第25話 ソルトシティの置き土産

 ウラヌ王国王都ウラヌスでは盛大なセレモニーが開かれた。

 その時も話題になっていたのは、鳶色人狼である。

 とは言え、勇者の顔も立てなければならない為、レプトの名前は使われなかった。


「悪魔故、誰かに成り代わるは必然です。誰がではなく、何がそこにあるのか。皆も心に刻んでください」

「そして、我が兄が魔王の野望を必ず挫きます。その時こそ、私たちは安心して隣人と笑い合えるのです」


 お飾りの少年少女はさておき、両殿下が人々に説いたのは、人間に成り代わる悪魔の存在。

 自分たちが騙されていたことを棚に上げて、人間になれる存在がいるからレプトの名前や容姿は関係ないと締めくくった。


「ここで戦った英霊たちに黙とうを捧げます」


 そして直轄地を抜けた先の大都市ドメルでも同じ。

 寧ろ、ここでの演説の為に作り上げた、漠然とした存在『人狼』

 入り込んだ悪魔はガラルただ一人とは考えられない。

 だからこその


「匿名通告法そして五人組法をドメルラッフ公にも承諾して頂きました。残念ですが安寧の為には仕方がないことなのです」

「私たちが真の平和を必ず勝ち取ります。私たちも戦っています。ですから、皆さまも日々を戦ってください」


 赤毛の王子と濃紺の金色毛の姫。

 二人とも眉目秀麗、長身でスタイルも完璧。更には勇者の血を受け継ぐ由緒正しい血筋。


「父さんの死は…、やっぱりレプトのせいじゃなかった」

「勇者様の直感は当たっていたということです。私も何処かですれ違っていたのかもしれません。内部に悪魔が侵入したのは間違いありません」


 レプトが掴んだ情報では、やはりレプトも原因だった。

 食べ物を貢いだ行為が、人間を操ることは容易いと、彼らは知ってしまった。

 ただ、その比較が出来るのは彼だけ。しかも、それを教えたのは前の世界のアーク。

 とは言え、前の世界と比較しても意味はない。

 そも、今のアークとマリアには教えていない。


「双方ともに悪くない。悪いのは全て魔王軍。因って、ドメルラッフ公…」

「分かりました。では、開門を——」


 闘技場のある王の直轄地イカロスから、一度王都ウラヌスに戻り、ドメルの街を経由して、彼らが行くのはソルトシティ。


 そこでは。


     □■□


「違う。そうじゃない」

「でも、父はこうやってました」

「アレはパワー系だから出来ることだって。そもそもリンの体よりも太い腕だぞ」

「私の体…。は‼その目はセクハラです‼」

「違う‼そんな目を向けるか」

「…でも、嫁にそういう目を向けるのは、悪いことではないぞ」

「って、親父は出てくんな‼そういうんじゃないから」

「よ、嫁…」

「でも、旅に出た息子がリンちゃんを連れ帰ったんでしょ。ね、リンちゃん?」

「た、確かに…。私は先生の故郷に…。でも、私にはアーク様という心に決めた人が…」

「母さんも出てくるな‼そう言うこと‼リンにはアークが居るんだから。邪推はするなって。…ほら、続きするぞ」


 勇者と一緒に旅立ったのは、ソルトシティの英雄。

 彼が女を連れて帰ってきたのだから、こうもなる。


「え?アーク様って勇者様?つまりレプトは勇者様の女をNT…」

「二人とも出てけ!…ってか、既に女神の恩寵を感じてたんなら言えよ」

「…こ、これは私だけの特別なものだと…勝手に…。つまり、アーク様の愛を受けていたのは私だけではなかった…。先生にも愛を。勇者様とはそういう…」

「お前も俺の両親の影響で恋愛脳になるんじゃあない‼…アークはそういうのに疎いから今は考えるな。…で、続きするぞ」

「でも、さっきから柔軟体操しかしていないような…」

「ブレンも柔軟はしてた筈だぞ。ただ、固いだけじゃないからな。それにリンのその綺麗な黒い髪と黒い瞳はかなりの魅力だ。東の大陸に行って、更には極夜地帯に近づかないと見ることが出来ない色…」

「え…。私の髪…。そんなこと言われたの…」

「なんだかんだブレンの動きを見てたのは大きいしな…」


 闇に紛れるにうってつけだ。


「瞳の色も褒められたこと…」


 基礎は出来てるから、実はかなり伸びしろがあるかも…


「良し。夜になったし、そろそろ行くか」

「ふぇ?え、えっと…その…」

「アークたちも予想通り、こっちに向かってる。見つかったら面倒だし」

「あ…。そ、そう…ですよね。わ、私は一途…ですから…」


 この世界でブレンに命を助けられたのはレプト。

 だから、ブレンの代わりにリンの親代わりになろうと決めている彼。

 彼は、現在進行形で大混乱中のリンを連れて、ソルトシティを後にする。


 勿論、ポケットに入っていたあるモノを残して


     □■□


 ドメルラッフ平原に作られた無骨な城門の先には、元々はドメルラッフ公の領地だったライ麦畑が広がっている。

 今や、ソルトシティの人間の殆どが、このライ麦で出来ているかもしれない。

 これからは、レプトのポッケに入っていた大豆と芋が植えれられるかもしれないが。


「——というわけで、我々ウラヌ王家はソルトシティの民の自由を約束しよう」


 赤毛の王子の宣言にパラパラと義務感めいた拍手が送られる。

 と言われても、そもそもアイザック伯領民とドメルラッフ公領民、つまりウラヌ国民である。

 端っこで小さくなる少年は、以前に謝ってくれたけど、王子様とか何処に居たの?と不愉快な気持ちになる。

 魔物が勇者を探していた時期の夫婦は、少しでも生存率を上げようと、どうにか隠そうと一人しか作らない。

 だが、王子と姫。二人もいる。

 母親が違うとか、そんな話も知らないから本当なら睨みつけたい。


「どちらが先に手を出したとか、そんなことは忘れよう。さぁ、我が国と共に歩もうではないか!」


 ほんと、彼が釘を刺さなければ不味かった。

 一触即発。第二次塩麦戦争が起きてもおかしくなかった。


「私からも宜しいかしら…」


 そして可憐なドレスのお姫様が壇上に立つ。

 彼女に色々言いたいシスターは半眼になるも、実はフレデリカ姫はマリアと目を合わさない。

 向こうから話しかけないから、こっちも話さない。

 そんな気まずい状況。だが、姫は構わず続ける。


「貴方たちは塩があれば生きていけると聞いております。だったらここで綿花を育てなさい。もしくはお茶を育てなさい。私なら高く買い取って差し上げるわよ」

「フ、フレデリカ姫?」


 無茶苦茶な理屈で、遂に勇者様が彼女に声をかける。

 だが、袖を引っ張られる。とても高い服らしい。

 東の大陸で栽培されている綿花という植物が、服に変わるらしい。

 確かに、姫の言う通り。ここで栽培可能なら良いお金になるかもしれない。

 ただ、腹は満たされないけれど。

 彼女が愛飲する紅茶も東の大陸から渡ってきているらしい。

 栽培可能なら良い金になる。やはり腹は満たされないけど。


「し…。今は我慢です。直ぐにソルト山地に行けますから」

「マリア様もお気付きのはずです。僕たちはあの恩寵を受けているから、ソルト山地に行かなくても…」


 全く、その通り。

 だから、マリアはレプトに問い詰めたいのだ。南に行けと残せば良かったものを、こんなことに…。

 いや、やっぱりそうだ。


「レプトの計画ではギルガメット王子とフレデリカ姫も仲間になるのよ」

「殺されかけた…のに…。それでもレプトは?」

「アーク。彼らの良いところを見つけるところから始めましょう。私たちは悪いイメージから入り過ぎています」

「は、はい…」


 つい母親のようなことを言ってしまう。

 とは言え、皆目見当がつかない。あれらが本当に勇者と良い関係になれるのだろうか。


 そんな中…


「あ、あのぅ…」


 一人の婦人が手を挙げた。

 

「あら!アナタ、綿花の栽培に興味があるのね?」


 フレデリカがその手に食いついた。

 そしてアークは両肩を跳ね上げ、マリアは目を剥いている。

 あの婦人、知っているも何もない。レプトの母親だ。

 その瞬間、マリアの心臓が、胃が、未来予知したかのようにキリキリと痛み始めた。


「い、いえ。その…。ソルトシティに伝わる勇者の伝承がありまして…。そこに修道女様に見て頂けない…かと」


 来た!流石は女神の巫女、というより、そう来るとしか思えない。

 そも、ソルトシティは不毛の地。伝承などあってたまるか、とツッコミたい。

 だけど…


「勇者の…」

「…伝承?」


 女神の恩寵を受け取ったばかりの二人には突き刺さる。

 黒の誰かを仲間と思うなと言ってくるくらい、あの二人は勇者の力を特別に思っているのだ。

 だから、絶対に目を合わさない姫の視線が、やっと流れてくる。

 合わせたくもないのだけれど。


「マリアさん。女神の巫女なのだから、受け取りなさい」

「…はい。それでは拝見します…」


 なんで、伝承が紙に書かれているか、なんてどうでもいい。

 あの男が何を残したのか、アイツが今どこで何をしているのか。

 はやる気持ちを抑えて、一度黙読する。今度こそ、ヒントめいた何かが書いてあるかもしれない。


 ふぇ⁈


 だが、大きく目を剥いてしまう。

 遠くからでも分かるほどの動揺に、勇者初心者の二人がガタッっと体勢を変えた。


「な、何が書かれているんだ」

「早く教えなさい!お一人だけでビックリしないでくださいませ」


 当然、そうなる。そしてマリアは二度、三度と咳ばらいをして、ゆっくりと間違えないように読み始めた。


 …何なのよ、あいつ‼


 と思いながら。


「女神はこう言っています。赤い髪の男は鎧に着られがち。だから、もっと粗末な鎧に着替えなさい…」

「は⁉それは俺のことか?」

「め、女神様は私たちをいつも見ていらっしゃいます…から…」

「そ、それは…確かに。女神の恩寵と言うくらいだ…」


 そう、だから続ける必要がある。


「直ぐに嗜好品の話をする煌びやかな服の女…」


 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿‼レプトの馬鹿‼どんな顔で読めって言うのよ‼


 完全な悪口に吹き出しそうになる。

 いやいや、既に吹き出している者もいる。

 だが、流石にフレデリカも負けていない。


「あら。それはマリアさんのことでは?」


 軽快に切り返すが。

 いやいや、女神さまのアドバイスはそこでは終わらない。


「修道服が煌びやかとか言ってる女の方です…と、書かれています。ほら、ここに‼流石は女神様ですね‼」


 怒髪天をしてもおかしくない話を耐えに耐えていた、のではなかった。

 ソルトシティの民は違う意味で耐えていたのだ。

 ギルガメットにしても、単なる悪口である。

 お前は粗末な服を着ていろなんて、教皇でも言えないことだが、言っているのは女神さまなのだ。


「な…、なんで」


 と、唸ってしまうフレデリカ。

 だけど、この後に続く話で黙らされてしまう。


「躱す、ということを意識する為、視野が広く、そして動きやすい服に着替えなさい。貴方たちは今から修業をするのです…、という伝承がここに…」

「そ、そか。やっぱりこの服装だと戦えないですよね、マリア様。なるほど。大変…、有難いお話でした…」

「ど、何処がよ。有難いって…」

「フレデリカ様、これは有難い話です。今まで三か所も回りましたが、誰一人。殿下の身を案じた者はいなかったということです」


 そして目を剥く二人。うんうんと頷く勇者アーク。

 因みに、この話を聞き入れなければならない理由がある。


 伝承では、女神の巫女は勇者を導く存在なのだ。


「そ、それは…。アレです。ソルト山地に言った後に着替えようと思っていたのです。ねぇ、お兄様」

「あ、当たり前だ。セレモニーと戦いは別物。そんなのは常識だ」


 とは言え、前回の世界でマリアが女神の声を聞いたのは、勇者の居場所を伝えるための一回だけ。

 当時のアークは知り過ぎており、導きが必要なかった。

 だが、伝承は伝承。マリアの言葉は女神の言葉。それを利用したのが、この伝言である。


 …まぁ。二人の良い顔も見れたし、今回は許してあげるけどね

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