第32話 急な手紙

 ベローナ寺院での生活は規則正しい生活と、ちょびっとの刺激を併せ持つ丁度よいものだった。

 規則正しい生活だけなら、北側に居ても出来る。

 だけど、この寺院のお布施システムは他所の地域には見られないものだ。


「凶暴化したワーウルフとミアキャット…。こんなに強いのか…」

「アーク、癒しますね」

「では、拙者は姫を」

「私は自分で出来るから大丈夫」

「はぁ。心を入れ替えたとか何とか言ってたが、何なんだ、お前は。まぁ、強さは認めるが」


 これでも十分に入れ替わっている。

 いつも股間がソワソワしているのだ。

 女人の力で潰れる。しかも女神の恩寵を授かった力。

 女神がそうお創りになったのだから、ダーマンに女神の恩寵が注がれようとも、構図は変わらない。


「王子様には分からぬでござる。引く手数多でござろうに」

「あのなぁ、ダーマン。王位継承ってのは簡単なことじゃないんだぞ。俺はよくても次かその次には、ソレが原因となって国が揺らぐ。勿論、この先も王国が続けばだが」

「ご、ごめんなさい」

「お前もだ。アークだけの問題じゃない。俺達全員が未来の為に戦うんだ」


 マリアが目を見張るほど、ギルガメットは変わった。

 いや、以前は王国内だったから、違う目で見ていたのだろう。彼自身も同じく、王子は強くなければならないと意識していたのだろう。


「…そんな彼をアークはちゃんと見抜いていた」


 ネタバレがあったから、今回は妙な形で仲間になった。だけど、前の世界ではアークが進んで仲間にした。

 魔物だけではなく、色んな物を見る力があった。

 それが失われているものだから、レプトはアチコチ飛び回っている。


「人狼の噂もあるわ。マリアも気を引き締めなさい。みんなが騙されてたんだから、気に病むことないわ」


 マリアを傷つける言葉。だけど、これはフレデリカの優しさである。

 そうなればなるほど、やはり人狼ではないと分かる。

 けれど、既に広まった噂。それを否定することは、ギルガメットとフレデリカの立場を揺らがせる。

 もう遅い。少なくとも、ウェストプロアリス大陸では。


「そ、そうですね。それに今は修行の時ですし。ここではイーストプロアリスの魔物とも戦えます。過去の勇者たちが拠点にしたのも頷けますね」

「うんうん。マリアに顰めっ面は似合わないわよ。あ、そういえば、寺院に来てから暫く経つけど…」


 根っから明るい。フレデリカには華がある。

 彼女は違う経緯で仲間になったらしいが、それでもアークから誘っている。

 間違いなく、ハッピーエンドを齎す者。

 でも、やっぱり人狼理論者。


 とは言え。


「お告げはまだかしら」


 この手紙に関しては信じている。

 このお告げが彼女たちが言う人狼が書いていたと言えば、二人はどんな顔をするのだろう。

 アークは何を思って聞いているのだろう。

 ボロが出てしまいそうだから、バラすつもりはないのだけれど。


「き、来てます」

「え?いつ?私もその瞬間に出会したかったぁ」

「ひ…、せ、拙者のタマ…しいについては…」


 彼は語ろうとしないけれど、ダーマンに何かがあったことも、暫く過ごしている内に分かってきた。

 レプトが何かを仕込んだのは間違いない。

 女神アリスが畏れの対象になるような、何か。


 いや、彼に興味はないし、考えたくもないけれど。


「その…。結構曖昧でどういう意味か分からなかったので、次を待っていたのです」

「曖昧?アングリアの惨劇を的中させたんだぞ。マリアには分からないが、アークには分かることかもしれない。な、アーク」

「ちょ、痛いよ、ギルガメットさん」


 ポンではなく、ドンと背中を叩く。

 女神の恩寵の音が数キロ先まで届いていそう。

 だが、そういう意味でもなさそうなのだ。


「それでは、一応お伝えします」


 前の世界では6人だけど、今のパーティは5人。その内の二人は目を輝かせ、一人はやや引いていて、もう一人は顔を引き攣らせて引いている。


 そんな中で伝えるのは、コレ。


「東行きの船に乗れそう?という質問のようなものでした。勿論、勇者様ですし、王族の方ですし、私も一応正教の顔役です。ダーマンさんのことは知りませんが…。とにかく、乗れるに決まってますよね。意味が分からなくて…」


 既に指示の形ではない。お手紙交換のレベル。

 だったら、顔を見せて欲しいと思ってしまう。

 っていうか、いつ鞄に入っていたかも分からない。

 レプトの匂いもリンの匂いもここ最近はしていない。

 だのに、魔法の手紙ではなく、ただの紙がいつの間にか入っている。

 そして、内容。当たり前の内容。


 だけど、ギルガメットは目を剥いた。


「…いや。どうだろうかな。そういえば確認出来ていないな。フレデリカ。」

「…うう。考えたくもなかったから、口にも出してなかったの。…聞いてみないと分からないんだけど、多分──」


 ついでにフレデリカは青い顔になってしまった。

 マリアは首を傾げるが、これでもやっぱり指示だったらしい。


「どういうこと?ギルガメットさんとフレデリカさんは偉いんだよね?」

「簡単に言うな、アーク。中央集権の時代じゃないんだ。王が偉くても絶対じゃない」

「では、本当に乗れるか分からない…と?」

「そうだ。そういうお告げだ。実は海洋ルートの権利はサラドーム大公国が持っているんだ」


 ここで漸く、その手紙はマリアの目を丸くした。

 とんでもなく重要なこと。このパーティだから起こり得ること。

 どうして頭から抜け落ちていたのかと思ってしまうこと。


「え?モルリア諸侯連合でも、ウラヌ王国でもなく?」

「前にも話したはずだ。二千年事にモルリア地方は壊滅的な被害が出ると。だから、暫くは北が実権を握る。サラドーム大公国は王族の親戚だ。さっきもダーマンに話をしたが、王位の継承はちょっとしたことで、ケチがつく。」

「昔のことだけど、王位継承で戦争になったの。そして、今のサラドーム大公国に海洋ルートを渡すことで、その戦争は終わった。当時はドメルラッフ平原の方がずっと重要だったわけだし」

「これほど海洋ルートが確立されるとは、想像がつかなかったんだろうな。だから…」

「私が嫁に行くことになっていた。そのおこぼれを貰う為に、ね」


 ブォォオオオオ‼


「わ、僕のお弁当が‼」


 その時、一陣の風が吹いた。

 更に、アークの視線の先には、太陽の日を反射したミアキャット、猫耳と尻尾の影があった。


「な⁈…何、あのミアキャット」

「全く。躾けがなっとらん。ミアキャットは女形しか存在しない。それなら…」

「止めておけ。殺気は感じない。被害はアークの弁当だけだ」

「そんな…。お肉、とっておいたのに」

「アーク、ぼーっとしすぎ。私もそんな場合じゃないんだけど…」


 アークのしょんぼり顔よりも、ずっと悲惨なのはフレデリカの顔だ。

 お弁当のことはさておき、二人は頭を抱えている。

 そして、教会の立場を知るマリアも同じく頭を抱えた。

 王族の結婚とはそれほどに重い。枢機卿が集まって、漸く許可が下りるほどのもの。

 まさか魔物と関係ないところに、問題があったとは。


「ど、どうにかなりませんでしょうか。私もアークと共に教会に戻って相談をします」

「その際、拙者という新たな…」

「問答無用で殺されるな。お前は下がってろ」

「そう簡単じゃないの。それより、ここでは話したくないわ。誰が何を聞いているか、分からないものね」


     □■□


 勇者一行は寺院に帰っても、重い雰囲気だった。

 勿論、全員が重い訳ではない。重くないのが二人いるから、過半数で重いという意味だ。


「よ、よろしくお願いします‼」

「ふむ。いずれ来る間男の為にも拙者モードでお相手いたす」


 勇者アークにとっても重大な話だが、彼には良く分かっていなかった。

 だから、お前は訓練をしておけ、とギルガメットに言われたところ。

 ついでにダーマンはややこしくなるという意味で、アンタはアークの相手をしてなさい、とお姫様に言われたところ。


「今日は槍…か。ダーマンさん、行きますよ‼」

「かかってくるでござる。拙者は無手でお相手致す。女神の恩寵、どれほどの力か確かめばな」


 アークは慣れない槍、だがある程度、使い方は教えてもらった。

 大切なのは距離。踏み込まれたら…


「え…?もう?」

「法力、つまり魔力の使い方がなっていないでござるな」

「だけど、なんでうって来ないの?…この距離なら力が入らない筈」


 アークの一突きの間に、ダーマンは瞬歩で懐に飛び込んでいた。

 そして、彼の胸に拳を当てる。


「何を言っているでござる。0からの拳。それをお見せ致す——」


拙者の右手は恋人でござるムクムクハァァァアア


 0距離からの拳技。それをアークは舐めていた。

 勇者はそのまま、片足で彼を蹴り飛ばす。だが、その頃には勝負が決している。

 鍛え抜かれた右腕。右手首。


「…がはっ‼…何、これ。全身がバラバラになったみたいな衝撃…」


 そして、膝から崩れ落ちる少年。

 小刻みな上下運動が、少年の内部を攻撃していたのだ。

 その様子を見て、ギルガメットは一瞬だけ目を剥くが、肩を竦めて大きなため息を吐いた。


「あいつらは楽しそうでいいな…」

「それはね。だって、私が戻れば済む話だもん」

「だ、駄目ですよ、そんなの」

「どうしてよ。それが一番の解決。世界の為にも人類の為にも。それくらいマリアなら分かるでしょ?」


 この世界線ではそうなってしまう。

 だって、アークは彼女を見出していない。彼女の価値に気付いていない。

 彼女は単についてきた仲間だ。人狼とかそうでないとか関係なく、彼の目にはそう映る。

 それくらい、彼の存在は薄くなってしまった。


「駄目です。フレデリカ様はハッピーエンドに必要な方です。どうにかして大公を説得しませんと…」

「そもそも、サラドームから誰も参加していない。それだけで今後問題が起きそうなんだ。アイツらは今のところ、被害も受けていないしな」

「でも、世界の為です」

「毎回、うまく行ってる。そして、ドラグーン島のお陰で北は大体無事。それが分かっているからこうなっているのよ。だから、これはただの私の我が儘。…分かっているんだけど」


 勇者アークに必要だと言われたら、それで十分な理由になる。

 だけど。


「どうやって鍛えてるんですか?」

「ふむ。そうか。小さな村の出ゆえ、学ぶ機会がなかったか。少年。その為に必要なのはおかずだ」

「えええ?おかず?…どうしよ。お弁当取られちゃって…、夕食の時間もまだ先だし…」

「勇者様‼駄目です。先生の言うことは絶対に聞いちゃダメです‼」


 今の彼にそれが言えるだろうか。

 色んなことを吸収しようという意思は伝わってくるが、アレが必要とは思えない。

 いや、アレはアレで必要な知識かもしれないが、絶対に違う。ハッピーエンドというものを履き違えている。


 と、いうことをマリアが知っているかはさておき。

 彼女は二人+リーマンの会話の内容を聞いてうんざりし、視線を落とす。


 そして——


「え…?どうして」


 見つけてしまう。絶対に朝にはなかったものを。いや、あの時鞄を漁ったから、あの時も無かった筈なのに。


「どうしてって。お前。シスターがそんなことを聞くな」

「あら。お兄様?」

「いや。違う。俺も意味は分からない。と、とにかく弁当が必要なんだろう」

「もういいですわ。全く…。ほんと、男って…」

「あの‼そっちじゃありません‼お弁当の方じゃ…」


 誰もが気付かなかった。だけど、どのタイミングかは分かる。

 でも、それだと意味が分からない。


「それじゃあ、なんだ。おかずって」

「お兄様は黙って。…マリア、もしかして」


 分からないけれど、間違いない。

 これはあの会話を受けてのものだ。


「今の仲間は維持。そのままポートアミーゴのツェペル・マラドーナを訪ねるべし、と」


 二人の目が開く。ガン剥かれる。


「え?いつ?」

「おいおい。俺達は真剣に悩んでんだぞ」

「それは分かってます。…女神の気まぐれなのか、それとも迷っていたから教えて下さったのかも」


 半眼を向けられても困る。本当に今、気付いたのだから。

 寧ろ、今言うタイミング?でも、今の仲間は維持とも言われている。

 この手紙が入ったのはどう考えても、あの突風の時だ。

 あのミアキャットに目を引かせて、別の何かが手紙を運んだのだ。


「おかずが残ってたんです。あのミアキャットが盗んでいったお弁当箱に」

「だから、勇者様。そういう意味のおかずではありませんし、先生の話を真面目に聞く必要もありません」


 ミアキャットと何か。というか、絶対に魔物。

 魔物と結託しているとなれば、人狼として言い逃れが出来ない。

 やっぱり、彼はこの流れを曲げたくないらしい。

 だったら、強引に押しとおすしかない。 


「わ、私が多分、見逃したのです。ベローナでお買い物もしましたし。そうですよ、フレデリカ様。一緒に買い物したではありませんか」

「それはしたけど…」

「それでですよ。それより、良かったじゃないですか。きっとこのツェペルさんが秘策を持ってるんですよ‼」

「…確かに俺達は行動もせずに悩んでいたが。都合が良すぎないか?」

「いつでも見守ってくださる。それが女神です‼」


 ドゴ‼ぐゎぁ‼だ、大丈夫ですか?今、隙が出来たから‼という少年と男はさておき。


「それもそうね。そもそも、東行きの船に乗れそうかって質問だったものね。私の婚約の話は出てないもの。婚約だって女神様との約束だし、女神様だって知っている筈だし…」

「俺達も勝手に決めてしまっただけだな。本当に船を出せないか、確かめていなかった。寺に閉じこもって、何をやってたんだろうな」


 ほんと、何をやっているのよ。レプト。魔物と結託して、何をするつもりなの?


 半眼どころか、白い目で睨みたい。小一時間どころか、数日問いただしたい。

 そんな思いを胸に、マリアは再起動する。


「アーク。いつまでもお下劣な話を聞いてないで、アナタも準備するのよ」

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