第36話 恐怖!巨大鬼ライデン!!

「魔物にとって勇者は特別な存在です。女神の恩寵は嗅ぎ分けることができるらしく…」

「つまりアークがリンの事を仲間と思い続けたから、恩寵が残っていた、と。それを利用して魔物を呼び寄せていた」

「アークらしいと言えばアークらしいけど、女神様からそう言われていたのよねー」

「ゴメン…なさい。私が人狼に捕まらなければ…」

「ううん。リンさんのせいじゃないよ。僕が女神の恩寵を上手く使えないからで」


 尤もらしく聞こえる話を並べた。

 こんな状況でなければ真実に辿り着けただろう。

 人質は解放できた。あとは鬼を倒して船に乗るだけ。

 そして、その時に何かが起きる。


「リンは鬼を見たの?捕まってたんだから、見ているわよね」

「鬼…?鬼ですか?…ミアキャットとハーピーは見ましたけど、ワーウルフもいてそれから…。マリア様、鬼はどんな形をしているのですか?」

「ええっと…。魔物を総称して鬼と呼ぶこともありますし…」


 困ったらマリアに振る。

 彼女は彼を先生と呼ぶが、これは流石に先生の影響だろう。

 マリアはリンに半眼を見せながら、なんとなく答えた。


「おいおい。ここに来てか。ボス鬼を倒すってのが指示なんだぞ。人狼に鬼ってのもイメージが湧かない。人狼はやはり人狼だろう。だが、鬼…か」

「魔物を鬼って呼ぶんなら、ボスを倒せばいい…のかな」

「そ、それです!きっと、それです。間違いなくそれです!」

「マリア、なんか雰囲気変わってない?もしかして人狼に…」

「変わってません!っていうより、皆さんも鬼のイメージ持ってないじゃないですか」


 そも、ボス鬼って何だろう。

 そんなことを考えながら、小物モンスターとワーウルフや、炎を宿すスライムを倒していく。


「ミアキャットが姿を見せないな。それにさっきからワーウルフ以外に強い魔物が出てこないぞ」

「東側はもう少し先。そういうことじゃ、ありませんの?あー、公国の知ってる人に会ったらどうしよう…」

「あのぉ。僕、もうちょっとリンさんとお話したいんだけど」

「駄目に決まってるでしょ。リンはマリアに任せた。男に二言はないの」

「そうでござる。あそこでリンはダーマンに任せたと言ってくだされば、良かったのでござる」

「それは…、なんか駄目そうな…」

「そうじゃなくて、駄目なの!」


 サラド台地は魔物が次々に湧く。だけど弱くなっているようにさえ思える。

 それが女神の恩寵の力。

 そんな時。


「アーク!!構えろ!!」

「え?魔物?魔物ですか?」

「いや、サラドベアだ。正直言ってワーウルフよりも強い」

「え?魔物じゃないのに?」

「そういえば、私達って碌な山を歩いてないわね」


 岩塩の山を越えて、大都会モルリアに行った。

 そして戻ってきたサラド台地は、大陸の北東にあり、自然が豊かな所だった。


「わ、炎魔法が効かない?」

「あの毛、燃えにくいのよ。街に降りてきたら軍隊が出るくらい普通に強いの」

「え。私の矢も効いてない?」

「大弓なら分かるが、その短弓と矢じゃ無理だな」

「実は魔物かもとも言われてます」


 矢を放ったリン、その隣のシスターは言う。


「やっぱ魔物なんじゃん!こ、こいつ、強い!」

「…ですが、魔王を封印しても強さが変わらないから、違うと結論が出ています」

「じゃあ、魔物じゃないじゃん!!魔物じゃないのにこんなに…、強いなんて…」

「だから、前にも言っただろ。ここは強い魔物が湧く山。だが、そこで生きる動物もいる。ということは…」

「魔物よりも強いってこと?」


 強いってこと。勿論、ここに湧く魔物と比べての話だが。


「そうね。小動物なら分かるけど、こんな大きな体だもん。普通は魔物に狙われるわよね」

「そんなこと言ってないで、フレデリカさんも手伝って下さいよ!」

「え。嫌よ。私、熊さん好きだから。餌か何かで何処かに誘導しましょうよ。女神の恩寵で熊さん倒したくないし」

「そうだ、アークには弁当があるだろ?」

「また、僕のお弁当が犠牲に!?」


 とは言え、ここで勇者対熊の戦いが描かれることはない。


「うーん。仕方ないか。あとでダーマンさんのおかず下さいね‼」

「無論。勇者様の好みを教えて頂ければ、ご満足させましょうぞ‼」

「あー、お兄様。後でちゃんと教えてあげてくださいね」

「なんで俺だよ。こういうのは聖職者…」

「そう、生殖者のおかずを‼」

「マリアの神聖魔法でコイツを浄化できないのか?」


 因みにこういうことを教えるのがレプトの役目だったから、今回はなかなかに難しい。

 そして、彼らの他愛もない会話の間、その巨大熊が奇妙な行動に出る。


 すっ…


「あ。凄い。本当に僕のお弁当に向かっていった。ほら、見て見て‼あの熊さん、ちゃんと…」

「お…?」

「な…?」

「ぇぇぇええええええええ‼」

「にぃぃぃぃぃぃ‼…しまった。遅れたでござる‼」


 危なかったでござる。

 いやいや、それはさておき。全員の目が剥かれる。

 アークは和やかな顔をしているが、リンも目を剥いている。


「いや…。確かに立ち上がるとは聞いたことあるが…」

「あんなに綺麗な歩き方ってしてたっけ…」

「た、確かに可愛い…ですよ、フレデリカさん。ほら、あの頭の角‼ちょこんって出てて。あ、ちゃんと座って食べてる。しかも…」

「ナイフとフォークを使って…、って‼アレは化け物じゃないですの‼」


 そう。前の世界を御存じの方なら、誰もが知っている特徴的な魔族。

 勿論、この世界でもレプトがチラリとその手の発言をしたことはある。


「嘘…だろ。ボス鬼って、アレの…こと?」

「だが、確かに。拙者にもビンビン伝わってくるでござる。いや、先ほどから急に勢いが増したように思えるが、これは間違いなく…」

「魔族のオーラ…ですね」


 北東に向かってお辞儀をして、今日の感謝を誰かに伝えている熊さん。

 角の形は自在に変えられるので、リンもピンと来ていないが、

 魔物を含めてのサラド台地最強生物、サラドビッグベアが今回の彼である。


「おお。そうであった。勇者殿。其方にも感謝いたそう。馳走になる」

「しゃ、喋った‼」

「マママママ、マリア?き、聞いてないぞ?」

「わ、私だって知りません‼どうして、人間界の熊が魔物になっているかなんて…」

「でも、フレデリカさんはお好きなんですよね。えっと、お話してみたらどうでしょう」

「するわけないでしょ‼勇者って言ってたわよ。アークが喋ってみなさいよ」


 立ち上がれば10m近くある巨大熊。

 四足獣の関節を無視した動きで、器用に勇者が頑張って作ったお弁当を食べているクマ。


「え、えっと。僕、勇者のアークです。は、はじめまして。その…、熊さんはもしかして魔物…ですか?かかか、勘違い…だったら嬉しいんですけど」


 すると、熊は穴を掘ってそこから刀を取り出した。


「勇者アーク殿。お初にお目にかかる……、な、それを我が…。お、お初にお目にかかるクマ」


 勇者を含め、全員が目を剥く。語尾がクマ、だと。

 そして、更に。


「我は魔王軍プロアリス隊隊長を務めているクマ。いざ、ここで勝負するクマ」


 驚愕の一言を放つクマ。

 熊の顎をもってすれば、勇者のお弁当など一口で飲み込める。

 そして、立ち上がったクマは刀を頑張って持とうとする。

 だが、なかなかつかめない。関節をどうやろうかと考えて、どうにかこうにか両前足で抱える。


「え?刀?その爪は使わないの?」

「あ、あの。勝負って戦うんですか?は、話し合いでどうにか…」


 バコォォォオオ‼


 巨大な音。巨大熊の爪が大木を薙ぎ倒したのだ。

 お前は何を言っているんだと、木に怒りをぶつけたのだ。

 そして、その熊は暫く、熊の手を見つめた。


「…熊って凄い…クマ」


 どんなに語尾が可愛くとも、やっていることは豪快過ぎる。

 ミアキャットよりも大きいし、ワーウルフよりも力強い。

 確かに、ボス鬼と呼ぶにふさわしい風格を持っている。


「こいつがボス鬼…。何が来ても驚かない自信はあったが、まさかサラドビッグベアに似た魔物…だったとは」

「わ、私も知りませんでした。…こんなのがいた…なんて」

「俺達もタダの熊にしか見えなかったんだ。しょうがないとも言えるか」

「ダーマン。修行で熊と戦ってるんでしょ。アンタが行きなさいよ」

「た、確かにそういう修行はある…が。これほど巨大な…」


 ゴォォォオオオオオ‼


 そして突然の咆哮。うろんな目つきで刀を持ち、その切っ先を少年に向ける。


「我が名はライデン。我は勇者アークとの一騎打ちを所望する…、…あ、クマ」


 アークは目を剥いた。

 その内容に仲間が、勇者の元に集まってくる。


「そうは行かない。アークは俺達の希望だぞ」

「可愛い見た目だからって惑わされないわ」

「そ、そうです。勇者様はアングルブーザーを打ち倒す者。巨大熊の相手なんて出来ません」


 皆がいる。僕にはみんなが居る。

 勇者アークはそう思った。


 ブワァァァァァアアア…


 だが、ここで一陣の風が再びやって来る。


「キェェェェェェェェエェエエエエエエ‼」


 という鳴き声が上空に複数聞こえた。

 更には、木々の間を飛び交うミアキャットたちの姿も見える。


「どうだ?…クマ。我と一騎打ちか、我だけでなく百匹以上いるプロエリス大陸の魔物全員と戦うか。どっちかを選べ、勇者よ」


 その数秒後、小さく「クマ」と聞こえたが、誰一人拾うことはない。


「プロエリスって?」

「魔物たちはイーストプロアリス大陸のことをプロエリスと呼んでいます。つまり…」

「ツェペル・マラドーナの船に魔物が乗っていたのは間違いないってことね。そんなことより、アンタ。今のは私たちに選択肢があるように聞こえたけど?」

「無論だ。我は武人なり…クマ。……え?もう、つけなくていい?…我がこの任についたのも、勇者殿との一騎打ちを果たすためだ‼」

「そんな言葉、信用できるか‼フレデリカ、マリア…」


 魔物の言葉なんて信用できない。

 アークの仲間たちはどうにか出来ないか、退却できるかも含めて周囲を警戒する。


 但し、それはマリアとリン以外の話。


 このやり口は何度も見てきた。そして、彼は言うのだ。


「ううん。…僕、やるよ。ちゃんと勇者って証明しなきゃ」


 勇者に相応しい発言。

 間違いなく、さっきの突風で彼に何かが吹き込まれた。

 その手伝いをしていたリンと、してやられ続けたマリアなら分かる。


「正気か?アイツが適当言っているだけかもしれないだろ?」

「うん。だって、どっちみち戦うんでしょ。だったら、あの熊さん、ライデンの提案に乗った方がいいよ。そういうこと…だよね」

「そうだ。我が負ければ、ここに居る魔物は退却する」


 全員と戦うか。一対一の後に全員と戦うか。もしくは彼の言う通り勇者対ライデンだけで決着がつくか


「僕が負けたら?」

「それを聞く意味はあるのか?勇者が負ければ、人類は終わり。魔王様の時代がやってくるのみ」

「そ、そんなの…ズルいじゃない」

「勝てば、アイツらが撤退。負ければ勇者を失う…。だが…」


 こんなの初めから決まっていること。

 これから先だって、いくらでも待ち受けること。

 皆、理解している。この戦い、勇者は絶対に引いてはならないと。

 ただ、今までの彼の行動が不安にさせているだけ。


 でも、違う。


「うん。うん。大丈夫そう。僕も戦えるよ」


 そして、誰にも聞こえないように口先だけで紡ぐ。


 戦い方はブレン先生と殆ど同じ…。ブレン先生と戦っているつもりで…


 そんな少年の顔を見て、マリアは確信した。

 レプトが指示を出したこと、そんなことは分かっている。

 そのもっと先の話だ。


 結局、アークはレプトのことを一番信用していたのね。彼の中ではレプトが人狼かどうかなんて関係なかった。彼は私なんかより、ずっと…


「始めの合図は?」

「ではハーピーに頼もう。さっきの鳴き声がもう一度聞こえたら、仕合いの始めとしよう」


 そして、数秒も経たずに。


「キェェェェェェェェエェエエエエエエ‼」


 始まる。小さな少年と巨大熊の一騎打ちだ。


 ドン‼


 先ずは巨大熊の一撃。重心を大きく屈めないと、少年には届かない。

 その一太刀を躱すのは簡単だが、巨大な体ごと避けなければならない。


「わ‼危ない…。おっきなブレン先生。おっきなブレン先生…」

「ぬぅ。…まだ、慣れぬな。だが、成程。先ほどとは別人。これが勇者か」


 何度も死にかけた。何度だって立ち上がった。

 あの時はそれが出来た。それが大事だって分かっていたから。


「それじゃ、僕も‼」

「来い、勇者‼」


 それが必要。それが足りないと思えたから頑張れた。

 その後はどうだったか。色んな人と話をしたけれど、それが本当に大切か分からなかった。


 だけど、…この戦いは僕に必要ってレプトが教えてくれた。


 アークはブレンとの特訓を思い出し、全身全霊の力を籠める。

 無論、その中に女神の恩寵は含まれていて…


 バコォォォオオ‼


 蹴った後に、木の悲鳴が聞こえるほど、人間ではない動きを見せる。


「ぐ…。我が熊でなければ今の一撃で決まっていた。だがぁ‼」

「分かってるよ。ブレン先生だって、その程度じゃ倒れなかったしぃぃ‼」


 こんなアークは見たことがない。

 二人の少女も目を奪われていた。


「ブレン先生…の名前。ずっと出てるけど、あの時と全然違う…」


 リンの目にはそう映る。

 相手は女神の恩寵を持てなかったブレンよりも圧倒的。

 だが、勇者アークはブレンと特訓をしているかのように振舞う。

 つまり、アークの動きはブレンをとっくに凌駕している。


「こんなに楽しそうに戦うアークなんて、いつぶり?彼が居たら、最初から悩む必要なんてなかった…。私がアークを導く必要なんて…。…ううん。違う。私はずっと…」


 そして、マリア。

 先ほど思っていた、自身の気持ちを訂正しなければならない。

 彼女自身が本当にアークを信じていたか。


 アークはレプトのことを一番信用していた。それはレプトが人狼かどうかなんて関係ない。

 アークは私なんかより、ずっとレプトを信用していた。

 そして、私もアークを信じていたんじゃない。レプトが信じるアークを信じていた…、それだけ


「だが、勇者よ。我はこの体の使い方に慣れてきたぞ。一歩遅かったなぁ‼」

「ううん。僕も女神の恩寵の使い方に慣れてきたところ。君と戦えて良かった‼レプトの言った通りだ。全部全部…」


 狂気さえ感じる、彼の盲信ぶり。

 そして…


「ぐ…は…。見事…だ…、勇者…よ」

「ううん。ライデンさん。特訓、ありがとうございました‼」


 見事に勇者アークはライデンを打ち倒した。

 しかも、完勝である。

 勝因は、本来のライデンの体をリンが打ち壊してしまったこと。

 巨体で扱うには、小さすぎる太刀だったし、太刀を使わない方が絶対に強かった。

 だけど、それはライデンの意志だ。


「女神の恩寵とは…、それほどなのか。これが俺の体…にも」


 アークの女神の恩寵は、豹であったとしてもライデンの力を上回るものであった。

 本来のライデンが相手でも、アークはライデンを打ち倒せていた。

 勿論、そこにレプトの助言があったらの話。


 ——だけど、そんなことはレプトも知っていた。


 問題はこの後。


 それが世界の大きな異変をもたらすことになる。

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