第34話 リンの最終試験

 レプトはサラド台地で肩を竦めた。

 目の前に居る豹の化け物とある一点で揉めている。


「我は武人ぞ。そう簡単に折れる筈もなし」

「一人称はあっさり変えたくせに、そこは曲げないのかよ」


 思い出してみると誰かと被っているぞ、と言うとあっさりと「拙者」は捨ててくれた。

 だが、この一点は折れてくれない。


「レプト。これに本当に意味があるのかしら?」


 そこに紫紺の怪鳥が現れる。


「モーラか。ほんと、魔物って便利だな。この拠点に居れば何でも分かる。マジで感謝してるよ」

「感謝なんて要らないわよ。意味があるのかと聞いているの」

「魔王と勇者が同じ症状。でも、俺には魔王は分からない。だから、俺に出来るのはアークへのアプローチしかない。この程度の女神の恩寵で流石に極夜地帯はいけないしな」

「ニャ‼それでもウチが勝てない。ウチはぷれみあじゃなかったのかニャ‼」

「それは先生が女神の恩寵以外の戦い方を知っているから。バカにゃんこには分からないでしょうね」


 そして、黒狐の少女も姿を見せる。


「リン。あいつらは?」

「こちらへ向かってます。…勇者は相変わらずでしたが。本当に同じ勇者なのですか?」

「あぁ。それだけは間違えない。あの感じはアークに違いないんだ」


 この世界で、この言葉を言えるのはレプトだけ。

 しかも、根拠はない。証明も出来ない。だけど、アレはアークなのだ。


「ってか。食料はたんまりだったろ?サラドームは狙われにくいから、元々警戒が薄いんだ」

「それに関しては、ね。空き巣に入っているみたいで、魔族の沽券にはかかわる気がするけど」

「ってか、モーラ。そっちでは何か分かっていないのか?」


 インペルゼステが指揮するダークドワーフ軍と、ベルゼルスギルスが率いるダークエルフ軍には、流石に勝てる気がしない。

 特にどちらも一万歳を優に超える。前の世界を知ったところで、どうにもならない壁がある。

 そも、どうやってあっちに渡る?魔物の手を借りないといけない。リンは危険すぎる。下手をすると自分も。

 だけど、その前にここで一つの決着をつけるべきなのだ。


「この件でアークたちは東の大陸に渡る。俺の人狼もあっちに行くと、あんまり意味がないからな。で、俺は色々やってるわけだけど、モーラたちは何かできたのかって聞いてんだけど」

「…プリンセス・フローラ様からお言葉が届いたわ」

「お。それは期待できるじゃん。花の怪人。それだけだと弱そうだけど、経験値が全然違う。フローラ様なら…」

「なんで魔王様には様をつけないのに、フローラ様にはつけるニャン。ウチにもつけるニャン!」

「えっと。それじゃ、ミーア様。魔王様の様子は如何で?」

「ふむ。良い気分だニャ。だから、答えてやるニャ。ウチは魔王様のところには行ってないニャ!」


 白銀猫と紫紺鳥は勇者の行動の観察。

 魔物にも事情があるのは、魔王核から流れ出る魔力が行きわたるのに時間が掛かるからだ。


「って、様のつけ損じゃねぇか」

「でも、プルを説得したニャ」

「あぁ。そうだった。流石は賢いニャンコだ」


 えっへんな猫はさておき、大事なのはフローラからの情報。


「その前に…、どうなっていると思っているのかしら?」

「また、それ?俺の予想だと、ミーアが言ったようにバラバラだ。大方、王国に入り込んでたのと、モーラたちは違う派閥だ。んで、ガズモーさんは静観ってとこかな」


 モーラはやや目を剥く。

 彼女は考えた末に辿り着いた結論で、確かめようがないということも知っている。

 だけど、そう考えるのが一番納得がいく。


「本当に会っているのね。フローラ様にもガズモー様にも」

「二千年前、四天王はギャスターとガズモーの戦いを見ている間に魔王が封印された。そこまで知ってるけど?」

「…‼話をしたことさえ、あるのね。脅して得られる情報にしては、何の意味もないもの」

「ってか。勇者が来てる。ここの魔物を帰らせてもいんじゃね?」

「拙者…ではなく我は考える。そうやって、魔王軍の戦力を削いでいると」

「ニャ。そうだったのかニャ」

「普通に考えればね。…でも、それはないでしょうね。ただ、女神の恩寵を稼がせるだけ。この人間レプトは本気で行っている。で、さっきの質問だけど、答えは何もないわ。ベルゼルスギルスが簡単に奇妙な魔王様を放っておくわけがないでしょう」


 それを聞いてもレプトは驚かない。ベルゼルスギルスのことも知っているから。

 だから、彼女たちは協力するしかないのだ。


「ってことでさ。皆もこう言ってるし、ライデン将軍。折れてくれない?」

「ってことも何も。兵は引かせている。お前が言う未来を信じて、船に紛れ込ませて、少しずつプロエリス大陸に移動させている。小物系はあちらでは危険故、ただ退却命令を出しただけだがな」


 既に畑は襲わせた。

 襲ったタイミングはマリアに船には乗れそうか、と聞く前。

 この展開になることは分かっていた。そも、何かがないとサラドームはフレデリカの乗船許可を出さない。

 以前の旅では、そこでフレデリカは辛い思いをした。

 アークは人間社会に疎かった。それは今もだけれど。

 それに加えて、レプトも知らなかった。だから今回は彼女を傷つけずに渡航させたかった。

 その為には畑の被害くらい、どうでも良いと思った。


「ここには魔王核が漏れる場所がある。自然に沸いてしまうのはしょうがない。にしても、ライデン」

「ならぬ。我は絶対に折れぬ。ここで引けば、格好悪い‼それに…、我はお前とも戦いたいと今でも思っているぞ」

「ニャニャ‼ライデンが絶対に負けるニャ‼」

「何を言う。勝負は…」

「ま。それはいいけど。それで少しは考えてくれるか?もう一つの話の方」

「ぬぬぬ。…それは」

「ニャ。やっぱり負けるのが怖いニャ」

「無論、承知の上でだ。さぁ…」


 ただ、ここで。

 いつものレプトの戦いをお見せしても良いが、彼女の出番。


「先生。私に…戦わせてもらっても宜しいですか?」

「リンが?…でも、なん…。いや、お前はそうだったな」


 そういえばそうだった。もう一人、アークを信じている者がいた。


 彼と彼女の行動を見ていると、勘違いしそうになるが、リンがレプトを呼ぶときは必ず先生と言う。

 そして彼女が面をつけるようになったきっかけが、いつだったか。


 本当に大丈夫?それを試す。でも、一対一で…。お願い…します

 ふぇ…?勇者…様が?

 足りない。…全然足りていない

 私が外に居たことは知っていた。私が誘ったのも知っていた。考えたら分かる罠。進歩がない。まだ、…足りない。それでも…行く?

 足りない。それでも…行く?あれは彼に言った言葉ではない。…気をつけて


 あの時、足りないと言ったのは、アークの仲間たちの覚悟だ。

 そして、気をつけてはアークに向けて言った独り言。


 それから、エロ坊主ダーマンにトラウマを植え付けたのも、こんな男の影響を彼が受けて欲しくなかったから。


 つまり、彼女はずっと。

 あの自分の義父と戦った一生懸命な彼を応援している。

 レプトに先に合流するのは、リンだと言われた。だから彼女の中ではレプトはあくまで先生。

 先生に付き従って、アークを守る為の特訓をしている。


「あぁ。これが多分。最終試験。思い切りやってみろ、リン」


     □■□


「女神の恩寵は先生と殆ど変わらない。でも、先生に比べていくつも足りない。それでも、ちゃんと教わった」


 とは言え、ライデンはウェストプロアリスのある意味ボス。

 たった一人で戦う相手ではない。


「あの者の弟子…か。我も舐められたもの…」


 ピン‼と弾かれた音がして、ライデンの頬に痕が残る。


「飛び道具か。その程度で我が動じるとでも…、…にや」


 ピュン‼


「ぐわ…。お、おのれ…。これはプロエリスの森で見つかる…ネコ科が大好物な葉っぱの汁…」

「所詮は獣です。…ですが、これでは修行になりません。ですので、…推して参ります‼」


 そして、真っ向勝負をする為、同じく真っ向勝負をする為に構える豹の悪魔の方へ飛び込む。


黒狐の演舞フォックスダーク


 とは言え、飛び道具以外の彼女の能力は使う。

 逃げ惑っていた時にブレンに教わった考え方、その父を見て戦おうと決めた後にレプトに教わった使い方。

 師匠と先生。尊敬する二人の力で、彼女を押し上げた。

 前の世界では取るに足らない存在だった彼女が、この世界では戦士になったのだ。


「ぬ。…消えた?あの程度の力で我よりも速く動ける…。くそ…。あの葉の臭いはこの為か…。だが、臭いがなくとも、女神の恩寵は感じ取れる‼」


 ただ、ピンと長いひげの感覚に助られる。


「ちぃ!」


 真横からの小刀。その前に発生する空気の振動がライデンの小脳をフル稼働させていた。


 ズザザザザザザ…


 はるか後方まで下がる。どうして、真横から来たのかを探る為に。


 そして、悟る。


 単に早かったわけではない、と。


「成程。斯様な方法があったとは。女神の恩寵の出し入れで、気配を散らす…。それ故、分身したように見える…か」

「もう分かったの?流石は将軍…。将軍⁉」

「あ、いや。それは称号だからルービッヒ将軍とは関係ない…、って聞いてないな。アイツ」


 ブレン、父を殺した男。男か分からないけれど、悪魔。

 であれば、本気で…


黒狐達の灰被りエキノコックス・シンデレラ


「これしきの分身‼全て、なぎ倒して見せる‼」


 ネコ科の瞬発力を活かして、彼も分身並みの速さで動く。

 一人一人を切り倒す。そして最後に残った影を切り裂く。

 これで勝ち。彼女の先生とやらも、堪らず戦うだろう。


 だが…


「てぃ‼ずぃぁ‼ぃいやぁっ‼…ずぅおおお‼」


 最初の一つの影、二つの影、三つ目の影までは気付かなかった。

 だけど、四つ目辺りから、流石にライデンも気付く。


 これは…


「ぅでぃぃぃああああああああ‼……謀ったなぁ、こむすめぇ‼」


 一つ一つがタダの女神の残滓の余韻ではなく、その全てがそれを象ったデバフ魔法。

 だから、黒狐がどんどん速くなる。


 …ならば。


「一度だ。…その一太刀で決めればよ…、…ぶ‼」

「え?敵の前で目を瞑るって…、馬鹿…なの?」

「こ、これはぁぁぁああ、騎士道物語でぇぇえええ、よく見る……定番……だ、ろう…、…がはっ!」


 真っ向勝負と言っても、騎士のように、剣闘士のように剣と剣の打ち合いではない。

 これが彼女の真っ向勝負だっただけ。その前提で言うのなら、最初の飛び道具も真っ向勝負なのだが。

 とにかく、最後の場面だけを見れば真っ向勝負。

 リンの短刀での攻撃はライデンの心臓を貫通する一撃だった。


 そして、彼女は言う。


「えっと。私。貧乏だったから、そういうの良く分からない…かな。先生?」


 そんなの習っていない。本だって文字がどうにか読める程度。

 それに訓練すると決めた時の先生は彼。

 だから、間違っていたのかもと、彼女の二人目の父、若すぎるが彼女にとっての姿を不安そうに探す。

 勿論、最初に立っていた場所に彼は言て、彼女の今の父はこう言った。


「リンにとっての正々堂々だ。気にしなくていい。それに…」


     □■□


 …うん。私はほんと、先生に恵まれてる。


 自分と変わらない年齢の父。


「正々堂々と戦う奴は他にいる。嫌だろ、キャラ被りってさ」


 彼は笑顔でそう言った。確かに被るのは嫌。

 だって彼を父、先生と思うに至ったもう一つの理由があるから。


 だって先生、レプトはやっぱり彼女を──


「はい‼有難うございました。先生‼」


 ただ、そんな彼は少しだけ困った顔をしていた。


「先生?」


 すると、彼はこういうのだ。


「えっと…。まさか殺しちゃうとは思わなかった」


 そこで、カランと落ちるお面。その時の私は目を剥いたのと、口が引き攣っていたのと。


「あれ?そういう流れじゃなかった…でしたっけ」

「あー。なんていうか。あれはライデンの口癖で…。これでアイツらにもいるのがバレたかも。ま、それはいいんだけど…」


 私は首を傾げる。知識では先生に勝てないし。でも、どうやらやりすぎた。

 どうしてやり過ぎたんだっけ。って、この将軍はあの将軍じゃない。あの将軍は先生が殺したんだし


「わ、私‼なんてことを‼」


 取り返しがつかない。…でも、ハラハラはしない。

 この人にはやっぱり敵わない。


「モーラ、ミーア。代わり、いる?」

「全く。そこまでお見通しなのね。まぁ、当然だろうけれど」


 私が色んなトラウマを乗り越えられたのは、ちゃんと見てくれていたから。

 だから私は、私が最初に決めた好きな人の為に頑張るのだ。


「ウチは嫌にゃ。モーラがするにゃ」

「私も嫌よ。それにそんなの…、その辺の魔物でいいでしょ。それでも目的は果たせる筈よ」


 先生はこの後どうするんだろう。

 先生はちゃんと仲間になってくれるのかな。

 先生は…


「っていうわけで、何とかなりそうだ。ちゃんと俺の悪口、言うんだぞ。あと、アークを守ってやってくれ。俺はアイツを信じてるんだ」


 ううん。なんでもない。

 私はこれで卒業。

 先生への心配は…、やっぱ無理。恐れ多くて、私には出来ない。


 私があの時言った「足りない。…全然足りていない」、彼には必要のない言葉だ。

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