第33話 ポートアミーゴでの交渉
ポートアミーゴは巨大な都市である。
なんせ、全ての船がここに立ち寄ることになる。
この港都市から北へ行けば、サラドーム大公国にギリギリ辿り着く。
それより以北はドラグーン島の影響で、陸路を取ることになる。
そして、ここから西はポートベローナ、アングリアと大きな港街に行ける。
そのおこぼれ程度がダラバン領にも富をもたらす。
だが、大事なのは東の大陸である。だから、ポートアミーゴは今や西大陸で一番熱い都市である。
「ツェペル・マラドーナはその中でも突出した商人であり、議員でもある男だ。直接やり取りのないウラヌ王国にも、その名は轟いている」
「凄い。もっと大きな街。ここから僕たちはイーストプロアリス大陸に行くんだね」
「行く予定よ。でも、その船に乗せてもらえるかは分からない。…特に私は」
「うーむ。ツェペル・マラドーナでござるか。拙者、どこかでその名を聞いたような…。…そうだ。プル‼プルたんでござる‼」
「何よ、プルたんって。もしかして知り合い?」
「プルたんはとても毛並みの良いミアキャットでござる。あの毛並み。あのスタイル。あの美貌。間違いないでござる。思い出してきた。思い出してきたぁぁ‼」
嫌な予感しかしない。
だが、知っているのならとギルガメットが、一応聞いてみる。
「ってことは、それなりに飼い主とも知り合いということだな?」
「ふっ。当然だろう。最近プルたんが不機嫌という理由でベローナ大寺院に連れてこられた。そして拙者がマッサージを施したでござる」
「で、どうだったの?一応聞いてみるけど」
「無論、大成功。それ以来、一度も来ていないのだからなぁ」
「うわ。…最悪じゃん。コイツ、絶対にやらかしてるって。ミアキャット、人型の時は殆ど人間だし」
「あの青い毛並み。今でも忘れられぬ。プルたんに会えるのであれば、拙者、一所懸命に頑張るでござる‼」
白い目を向けられても折れない男。
だが、腕は確かなのだ。性格は正反対だが、体術はブレンと並ぶ。
なんせ、女神の恩寵無しに中級の魔物と対峙できる。
「うん。僕も頑張る‼結局、あの一回しか、ダーマンさんに勝ててないし」
「はぁ…。勇者様もノリノリみたいだし、ダメもとで行ってみましょうよ。こいつの心を誰かと入れ替えて欲しいけど」
だが、これでも入れ替えている。
とは言え、ツェペル・マラドーナの愛猫と出会ったのは入れ替える前。
だから、当然の如く。
「ダーマン‼貴様、ついに我が家にやってきたか‼ただでさえ大変な時期だというのに‼」
と、誰もが予想がつく反応をしてくれた中年の男。
但し、呼び鈴を使うこともなく、ツェペル自ら飛び出した結果に繋がった。
それは彼の功績と言えなくもない。
「ツェペル・マラドーナ殿ですか?私はギルガメット・R・ウラヌスという者です」
「は?ギルガメット…様ぁあ?」
どんなにダーマンが愛猫にセクハラをしても、彼が勇者と共に行動しているとなると話は変わってくる。
しかも、今回の勇者が連れているのはウラヌ王国の王子と姫君。
大商人だからそれくらいは知っている。まさか、あのダーマンと一緒にいるとは思ってもみなかったが。
「それに…、噂のフレデリカ殿下…まで。いや、まさか…。あのダーマンが?いやいや。そんな馬鹿な…」
「私たちも信じられませんが、事実です。私たちの勇者様は、あのダーマンと一緒にいるのです」
「その紋章。その修道服…。もしや、マリア様…。ってことは、その少年が勇者…様?いや、待て。この噂は誰もが知っている。偽物…?」
「ふ。拙者を偽物だと愚弄するか…」
「お前のことじゃないんだよ‼ダーマンはダーマンだ‼忘れもしないぞ。プルはお前のせいでぐれてしまったんだ!!」
「おや。それでは拙者がもう一度…」
何処かの世界線ではあっと言う間に殺されてしまったダーマン。
本来の彼はこれほどに偉才。いや異彩。
「お前はちょっと黙れ。何か困っている様子だったが。どうだ?俺達にその悩みを話しては貰えないだろうか。偽物かどうか、ハッキリするかもしれんぞ」
そしてギルガメットも、紛れない逸材。
偽物と言われたって、余裕の笑みを浮かべられる。
ツェペルのちょっとした言葉を利用する知恵も働く。
「確かにそうよね。でも、偽物と思われた方が私たちにとって良いような?」
ただ、彼女の容姿は別格。フレデリカは純血のウラヌ人であり、ビスクドールのような肌、端正な顔立ちは唯一無二。
もしも彼女の贋作がいても、金と真鍮を見分けるよりも容易く本物を選び取れる。
でも、彼はまだ…
「勇者様も何かを言ってください。私が見つけた勇者様なんですよ?」
「えと…。はい。僕が一応勇者の…」
あの時、アイシャに言われた事を忘れられていない。
アイシャだって、吸血姫に操られていたとはいえ、とんでもない槍の使い手だった。
誰かと出会う度に、自分より凄いと思ってしまう。
どうして女神様は自分なんかを選んだのだろうと考えてしまう。
何かが欠けている自分が、本当に勇者なのかと落ち込んでしまう。
「とーにーかーくっ‼…何があったんですか?私たちの勇者様なら何でも解決できます‼」
「わ、分かりましたから。ダーマンに気を取られていただけですって…」
「やっと信じたの?っていうか、その焦りってミアキャットの方じゃないわよね」
ここでツェペルはガックリと肩を落とした。
そして、言いにくそうに話し始める。
「…プルも関係なくはないというか。大公の態度が急変、いえ激怒されていまして。その…、海路の利用料を今までの10倍にすると仰られて」
「ん?大公が激怒?そういう話は聞いていないが」
「それはそうでしょうとも。三日前に突然言い始めたんですから。今までの分も全部払えとも。そうしないと更に倍を支払えって…。そりゃ、凄い剣幕で…」
「あの大公がそこまでのことを言うなんて。普段はあんなに穏やかなのに」
「私も意味が分かりませんでしたよ。魔法通信の出所を調査したくらいですから。あれは新手の詐欺なんじゃないかって」
「それで拙者が偽物…か」
「お前は…、もういい。だが、その様子だと本当に大公が怒っているようだな。伯母には話をしたのか?」
「いえ…。それが…その」
チラチラと周囲を窺う色黒の男。
ギルガメットは肩を竦めて、溜め息を吐いた。
「話しやすい場所に移動するか。表立っては話せない内容らしい」
□■□
ツェペルは青い顔で客室に勇者たちを案内した。
侍従兼愛猫のプルはいないから、人間の侍従に茶や菓子用意させる。
「もてなしは良い。単刀直入に聞くが、何が大公を怒らせたんだ?」
「…その。あのですね…」
「はっきりしない男だな。拙者には大口を叩く癖に」
「ダーマンは黙って。…でも、成程。もしかして表で話せないんじゃなくて、私たちや勇者様に話せない内容かも。だってここってモルリアでしょ?」
分かり易くツェペルの肩が跳ね上がる。
「はぁ…。そういうことか。お前たちが扱っている魔物が原因なのか。飼っているミアキャットとも関係があるというのはそういうことだな」
「…いや、その」
「大丈夫よ。私たちは取って食べたりしないわ。解決したら、ある頼みを聞いてくれるだけでいいの」
「あ、そっか。僕たちは」
「勇者様は黙ってなさい」
「う…、はい」
「勇者様。私たちはあっちで静かにしていましょう」
イーストプロアリスに行く船に乗りたい。それを言ってしまうと、目的が同じになる。それでは、取引として成立しない。
「全部出来なくていいのです。勇者様は仲間に恵まれていますね」
「うん。それは…本当に」
素直で正直なのは良いこと。それ故、この場では役に立たない。
でも、それでいいのだ。自分の気持ちを勇者様に伝えればいい。
そして、勇者様が仲間を心から信用してくれたらいい。
やっと、どうすれば良いか分かった、と胸を撫で下ろした時。
──とんでもない話がツェペルの口から飛び出すことになる。
「実は最近。サラド台地の魔物が公国に現れているのです。」
「あぁ。サラド台地に魔物が湧く。俺たちは行っていないが伝承の通りだと、あそこは危険な場所になる筈だ」
「そうね。私でも知ってるくらいだし。それで激怒するって…、どういうこと?」
すると、ドン‼とツェペルは机を叩いた。目の前にいるのが天上人というのも忘れるほど、彼も戸惑っていた。
「私だってそう言いました。ですが、あそこの魔物は私らの船でやってきたものと。…突然、大公が言い始めたのです。サラドーム大公国の畑被害の全ての原因が、私らにあると‼そりゃ、魔物を船に乗せてますよ?でも、商売人として絶対に数は間違えません‼」
「まぁ、落ち着け。王国だって魔物の被害を受けているぞ」
「はぁ…。殿下は王都を離れて、どれくらいになります?」
「どれくらい…。そうだな。三か月以上は経っているが…。だが…」
「そうでしょうねぇ。でしたら、ここ最近のサラドームの被害をご存じないんでしょうねぇ。関係も宜しくないと聞きますし…」
目を剥く二人。関係が悪いのはフレデリカがここに居るのが理由。
ただ、流石に被害が出たことくらいは伝わってきても良さそうなもの。
だから、次に机を叩くのは金髪姫。
「それは関係ないでしょ‼相談に乗ってるんだから、ちゃんと教えなさいよ」
「お、教えますよぉ。そんな怒鳴らないでください。大公が仰るには最近魔物が大量に発生した、と。その魔物は全て東側に現れた、と。ワーウルフどころか、ミアキャットまでが混ざっていると…」
ここでマリアの目がガン剥かれる。いや、まさかそんな、と背筋が凍り付く。
「ミアキャット…。確かにサラド台地では確認されない魔物だな」
「モルリアには沢山いるけどね」
「如何にも。ミアキャット…それは…」
「そうだよ‼お前のせいだよ‼プルも…多分、そこにいるんだぁぁぁあああ‼」
「また、ダーマン。余計なことを言うな。落ち着け、ツェペル」
「確かにモルリアから渡って来た可能性は高いけど…。そもそも、サラドームだって船を出しているわけでしょ。そこをついていけば、どうにかなりそうなもんだけど」
そう。自業自得の可能性だってある。
自業自得なら、フレデリカ的には飯が上手い展開だ。
勿論、今のところ畑の被害の話しか出ていないからだが。
そして、それはマリアの心を凍り付かせる話でもある。
それどころか。…この話はこの程度で終わらない。
「はぁぁぁああああ。勿論、そう言いましたよ。そう言ったらどう答えたと思います?」
「うーん。あの穏やかな大公が激怒…ね」
「普通に考えれば、ここが中継地になっているから…。だが、流石にツェペルの責任とは言えない…か」
「…動かぬ証拠があると言われました。私の船に…、あの人狼が乗っていた証拠がある…とね」
「嘘…」
遠くで大人しく聞いていたマリアが、ついに声を漏らす。
だが、ここは人狼理論者の会。
「…そういうことだったのね。具体的にはどんな証拠が出てきたの?」
「単純明快です。私の船に鳶色の人間が乗っていたのを見た、という者が複数人いて、その船から計画書が見つかった、と」
「計画書?何が書かれていたんだ。何を計画していた?」
「私らはそんなこと一切考えてませんよ。ただ、そこにサラドームの国力を奪い、海路を奪い取る計画が書かれていた、と」
「そっか。モルリア諸侯にとって、公国は稼ぎをピンハネする嫌な国だし‼それは在り得るわね」
「待て、フレデリカ。よく考えろ。その計画は魔物を動かせなければ、成立しないものだぞ。だが…、確かにモルリアなら可能…に見えるな」
いやいや。無理がある。
だって、人間と魔物は根本では相容れない。何処かの国の利益の為に動くなんて考えられない。
少なくともモルリア人と魔物との付き合いはその程度の筈だ。
「両殿下まで…。そんな大それたことは考えませんって。少なくとも…、今の時期には…」
「考えていたには考えていたって聞こえるけど。…でも、ピーンと来たわ」
そりゃ、ピーンと来る。
「ドメルラッフ平原の戦いと同じ…だな。人間を惑わし、人間同士を戦わせる人狼。彼奴ならば考えそうなことだ」
「そして魔物。ってことは、サラド台地の魔物を駆除すればいいってことにならない?」
「そ、そりゃ…。サラド台地の魔物がいなくなれば、大公の頭の血も少しは降りるかもしれません…。ですが…、私らがそれをすれば、ここらの魔物がどういう反応をするか…」
「無論。暴れるだろう。拙者たちにも手に負えない。なんせ、モルリアは広いでござるからな」
そうなってしまうくらい、魔物と人間の関係は希薄。
流石のエロ坊主、ダーマンでさえ唸ってしまう話。
これだけでモルリアは関係ないと言える、だがサラドームも引けない。
正に人狼の手口。
いや…
「む!むむむむ‼この匂い‼ぶひぶひー‼ツェペル殿、嘘は良くないでござる‼」
「ふぇ?何、気持ち悪っ‼突然気持ち悪い鳴き声しないでよ‼」
人狼ではなく、知り尽くした何かの仕業である。
これって…
既にマリアは確信している。落としどころが間違いなくある、と。
「ただいまー」
「な‼プル‼プルじゃないか‼良かった。お前はサラドに行ってなかったのだな」
「行ってなーい。だって船嫌いだしー」
「おお‼プル殿プル殿‼ほら、拙者でござるぞ」
「うっわ。きっも。ってか、そんな場合じゃないでしょ、ご主人」
「おお。そうだった。この件をどうにかしなければ、マラドーナ家は終わるんだ。そうしたらプルは」
「うん。いても意味ないしー。でも、そこの奴らに頼めばいいじゃん。プルたちだって、普通の人間と勇者の違いくらい分かるんだからー。プルだって楽して暮らしたいしー。ご主人の家がお金持ちの方がいいしー。協力…するよ?」
本当に愛らしいミアキャット。喋り方もなんだか心地よい。
流石は山のような金貨で買ったニャンコである。…なんて今のマリアに考えられるわけがない。
「そうなのか。勇者は普通の人間とは違うもの…なのか」
「違うよねー、アーク?」
「え…。うん。女神の恩寵は特別な力…」
「そうそう。プルたちには分かるんだよー」
確証なんてない。
でも、このプルというミアキャットはアークの弁当を盗んだミアキャットな気がしてならない。
「だったら、取引出来るんじゃない。お兄様」
「あぁ。どうやら、俺たちなら平和に駆除が出来るらしい。どうだ、ツェペル」
「そ、それは大変ありがた…、…は‼」
「構えなくても大丈夫よ。アンタなら黄金を積むより簡単なことよ。マリア…、って契約書。用意がいい、わね」
「それは…、そういう流れかと…」
このツェペル・マラドーナの船でイーストプロアリスに渡る。
しかも、勇者がサラドーム大公国を救ったという既成事実を作って。
「流石は女神の巫女ね。こっちの要望は今は言えないけど、アンタは契約するしかないんでしょ?」
「…はい。この際、黄金を積んでも良いくらいですので。プルを失い、路頭に迷うことがなければ、なんでも…」
「馬鹿か。俺たちは王族だぞ。そこまでは望まない。だが、…なるほど。見えてきたな、マリア。やっぱ、女神はすげぇわ」
「…そ、そうです…ね」
だって、これは。
…どう考えても、マッチポンプだし‼
なんて、口が裂けても言えないのだけれど。
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