第27話 選択を問うお告げも出します
次の舞台は、名前だけ何度も登場したモルリア諸侯連合である。
ウェストプロアリス大陸の南側で、元々は漁業が中心に行われていた地域。
ソルト山地の拠点から南下するとモルリア諸侯連合の西側、即ち連合議長の領地であるダラバン領に辿り着く。
「本当にいいの?ギルガメットはだって、王子様でしょ?」
勇者アークは北と南、それから右と左を眺めながら、後ろの大男に話しかける。
「ふがふが…ふがふがふ(構わんさ。今は勇者の一人で、王子の名は捨てたのさ…)」
輝く宝石のようだった赤毛はくすみ、クモの巣が絡まっている何か。
目の下に大きなクマを作った髭ぼうぼうの知性も何も感じさせない男が、何と声を発した。
「あの…。本当に大丈夫…ですか?お二人とも」
あぁ、これは人間だったのだと、シスターは慌てて声をかけてみた。
そういえば、アレは王子様とお姫様だったかもしれない。
「大丈夫…よ。女神様の…お言葉…だもの…。一か月の野宿が義務づけられたって、私はお姫様で居られるのよ。…お兄様と違って」
赤毛のアレは、早くから獣化していたが、濃い金髪のお姫様は自然界のありとあらゆるものを使って、体を清潔に保ち続けた。
アークとギルガメットはその姿を見ていないが、マリアからのアドバイスのお蔭には違いない。
スライムと岩塩を用いた、体の洗浄である。
「アレはきっとこれからのトレンドになりますわ。私が…、いえ誰かが発明したことにしましょう…」
「そ、そうですね。でも、驚きでした。お二人ともここまでのことをされるなんて」
「女神様が見られている。それって凄いことでしょう?」
「た、確かに…。そう…です、よね。主はいつも見ておいでです。」
そもそも、そういうものだった。
両親を知らないマリアが教えてもらったのも、それ。
主が父であり、母である。いつも見守ってくれている。
そして、声が聞こえた。
——南西。最果ての村に金色の髪の子供が生まれる、と
アリスの星が輝くと、大聖堂は動き出す。勇者がもうすぐ生まれると伝えて回る。
皆は行動が読めぬ子供を守る為と信じているし、実際にその通りだが、一人しか子を産まないように徹底させるのは、勇者が誰かを分かりやすくする為でもある。
私は女神アリスの声を聴いた。私も見て貰っている。私はとっても嬉しかった。
「なんか、ストーカーされてる気分だもん。マリアにとってはこれが日常なんでしょ。よく耐えていられるわね」
「う…。め、女神様…ですから…。女の方…ですし」
そんな話をしている時だった。
「ふがふ…ふがふが…」
「え?ほんとだ…」
野生語まで理解できる勇者様、というよりぼうぼうに生えた髭のせいで隣を歩くアークにしか聞き取れないだけだが。
「マリア様。また、ありました。女神さまからのお告げです‼」
場所はソルト山地を抜けるところ。
そろそろ魔物の羊の群れが見えてくるころ。
その魔物の羊の毛に手紙が絡まっていた。
アークは16歳。だけど、まだまだ幼い。隣に立つ山男とは3歳くらいしか違わない。
顔も幼く、髭も色素が薄いからか殆ど目立たない。
レプトはアークに身綺麗にすることの大切さも教えていたのか、彼も何処かで体を洗ったり、髭を剃ったり髪の毛を整えたりしているらしい。
「え?女神さまが羊の毛に絡ませたってこと?」
「いえ。もしかするとこの羊から手紙が生まれたのかもしれません。ほら、山羊とか紙を食べると言いますし…」
闘技場から、っていうか最初からだが、お告げという伝統を利用して、悪ふざけしているようにしか見えない。
そして、アークは見つけるたびに幼児化している気がする。
姿が見えないことで、一層に彼を求めるようになってしまった。本当の父親として。
「勿論、このお告げは新たに勇者になる者へ向けたモノとは分かっているのだけれど…」
手紙を持ってくる愛らしさで、やはり自分には母を見ているのかと思ってしまう。
母は、ちゃんとミネア村に。それこそ、山の向こう側に居た筈なのに…
「ふがふが‼」
「そうよ。何が書いてあるの?次は何をしろって?」
「ちょっと待ってください。毛が絡まっていて。…できました。それでは読みます」
二人にとっては、まだまだ緊張の瞬間なのだろう。
確かに馬車での車中泊はどうかと思ってはいた。冒険者は冒険の最中で休息を取らなければならない。しかも、その間も集中力は欠かさない。
もしくは役割分担を決めるなど。間違いなく必要な事。だからマリアも自信をもって…
「この羊は魔物だそうです。そして、この魔物羊の毛を使うと泡立ちが良いから、もっと肌が綺麗にな…、…は?」
ビリリリリrrrrr‼と、マリアは手紙を勢いよく引き裂いた。
このスケベ‼ちゃっかり覗いてじゃないわよ‼
「ちょ。マリア。女神さまの手紙をそんな風にしちゃダメじゃない‼あ、もう‼何が書いてあったのか、分からなくなるでしょ?」
そして、勢い余って手紙をバンバンバンと踏みつけていると、フレデリカが止めに入る。
「ふがふが‼ふがふ‼」
そこでお兄ちゃんが土汚れも気にせずに、彼女の足元から手紙を剥ぎ取った。
フレデリカがシスターを止め、そのシスターが目を剥く中、アークがどうにか手紙を復元して、ふむふむと目を通す。
そして、ポンと手鼓を叩いてこう言った。
「モルリアは逆に身綺麗にしないとダメって。ギルガメットさん。そこまでしろとは言ってないって書いてます。ちゃんと髭を剃りなさいって。…え?この先にギルガメットさんのおばさんが住んでるんですか?」
「そうよ。私にとっては義母にあたるけどね。…確かに。お兄様、そろそろちゃんとしなさい。モルリア人に舐められるわけにはいかないの。っていうか、マリア。あんた、ちょっとおかしいわよ?」
…は⁉私は一体何を…。そ、そうよね。今からモルリアに行くんだし。特にあの野獣はどうにかしないと、家族関係に罅が入って…
「で、ですよね。私も寝不足で疲れて…」
「ほら。ちゃんと貴女のことも書いてあるわよ。シスター、気にしなくてもこれからもっと成長するですって。まだまだ伸びしろがあるってことかしら。って、シスター?」
確かにフレデリカ様を見て、体型を気にしていた!っていうか、なんで知ってんのよ‼やっぱ覗いてんじゃないの‼あー、もうどうでも良くなってきちゃったなぁぁああ
「ほげ‼」
「殿下、何を言っているのか分かりません‼とにかく、こんなのは無視して行きます。私とアークは十分に強いんですからね‼」
いや、それはどうだろうか。
そもそも、この手紙を書いた時、間違いなくレプトは真剣な顔で書いている。
理由は勿論、前の世界の出来事に由来している。
「ダラバン様の御屋敷で休憩して、身綺麗になって、ポートベローナに向かうんですのよね。これ…、どういうこと…ですの?」
巻き付いた毛から取り出した手紙。実はそこに小さな封筒がついていた。
「どういうことって。どうせ、そのままですよ。寺院に居るダーマン様を迎えに行く。そこでまた同じようにお告げが…」
「だぁ…。やっと髭が切れた。…待てよ。これは女神のお告げだ。俺達には読む義務があるだろ」
赤い髭をどうにかして切っていたらしい彼が言う。
赤いから、皮膚の一部を斬ってしまったのかと空目をしてしまうが、器用に切りそろえてあった。
「義務は…確かに…」
「よく見ろ。この封筒はアークに開かせるなと書いてある。だから、アイツが離れていったんだ」
「な?レ…、レアな女神アリス様がアークに読ませない?」
だが、二人が伝家の宝刀の如く突き付ける封筒には、『仲間三人が先に読んで、それから勇者アークに見せるか考えるように』と、しっかり書かれている。
「レア?ここまで来ると、パンと変わらない存在に思えてくるけど」
「それも俺達が勇者になったからだ。…どうする?」
「…本当。でも、大した事なんて…」
「マリア、さっきからおかしいわよ。貴女が言ったのよ。女神様は私たちの身を案じているって」
マリアは目を剥く。だけど、書いている人間が誰かを知っている。
でも…。今までの忠告はちゃんと身になっている。アークとマリアにとって甘すぎたというだけ。
そもそも、ギルガメットとフレデリカを鍛える為の道のりだ。
気が緩んでいたのは、誰か。
「私、ちょっとだけ読んじゃったの。アングリアを通るか通らないかって話…だったんだけど」
アークに見せるなという封筒だから、つい目を通してしまったフレデリカ。
だけど、彼女は険しい顔になって、途中で読むのを止めてしまっていた。
「前の世界線に近くなってきた…?どういうことだ」
「きっと女神様の基準なのでしょう。お兄様。その先を…読んでくださいまし…」
二人が真剣に睨む手紙。マリアはまだ、どういうことか分かっていない。
順調すぎる道のりで、勇者の冒険の意味を見失っていたのかもしれない。
「アングリアを通るか通らないか。三人で決めて欲しい…。前の世界ではアングリアに四天王の一人…、ブラッディ・レイネリアがそこに現れた?…そうか。前の世界というのは二千年前の話…か」
「お兄様、その続き…」
「彼女はアングリアを血の海に変えた…だと?そんなの止めねばならないだろ‼何を当たり前のことを…」
「で、でも。二千年前のこと…よね。今回もそうなるとは…」
そしてマリアは立ち尽くした。今までの手紙をすべて忘れてしまう内容。
今まで考えていた手紙の意味さえ変えてしまうほど。
私は…、浮かれていた…の?前の世界は前の世界。そして…、勇者には仲間が必要。
だから…、この道を通して距離を縮めさせた?あのまま南、ではダメだった理由…
「大聖堂を襲ったキッザ・ギャスターも四天王の一人で、レイネリアはアレより強い。…先に対処しようにも、レイネリアは人の血の匂いを追う。人々の事前の避難は困難と知れ」
愕然とする内容だった。
大聖堂に現れた怪人の異質さはマリアしか知らない。
「はぁ?キッザ・ギャスターって大聖堂を血の海に変えたって言う…。…人狼、か。奴は暫く姿を見せていない。モルリアに潜伏しているかもしれないな…」
どうしてそうなる‼と、口から出そうになる。
過去の言動が彼らにそう思わせている。レプトの前に必ず魔物が出現している。
彼の言動が呼び寄せているのかもしれないが、今回は違う。
「続きを読んでください‼」
「続き…か。いいぜ。…前の世界、勇者は仲間の制止を振りきり、彼女に挑もうとした。そこで、今から向かう街で仲間になるアイシャという娘を失っている。勇者は彼女の死に絶望し、残った仲間たちが彼を連れて逃げた。」
「アイシャ?それってアイシャ・バレットのこと?バレット家は確かに魔物否定派で、お父様とも仲が良いのだけれど…」
「そんな訳ないだろう。これは前の世界の話だ。どうやら前の世界の勇者は魔王軍の四天王に敵わず、逃げたらしいが…。魔物否定派の領主は守らねばならない」
マリアは目を剥いた。つまり、これは必ず負ける戦い。
彼らを説得して遠回りをするか、それとも負けると分かっている道を歩むかの二択。
こればっかりは指示して欲しい。
だけど、レプトが指示したが最後、アークは必ず彼に従う。
またしても彼女は更に眼球を剥く。
「これを決めさせるのが、私の…役目?」
勇者の巫女、女神の巫女とはそういう役目。
だけど、やはりあそこで『南へ行け』とだけ書くのは間違いだった。
「何を言ってるのよ。私たちで考えなさいって言っているのよ」
「言っている意味は理解しているつもりだ。正直、言ってまだ勇者の風格はない。いや勇者とはそういうものなのかもしれないな」
「彼がいないと、私たちも力が失われる。ちゃんと考えないと、本当に世界が終わるわよ」
山にあれだけ篭らされたら、嫌でも仲良くなる。フレデリカとも気軽に話が出来るようになった。
ギルガメットが結構脳筋なのも分かった。王家の皮を剝いでみたら、普通に話が通じる人たちだった。
彼に話す前に一緒に悩んでくれる。
「そう…ですね。上位クラスの魔物も二千年で復活すると言われています。女神が言っている以上、現れるとみるべきです」
「成程。同じ悪魔が復活するなら、そう考えるべきね」
「アングリアを避ける場合、東へ向かって街道に出ることになる。その道ならそのままポートベローナへ行ける」
後の世を背負って立つ者たちだから、世界の状況は頭に入っている。
アークという存在を認め、それでいて責任を持つ立場の二人。
前の世界のアークは、この二人から世界を学んだのだろう。
彼の前世はあのモンスターなのだから。
「確かにこのメンバーならハッピーエンドに迎える…かも?」
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