第40話 レプト、謝罪行脚する

 アークはどんな気持ちだったのだろう。

 前の世界でも、今の世界でも、アークの冒険は謝ることから始まっている。

 レプトは謝られるところから始まっている。


「えっと…、どんな顔してたっけ」

「思ってることを言えばいい。僕が一緒にいるから」


 つまり、その反対をするだけ。

 アークは簡単に言う。だけど…


「貴様…。どの面下げてここに来た」

「アーク。そんな奴信じちゃ駄目よ」

「だ、大丈夫だよ。今日はレプトから話があるって…」

「は、はい…」

「その顔が先ず気に入らない。船の上だから、どうにかなると思っているのか?」

「私達を誰だと思っているのかしらね。お兄様はソルトシティで頭を下げたのよ?」

「え…」


 いや、遠くで見てたし。

 っていうか、王子様とお姫様が目茶苦茶睨んでいる。

 端正な顔立ちの二人が、それを勿体無いくらいに歪ませている。

 アークは思っていることを言えと言う。

 そんな顔をしたら変なとこに皺ができるぞ、と思ってしまったけど、絶対にブチギレられる。

 だから、一応


「その…、なんかすみませんでした」

「はぁ⁉今すぐそこになおれ。その首を落としてやる」

「王族を馬鹿にしてるの!アンタなんか息をするだけで積みだわ」

「レプト‼」


 アークが割って入ったから何も起きなかったが、そのまま船内の戦いになっていてもおかしくなかった。


「貴様が人狼か…」

「あ、そういうことになってます…」

「良かろう。貴様の血が何色か拙者が見てやるとしよう」

「いや、普通ですけど」

「ほう…。では、拙者のマイ女神様像が貴様の体液で汚れないよう、マイ女神様像箱にしまっておこう」

「何しに出てきたんだよ‼既にお前の体液塗れだろうが‼」

「レプト‼」


 危ない危ない。逆にこちらから殴りそうになってしまった。

 それがダーマンの狙いかもしれない。

 っていうか、アイツは絶対に俺に興味ないだろ!


「せ…、レプト人狼…」

「よ、良かったな。無事にアークの仲間になれて」

「何しに出てきたんですか…」

「えっと…。その…、アークをここから連れ出したい…って。リンは…」

「ち、近づかないで下さい‼これ以上、巻き込まないで‼私を惑わさないで‼」

「レプト‼」


 バタン‼とドアを締めてしまったリン。


「あれ?」

「レプト、ちゃんと謝らないと駄目だよ」

「いや、謝ろうとはしてるんだけど…」


 どう見てもレプトは謝ろうとしていない。

 流石のアークも半眼になってしまう程。

 とは言え、だ。レプトも分かっているから考える。

 それぞれの人物について、想像してみる。


 っていうか、ギルガメット・R・ウラヌス‼

 俺はお前に何かしたか?俺の方が圧倒的に何かされてんだけど?

 あと、ドメルラッフ平原の戦いの事、有耶無耶にしてんじゃねぇぞ‼


 ダメだった。先ず、彼のことは忘れようと思った。


 んで、フレデリカ・F・ウラヌス‼

 相変わらず、お綺麗ですけれど‼そもそも、お前はなんでついてきたんだ?前回だって俺と同じ、いや俺以上に大変だったんだぞ?


 いやいや。前回のことは忘れようと思った。今回に関しては彼女の為に結構動いたつもりだったけれど、それも忘れようと思った。ってことで、一旦彼女も忘れることにしよう。


 えっと、ダーマン。

 何しに出てきた。その場の雰囲気に流されてるだけじゃねぇか‼

 船にまで、マイ女神様像を持ち込んでんじゃねぇよ‼


 あー、ダメだ。変態坊主のことは絶対に忘れよう。今回は問題を起こしていないだけマシとしよう。


 んで、リン…か。

 …えっと。今の何?惑わさないでってどっちの意味⁉人狼として?それとも人間として⁈


 彼女に関しては前の世界での記憶は薄い。リンはアークに憧れてて、連れてきて、修行をさせて。それなりに使えるようになったし、ライデンの件に関わらせるわけにはいかなかったから、合流させた。


 そして、レプトは致命的なことに気付く。


「リンに関しては確かに謝ろうと思ったけど…。一方的に拒絶されてしまった。ってか、他の三人。えっと…。俺ってアイツらに何かしたっけ。何を謝ればいいんだろ…」


 モーラとミーア、そしてレイネリアの方が謝罪の言葉を思いつく。


「うーん。素直な気持ちをぶつければいいんじゃないかな。僕も一緒に謝るし?リンさんについては…、僕は良く分からないけど…」


 元スライムであるアークは、男女の機微に疎い。リンの気持ちに気付ける筈がない。

 そしてレプトはレプトで前の世界での皆の印象が抜けていない。

 ハッキリ言って、リンは怒っていない。だけど、あの二人の雰囲気が悪すぎる。

 そして、色んな感情がないまぜになっている。


「素直な気持ちを言ったら、絶対に戦争になる…」

「ええぇえ?戦争って。どうしてそんなことになる…の?」

「そもそも、素直に謝るって言われても。俺が素直に謝れるのって、アークと…」


 そこでパチッと目が合う二人。

 何故か彼女の顔が見えない。


「そうだ。マリアには謝りたいことが沢山ある!」

「そういえばレプトはマリア様と一緒にいた。それにマリア様とレプトはやり取りしてたから…」

「あぁ。マリアになら素直に謝れる。って、アレ?マリアはどこに居る?」


 レプトが素直に謝れる相手を探すという奇妙なイベント。


「マリア様のお部屋はさっきあったんだけど、留守…みたいで」

「え?既にマリアの部屋を過ぎてたのか…。アイツ、何処に行ったんだ?」


 それが少女の身に起きたの危機を知るきっかけとなる。

 しかも、アークとレプトのコンビ。最初に集まった三人である。


「えっと…」

「アーク。こんな時の為の女神の恩寵だ」

「そっか‼僕の体から出てる女神の恩寵を追えば──」


 アークが失ったモノのほんの少しだけレプトが補う。

 そのほんの少しが、勇者の核に触れ、そこから伸びるいくつもの白銀の光を灯す。

 一つは近く、つまりレプト。四つは後ろ、さっきの四人。

 そして、まっすぐ前に伸びる彼女へ続く光。


「レプト‼ここから真っすぐ‼」

「真っすぐって…。そっちはだって…、…マリアは海だ‼」


 理由は分からないけれど、アークが言うなら絶対だ。

 マリアは船の外にいる。

 イーストプロアリス大陸とウェストプロアリス大陸の真ん中。

 遥か北にあるドラグーン島で温められた海水は真っすぐ南に下りてくる。


「この先、間違いないよ!レプト、あそこ‼」

「あの馬鹿!なんであんな小舟で…」


 両大陸の南端に辿り着いた海の流れはそこで三方に分かれる。

 東の大陸に回り込む流れ、西の大陸に回り込む流れ。

 そして、遥か遠方に行く流れ。


「皆を…って俺じゃ無理だ。アーク、皆を呼んで来い」


 その流れは南で温かい海にぶつかって、ぐるりと回るから、最終的に戻って来る。

 その海流を使って大型船は東西を行き来する。


「レプトは?」


 だけど、あんな小舟では途中で沈没するか、魔物の餌になるに決まっている。


「マリアを追う!謝らないといけないしな」


 とは言え、二次遭難の恐れはある。

 だけど、アークはレプトを信じている。


「うん‼頼んだよ。勘だけどレプトにしか任せられないから」


     □■□


 金色が剥がれたのは、女神が見放したから。

 女神の巫女、勇者の巫女、そしてアークに起きたこと。

 その原因の一端は自分にある。


「アークを信じずに、アイツを信じてしまった。だから、女神様はお怒りになった…」


 女神様が選んだ大切な勇者なのに、信じてあげられなかった。

 心当たりがありすぎる。

 怒るどころか見捨てられた。

 見てくださらないから、元に戻ってしまった。


「私はもう、あそこには居られない」


 正直に話すべきか悩んだ。だけど、金色の髪は有名な話だし、あんな発言をした後なのだ。

 紛い物、偽物、人狼の手先、つまり人狼。

 そう思われるかもしれない。船の上だから証明することも出来ない。


 パニックに陥っているという自覚はあったが、金色は全て流れてしまった。

 あとは不気味な水色の髪だけ。何も考えられなくなってしまった。


「信じてた…。それも聞かれてる。女神のお告げが人狼のモノだったとも言ってしまった」


 勇者アークはレプトの味方。取り入ることは出来るかもしれない。

 でも、怖かった。帰るのも怖い。報告なんて出来ない。

 どうにか取り繕えないかだって考えた。ダーマンのように剃ってしまおうかとも思った。


「でも、見捨てられた事実は消えない」


 誰にも見られたくないと思った。

 緊急避難用の小舟は見つけていたから、それが頭に思い浮かんだ。

 いや、逃げたいと思ったから思いついた。

 船乗りは皆、勇者一行を国賓の誰かくらいの認識だったから、確認させて欲しいと言ったら船を見せてくれた。

 漕ぎ方を教えて欲しいと言ったら、丁寧に教えてくれた。

 喉が渇いたと言ったら、取りに行ってくれた。

 そこで、漕ぎ始めた。無責任な行動。だから、更に罰があたった。


「この船は陸には戻らない。捨てられたのだから、当たり前…ね」


 東の大陸のことは分からないから、西に向けて漕いだのに、力に反して大陸がどんどん離れていった。

 神が要らない子を捨てたのだろう。このまま世界の果てに落ちてしまうのだろう。


 アリス島周辺はドラグーン島に近く、船に乗る習慣は殆どない。

 はるか昔にウラヌ王国に繋げる為に埋め立てられたと教わっている。

 マリアにとっては海とは未知の世界。彼女は本気でそう思っていた。

 水色の髪になったのも、そういう意味だと勝手に理解した。


 そもそも…


「女神の声を聴いたのだって、あの時限り。アレは私が勝手に聞いた幻聴なのでしょうね」


 自暴自棄。レプトと同じ状況に彼女も陥っていた。

 彼の声を女神の声と言って、皆に伝えたのだから、同じ運命を辿る。

 彼女の場合は人々に罰せられる道ではなく、神に罰せられる道を選んだ。


 とは言え、それは彼女が勝手に決めた道だ。


 ガガ…ギギギギギ…


「な、何?」


 モルリアの人間と魔物が共存している理由で、一番大きなものは海の魔物対策。

 魔物だから出来る、魔物同士の会話でうまく交渉してもらうことで、安全な航行を実現している。

 上級クラスの魔物に召集命令がかかっていたとしても、小型モンスターは別。


「小さな魚が船を齧ってる…?」


 小さな魚だが、ゾッとするほど鋭い牙を持っていて、よく見ないと分からないくらいの大きさの口の中に数えきれないほど、びっしりと並んでいる。


「ひ…」


 見れば見るほど魚。いつの間にか無数に集まる魚。

 魔物の魚とそうでない魚も混じっている。

 大陸から流れてきた何かを食べて生きている魚たちが、いつもよりも有難いごちそうに食らいついている。


「やめて‼私は海に捨てられただけ。魚の餌になる為に来たんじゃないの‼」


 オールでとにかく周囲を殴る。僅かに手応えはある。

 だから、何度も何度も。


「私は世界の端まで流されるの。私の死に方は私で決めるの‼」


 確かにこの世界の海には端がある。

 アークが言うのだから、間違いない。

 そういう風に作られたのだから、彼女の考える死は存在する。


 ゴゴゴゴゴ…、ズズズズズ…、バサバサ…


 但し、そこに辿り着くには数々の危機を乗り越えなければならない。


「あれ…、船が沈んで…。海水を出さなきゃ。あれ、オールが…」


 徐々に追い詰められていく。彼女の望む死ではない死。溺死かもしれないし、少しずつ食いちぎられる失血死かもしれない。


「魔法を…。でも、女神の恩寵は…」


 海での敬虔な死を望む故に躊躇われ、海への経験無しが故にパニックに陥る。

 全て、あの男を信じたが故に。

 オールを失い、全てを失った女は天を仰ぐ。


 キェェェエェェエエエ‼


 だが、そこに映るのは怪鳥。空に住む魔物だっている。

 陸の得物を狙う魚を狙う鳥にも狙われる。勇者の戦いではない、無意味な死。


 ただ、絶望。


「アリス様‼私は…、私は‼」


 絶望し、迫りくる怪鳥の奥、空に居る筈の自分の女神に向かって叫ぶ。


 ここで。


 ザッ‼…ドス


 鳥の胸に何かが突き刺さる。

 その鳥はそのまま海に落ちる、ではなく海面に衝突した。


「え…。海が凍って…る?いつの間に…」


 いつの間にか寒い。いつの間にか静寂。

 カツカツカツと軍靴のような足音。


「足…音…。来ちゃダメ‼」


 今日のマリアはとても忙しい。魚に船を齧られ、船は沈み、オールも流されて、空の鳥にも狙われる。

 最後に神様に報告しようとしたが、そこで何故か周囲が凍り付いた。

 ここで足音。シスター帽を両手で握りしめ、靄の中を歩く誰かに向かって叫んだ。


「魔法玉。なかなか便利だろ。偶然、俺のポケットに入ってたんだ」


 男の声。いや、知っている。こんなことをやってのける男は二人。

 だけど、その一人の一人称は『僕』。つまり…


「レプト‼人狼‼嘘つき‼貴方のせいで…私は‼嫌‼見ないで‼」


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