第二章 指示厨は嫌われる
第24話 伝言から
アークとマリアは闘技場の通路を疾走る。
その後ろを仕方なくギルガメットとフレデリカがついていく。
更には教皇、枢機卿団、王族と年齢の若さ順に続く。
「お待ち下さい、勇者様!」
「もう少しペースを落としては頂けませんか?」
そんな話は無視して、漲る力を両足に伝播させる。
だが、その足が止まる。
闘技場が今どうなっているかを考えれば分かる。
アークとマリアは中心に向かおうとするが、人の流れは逆である。
しかも宣伝効果もあり、勇者の顔は割れている。
「勇者様、どうかお助けを!!」
「ここにも人狼の悪夢がやってきます!!どうか私達をお守りください」
先ずは鳶色の人狼が現れ、その後に魔王軍が襲来して街を壊す。人を壊す。
ドメルの街、聖都ダイアナでそれが起きた。
二度も起きたことで、今回が三度目だからもうすぐここを厄災が襲う。
皆そう思っても仕方ない。アレだけの強さを誇る将軍様でも勝てなかった。
なら、大トリである二人なら。
「だったら、早く逃げてください」
マリアは叫ぶ。だけど
「勇者様とギルガメット様がいらっしゃる!ここ以上に安全な場所が何処にある!!」
なんて、逆に怒られてしまう。
「今、僕たちは現場に向かってるんです。とても危ないですから、下がって下さい」
どうにかアークも言葉を捻り出すが、万を越える人間が起こすパニックに、強い言葉が出てこない。
時系列を追えば、あの黒鎧の男が魔物でソレをレプトが見事に倒したと、簡単に想像が出来る。
ここにあった危険は取り除かれたのだ。
【
そして、漸くマリアは強行策を使った。
自分でも驚くほどの威力に目を剥いてしまったけれど。
「マリア、お前は何を…」
「パニックの方が危険です。殿下、守備兵に命じてください。彼らを安静に寝かせるように、お願いします!」
後ろを行くギルガメットに命令する。
だが、ここでもう一つの問題。
「勇敢な俺達の兵がこんなところで遊んでいる訳がないだろう!」
勇敢な兵は人狼のところに行き、勇敢でない兵は逃げていく。
いや、流石にそれはあとが怖いから、渋々ついていったか。
どちらにしても、観客の人数に対して兵士の人数が少なすぎる。
だから、結局二時間以上掛けて、例の場所に辿り着いた。
そこでやっと、アークはショックで崩れ落ちる事が出来た。
「ブレン…先生…」
ただ、泣く間もなく耳朶に突き刺さる言葉も。
「一応、そのまま保存しております。因みにその男のせいでもあります。蛮勇を気取りたかったか、それとも酔っぱらってたか、コイツが邪魔に入ったんです。将軍の渾身の一撃がこの男のせいで、人狼に当たりませんでした。そこからリズムを崩されて、ルービッヒ様はあの通り…」
淡々と説明をする兵士。
思わず睨みつける。とはいえ、彼が見ているのはギルガメットだから、その意志は伝わらない。
ただそこで、少年の肩がぐっと掴まれる。
小さな手。先生が生き返ったわけではない。
「悲しむのは後にしなさい」
「でも!!」
「いいから!レプトがいない。それにリンもいないわ」
「それはそうだよ。だって…」
「考えなさい。ここは逃げるしかなかったの。でも、タダでは逃げないわ」
「どうしてそんな…」
「レプトは絶対に貴方を見捨てない。彼を信じなさい」
シスターの声に勇者は歯を食いしばった。
「人狼は人間の女を、黒い髪の女を盾に逃げました。奴らしい手口です」
握りこぶしを作り、爪がめり込むのを感じた。
でも、今は我慢。
何処までも、何処までも。追いつける気がしない。ブレン先生、そしてレプト。
「…でも、忘れてたわ。彼、こういうのは苦手だったのよね」
「殿下!妙な暗号らしい文章を見つけました」
「え…?」
アークが目を剥くと、マリアは肩を竦めた。
【汝、黒を仲間と思え。己の力が足ると思えば南の寺院へ向え。足らぬと思えばソルト山地へ向い、足ると知れば南の寺院へ向え】
「あ、それはアレです。多分、女神様の啓示です」
「そ、そう…なんですか?」
マリアが顔を引きつらせながら言うと、一人を除き、その場の全員が訝しんだ。
これはヒントでも何でもない。
余りにそのまま過ぎる文章。こんな時の為に暗号を考えておくべきだった、と彼女は頭を抱えた。
「では、シスター。この黒とは黒い髪の女のことでしょうか。仲間と思え、とは?」
「えっと、人質って意味じゃないでしょうか。仲間なんだから、追ってきたら殺すぞ、みたいな…?」
「待て。…聞いたことがあるぞ。勇者が仲間と認識すると、女神の恩寵を授かれると」
「…勇者殿。今までの非礼を詫びよう。だから今から俺も仲間だ」
赤毛の長身男が、ドンと指をさしながら勇者に居る。
「え?」と勇者は声を漏らし、シスターは顔を顰めた。
リンも頑張ろうってなったから、仲間にしろって言いたいんでしょうね‼でも、アークの性格考えなさいよ。リンはとっくに仲間よ‼この文章、いる⁉
「さぁ。俺を仲間にしろ。好きなものを買ってやるぞ?」
「そうね。だったら私もいいかしら。こんな綺麗なお姫様よ。仲間にしてくださるわよね」
「あ、あの…」
二人は女神の威光を見た直後。
力の扱いが不慣れな二人は魔力の高まりを皆に教えたようなものだった。
そしてアークは勇者確定。だったら、その力、ぜひとも欲しい。
しかも二人にしか出来ないとっておきの力がある。
「そうだな。好きなものでは具体性に欠けるな。例えば、ソルトシティの自治権を認め」
「本当?」
「アーク‼」
「え?でも…」
彼らは全部調べ終えた後だ。そしてその条件が効果的と知っていたから、釣り針にソルトシティをくっつけたのだ。
そして、この素直な勇者は…
「えっと。それじゃ約束してください。ちゃんと」
「ふっ。ここにサインをするだけだ。シスター、これが公的なものだとお前なら分かるな?」
「…は、はい。ただ、猊下が…」
「認めよう」
マリアは心の中で崩れ落ちた。あの鳶色髪の愚かさをぶん殴りたい。
っていうか、この二人が本当に…
「おお。これが女神の恩寵。まだ、僅かだが何かが変わった気がするぞ」
「女神アリスは美しい女神と聞きます。これ以上美しくなったらどうしましょう。やっぱり、サラドーム公国には勿体なさすぎですわね」
ちゃんとした仲間になるのか。やっぱり先を聞いた方が良かったかもしれない。
「…その、失礼します。シスター。この寺院とはやはりポートベローナのベローナ大寺院のことでしょうか?」
「さ、さぁ。…モルリアは正教ではないので、どの寺院のことか…」
「いや。そこで間違いないだろう。卓越したモンクが居ると聞いたことがある。確か、名はダーマン」
ここで脳内レプトを三回くらいぶん殴る。実際にやったら絶対に避けられるけれど。
「足らぬと思えばソルト山地へ向い、足ると知れば南の寺院へ向え、というのは…」
「そ、それは…」
「そのままですわね。女神の恩寵が私たちにはまだ足りません。そこで魔物を狩って、女神の恩寵が溜まったら、ベローナ寺院に向かえば良いのですわ」
「あぁ。寧ろ丁度良い。勇者殿、そこへ向かう途中、ソルトシティへ立ち寄るぞ。そこで演説でもなんでもしてやる」
「私たちの恩情で生かされていると泣いて喜ぶに決まっていますわ」
は?何なんの、この女‼
そして思い出される彼の言葉。
なんでフレデリカ限定?相手が相手って言ったからか。でも、それ以外の理由だってあるだろ…っと!
確かに、この女はない…。っていうか、レプト?あのね…
「良し。女神の恩寵を俺達は手にした。今から式典を挙げるぞ。勇者ギルガメットの旅立ちを祝え‼」
アンタ、どんだけ過保護なのよ‼これがネタバレって言うのは分かるけども‼
ねぇ、レプト。この文章ってね、…『南』って書くだけで良くない?
「お父様‼アーク様もマリア様も、もっと飾り付けましょう」
後ね。あ、私は別にいいのよ?ほんっと気にしてないから。でも…、アンタ、リンをお持ち帰りしてるわよね?
前の私もそういうとことか、イラってしてたんじゃないのかしらねぇ?
私はね‼別に‼いいんですけどぉ⁉
マリアが心の中でイライラしている間にも物事は進む。
「将軍の遺志だ。その将軍はその鎧を大事にされていた。この場でこのまま埋める。きっとアイツもそれを望んでいる筈だ」
ギルガメットもフレデリカも馬鹿ではない。
王族だって、教皇だって、枢機卿団だって、宰相だって馬鹿ではない。
二人の反応、二人の恩寵を見て、何が起きたかを理解している。
「逃げたということは私たちの勝利です。ついにウラヌ王国が魔王軍に打ち勝ったのですよ」
鎧を引っぺがしやしない。
そのまま、無かったことにして、勇者の誕生を祝う。
マリアとアークの所属はアリス教皇国。そして王国と教皇国は蜜月の関係にある。
その両者の援助を受けられるのは、有難い話だ。
「これで本当に良かった…のかな」
ソルトシティへの援助も決まった。ロージン地区は自治区であるからそのままだが、リンの身の安全は間違いない。
これだけの恩寵を得られる魔物を、殆ど恩寵無しに屠った男と共にいるのだ。
腹立たしいことに、ロージン地区よりも今居る場所よりも圧倒的に安全である。
「路銀に宿泊費に装備費にその他諸々。お金はかかります。しかもモルリアは物価が高い。船を渡れば更に金額が跳ね上がると聞きます。一応、…予定通りには進んでいます。…多分、彼もそう思っているでしょう」
「ささ。難しい話は今は忘れて、お二人ともこちらへ」
勇者は仲間を連れて行くのが伝統。
ギルガメットもフレデリカも、その候補に挙げられていた。
そして、候補の中に彼の名は無かった。万事予定通りとも言える。
「はぁ。今どこで何をしているのやら」
「えと、やっぱり寂しい?」
「寂しくありません。仲良くありません。さぁ、行きましょう。スポンサー様への印象は大切ですからね」
そして素直な勇者アークと、二周目の盗賊に密かに想いを寄せるシスター・マリアの旅が始まる。
そこで、魔物以外の何が待っているのか、二人はまだ知らない。
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オリジナル(オズの話)より長くなる予感がしますが、最後まで多分やります。
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