第23話 裏でのお話

 アークとマリアは別室に呼ばれていた。

 案内人の話によるとVIPルーム。最重要の人間のみ入ることが許される部屋。


「あ、マリア様」

「あ、勇者様」


 途中で合流したことで二人とも、一先ずは安心した。

 でも、途中で抜け出したアークは心にモヤモヤを残していた。


「こちらです。特に罠とかではありませんので。あ、いえ。勇者様がかかる罠なんて存在しませんよね」

「え、その」

「その通りです。勇者様はとっても強くなったんです‼」


 マリアがいつも以上に強気でいるのは、やっぱり彼が居ないからだ。

 マリアが残してきたのはブレンとリン。ブレンが居る限り何も起こり得ないと安心している。


 ガチャ…


 そして開く両開きの扉で、奥には知っている顔。


「これはこれは勇者様。今日はちゃんと二人ですね。マリアもご苦労様」

「猊下‼…ちゃんと二人ってどういう意味ですか」

「聞いたぞ。教皇国に三人で行って、その一人が人狼だったって話じゃないか。しかも魔物を呼び出した。だが、勇者は誕生後暫くは修行が必要と聞く。その隙をつかれた」

「ですので、二人でちゃんとなのです。私たちも裏で動いていたですよ。お二人を騙している人狼を処分する為に」

「人…狼…。また、人狼…。でも‼」

「道理で俺たちに突っかかってくると思った。でも問題ない。ウラヌ王国軍最強の男は自信があるらしいからな」


 そして二人は目を剥く。口も開く。


「待って。僕と殿下の戦いが今日のメインで、そこまでは普通の戦いって」

「あぁ。それはその通りだ。せっかくこんなに集まったんだ。俺とお前、どっちが強いかは形だが見てもらうつもりだ」

「剣聖ブレン…。あのならず者に教えを請いに行かれたとか。これでやっとお兄様との戦いの舞台くらいには上がれるのではなくて?」


 それはそう。流石にここまでの大きな大会で、メインが出ないなんてことはない。

 形だけでもやるべきだ。そして、盛り上げる為にレプトとあの四人は戦う。

 でも、現時点でアークは将軍の力に気付いていない。あの時だって、なんでそう言ったかは分からない。


 だが、ここから。陛下が言う。


「ウラヌ人のレプト、モルリア人のレプト。同一人物ということは分かっている。モルリアにも確認したから間違いない」

「え?いやいや。だって…」

「そうですよ。魔法紋は改ざん不可能です」


 そして宰相ゲテム。

 自信満々のしたり顔。


「だが、モルリアの寺院にも調べてもらったが、アレが誰かはついぞ分からなかった。それに…、あそこは東の大陸の特殊な文化があるらしく…。改ざんも希少な魔法具を使えば可能だ、とか。無論、その可能性には早くから気付いていましたがの?」

「さぁ…、とにかくここからでも試合が見れます。魔法具越しですが…」


 歩いた感覚から、舞台とはかなり離れていることは理解している。

 どうしてそんな場所にと思ったら、近未来的な魔法具が並ぶ装置があったからだった。


「お。ガラムの奴。本当にワーウルフを調達してたのか」


 四人は頑張っていたが、まさかの二対の魔物。


「だ、大丈夫…なのかな?二体もいる…なんて。レプトが指導をしていたみたい…だけど」

「勇者様。それは人狼です。大方、嘘の情報を教えているでしょうね」

「そんなことはないです、猊下。彼は…」

「彼のせいで…、一体どれだけの僧兵と…」

「…」


 バレていたとなると話は変わってくる。大きく変わってくる。

 第一、そのレプトを追いかけて出て行ったのだから、一緒に居るのはおかしい。

 彼が別人に変わり、取り入っていた。文面で書けば、どうにかなるとは思うけれど。


 でも、彼は…


「女神の加護無しに戦える凄い人です。魔物についても…詳しいし…」

「成程成程。それは手記に残しましょう。次の二千年の参考になります」


 何を話しても、魔物ならば話は別。

 話せば話すほど、彼が人狼に聞こえてしまう。

 そして、言葉を選んでいるうちにソレは起きた。


「おお。ガラム‼素晴らしい…」


 宰相ゲテムの腹心、だからとても喜んでいる。

 殺されかけたあの四人が無事に助かって、アークもホッとする。


 そして、ここから


「え…。今、何か起きたような…」

「えぇ。彼の魔法紋を元に戻しました。その方がちゃんとドメルの街の首謀者だと分かると思いまして…ね」

「違う‼だって、アレは王国が先に…」

「勇者アーク。これがその戦の記録だ。確か、これを見たかったらしいな」


 渡される過去の戦の記録。ドメルラッフ平原の戦いとは銘打っているが…


「私が読みます。……。勇者様、読む必要はありません」

「当たり前だ。アレは人狼の仕業に決まっている」

「決まっていますわ。人間を盾に戦うなんて、魔物としか思えないわ」

「…分かりました。僕も読む必要はないみたいです」


 そして、ここからが一応は二人の戦い。


「やっぱり…強いですね。このガラムって男。装備なんかも一級品のようです」

「でも、レプトも全然負けてない。それに今…、…え?変な動き」


 音声は聞こえない。

 だけど、戦いの様子はハッキリと分かる。もしかすると、会場で見るよりも良い場面が映る。


「マリア様…」

「これ、なんて魔法?レプトが迷ってる…。レプト‼」


 次第に追い込まれていく彼。そして傷ついていく少年。

 そして…


「こんなの…。早くやめさせなきゃ‼僕、今から…」

「馬鹿か。今までの話、勇者殿ならちゃんと聞けよ。お前はお子様だから騙されていただけだ」

「お兄様。それは仕方ありませんのよ。西の果ての小さな村。人狼のせいで引き篭もりを余儀なくされた少年ですの」

「それは違います‼レプトは…レプトは…」

「女神の巫女も最初は力が少ない。ここを狙われてはこうなってしまう。猊下、記録を残さねば。それにしても…、モルリアの金持ち。魔物を殺せと…。漸く…」


 完全に追い込まれるレプト。

 そして、その表情に…


「僕…は…行く。行かないとダメ…」


 勇者アークの目が変わる。見開かれ、瞳がうっすらと光り始める。


「勇者…様?もしかして…」

「…分からない。でも、分かる。ねぇ、邪魔しないでくれる?神アリスに楯突く気?」

「猊下。これも記録してください。時に王族と教皇は女神アリスに楯突くことがある、と」

「な、何を言っているのか分かっているのか、マリア」

「っていうか、なんだ。このガキ。言っとくが、選ばれたと言ったのはそこの女なんだぞ。そうなるんですよね、猊下」


 すると渋い顔をする教皇ゼット。

 そして実はそう。実際には星見の観測も行っているが、そもそもアリス島からミネア村までが遠すぎる。

 結局はマリアの証言が根拠となる。

 もしもマリアが間違っていれば、アークは勇者ではない。


「…お前が本物の勇者かどうか分からないんだぞ」

「そうですわね。勇者の血筋から生まれそうなものですのに」


 立ちはだかる。時間を稼ぐ。

 レプトは人狼として処分できるよう、手配済み。

 今までのイレギュラーをそのせいにできる。

 そもそも、勇者による魔王の封印は十年以上かかることだってある。

 その間にゆっくりと子供勇者を、納得させれば良い

 マリアも教育し直す。もしくは、他の者に役目を交代させるでも良い。


「え…。今、なにか…が」


 アークの全身の毛が逆立つ。

 マリアも大きな胸騒ぎ、いや心臓に痛みを感じた。


「ゲテム!!」


 ここで、VIPルームの魔法装置が全て消えた。


「どうしたのですか!!」

「おそらくぅ。強力な魔法をガラムが使ったのでしょうなぁ。も、問題ありません。すぐぅにぃ、手配…いたしますのでどうか、どうかぁ」


 老年だから、老年を見せかけているのか、老爺ゲテムの喋り方がスローに思える。

 焦っているから、更にそう聞こえる。

 次々に立ち塞がる中、それは起きた。


「え…?」

「これは…、マリア…様…」


 マリアとアークはこんな感じ。そして周囲の皆様、王様、王妃、王子にお姫様、宗教関連のトップ達の前で、アークとマリアの後ろから光が射す。


「おぉ…、神よ…」


 つい教皇が漏らしてしまうほど。暗くなっていた部屋だから、一層に眩しく輝いて見える。


「く…。やはりコイツが勇者だと言うのか…」

「どうしてアリス様はお兄様を…」


 否が応でも、認めるしかない神々しい光。

 疑っていたから、女神アリスがお示しになられたと、ゼットは青褪めた顔で泣いて謝罪をするほど。

 王も王妃もそれに倣う。大公もそれは同様。

 ギルガメットとフレデリカは目を剥き立ち尽くすが、他全員が泣きながら神に自らの過ちを謝罪した。


「お前たちも祈れ。神は見ておられる…」 


 勿論、二人の仲間のレプトが上級悪魔を倒したから。

 その女神の恩寵は凄まじく、アークとマリアも何が起きたか分からない程だった。

 そもそも、2周目走破者が指摘するように、二人共女神の恩寵を分かっていない。


 それでもこれだけは分かる。


「レプトが凄い魔物を斃したんだ…」

「えぇ。私たち、何をやっているんでしょうか…」


 勇者パーティには女神の恩寵が齎される。勇者が倒していなくとも、勇者の仲間が倒せば授かれる。

 かなり遠いと分からないらしいが、近くに居れば貰えるらしい。

 だから、そんな遠い場所じゃない。

 この部屋はそういう構造になっていたと、今更ながら気付く。

 道理で物音がしない。

 

 もしかしたら悪い密談なんかも出来てしまう部屋。きっと物凄くお金をかけた部屋。

 だけど、出来立て早々に『バキッ‼』と扉が壊されてしまった。


「逃げろぉぉぉぉおおおお!!」

「魔王軍がやってくるぞぉぉぉぉおお!!」

「出口はどこだぁぁぁあああ」


 無理やり開け放たれた魔法の扉、魔法の結界は弾け、防音個室に人々の阿鼻叫喚が、外界と漸く繋がった。


「なんだ、これは。外で何が起きている⁉」


 画面に『ブレンの死』という余計なものが映り、外部への通信手段を遮断していた。

 それは流石に見せられない。とは言え、人狼の処分が終わりそうな場面でもあった。

 後は、連絡手段が遮断された部屋の中で、果報を待つだけ。

 待っていたのは


「陛下!!ガラム・ルービッヒ将軍が討ち死にされました‼」


     □■□


「先生…、どうして?」

「先…生…と呼ぶな…と言っておる…」


 前の世界、最後の最後までブレンは先生と呼ばれることを拒んだ。

 あの時だって勇者は本当に未熟で、いつだって勇み足で、いつだって死にかける。

 だから、前の世界でのある時、ブレンがアークを庇って死んだ。


「アーク。ブレンは先生じゃねぇ。ブレンが呼んで欲しいのは…」


 当時、レプトは泣きながら、アークを諭した。

 彼には子供がいなくて、当時のアークは父親をほとんど知らなくて、本当に親子のような関係だった。

 今回は、やっぱり先生と生徒って感じだったけれど、これからその関係を構築すればよい、くらいに思っていた。


「…そっか、ブレンは僕のお父さん…、お父さん、死んだら嫌だよ‼死んじゃ…だ…め…だ…よ…」

「あり…が…と…う…、息子……」


 そしてブレンは笑顔で息絶えた。


「父親として息子を守った。誇っていい。お前には素晴らしい父親が二人もいる」


 それを言ったのはギルガメットだった。


 ——前の世界のことを振り返ったって意味がないのに。


「お父さん…、お父さん…。お父さんって呼んだら、怒られちゃうから呼べなかったけど…。もう…、いい、よね?お父さん…」


 今居るのはギルガメットではなく、リン。

 彼女の涙はついに尽き、掠れた声で彼を父と呼んだ。


「悪い。俺の…せいで…」

「いいえ…、レプト様は悪くありません。私も同じように助けてもらったことがありますから…。…父らしい最期…です。老衰で死ぬのを…一番嫌っていました…から」

「…違いねぇ。布団の中で安らかな顔で臨終する姿は想像できねぇ」


 軽い笑い…。だけど、少女は俯いた。


「…それでも…私は…」

「そうだな。俺も本当はそっちを…。それよりリン、早く去れ。俺と一緒にいない方がいい」


 問題があった。いや、ここまで計算されていたのかもしれない。

 あの悪魔は普通に行けば、いつか蘇る。記憶を失って蘇ると聞いている。

 万が一、自分が殺されても問題ないようにするためのフルアーマー。

 年中、鎧を着こむ筈はないから、年中人間に化けていただろう。

 そして、悪魔は殺されると元の姿に戻る。奴の場合は子供サイズの悪魔に戻った。

 これは仕方がなかったが、魔核を抉り取るためにその体はぐちゃぐちゃになっている。

 鎧をひっぺがして、ちゃんと調べたら分かるとは思うが…

 少なくとも今は全身鎧が転がっているようにしか見えない。


 人狼が将軍を惨く殺したようにしか見えない。


「私の居場所はここです」

「だけど、師匠はそれを望まねぇ」

「いえ…。…貴方は嘘が下手すぎです。あんな言い方したら…。いえ、その前の貴方の態度…」


 レプトは肩を落とす。また、やってしまった、と。

 そう言えば、最初から。ブレンは何かに勘付いていた。バレていたに決まっている。

 そして同時に少しだけ目を剥いていた。


「人狼ならば嘘の誘導…。だけど師匠は貴方に賭けた。だったら私も…」


 彼女は人間にも魔物にも襲われて、ボロボロになったところをブレンに助けられた。

 ブレンは同じように身を挺して彼女を守ったと聞いた。

 同じことを彼はやった。だけど、相手は強大であり、今度は命を失ってしまった。


「リン。俺はお前が山の中で篭ったままの未来しか知らない…」

「レプト様。それ、ネタバレのようでネタバレではないですよ?父の雄姿を見せられて、篭ったままの子が居ますか?」


 親の背中を見て、子供は育つ…か。


 最初の行動がガラム・ルービッヒという悪魔を作ってしまった。

 つまり色んなことが変わっている。

 ここには歴史の強制力なんて、存在しないんじゃないかってくらい。

 ブレンは分かっていて尚、選び取った。それを強制力なんて言葉で片付けたくない。

 それに


「戦いに向いているかは知らないぞ」

「マリア様に教えていらしたではないですか」

「マリアはだって…」


 リンは黒い瞳、ブレンのとは色が違う。

 それでも…


「私の父を誰だと思っているんですか?」


 彼から失われた瞳の光は、ちゃんと彼女に受け継がれていた。


「いや。血は繋がってないだろ」

「血は繋がっていなくとも、私は父の背中をずっと見てきたんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る