第30話 レプトVSレイネリア

 皆、次の目的地に向かっているが、せっかくなので振り返ろう。


「うーわ。人間がこんなにいる。マジ、キモイんだけどー」


 ドン‼


 帰った時と逆の方法で落ちてきたブラッディ・レイネリアは、余りの人の多さに目に集まっている人間の血液を爆散させた。


「きゃぁぁぁあああああああ‼」

「うわぁぁああああああああ‼」

「お、お父さんがいなくなっちゃった…」

「魔物だ‼魔物が出たぁぁあ‼」


 一家全員で爆散した方が、まだ恐怖を味わわなくて済んだだろう。

 中途半端に知り合い、家族、友人を殺された者は恐怖を叫んだり、声を失ったり。


「あー、やっちゃった。まぁ、いいわ。人間は一匹いたら千匹はいるものだしぃ…。あー、そこのオッサン。そう、アンタよアンタ」

「え?」

「勇者が来てるって話を聞いたんだけど、何処にいるのよ?」

「あ、あ、あ、あの‼来ています。モルリアに向かっているという話を小耳にはさみました。ですので、私の命はどうか…」

「えー、嫌だ。キモイし」


 パン‼


「ひぃぃぃぃぃいいいいいいい」

「それじゃあ、アンタ…」


 パン‼「お前」ドン‼「どっちにいるのよ」バン‼


「ってか、降りる場所間違ったかしら」


 一瞬で広がる地獄絵図。ただ、実は爆破の対象に子供は含まれていない。

 それ故に赤い女の物語は、語り継がれていく。

 彼女がそうしているのは、物語のキャラを狙っているからでなく、そっちの方が多くの血を吸えるからだ。

 必然的に男の方が爆散率は高くなる。

 とは言え、突然両親を失った子供にとっては地獄に違いない。


「はぁ…。全く煩いわね」


 阿鼻叫喚の理由は当人にあるが、勇者の居場所を教えない人間が悪いと勝手に思っている。


 ──こんな感じに彼女はアングリアに現れていた。


 人間と仲良しこよしがしたいわけではない。

 単にキッザ・ギャスターが煩いから、こっちに来ただけだ。

 一番に挨拶に言ったぞ、と自慢されたし、「でも、レイネリアは見たことないんだよね」と言われるから、仕方なくやって来た。

 勿論、前の世界の自分がここに来た理由なんて知らない。前の世界があったことも知らない。

 因みに、前の世界では勇者アークの活躍が気になって、キッザ・ギャスターより先に彼女が会っている。


「ん?何なの、この感触。…気持ち悪ぃ」


 【吸血姫の絨毯レイネリア・カーペット

 

 彼女の捕食方法の一つだ。すでににぎわっていた十字路に、赤い絨毯が敷かれている。

 対象の血液を操り、自身の体液も操る。そして一気に吸い上げる。捕食の為に人々を爆散させていた。

 つまり、地面を濡らす赤い血液も彼女の一部であり、そこには感覚がある。

 そこに違和を感じた。


「毒?じゃないわね。これは…。──何なの、アンタ。どうしてアタシの…。ん?その髪色」


 ブラッディ・レイネリアが来るかもとは思っていた。

 だけど、来る確証はなかった。デスコンドルが彼女の移動方法で、最近はモルリアの上空に屯しているという噂話を聞いていただけ。


「だけど、流石にあの中のどこから落ちてくるかなんて、…俺には分からねぇわ」


 人間にはミアキャットやワーウルフの姿の見分けが難しいように、魔族も人間の姿の見分けが難しい。

 とは言え、勇者の臭いくらいは分かる。二千年前と更に二千年前と同じ匂い。忘れることはない。


「鳶色の髪。アンタがギャスターの言ってた奴ね。で、勇者はどこよ」

「教えるわけないだろ。俺たちの希望なんだぜ」

「それはそうね。でも、アタシが誰だか分かっていないみたいね。これをこうしたらどうかしら…」


 パシュン‼


 何かが弾けた。そして、レイネリアは目を剥いた。


「…は?避けた。っていうか何、それ。アタシの力が逸れた?ってか、さっきから何なのよ‼なんか、気持ち悪いんだけど‼」

「何言ってんだ、お前。スライムは魔王様の体液だぞ」

「な…。その噂って」


 更に美女の両肩が、むき出しの白い肩が跳ねる。


「…やっぱり本当なの?」

「部分的には本当」

「何よ、部分的にって…。それに…、ふーん。アンタの体からはオトアナンの臭いがするわね。上級悪魔が殺されたのは、アンタの仕業。成程ね、悪魔をよく知っている。それなら納得だわ。だったら、そっちの女‼…って、なんでアンタも妙な服着てんのよ‼」

「…先生に言われたから」

「いや、大丈夫だって。ちゃんと塩で水分を抜いて、濃密にして魔物羊の毛糸に馴染ませただけだから。濃厚な魔王様の体液を味わえるって。お前たちの希望でもある魔王様だろ?」

「それとこれとは話が違うのよ‼…いいわ。今回だけ我慢して…す、吸ってやるんだから。って、今度は何?アタシの絨毯…」


吸血姫の血刀レイネリア・ブラッド

 

 移動したのか、それとも流れてしまったのか、二人の足下には血液がなかった。

 だから、攻撃も兼ねての足場作り。この血界の中に居る限り、レイネリアは相手の動きを読める。どこに居ても。


「は?何よ、それ」


 だが、新たに出た血液も崩れ落ちる。


「二千年もあれば、新たな薬草が発明される。それにモルリアにはエルフの森で取れた珍しい草がたくさんあるんだ。ま、偶々俺のポケットに入ってたんだけど」

「それ、絶対に盗んでます。先生」


 とは言え、その言葉は悪魔の怒りを買った。


「その程度でアタシに敵うと思ってるの‼」

「リン、お前は離脱だ。ここからは俺一人で行く‼」

「…はい」


 血液を溶かす薬草、医療用に使うソレ。だが、レイネリアに対しては大きな武器となる。

 前の世界で対レイネリアにと、イザベルが考え出した方法。結局、とどめは刺さなかったのだけれど。

 レイネリアには初見だが、彼女はソレが自分の命に届きうると瞬時に理解した。

 だからこそ燃える。あのギャスターに「は?倒したけど?」と言ったら、どんな顔をするだろうか。

 あの子供悪魔は鳶色髪が育つのを楽しみにしていたから、怒るかもしれないが。


「あの子は怒るかもだけど、アタシは楽しいじゃない?その女はどうでもいい。アンタ、死ぬ覚悟は出来てるんでしょうね‼」


吸血姫の棘血刀レイネリア・ブラッドスピカ


「うわっ!いきなり本気モードかよ。って、死ぬ覚悟?出来てるに決まってるだろ‼」


 そう。ここまでは二人とも本気で戦うつもりだった。

 そもそも、レプトはレイネリアを無力化させる為に、ここでは会わせない為に先回りしていた。

 態々、ポートアミーゴに寄って彼女を引かせる為の道具を揃えて来た。

 山籠もりをさせたのも、彼らの修行と対話だけではない。

 いつでも四天王と戦えるように準備をする為だった。


「あそこでギャスターが来た。なら、色々変わってるかも、だろ?」

「何がよ。アンタ、人間でしょ?」


 溶血毒に、抗凝固薬。ありとあらゆる手段で吸血姫に立ち向かう。

 今の女神の恩寵は、四天王と戦うには少なすぎる。

 レプトにその力はなくとも、前の仲間たちは辿り着いた。

 それを前借りして、彼は戦う。


「そうだよ。だから、アイツの為に命を張るんだよ‼」


 吸血姫の棘血刀レイネリア・ブラッドスピカは、帯のように伸びた吸血姫の血刀レイネリア・ブラッドから、血中の鉄成分で作り出した刃物を、茨のように突き出す技。

 簡単には躱せない。躱そうと思ったら、絶対に届かない。

 少しでも多くの対レイネリアの毒薬を本体に流し込めるか、それでアークたちの未来が変わるかもしれない。


 レイネリアを滅することはしない。だけど、無力化させるために命を賭ける。

 死んでもいいと思った、…その時だった。


「お待ちください、レイネリア様‼」

「止まるニャ、人間‼」


 紫紺のハーピーと白銀の猫娘が二人の間に立ち塞がった。


「え…?ミーア?」

「にゃ、ウチを知ってるニャ‼」

「知っているに決まっているでしょ。私たちは一度会っているんだし」

「あ、そか。あの時ってそうだ。そういや、会ってるのか」


 人間も魔物の区別はつきにくい。それにあの時のレプトはまだまだ子供。

 巨大ハーピーと巨大猫女、見る角度も違って、ハッキリとは分からなかった。


「で、どういうつもりかしら、モーラ。今、物語なら最終巻くらいだったんだけど?」


 実は紫紺ハーピーのモーラと、白銀ミアキャットのミーアに戦いを止めさせられていた。

 そして、理由は。


「この人間は…、色々おかしいのです」

「おかしい…。確かにおかしいけど、それが何?アタシに関係ある話?」


 モーラとミーアの役割は勇者の監視。だが、勇者を監視する際に、どうしても目に留まる人間が居た。

 それがレプトだった。それは当然、そうなるのだが。

 だけど、それと戦いを止める理由が繋がらない。

 レプトにも分からない。こんなことになっていた、とは。


「関係はないかもしれません。ですが、この者。人間にしては色々なことを知り過ぎています。」

「確かにアタシの弱点をいっぱい持ってたり、アタシがスライムを吸いたくないってことも知ってたような…。だから、アタシも燃えてんじゃない。コイツを倒せば、ギャスターに…」

「魔王様のことも、もしかしたら…」

「モーラ‼アンタ、それは…」


 鳶色繰り返し者の耳朶を刺激する言葉だった。だから。


「…モーラ。魔王にも何か変化があるのか?」


 そう聞き返した。すると猫キック。どうにか両腕ガードするも、流石はエリート猫。


「ニャ‼聞いちゃダメニャ‼」

「ぬわっ‼」


 ドッゴーン‼と、壁に激突する。女神の恩寵のお陰で死にはしなかったけれど、慌ててリンが駆けつけるほど。


「先生、大丈夫ですか?今すぐ回復術を…」

「ほら。アンタたちが来るからグチャグチャになっちゃったじゃない」


 さっきまでの熱が冷めてしまったレイネリアと、回復をしてもらいながら顔を顰めるレプト。


「どういう…ことだ?」


 今まで、歴史の変化が起きたのは、レプト自身が魔物に食べ物を献上したからだと思っていた。

 だが、それ以外にも、原因があったではないか。それさえ、自分のせいにして呑み込んでいたことに気付かされる。


「その前に…。そこの人間。…お前が目指す未来は何か。それを教えてくれるかしら?」

「はぁ?モーラ、どうしたのよ。そんな決まって…」

「ハッピーエンドは人間と魔物の共生だ。…アークをそこに導く。それが俺の仕事だ」

「人間と魔物の共生?そんなの…」

「アークならそれが出来る。だから、ここまでやってんだ」


 レイネリアはうろんな目を少年に向けるが、少年は真剣なまなざし。

 ただ、この質問にはあまり意味はない。そも、証明しようがないこと。

 そこで猫の登場。


「お前、さっき。魔王様にもって言ってたニャ。どうして、も何にゃ?ウチは人語苦手だから聞き間違えかニャ」

「いえ、確かにそう聞こえたわ。も、ってことは他にも何かあるのね。それを教えてくれるかしら」

「嫌だ。なんで、教える必要がある。それに魔王に様はつけてないし」


 更に猫。


「話が進まないニャ。先ずは力で…」

「で、賢いミーアはあの魔王様をどうしたいって思ってる?」

「そう…ニャ。ウチは賢いニャ。ウチは魔王様にもっと大人になってもらいたいニャ」


 困り顔の猫。


「な…。マジ…?」

「マジニャ。今の魔王様だと魔王軍がバラバラだニャァァ。…は‼ウチ、何も言ってないニャ‼」


 最後は驚き顔の猫で、美鳥女は器用に翼を竦めた。


「成程。ミーアのことを知っている。そして、さっきの反応。レイネリア様の話。全部を足すとやっぱり…」


 モーラはミーアのようには行かない。

 ここでレプトも観念した。


「そういうことだよ。俺は二周目だ。モーラの兄がズーズでミーアの兄がガロってことまで知ってる」

「にゃにゃ‼コイツ、魔王軍に入り込んでるニャ‼」

「アンタたち、ずっと監視してたんでしょう。もしも入り込んでいるとしたら、ミーアの目は節穴ね」

「ウチは猫目だニャ?」


 レイネリアは肩を竦め、レプトに半眼を向ける。 


「はいはい。猫目だったわね。ねぇ、アンタ。ここまで来たんだし、アンタの言っている『も』も教えなさいよ」


 そして、レプトも半眼を返しながら、決断をした。

 そも、これを言っても意味があるかは分からないのだが。


「…勇者にあった筈の前世の記憶がない。そのせいで色々難航してる」

「ニャ‼魔王様とおんなじだニャ‼」

「ミーア?」


 ニャ!と尻尾を立てる白銀猫はさておき、と。

 レイネリアが首を傾げる。レプトも同じく首を傾げる。


「人間には前世の記憶なんてないでしょう?」

「魔王って封印されてるだけで、死んではないだろ?だけど、そう言えば──」


 …では、勇者の送別会を楽しむが良い。だーーっはっはっは。人間共よ‼震えて眠るがいい…。……人間共の反応が悪いから気にくわぬぞ、ベルゼルスギルス。…何?まだ、終わってない?もう良い。早く切れ…全く…


「大聖堂に現れた魔王、随分子供っぽかったような…。そう言われて思い出してみると、まるでベルゼルスギルスに言わされていたようにも思えるな」

「ちょっと。それだとアタシたちの聞き損じゃない。そもそも人間には…」

「それが在ったんだよ。とびっきりの前世の記憶。世界の混沌精錬溶媒液スライムだった時の記憶がな。アークだから、人間と魔物の共生を成し遂げた。でも、時間が戻ってしまったんだ…」


 自分のせいで、とまでは言えなかった。なんでこんなことにと顔を顰める。


「噓か本当か分からないけど、アタシたちにも優しい勇者。で、そこに神の意志が介在しているのは間違いなさそうね」

「アリスとエリス。それぞれと繋がる存在が同じ症状…」

「あぁ。…これはその目で見てもらった方が早いかも。リン、ちょっと頼まれてくれるか?それと俺は人探しか。レイネリアにも頼みがあるんだけど、やってくれるよな?」

「なんで、そんな力でアタシに頼めるかは知らないけど…。いいわよ。魔王様の為と思って引き受けることにするわ。アンタたちは今まで通り遠くで見てなさい」


 これが、裏で起きていたこと。


 勇者と魔王。


 対となる二つの存在が、何故かおかしくなってしまった世界だった。


 つまり、一番の迷子はレプトだったりする。

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