第37話 自分にしか出来ない世界の為の計画

「僕のせいで村が襲われたんだよね。だったら、やっぱり謝らなきゃ…」

「な…。どうしてそれを知っている‼勇者の勘ってやつか?」

「勇者は君も…だよね。子供たちの為に、そうやって戦ってる」


 勇者を隠す為に、あちこちで陽動作戦が繰り広げられていた。

 グリム村だけでなく、色んな村がミネア村に住む勇者のせいで、魔物の餌食になる。

 だから、俺は許せないって思った。


「俺が勇者って…?意味分かんねぇ。勇者はお前だろ?…っていうか、なんで分かった?絶対にバレねぇ場所だと思ったのに」


 どういうわけか、俺の居場所は直ぐにバレた。いや、後で色々説明されたんだけど、混沌精錬溶媒液スライムが、どういう存在か良く分からなかった。

 因みに、その時マリアはこう言った。


「成程。この先に聖なる力が残っている場所がある…と。レプトさん、盗みは許せませんけど、子供たちの保護は私たちの務めです。それは感謝いたします。」


 って感じ。今回の俺は家族を守るために勇者を売ったから、最悪な出会いだったけど、前の時はなかなか良い出会いだった。

 まぁ、前の世界のマリアはアークのことが大好きだったんだけど。


「ね。レプト君。子供たちを守る為に一緒に世界を救おうよ‼」


 って言われた。突然だった。本当なら勇者の代わりに死ぬ子供で盗人。

 連れてったって、損しかしないのに。


「馬鹿かよ。俺が世界を救えるわけねぇだろ」


 みたいな反論はした。


「そうですよ。流石に盗賊は不味いと思いますよ」


 ってマリアも俺と同じ考えで、


「でも、レプト君は…」

「おい、勇者。俺はお前より年下だ。その言葉遣いはやめてくれ。それに要するに、子供たちを守っていたのは女神さまの力なんだろ。だったら、女神さまの加護を持つお前の言うことには逆らえねぇよ。でも、俺は盗賊だ。牢屋にぶち込むでもなんでもしてくれ」


 でも、アークはなんやかんやと俺を褒めちぎって、俺は俺で何なんだ、こいつって…


「盗賊って冒険者っぽいし‼それじゃ一緒に冒険しよう‼」

「って、なんでそうなる‼」


 アイツは子供たち一人一人の名前をちゃんと覚えてて、ちゃんと目を見て謝って、それから俺を連れて行くって時も同じように謝って…


 案の定、俺のせいで勇者の信頼はがた落ちで、酷い旅立ちをさせられて。

 その後、勇者の仲間になる奴らも、みんなすごい奴で。まぁ、ダーマンには苦労させられたけど、イザベルのお陰でなんとかなって。

 って、そのダーマンもイザベルも結局凄い奴だったわけで。

 死んでいった仲間も、みんな俺よりも凄い奴ばっか。


「俺は…、ズルして逃げた悪い子供だ。こんな俺が生き残った。アイシャ、ガロ、ブレン、ズーズ、カミラも…。俺より絶対に凄い奴だったのに…」

「みんなを救えなかったね。でもね、レプトは凄い人。僕の大切な、一番の親友だよ」


 ──そう言ってくれたアイツが掴んだハッピーエンドを、俺は台無しにしたんだ。


 俺はそれを言っていない。

 今回はもっとズルをした。そんな俺にアイツは


「僕はレプトと一緒に世界を救いたい」


 あの時と同じ目で、俺の手を引いてくれた。


「アイツの何かが欠けてしまったなら、俺が取り戻さないと…」


     □■□


 そう思っていた。

 かなり焦っていたんだ。

 アークは間違いなくアークなのに、時間が戻っただけなのに、何故か違っていた。


「先生が手を引いてあげればいいじゃないですか」


 成り行きで連れて行くことになった少女はそう言った。

 でも。


「俺が手を引いたんじゃ、人間だけのハッピーエンドになってしまう」

「それじゃ、ダメなんですか?」


 人間だけのハッピーエンドは不満?少女は聞いた。


「ダメってわけじゃない。アイツがちゃんと考えて、それがいいって思ったなら、俺はそれでもいいと思ってる」

「思っていない。だから、こんなことしているんですよね?」


 少女の目は、それって自己満足じゃないんですか、と語っていた。

 それは確かにその通りで…


「とにかく、アイツだけのハッピーエンドを俺は取り戻したい」

「だから、悪役になってもいい?」


 悪役か。人々を惑わす人狼か。

 いや、そもそも…


「俺は盗人だよ。アークと仲間たちが辿り着いた、あの宝物のような未来を俺は盗んだんだ。つまり大悪党だ。アークには最初に言ったけど、俺にとってのハッピーエンドは達成されてる。前の世界にはなかった、帰る場所を先に手に入れたんだ。俺だけズルをして、…な」


 そう言うと、少女は寂しそうな顔をした。

 それにもう一人の少女にも迷惑をかけっぱなし。

 本当にどうしようもない。


 どうやら盗人の俺の悪癖は、死んでいないから治らないらしい。


「未来から来た人間か…」


 そんな時。とあるハーピーに出会った。ミアキャット、それから麗しの女怪人もそこにいた。


「魔王も記憶喪失…。勇者と魔王が同じ症状って、なんでだ?」


 頭を抱える少年。ただ、少女は聞く。


「それって、人間には良いことではないですか?」


 白銀猫さえ同じことを言う。


「人間がどうして頭を抱えるニャ?」


 赤麗女レイネリアから見た勇者の印象は


「人間など、あんなものだろう」


 そう。誰も前の世界のことを知らない。

 レプトにとって、この世界は容易く選び取れるものだった。


「いや、違う。アークはあんなものじゃない」


 最低限の幸福が約束された世界。でも、より良い世界があることを知っている。

 自分だけが選び取れる世界だと、神にも言われた。


「この世界はもっと良い未来を選び取れる。だから、協力して欲しいことがある」


 魔物さえ目を剥く異能に、全能感に、優越感に、…目が眩んでしまった。


 いや、少なくとも。その時の俺はこれが最善だと思ったんだ。


     □■□


「憑依型悪魔ライデン。お前に頼みがある」


 サラド台地にモーラとミーアが人間を連れてきた。

 それだけでも彼は驚くだろうに、いきなり彼の正体を暴露した。


「な…。それを何故知っている」


 人間の驚く顔、魔物の驚く顔は、もう見飽きていた。

 色んな人を驚かせるくらい、前の世界のアークは世界中を回った。

 

「知っているさ。俺は二周目だからな」

「これは本当よ。信じられないでしょうけどね」


 今までは前と同じ道を辿らせることしか出来なかった。

 だけど、そこで魔物と出会ってしまった。魔物も困っていると知ってしまった。

 それがレプトに別の選択を与える結果となった。


「我に角を折れと…。それは出来ない。勇者と戦わずして、角を折るなど認められぬ」


 アークは間違いなくアークで、ちゃんと記憶も持っていて、その宝物のような記憶が封印されている。

 今まではアーク自身に思い出させようとしていた。

 だけど、憑依型の魔物は人間に取り憑くと記憶を閲覧できると、前の世界で聞いていた。

 魔物と協力関係になったから出来る、とっておきの方法だ。


「はぁ…。分かったよ。勇者と戦えればいいんだな。その準備はこっちやるから、その後、協力してくれ」


 前世の記憶が取り戻せなくても、盗み見ることが出来るかもしれない。

 実に盗賊らしい考え方だ、とレプトは自信満々にライデンにお願いした。


「女神の恩寵を持つ者と魔族の憑依。本当にうまく行くのかしらね」

「それは正直分からない。だけど、何か分かるかもしれないだろ」


 人間と魔物は根本が違う。

 ハーフは生まれない。それがこの世界の常識。

 だけど、ノノを知っている。そういう存在がいることを知っている。

 これ以上に良い手はないと思った。だから、リンはここで卒業となった。


「勇者に魔物を憑依させる。…これはマリアには絶対に言えない」


 誰にも言うことが出来ない計画だった。

 人狼と言われ、悪役になった自分にしか出来ない作戦だった。


 あと…、女神の恩寵が宿っている。つまりアークは自分のことを仲間だと思ってくれている。


 だったら、後はアークに勝ってもらうだけ。


「俺が言えば、アークは喜んで戦ってくれる。喜んで…、憑依させてくれる」


 つまりこれは、この世界で俺にしか出来ない計画。


     □■□


「今だ!!」


 鳶色の髪がふわりと浮く。

 絶対にバレないように息を殺していた男が動く。

 全員がアークとライデンの戦いに夢中だったから、どうやったって目に留まる。


「人狼!!」

「レプト!!」


 ただ目を剥く者、反射的に攻撃してくる者、見守る者、不安そうに見つめる者。


 反応は様々。誹謗中傷だった後で受ける覚悟はある。

 何なら、殺されたって良い。そんな覚悟はとっくに済ませている。


「レプト‼見てくれた?僕、ライデンさんを倒せたよ‼」


 勿論、彼は喜んで受け入れてくれる。少しだけ胸が痛む気がした。

 だけど、これも全部アークの為。

 ライデンは宿主が絶命すると、角がポロリと取れる。

 通常はそこで力が回復するまで待機だが、他力で他の宿主に寄生可能。

 その角は、盗賊スキルで既にポケットに収納済み。

 この為に雷電には小さな角になってもらった。


「アークに近づくな‼」

「待ちなさい、人狼‼」


 切りかかってくるギルガメット、魔法攻撃の為の手を翳しているフレデリカ、蹴りをいれようとしているダーマン、祈るような顔のリン、ただ見守るだけの魔物たち、そして険しい顔のマリア。


「勇者殿に何をするつもりだ、お主‼」


 この後、斬り殺されてもいい。焼き殺されてもいい。

 だけどだけど、その前に──


「よくやったな、アーク。俺が見ない間に、すっごく強くなったな!」

「うん‼」


 アークの頭を撫でる。そして、植え付ける。

 だが、触った瞬間に背中に焼けるような痛み。


「だぁ‼…クソ、この男。切り落とせないかぁぁぁあああ‼」

「私の魔法も打ち消された?なんでよ。何なのよ‼」


 彼らの装備は知っている。覚えている魔法も知っている。

 とは言え。


「ここは拙者に‼貴様が人狼だなぁ‼」


 この中で注意すべきは、やはりこの男。

 そして…


「人狼め‼アーク様に何をするつもりなの‼」


 育てた弟子、リン。彼女にはアークと合流したら敵と思えと伝えている。

 多少の手心は感じるが、見事なクナイ。それが腿に突き刺さり、ダーマンの蹴りで吹き飛ばされる。


「フレデリカ‼俺に」

「分かってる‼」

「ナイス、コンビネーションじゃん」

「舐めるな‼」


 遂に切り払われる。やっぱ手心ってのは無し。腿に受けた傷のせいで避けられない。


「ぐは…」


 流石に両腕をアークの頭に使ったから、全身隙だらけ。

 夥しい出血で、気張らないと意識が飛びそうになる。


「レプトォォォオオオオ‼」


 そしてここで、遂に彼女が叫んだ。ずっと利用していた彼女。


「貴方、何をしたの?アークの頭から角…が…。本当に人間の敵になってしまったの⁉」


 マリアは目を剥き、自身が見つけた勇者、アークを心配そうに見つめる。

 それはそうなる。だから、誰も巻き込めなかったのだ。

 そして、角が生えたなら、こう叫ばないといけない。


「ライデン‼憑りつけたか?」


 そう叫んだ瞬間だった。


 カチッ…


 まるで壊れていた時計の秒針が一度だけ時を刻んだような音。

 もしくはトロッコの行く先を決める分岐が切り替わった音。


 そんな音、したっけ?


 聞いたことのない音。

 でも、何かが変わったことを告げるには、ピッタリな音がした。


「なんだと?こいつ、俺たちの希望を…」

「皆、人狼を殺すわよ‼」

「レプト、信じてたのに‼」


火炎風魔法ファイアストーム

疾風魔法エアカッター


 フレデリカとマリアの連携で、レプトの体が燃え盛る。

 何も知らなければ、勇者パーティならそうするに決まっている。

 誰も悪くない。悪いのは全部がうまく行った未来を奪った自分。

 後はアークが目覚めて、混沌精錬溶媒液スライムとしての記憶を発揮して、あるべき未来にみんなを導いてくれる。


 つまり…


「盗んだものは…返し…た…ぞ」


 鳶色の少年が火だるまになりながら、そう言う。

 誰に聞こえるでもない、誰が理解できるでもない話。

 この世界の人間には、ただ希望を盗んだようにしか見えないのに。


大回復魔法ラージヒール


 だが、ここで金色髪の勇者の右手が突き出される。


「アーク?どうしてアイツを回復…」

「いや、そうか。こいつはライデンと言ったんだぞ‼」

「つまり、これは…」


 鳶色少年の傷が一気に治癒していく。

 このまま全部放り投げて死ぬつもりだったのに、意識も一気に戻ってくる。


「え…?」


 そして、治りきった彼の顔は目を剥いていた。


「…あ…れ?これって…」


 顔が青褪め、ガタガタと震える。


 ブワァァァアアアア‼


 レプトがそう言ったところで、真横から風が吹く。

 踏ん張らなければ飛ばされる強い風。


「な…。また突風‼人狼の手先か‼」


 流石に真上を飛んでいたハーピーの仕業と気付くが、紫紺の彼女は王子様を無視してこう言った。


「角が取れてしまったわね。やっぱり失敗ね…」

「コイツ、信用ならないニャ。ライデンは連れ帰る…にゃ?」


 いや。それで終わったら意味がない。


 サラド台地にとんでもなく不快な怪音波が鳴り響く。


 つまりは…


『失敗?そうでもない…』


 人間たちは顔を顰め、魔物たちは目を剥くこと。


『魔物の言葉を本当に喋った…』

『聞こえているのニャ?』


 コクリと頷く勇者。だが、何かがおかしい。

 髪の毛が明滅する。瞳が明滅する。

 そのリズムは心臓の音か、それとも時計の秒針か。


「成程…」

『そういう…』

「ことだったら」

『先に…』

「あっち…」

『だな…』


 明滅に併せて、人語と魔物語が交互に紡がれる。


 バタッ…


 そして金色の髪に、青い瞳に戻って、勇者らしき何かはそのまま倒れてしまった。


「アーク‼」

「マリア、早くアークを‼」

「分かってます‼アーク…、大丈夫…です。心臓は動いています。ですが…」

「あぁ。お前たち、アークに何をした⁉」


 何をしたか、と言われても何が起きたのか分からなかった。

 憑依は失敗。だけど、何かが変わってしまった。

 勇者が?それとも…


「その人間がライデンを憑依させたのよ。見たら分かるでしょ?」

「でも、今のは何…ニャ?ニャ…、ライデン。何を言ってる…ニャ?」


 そして、レプトは知る。


「ミーア。何?ライデンは何を言っているの?」


 とんでもない勘違いをしていたことを。


「ライデンはこう言ってるニャ。…先客がいたから跳ね返されたって」


 アークは欠けていたのではない。


「レプトの言う通り、原初の混沌精錬溶媒液スライムは居たそうニャ。だけど、そのスライムに何かが混ざっていた。そう言ってるニャ」

「どういう…ことよ」


 アーク自身も欠けていたと思っていた。

 だけど、それはアーク自身のことではなかった。

 別の何かがスライムに溶け込んでいて、その何かのせいで記憶を失っていたのだ。


「アーク‼アークが目を…。え?オズ?オズ…って何?」

「オズ?そこの女、今、何と言った?オズがどうした?…こんな時に連絡?」

「ニャ…。月光城に召集命令…ニャ」


 オズ…


「どういうことなのよ。…女、勇者はなんて言ってるのよ‼」

「…貴女に話すんじゃない。レプト…、アークはこう言ってる。自分の中に居たのは…オズワルドだって」


 オズワルド、それはこの世界の創世記に居た人物の名だ。

 レプトはその名を前の世界のアークから聞いた。

 だが、その世界でオズワルドは確認できていない。

 それどころか創世記以来、その名は出ていない。


「このままじゃ…世界が…変わってしまうって…。レプト、貴方のせいで世界は…」


 取り戻そうと思っていた世界は、更に歪に変わっていく。

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