当なことを…」

「適当じゃないよ。それに今回に関しては本当に悪いと思ってる」

「悪いわよ。私が…どんな思いをしたか…」

「アークの記憶を取り戻せば、全部うまく行くと勝手に考えてた」

「なのに貴方は魔物とつるんで…」

「それは偶然だった。でも、魔物と組めばライデンの協力を得られる。アイツは寄生型の魔物だ。アークの記憶の理由を知れると思った」

「でも、うまく行かなかったじゃない‼」


 マリアは怒っている。だけど、会話が成立する。

 一方的だったけど、彼女には話し続けていたから。


「あぁ。まさかオズワルドが入り込んでいるとは思わなかった」

「何よ、そのオズワルドって‼」

「この世界の理を作ったアシュリーの夫だ。アークは義父って呼んでる」

「アシュリー?聞いたことない」

「理が出来る前のエルフだ。人間の歴史には残らない」

「歴史に残らないことをなんで知っているのよ」

「アークに教えてもらったからだ。オズって言葉もアークが言ったんだろ?」

「それは…そう…だけど」


 少しずつ、マリアのパニックが収まっていく。

 押さえつける為に使っていた両腕も弛緩する。


 パサ…


「あ…。でも、アリス様は私を…。この髪が…その証拠よ。アンタが嘘を吐いてるっていう」

「女神の恩寵は?さっきだって、それを使えば戦えたろ?」

「これは今の私には使えない…」

「勇者を見つけた」

「その時は声が聞こえた。でも今は」

「前も最初の一回だけだ」

「それは貴方が言ってるだけ‼」


 また、最初に戻ってしまう


「そうだな。だから、それはゴメン。女神のお告げシステムを利用した」

「そうよ‼それで私は女神様に見放された…」


 金色の髪が失われた事実を引きずっているし、それに関してはレプトも知らない。

 だけど、推測は出来る。とは言えそれは──


「ネタバレかな。どこまでネタ晴らしをしていいのか」


 すると水色の髪がパサッと飛び跳ねた。

 綺麗な色なのに海水でべったりとしている。


「何を言ったって証明できない…じゃん」

「それはそうだけど。間違いなく、女神は今もお前を見ているぞ。見捨てる筈がない」

「それも証明できないじゃん」

「分かってる。未来を言わない範囲で何を言えばいいか、今考えてるから」


 少しずつ、海面も溶け始めている。

 考える時間はあまりない。

 そんな時。レプトには突飛に思える発言が飛び出した。


「どうせ証明できない。それに私はアークを好きになってないし!」

「え…?と、突然。どうした?」


 頬を膨らます少女と、目を剥く少年。とは言え、年頃の二人でもある。


「だって言ったじゃん。ロージン地区で私とリンでアークを取り合ったって」

「えっと…そこまで言ったっけ」

「言った。…多分」


 そこまでは言ってない。匂わせてはいるけど。


「それはアークが記憶を持ってて、頼りになって」

「今のレプトみたいに?」

「今の俺なんて勝負にならない。違う意味でネタバレ満載だったけど」

「へー、そんなに頼りになったんだぁ。それなら私も好きになれたかもね」

「今からでも遅くない」

「遅いの‼」

「なんで?」

「教えない。…でも、分かった」


 そして、今度こそ本気の突飛さが出る。


「何が分かった?」

「その世界の私を知ってるのはズルいってこと」

「は?ズルいって言われても」

「だから一つだけネタバレを許可するわ」


 海面は凍っていて、凍える寒さ。だけどレプトの背中に汗が垂れる。

 絶対に変なことを言うだろうっていう悪寒もする。


「ロージン地区で言ってたでしょ。レプトがどの子を好きになったか教えて。私のことだけ知ってるのはズルいもん」

「え…?」

「前の世界の話だし…。今と関係ない…し」


 頬は膨らんだまま。チラチラと視線が泳ぐ少女。顔を引きつらせる少年。

 いや、いやいや。彼女はそんな性格だったか?

 いや、彼女の本質はこんな性格だ。


「…それを言ったら大人しく船に戻ってくれる?それなら…教えてもいいけど」

「……ん」


 なんとも言えない「ん」

 頷いたようにも見えるし、時間もないし。

 レプトは、はぁとため息を吐いた。そして。


「前の世界の俺の話で良いんだな?」


 今度は明確にコクンと頷く彼女。


「シスター・マリアだ」


 だが、彼女はそれを待っていた…らしい。


「嘘ね」

「嘘じゃない!なんで嘘を吐くんだよ」

「相手が相手って言ってたもん。私の生まれも知ってる癖に。遂にボロが出たわね。未来から来たってのも嘘。私がアークを好きになったのも嘘。私は修道女だけど、ただの孤児だもん。世界を救った勇者様たちならどうとでもなるわよ」


 捲し立てるように話している内容は、彼女がずっとずっと溜めていた言葉。

 考えれば考えるほど、彼が知っていれば知っているほど、あの言葉は嘘だったという証明になる。


「やっぱ、フレデリカ?ふーん、そういうことね。趣味悪…」

「趣味悪いは酷いだろ…」

「ほら。やっぱり…」


 孤児の生まれだと言われているし、それも証明されている。

 ただの盗賊だったかもしれないが、お宝のようなハッピーエンドを手にした勇者様の一行だ。

 だから、無理がある。彼の発言は嘘である。

 一方通行の会話は、こんな風に彼女を考えさせる結果となっていた。


 いつか絶対に言ってやろうと思っていたこと。


 勝手に期待をさせた男に、ズバッと突き刺そうと思っていた理論。


 だけど、その理論は当然。


 とんでもないネタバレに続く。


「何言ってんだ。マリアの生まれはフレデリカの更に上だ。同じ理由でアークに振られてるんだぞ、お前は」


 は?何言ってんの、この男。


「言ってる意味が分からない。お姫様の上?それが勇者様に振られた理由?納得できる理由じゃないわね。っていうか、なんでそこでアークが出てくるのよ」

「アークにとっては義理の妹だからだよ」

「呆れた。そんなわけないじゃん」

「俺もそう言った。だけど、アークから理由を聞いて俺も畏れ多いって思ったんだ」


 近づく。どんどん近づいていく。

 彼女が反論する度に明かされる。

 彼女が祈る相手を間違えていたことに。


「孤児の私に畏れ多いって何?嫌味?」

「はぁ…。どう思うよ。好きな奴が神様の生まれ変わりって聞いたらさ」


 時が止まる。彼女の周りだけ。

 それにしても随分と氷は溶けてしまった。

 そして、彼と彼女の冷たい壁も殆ど溶けたらしい。 


「え…、何を…言って…」

「正確には神様じゃないか。でも、一応は神様だ。理を作ったアシュリーの二人の娘の一人。アークはアシュリーを義母と呼ぶから、アリスとエリスは義妹。妹とは付き合えない。そういう理屈。俺からしたら畏れ多い。…髪の色が変わったって関係ない。お前はアリスの生まれ変わりなんだ」

「嘘…よ」

「嘘だと思うなら、アークに聞け。勿論、記憶をオズワルドから取り戻した後で、だ」


 本当に信じられない話。


 でも、マリアは知っている。ずっと知っていた筈だ。


「…信じられない。突飛すぎるわよ。アリス様は私を見て…、それじゃ私に語り掛けてくれたのは…」

「母親だってさ。アリスに語り掛け、アリスであるマリアがそれを聞いたんだと思う。いや、それしかないか」


 最初から、だ。マリアには最初から分かっていた。

 彼の話す未来の話は真実だって。

 だって、レプトという少年は、嘘を吐くのが本当に下手なのだ。


「…うーん。でも…、私がアリス様なわけない。私は私…だし」

「あぁあ。ついにネタバレを話してしまった。そういえば二周目が始まる前、俺はある人物にあってるんだ。あの時のアークは雰囲気が違ってたから言えなかったけど。今なら言える。これ、アークにも言わないきゃ…」


 最初にそれは起きたのだ。

 いや、あれは前の世界の最後になるんだっけ


「これ以上、何?他にもあるの⁉」

「全部、アークから聞いただけだったって言ったけど、そうじゃなかったって、思い出した。…だから、2周目の俺の中で、アークの話は真実に変わったんだ。俺の中だけだけど…な。だからこそ言えるんだよ、マリアはアリスだって」

「もう、いい。ここで言い合っても仕方ないし。…それを証明するため…でしょ。…だから、もう少しだけ…。レプトに、レプトのやりたいことに付き合ってあげる…、…って‼」


 少女は水色の髪を振り乱して、慌てて手を伸ばした。


 少年の足場は完全に溶けていて、沈み始めた彼の手を彼女はしっかりと握った。


「ゴメン。俺も気付かなかった」

「…私も…ゴメン。だから、早く助けて」

「いや、俺が沈んでるんだけど」

「そういう意味じゃない…。バカ」


 そしてマリアは言葉とは裏腹に、女神の恩寵を使って海の中からレプトを助け出した。


「あ、アークね。…って、皆、睨んでるんだけど」

「そういえば、皆に謝るの忘れてた…」


 二人の目線の先、元々乗っていた船が、彼らの帰還を待っているかのようにゆらゆらと浮かんでいた。

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