第26話 指示はどんどん出します。

 ソルト山地はアークにとっては親しみがある。

 殆ど連れて行ってはもらえなかったけど、空を見れば基本的にソルト山地が目に入った。

 因みに、ソルトが塩から来ていたなんて、あの頃は知らなかった。


「向こう側には奇麗な水が流れてたのに、こっちは殆ど塩分。それに穴ぼこだらけ」


 着馴染みのある革の鎧に着替えて、準備運動をする。


「この地域の魔物は即死系の強い攻撃はしないので、基本動作の確認につかう」

「なんですの?それも女神さまのお言葉ですの?」


 何着も持っているシスター服に着替え、その上からプロテクターをつける。

 そして、教本を読んでいるとフレデリカが覗き込んできた。


「いえ。これは大聖堂で教わることです。どこの地域で勇者様が生まれても、先ずはここに連れて行く。それが昔から伝わっています」

「ふーん。でも、強い魔物と戦った方が恩寵は大きいのですわよね?」

「…半分だけそうですね」

「半分?どういうことですの?」


 実は半分どころではなく正解。

 だけど、実感してしまったのだから、やっぱり半分だ。


「普段から器を大きくする努力をしていた方が、恩寵がすんなり馴染む気がします」

「あ。それ。僕も分かります。動くにしても魔力を使います。神経を先に通しておくとそこに流れ込んでくるのを感じるような…」

「気がしますとか、感じるような、とか。漠然としてないか?俺は元より鍛えてる。いつでもお前と戦ってやるからな」

「う…。その時はお願いします。僕も…せっかく鍛えたので」


 そして準備運動も終わったところで、魔物討伐に出かける。

 と思ったら。


 スッ…


 シスターの指がとある木を指し示す。


「え…?マリア…さん?アレは…何?」


 フレデリカの顔が引き攣る。

 そして、マリアがスーハーと大きく深呼吸をする。


「恐らく。いえ、間違いなく。女神さまのお告げです」

「え?そうなんですか、マリア様‼い、いつの間に?」

「今、見つけました。昨晩は暗くて見えなかったのですが、あの木に括りつけられていたようですね。誰か見ていなかったのですか?」


 全員が首を横に振る。アークはさておき、ギルガメットとフレデリカは女神のお告げだと信じている。

 昨日の今日にお告げって、どんだけ監視されているんだよ、と引いてしまう。

 とは言え、勇者アークは満面の笑み。

 その笑顔に心で溜め息を吐きながら、今日のお告げを発表する。


「一人ずつ。人食い大ネズミを10体、トリホーンラビットを30体、アンデッドッグを30体。グリーンスライムを50体。グリーンスライムは毒を持っている前提で倒すこと…」

「へ…?女神様ってそんなことまで指定するのかよ」

「って、そんなの兵隊にさせればいいじゃない。私は嫌よ。アークが代わりに戦ってー」

「フレデリカ様がアークに勝てたら、それでも良い…とも」

「え?私の名前…、ちょっと貸しなさいよ。…え?本当に書いてある…。だって、そこの木に括りつけられていたのよ?ここに馬車を停めてって言ったの私…だし」


 恐るべき女神の力。女神は彼女がここに馬車を停めたいと言うことを知っていたのだ。

 東側から上った時に、何度か馬休めが入り、途中でお腹が空いたと駄々をこねることまで、女神さまはお見通し。


 っていうか、今更だけど。

 レプトが未来から来たって信じずにはいられないわね。


「んじゃあ、俺からアークと戦うか。どうせ戦いたいと思ってたしな」

「え。いいけど。フレデリカ様とじゃなくていいの?」

「俺は俺、フレデリカはフレデリカだ。俺の後はフレデリカ、それでいいな?」


 すると、マリアはこくんと頷いた。

 因みに、ちゃんと書いてある。そして、その結果も…


「おーし。客が御者しかいないってのは納得いかないが、やっと戦えるな」


 二人ともレザーアーマー。勿論、レザーアーマーでも軽いわけではない。

 それなりにズシリとくるし、何より盾が重い。

 だから…


「は?…だ‼いや、マジで?いやいや、俺はウラヌ王軍の中でもぉぉぉおお‼」

「ゴメンなさい。…あれなんです。女神の恩寵が…、違い過ぎて。多分、…えっと」


 こんなことも書かれているのだろう。


「アーク。恩寵をなるべく使わないように意識しなさいって」


 すると彼は両肩を跳ね上げ、背筋も伸ばして「はい‼」と良い返事をした。


「でやぁ‼」

「く…‼」


 それから漸く戦いが始まる。


「これはハンデって言わないよなぁ」

「はい。だって、女神さまのお告げ…ですからぁあ‼」


 互いに一般兵が持つような武器。

 女神のお告げの効果は絶大と言うべきか、あれだけ無理だと思っていた王子と姫との距離が一気に縮まった。

 確かに候補に入っていたし、前の世界では最後まで一緒に居たメンバー。

 それはそうだろうけれど。


「ギルガメット様、ここに隙があります‼」

「馬鹿め。そこは俺の…」


 剣で盾をうち、盾で剣を受け止める剣闘士のような戦い。

 あの時にあんなことがなければ、こんな光景が──

 なんてことにはならないだろう。

 あれは予め決まっていたこと。そして…


「は?今のは違うだろ‼」


 やろうと思ったら、あっという間に終わってしまう。

 それほど、ブレンは強い。レプトに言われたからとはいえ、あのブレンに二か月半も戦いを挑み続けた。

 足りていない。けれど、可能性を持っている。いや、可能と言うべきか。

 ギルガメットが用意していた、盾を突き出す癖のフェイク。

 アークはそれを指摘した瞬間には、その盾ではなく剣の方に打ち込んでいた。


 そして…、その時。


「…え?」

「あ…‼」


 アークに隙が生まれた。マリアもつい目を逸らした。

 そして、弾かれた剣を握り返したギルガメットは反撃…、とはならずにアークのシールドバッシュをまともに喰らって、 今度は彼自身が吹き飛ばされた。


「マジ…かよ。あぁあ。逆に良かったわ。そんな良く分からない型で攻められたら、あの時も俺は負けてたなぁ…。って、アークも何か言うことないのかよ」


 戦いに関して、ギルガメットは素直に受け入れる性格をしている。

 自分の強さや弱さに言い訳をしないタイプだ。勇者に成って少し調子に乗ってはいたけれど。

 その仕草に笑顔で答える少年アーク。


「はい。僕も楽しかったです」

「清々しい笑顔だな。まぁ、いいさ。いずれ追い抜いてやるからな」

「僕も負けません。それで…」


 さて。今回、最初に戦う予定だった彼女は…


「私?私は…」


 そして、ここでも。

 いや、今度は違う形で。


「そんな笑顔を向けられてもやりません。お兄様の方が強いの。私じゃ話にならないわね」


 案外、潔い彼女。とは言え、彼女の声の後ろから、とても小さな音でスパーンと何かが弾けた音が聞こえていた。

 その度にアークはマリアに笑顔を向ける。

 マリアは一応笑顔で返すが、本当は顰めたい。


「私はノルマやってくるわね。お兄様も行きましょう」

「あぁ。そういや、魔物と戦ってないしな」


 そして気付かずに二人は魔物を探す。

 だが成程。実はそういう訳だったのだ。


「これ、そういうことですよね?」

「それしかあり得ないですね。私たちは魔物と戦っていないのに、女神の恩寵が注ぎ込まれた」

「うん。僕に女神の恩寵の出し入れをしろって言われた時に感じました。ってことは…」


 マリアの前でキョロキョロと見回す勇者様。

 いや、流石にあれは偶然だろうに。と思ってはいるけど彼の影響で瞳は泳ぐ。


「近くはないけど、遠くでもない。そこにレプトがいる…。僕もノルマやってきます‼」


 見つかりはしなかったけれど、確実にいる。

 女神の恩寵にはそんな使い方もあるらしい。

 勿論、マリアは違う意味で捉えているが。


「リンが特訓してる…。私も負けていられないわね」


 そして彼女も負けないように、鳶色の髪の女神様…?のノルマをこなしに行く。

 だけど、やっぱり文句は言いたい。

 気持ちは分かるけど、言ってやりたい。

 一回目の恩寵はどっちかは分からない、っていうかリンのモノだろう。

 だけど、二回目は間違いなく彼が射た。間違いなく彼が居た。

 

「冒険のはじめ、ここは強い魔物も集まっていた。予定通り勇者様をお守りしていた私に言う資格はないかもしれないけど…」


 山の向こう側、そしてやや北側。

 そこに兵士を並べて、強い魔物が寄ってこないようにした。

 それと同じことを彼は一人でやっている。


「本当に甘やかしすぎ。確かにお姫様はいるけど、お姫様プレイをさせすぎよ。あと…、ちょっとは顔見せなさいよね」


     □■□


 黒髪の少女は得物に狙いを定めていた。

 人食い大ネズミは食べたくないし、そもそも腐っているアンデッドッグと、魔王の体液と言われたグリーンスライムは食べたくない。

 だったらトリホーンラビットしかいない。


「うーん。あ…」


 長めの弓を構えて、狙いを定めていると何処かへ行ってしまう。

 そこでふぅ…と息を吐く。


「諦めるのが早すぎ。遠距離武器なんだから、ゆっくりでいいんだ」


 先生はそう言うが、既に何匹も仕留めている。

 彼が言うには、ここで修行を積むとおこぼれを貰えるらしい。

 だけど、それだけでは勿体ないから、修行の続きをする。


「でも、魔物を食べるなんて」

「魔物だって人間を食べるし、人間の食べ物を食べる。それにトリラビは結構うまいぞ。普通のウサギに比べてちょっと大きいから齧り付ける」


 そう言われるとお腹が空く。

 ロージン地区はアンデッドッグ率が高かったし、マジックラビットは魔法を使うからか、小型が多くて食べるところが少ない。

 そして、考えていたら集中力が湧いてきた。


 ここで。


 ストッ…


「あ、やった…」


 だが、その瞬間だった。


「あ、コラ‼」


 自分が射たのに、それを狙う大きな鳥が見えた。


「リン。声をかけるな…」


 先生は懐から小さな弓を取り出して、横取り鳥をミイラ取りミイラに変えた。

 そして、その小さな弓を腰の留め具に戻す。


「先生のそっちの方が簡単そう」

「そう?じゃあ、使ってみ?ただの短弓じゃないんだけど」


 ぽいと渡されて、構えてみると異様に重く、異様に弦も重かった。


「王国兵のコンポジットボウを偶々持ってたから使ってみた。結構、良い奴みたいだから、貰ったんだ」

「え。それ、泥棒」

「リンはやっちゃダメだぞ」

「うん。でも、これは使ってみた…」


 その瞬間、トン‼と音がして、鳶色の頭が間近に迫った。

 そして、黒髪を優しく撫でた後、ぐいっと押し込まれ、何処かで怪鳥の鳴き声がした。


「デスクロウ…。この山にはいない筈なのにな…」


 そう言った彼は再び、ポンポンと頭を叩き、今度は素材の違う小さな弓を突き出した。


「これは…?」

「鞄に入ってた。いや、スロットの方…かな」

「スロットって?」

「リンも慣れたら分かるよ。そっちの短弓の方が扱いやすいかも。長弓の方がくすねやすいけど、練度が必要だしな」

「せんせ?」

「なんでもない。どうしても癖が抜けなくて…」


 と言うより悪化していた。女神の恩寵が入ってから重症化していた。


「生態系が変わった…。やっぱ俺のせい…かも。念のために駆除はしておくか。アイツらにはまだ早いし」

「先生は…戻らない?」

「俺よりもリンを戻したい…かな」

「え。やだ」

「やだって。アークがいるんだぞ」

「えっと。それは…」


 そんな駄々をこねていた。そのとき先生は何故か寂しそうな顔をしていた。


「…未だに分からない。道をなぞってても…ダメ、なのか?」


 そしてまた、同じことを言った。

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