第22話 闘技場の決戦(下)

 戦いが始まる前の話。


「ガラム・ルービッヒ…」

「師匠?」


 ブレンは唸るように言った。

 彼を父として従うリンの耳朶を震わせる。


「いや。何でもない…。ワシが居ぬ間に」

「そう言えば。マリア様、なかなか戻ってこないですね」


 立ち入った時、違和感を感じた。だが、ここに来たのは何十年ぶりか。

 その間に魔王が目覚め、勇者が誕生していた。

 ドメルラッフ平原では戦いが起き、ドメルの街の形が変わっていた。

 ただでさえ薄い記憶なのに、環境が変わり過ぎている。

 だからかと思った。だが…


「人狼…?」


 そこで飛び出した奇妙な言葉。

 その噂は聞いていた。だが、人狼とされたのは彼。


「ジンロウ…?人狼ってなんですか?」

「人間を惑わす魔物。普段は人の姿をして人のフリをして生活をする。だがその力は容易く人を屠るもの。…確かに奴は」

「レプト…さんがその…人狼?確かに、あの強さは師匠にも匹敵するほどです…」


 レプトを独占していたのはマリア。

 前回もレプトはあまりリンに近づいていないが、今回は更に近づいていない。

 だから、リンはレプトのことをあまり知らない。

 もしかしたら、彼がそうだったのかと思える。


「え…。そんな…ことが…」


 そして周囲の人間のうわさ話も聞こえてくる。

 因みに、【正体明かしの結界リビルエリア】は二人には効果がない。

 そも、レプトはロージン地区ではトルリア人のフリはしていないからだ。

 だから、出てきたのはレプトであり、そのレプトが人狼だと言われたようなもの。


「在り得なくはない…。だが…」

「だったら危険…です。勇者様は完全に騙されて…、マリア様も…。…‼だから、お二人を彼から遠ざけた?」


 最初は偽勇者として行動し、ドメルラッフ平原の戦いを引き起こした。

 その後は勇者に取り入って、聖都ダイアナに大悪魔を召喚した。

 暫く姿を見せなかったのは、王族が人狼を屠る準備をしていたから。

 隣から隣へ、そんな情報が風と同じ速さで流れて行った。


「それがレプト…という男」


     □■□


 そんな中で突然始まった戦いだった。


「将軍様、頑張れ‼」

「人狼を真っ二つにしろ!」


 先のワーウルフの戦いからの人狼戦に、人々は熱狂していた。

 この後に待っている筈の、勇者と王子の戦いも忘れて人類代表を応援する。

 王国の宣伝の効果も発揮されているが、根底にあるのは魔物が人間の街を襲ったという事実からだった。

 

「ガハッ…」


 力に乗って自ら吹き飛んだことで、ダメージを軽減させることには成功した。

 だが、武器を落とした上、初見殺し用の手の内をバラしてしまった。


「これで最初に戻ったわけだがぁぁああ?騙すことしか能のない人狼めが」

「チッ…。まだ、全部出したわけじゃねぇよ」


 手の内はこんなものじゃあない。

 だけど、この男は確かに強い。膂力は甚大。魔法力も相当ある。

 女神の恩寵なんて要らなかった、なんて思えるレベル。


 それに…


「考えても仕方ねぇな。俺が負けたらソルトシティが解体させられる。皆の行き場がなくなる」

「行き場だとぉ?人狼を産んだ人間の街など、滅ぼすに決まっているだろぅが‼」

「んだと?だったら、絶対に負けられないじゃないか…」


 会話をしながらも探す。

 どうすれば、こいつを無力化できるかを探す。


「またつまらぬことを…、考えているな‼また、飛び跳ねろ‼」


 だが、再び巨大な戦斧の横薙ぎがレプトを襲う。

 しかし、今度はその地面にへばりつく。そして地面にヒントを探す。

 ここで


「馬鹿め‼」

「と、思うじゃん‼」


 横薙ぎの戦斧は途中で止まり、そこから真下へと軌道を変えた。

 飛び跳ねろは、飛び跳ねさせないためのフェイク。

 それもレプトは読んで、大地を何度も回転して躱す。しかも、柄の部分まで飛びついたから、距離はレプトのもの。


地獄の猛火ヘルファイア


 とは言え、近づくと魔法が飛んでくる。


「それも分かって…、ぐはっ‼」


 クソ。まただ‼


 それを抑えるために仕込んでいた武器。だが、それを使う前に体に痛みが走る。

 その正体を掴まない限り、思い切り踏み込めない。


「何が分かっているだ?ほら、燃えろ。燃えろ‼」


 痛みに耐えて身を翻し、辛うじて一部だけの燃焼に抑えた。


「ちぃぃぃぃ。それなら、お前も燃えろ」


 更には頼みのマフラーを脱ぎ捨てて、炎のおすそ分けを図る。


「笑止‼この程度でこの魔法の鎧が燃えるものか‼」

「分かってるよ‼…何なんだ、こいつ‼」


 何としても逃げる。どうにかして逃げる。

 自分の死が、家族の死、宝物の死と直結している。

 絶対に負けられない。だけど、意味が分からない。


「それだけの力がありながら、なんでだよ‼」

「いい加減、死に晒せ、小僧が‼」


 あの攻撃が怖い。一瞬、動きが止まるアレが怖い。

 だから、大きく避けなければならない。つまりは反撃できない。

 だけどレプトはこんなものではない。反撃出来ない代わりに考える。


 でも、納得できない。


「なんでだよ‼」

「だっはっは。魔物め。逃げるだけか?だが、そこからはもう逃げられんぞ‼」

「なん…で…」


 壁が背中とぶつかった。

 逃げ場はない。いや、ここは闘技場。人間が作ったモノ。


「くっ‼上か‼卑怯者め‼観客を盾にするとはなぁぁああ。ついに人狼が正体を現すか‼」


 壁に張り付く。そこから壁沿いに移動する。


「コイツめ!」

「なんて卑怯な‼」


 罵声が後ろから飛んでくる。


 分かってるよ。こんなのは……、こんなのは?


 ──レプトは強い。だから、…アイツと戦ってほしい


 勇者アークの魂の勘。その意味。レプトは強いの意味…


「こんなに強いなら…。なんで、俺がこんな思いをする!お前が…戦え…ば?」


 その瞬間。鳶色の毛が逆立った。

 なん…で?


「ちょこまかと。そこから叩き落してやる‼」


 漆黒の鎧が手を翳した瞬間、レプトの四肢に痛みが走る。

 そして、落下。ついには追い込まれる。


「なんで…、戦わない。…なんで、俺はお前を知らない?」


 国の様子から、ウラヌ王国騎士団長のガラム・ルービッヒという人間がいることは間違いない。

 だけど、特定の魔物にはある力が備わっている。


「そろそろ限界…だな。お前という邪魔者を消す時間だ」

「いっけー‼やっちまえ‼」

「あいつらみたいに叩き割って‼」


 ついにその瞬間が来たと人々が沸き立つ。

 だが、こんなことが起こり得る筈がない。

 多分、前の世界にもガラム・ルービッヒは存在したのだろう。

 だけど、今とは違う形で存在したから、今のアイツではないから知らなかったのだ。


「憑依?…いや、入れ替わったか。クソ…。アークの直感はそういう…」


 前の世界で名前が登場しない時点で気付くべきだった。

 こっちに戻ってかなり世界が変わってしまったから、気付きにくかったのは間違いないのだが。

 それでも、アークの周り以外も観察するべきだった。


「これで漸く、王国を我が物に出来る…」


 ガラム・ルービッヒが強いのは、生身の人間が強かったからじゃない。

 女神の恩寵と真逆の力、魔王核からのエリスの加護を受けていたから。

 つまり魔物。人に化けられるとすると、かなりの悪魔。


 して…やられた


 そして、悪魔の力が宿った戦斧が振り下ろされる。


 ブシャァァアアアアアアア…


 だけど、痛みはなかった。


 即死したとか、痛みを感じる暇もなかったとかじゃなく…


 けれど、絶望的な状況


 レプトはその瞬間を目の当たりにし、単に叫んだ。

 

「ブレン先生ぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!」


 レプトは目を見開き、彼から吹き出る赤い血を浴びた。


 なんで…、ブレン先生が…ここに?


 そして、目の前の光景の意味が分からなかった。

 余計なことをするなと言ったのに、余計なことをした。

 ただ、これはどこからどう見ても…


「なんで、俺の為に!!」

「先生呼びは…無し…だ。もっと…早くに気付くべき…だった…」


 確かに彼には教わっていない。彼はあくまで勇者アークの先生。

 だけど、レプトが認める強者。

 ブレンもガラム・ルービッヒに違和感を覚えていた。

 そして、レプトの存在にも違和感を覚えていた。


「まだ…、うご…ける…か…?」


 そんな二つの違和感の中、彼が選んだのはレプトだった。


「だ、ダメ…だよ…。俺は…。アークは…」


 とても頼りになる先生。絶対に死なせてはならない。

 だってアークが悲しんでしまう…


「アークはまだ…未熟だ。だが…紛れもない勇者だ…。だか…ら、お前が…育て…」


 それは気付いていた。知っていた。まだまだ勇者には至らない存在。

 過去の彼の場所は遥かに遠い。

 ギルガメットには勝てるだろうけれど、まだまだ修行が必要な少年だ。

 彼を残し、彼の弟子ではない者の為に、盾となって死ぬなんてあってはならない。

 だけど、美丈夫の目から光が消えていく。


「ろ…。お前に…たく…」


 そして、ついには消えてしまう。


「ブレン先生!!…畜生…畜生…。なんで、俺の為に死んでんだよ…」


 アークが悲しむから?それだけじゃない。レプトだって前の世界で共に歩いた記憶がある。


 許せない。こんなの間違ってる。こんなやり直しがあってたまるか。だけど…


 前の世界と同じ。まだまだ女神の恩寵は少なく、完全な蘇生魔法は誕生していない。


 ブレンの死は…やり直せない。


「許さない…。絶対に…許さない…」


 沸々と湧き上がってくる熱い血液、既に沸騰してるかもしれない。

 この世界ではブレンはアークに最期の言葉を言えなかった。

 アークはブレンの言葉を聞けなかった。

 ハッピーエンドのやり直しが、二人の大切な時間を奪ってしまった。


「ガラム…。貴様ぁぁぁぁあああああ!!」


 振り上げる戦斧。漆黒の鎧の大男。

 ただの人間の将軍に負けるブレンじゃない。

 そしてウェストプロアリスの魔物に負けるブレンじゃない。


「ぐははは。ついに人を殺めたか。鳶人狼レプトぉぉぉぉおおお‼」

「どっちがだよ!!どんだけ、紛れ込ませた!!」

「何を言っているのか。何も分からんなぁ!!」


 ドン!!ズシャァ…


 その瞬間。レプトと体は弾かれたように右へと飛んでいた。


「ほぅ。流石は人狼。動きだけは速い。動きだけだがなぁぁああ!!」


 アークの勘はやっぱり的中していた。だけど、彼自身が魔族とは分からなかった。

 確かに前のアークには何歩も及んでいない。


「ワーウルフまで用意して、俺を人狼アピールか。用意が良いことだなぁ!」


 アチコチから見えない矢が飛んでくる。

 最初から気付けた。コイツが魔王軍だと分かっていたら。

 これは知っている攻撃だ。ダークエルフが闇魔法で姿を消し、見えない魔法で攻撃している。


「やはり気付いたか。だが、貴様がそうしたのだ。人は容易く操れると魔族に教えたのだ!!」


 そうかもしれない。

 魔族の攻撃にただやられるではなく、貢物をして生きながらえた。

 その習慣が魔王軍に別の選択肢を与えていた。


「将軍‼将軍‼将軍‼将軍‼将軍‼将軍‼将軍‼将軍‼」


 人心を掌握し、国ごと乗っ取る。

 前の世界のアークも言っていた。

 魔族には国がない、だから弱い、と。

 だからこそ、魔王軍は人間の国をそのまま乗っ取ろうと考えた。


「クソ。…また、この攻撃か。畜生、俺は殺されねぇぇぇえぞ‼」

「はーーっはっは。情けない言葉だ。そして何と甘美な声援。これで我は…、……は?」

「これだけじゃ、死なねぇよな?」


 打ち下ろした戦斧の先には、先ほど死んだ巨漢の男のみ。

 動けないと言っていた鳶色髪の少年の体は血にまみれているのに。

 その体が、いつの間にか懐にあった。

 そして巨大な剣を突き立てている。漆黒の鎧の隙間に。


「な…。ど、ど、ど、どういう…」

「…教えねぇ。絶対に教えてやらねぇ。てか、こうするわ…」

「止めろ!我の背に…」

『お前たち‼こいつを打ち落とせ‼直ぐにだ‼』


 だが、そう言った時には、よじ登られて肩の上の乗られている。

 そして、さっきの場所にダークエルフの矢が突き刺さる。


『やめろ‼やっぱり撃つな‼』

「さっきから、魔物言葉でビービーうっせぇぞ‼だから…」


 見えない場所から見えない攻撃。

 だけど、正体が分かればどうにか出来る。

 多少当たったとしても、理由が分かれば動くことが出来る。

 その際、ブランの死体を盾に使わないといけなかった。死体を利用したなんて、口が裂けても言えない。


「単に死ね。名前も知らない悪魔。殺したら終わりってルールだったよな」

「止めろ‼お前に殺せるわけがない‼頼むから止めてくれ‼こんな小物が我を滅せられるわけがな…」

「何言ってんだ。女神の恩寵がなくても、魔核を切り刻めば死ぬに決まってるだろ…。って、もう死んでるか。…いや、二千年後くらいには復活するんだっけ?」


 人間に成り代わるという方法は、過去の魔王軍が行わなかったこと。

 だからこそ、効果的だった。見事に人心を掌握した。


 だからこそ、とても惜しかった。


 彼らにとっても、レプトという存在は計算できないものだったから。


 因みにこの悪魔は違う世界線で、勇者アルバートに最初に切られた貴族に成り代わっていた悪魔。

 だけど、それはレプトの知らない世界線での話だ。

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