第21話 闘技場の決戦(中)

 前座で戦うモルリア人のレプトが、あのレプトだと知っている者はごくわずか。

 初期の村の人間しかいない。だから、ソルトシティの人間は誰も応援には来ていない。

 そも、チケットは高騰しておりシティの全員がお金を出し合ったところで、一枚買えるかどうか。


「頑張れよ。んで、負けても俺のせいにすんなよ」

「分かってるって。俺たちだって戦士だ。化け物退治はやってきてんだ」

「でも、負けたらちゃんと仇をとってよ?」

「負けることを考えるな」

「あぁ。とにかくやってみるさ」


 前座の四人とその次の前座の一人がハイタッチをする。

 出会いは最悪だったけれど、短時間で尊敬されるまでになっていた。

 きっと、途中で連れて行かれた少年も、彼の講義を最後まで聞きたかったことだろう。

 そんな彼は…


「…あれ。いない?漆黒の鎧の男の隣も空いてる。あそこにギルガメットが座っていた筈。前に座る王と二人の王妃もいない」


 教皇もフレデリカもいない。

 講義中もお祭りは続いており、それが終わったからと奥に下がった。

 偉い人だから、その可能性は十分にある。だって、これから始まるのは前座だ。


「教皇がいるから、流石に王も勇者の相手をしないといけないってことかな」


 そも、前史では勇者アークがブレンに教えを請い、闘技場に自らの意志で出場した。

 そして、今の黒衣の男のように誰か分からない姿で参加していた。

 その時のアークは、ギルガメットにそうさせる何かを持っていた。


「あの時とは全然違うから、訳が分からない。でも、強くなったのは間違いない。落ち着け、俺。落ち着け…」


 ガタン‼


「きゃぁぁあああああああ」

「うわぁぁぁぁあああああ」

「魔物だ。本当に魔物が出た‼」


 だが、落ち着く暇はなかった。

 大きな扉が開いた瞬間に、例の四人とバッチリと目が合った。


「同じだ‼一匹が二匹になったとしても‼ダメだ‼壁際に逃げるな‼」

「逃げるなって言われても‼」


 因みにワーウルフはミアキャットよりは弱い。

 だけど、小物モンスターよりはずっと強い。ドメルの街がボロボロになった時もワーウルフは現れていない。

 それほど小物モンスターでも人間の脅威となり得るのだ。

 それを見て、四人は固まって盾を構え、そこから槍を突き出すという編成に変わった。

 そして、レプトは叫ぶ。


「ファランクスもどきの陣形もダメだ‼ワーウルフは連携をとれる魔物なんだ‼」

「だったら、どうしたらいい‼」

「同じだって‼二対一を保て‼盾を構えるよりも槍を構えろ‼」


 今日であったばかりの四人にコーチングすると、どうにか講義内容を思い出してくれたらしい。

 ワーウルフが現れるのは、サラドーム大公国の手前にある山、サラド台地にある洞穴。

 それからイーストプロアリス大陸から来た種で、それらはモルリアで飼われている。

 北部では珍しく、南部ではよく見られる魔物だ。

 勿論、モルリアのワーウルフは子供の頃から飼い慣らされている。


「俺たちはこっちだ」

「おう」

「それなら──」


 数は違っていても、ワーウルフという情報は本当だった。

 そして、飼い慣らされた種だからか、最初は様子見から入ってくれた。

 ならば、レプトが教えたリーチの長さは通用する。


「行ける‼」

「戦えるぞ‼」


 二方向からの槍で牽制をする。

 一対四ならそのうちの一本だけが攻撃する予定だった。

 だからって、四人で固まっていたら盾を剥がされて終わりだ。


「来るなよ…来るなよ…」

「こっち向くな、こっち向くな…」


 そして、暫しに膠着が始まる。


「やれ‼人間の力を見せてやれ‼」

「前座でもちゃんと応援してやるぞ‼」


 最初は引いていた観客も落ち着きを取り戻し、魔物と戦う人間たちの応援を始める。

 もしかすると、人間対人間よりも盛り上がっているのかもしれない。

 とは言え、あのワーウルフはモルリアのモノ。

 ならば、人間には攻撃しないのでは…


「グウォオオオオオオオオオン‼」

「ガゴオオオオオオオオオオゥゥゥゥウゥウ」


 だが、それらの咆哮だけで観客の殆どが恐怖する。

 モルリアの魔物は人間に懐いているわけではない…


「…って、アークが言ってた。楽して食べ物が手に入るからいるだけ。頑張れよ。せっかく教えたんだから」


 小声で応援するレプト、でも…


「ひ…」

「止めろ‼憶すな‼」


 ガラン…


「ガイ‼ダメだ‼」


 つまり、ワーウルフの本気の咆哮を聞いたことのない人間ばかり。

 落ち着いていたのは一瞬で、あっという間に崩壊してしまう。


「来るな‼こっちに来るな‼」


 盾を中途半端に構えて、正に逃げ腰で下がっていくガイという青年。


「盾はダメって言われてるだろ‼ゲン‼そっちでカバーできないか?」


 慌てた一人が、どうにか踏ん張っている方の一人に呼び掛けるが、そのせいで視線が一瞬途切れる。

 そのせいで、カン‼と音を立てて、槍の先端が宙を舞う。


「ひぃぃぃぃいいい‼」

「よ、避けろ‼」


 その先端が観客席に飛び、会場も一気の恐怖に陥る。

 今のハプニングで、選手と観客が同じ空間に繋がった。

 元々、高さが違うだけで同じ場所にいたのだけれど。


「どうなってんだ。王は…」

「いや、今回はサラドーム大公の主催だろ?」

「そうじゃった。大公は何を考えておられるぅ‼」


 自分たちは戦ってもいないのに、この始末。

 この戦いに意味を持たせるとしたら、観客の層にあるのだろう。

 北部は魔物との共生に反対し、南部はその逆。彼らの目を覚まさせるには持って来いだ。

 なんせ、モルリアにはワーウルフどころか、更に戦闘力を持つミアキャットが多数生活している。


「ジョン‼こっちに来てくれ‼このままじゃ、俺が…殺され…」


 パキッ


 何かが折れる音。だが、それは人間の骨が折れるには小さすぎる音。


「見てられねぇ…」


 ハッピーエンドに導いた勇者パーティの一人が動き出す音。

 そう、鳶色髪の少年なら一人の兵士の絶体絶命くらい、どうとでも──


 だが、ここで


『たくぅぅぅ‼情けねぇぇぇなぁあぁあああ‼』


 どこかで聞いた声の【拡声魔法】が場内に轟いた。

 そして、レプトは目を剥く。


『たかが魔物二匹に怯えてんじゃあねぇよ‼』


 聞いた声。いや、忘れる筈もない。


 ──偽勇者を騙った時点で、我々の敵だ。子供だろうと容赦はしない‼


 ──ほう。子供を下がらせるか。だが、その子供らこそ、お前が魔物と通じている証拠だ


 どこで誰が何を吹き込んだか知らないが、あの男は俺の家族の命を狙った。


 ウラヌス城で会ったと言っても、姿も形も声も聞いていない。

 そして、この状況。拡声魔法越しの声だからこそ、嫌でも思い出す。


「そういうことかよ…」


 あの戦いの原因が何かは分からないが、先に手を出したのは王国軍。

 あの男が指揮で、あの男の暴走で、壊滅的な被害を受けた。

 

『魔物など、我らの敵ではない‼見るが良い、人間の本当の力を‼見るが良い、我が力を‼さぁ、ワーウルフども覚悟しろ‼…我が戦斧の錆にしてくれよう‼』


 この大音響に二匹のワーウルフの狂爪が止まる。

 そして、見上げる。そこにドン‼


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」

「凄い‼男四人であんなに苦戦してたのに…、あの黒騎士様って」

「ウラヌ王国の騎士団長だよ‼」

「ルービッヒ将軍じゃ‼」

「ガラム・ルービッヒ‼もしかして、あの‼」


 一撃で、一体のワーウルフの胴を縦に割った。

 そして魔物の体液を吹き飛ばしながらの二撃目で、今度は二対目の胴を割った。

 鳶色の少年が出るまでもなく、彼らは助かった。


「…っていうより、アイツらは将軍様の前座ってことか。いや、プロローグ?どっちでもいいか…」


 レプトが足で小枝を折る間に、ルービッヒ将軍は凶悪な二体の魔物を折った。


「思ったよりもあの戦いを気にしてんだ…」


 漆黒の鎧は鈍色に光り、得難い魔法の鎧だと自らが語る。

 その巨大な戦斧は赤黒く光り、強力な魔法を孕んでいることを教えてくれる。


「まぁ…。あの四人は俺の前座ってことになるんだけど…、…な?」


 前座の前座、正にそんなところ。つまりはここで登場するのが、一番美味しい。

 そう思って踏む出した瞬間だった。


正体明かしの結界リビルエリア


 誰かが叫んだ。何人かが唱えた。何処から?いろんな場所から?


「ま、まさか…⁉」


 踏み入れた土。そこだけでなく、後ろにも前にも横にも…


「強制的な魔法解除…?ってことは…」


 いつからバレていた?一般的には魔法紋は変えられない。って常識。

 だから、一般的ではない者は勿論知っている。

 在り得ない話ではないけど、今までそんな素振りを見せなかった。


『さぁぁあああああああ!ついに本日のメインイベントだ。二つ目のサプライズだぁぁああああ‼』


 今度は違う奴の声。やはり計画は練られていた。


 ってことは、謁見の間‼最初からかよ‼

 でも、アイツを指名したのはアークだぞ⁉


 ──レプトは強い。だから、…アイツと戦ってほしい


 いや、


「ゲテム…」「はい。あやつなら任せられます」


 アークはただ、対戦相手を指名しただけ。

 あの指名がなくとも、あの男が選ばれなくとも、この計画は可能だ。


「勇者がソルトシティに慰安に訪れたことで、ケチが付いた王国の戦。その汚名を返上したいってことか?」


 成程。勇者を遠ざけるわけだ。勇者が居ては意味が通じなくなる。

 アークがこっちのレプトも本物と言ってしまえば、こんな簡単には行かなくなる。


『サプライズはぁぁああああ‼王国と教国に甚大な被害を与えた人狼ワーウルフだぁぁぁあああああ‼』


 マリアも…いない。ブランのオッサンは…いる。リンさんもいる。

 そりゃそうか。マリアは勇者の巫女だ。勇者は勇者。マリアはマリア。

 俺だけは替えが利く異分子。最初からバレてたってのはちょっと心外だけど…


「あくまで俺を人狼にしたいわけか。将軍様、今度こそ大恥をかかせてやるよ」


 あの四人はいつの間にかいなくなっている。

 入り口と出口は違うのか、それとも今回はそういう予定なのか。

 今回はそういう予定、そう考えた方が良いだろう。

 だって彼らから見れば、この人狼が居たことが問題だったのだから。


「ほう。まだ白を切るつもりか、人狼ぅ‼」


 この異分子を勇者が連れていなければ、気持ちよく王国も教国もアークを助けられる。

 本当の目的はこっちであり、勇者と王子の戦いは客寄せ。


「やっと魔法越しじゃねぇ声が聞けたな。お前さ、俺を舐めてない?」


 舐められたものだ。それってさ、つまり、俺を殺すこと前提だよな?


「邪鬼が…。どの口が舐めると言っている?クソガキの分際で、王国の邪魔をする。…だから、我がお前を狩らねばならぬ‼」


 この男はイーストプロアリス大陸でも通用する。それは纏っているオーラで分かる。

 ブレン以外にもこんな奴がいたのかって驚くほど。

 勇者と女神の恩寵がある世界で、女神の恩寵に関係のない戦い。

 勇者も勇者の仲間も関係ない。


 だが、レプトはこの男を許しはしない。


「鎧のオッサン。体裁とか国とかさ、俺には分かんねぇよ。だけど、お前は俺の家族にとって危険な存在だ。だから、俺は容赦しねぇ。あの時のことをまだ根に持ってっからなぁぁぁああ‼」


 審判なんて最初からいない。

 魔物と戦士の戦いからの今だから、魔物の死体もそのまま。


「やかましい。お前も仲間と同様に真っ二つにしてくれよう‼」


 飛び散った紫の体液を清掃する者も居ない中、先ずはガラムの戦斧が大きく横に振られる。


「あんなのと同じと思うなよ、オッサン‼」


 無論、そんな単調な攻撃をまともに受けるレプトではない。

 だが、巨漢にマジックフルアーマー、しかも魔法の斧の攻撃を躱した後の手が余りにも少ない。

 特に、横振りの場合は仕方なく後ろ上空に避けるしかない。


「流石は人狼、良く跳ねる。次は跳ねられぬよう、縦に割ってやろう‼」


 だから、ここ。

 真上からの攻撃なら、横っ飛びから飛び込める。


 しかし、それも…


雷電陣サンダーマイン


 やはり、対策済みだった。この男は間違いなく強い。


「ま、そうだろうな‼だから、こんなものを用意してみたんだ、ぜ!」


 レプトの装備は変わらず仕込みマフラー。

 そのマフラーは先端が重く、風を切ることで高速で振り回せる。

 足場に罠を張られたなら、自分が踏まなければ良い。


「ぬぅ‼飛び道具か‼」

「いや。ただの飛び道具じゃあねぇよ」


 剣闘士でいう網闘士の戦い方。

 網縄を補助武器とする網闘士と戦う時は、装備のあるものが邪魔になる。


「なんだ、これは…。ぐぬぅ‼」


 簡潔な装備で挑まなければならない。

 格好の良いとげとげした鎧装備は、絡まって仕方がない。

 ガラムがこの装備で座っていて、そのままの装備で出てきたから、網縄も持参している。

 どこでそれを?勿論、来るときに、自慢の手癖の悪さで頂戴したもの。


「自分の魔法に酔いやがれ。で、この戦いのルールはなんだっけ?ま、どっちにしても…」


 巨躯が転倒し、自らの雷トラップに嵌っている。

 一瞬で、勝負は決した。


 そう思えた。だが、ここで…


「な…」


 これまた途中で見つけた普通の短剣。振り上げた瞬間に痛みが走り、剣を落としてしまう。

 そして、その隙をガラムは逃さず、どうにか握っていた斧の柄でレプトを弾き飛ばした。


「…ぐ…ぇ…」


 女神の恩寵を多少は貰っているとはいえ、アークとマリアには遠く及ばない彼の体は、当たってしまえば簡単に砕ける。

 だから、何本もの骨が折れる音がした。


 そして、漆黒の騎士は立ち上がって、こう言った。


「戦いのルール?そんなもの決まっている。お前が死ぬまでだ」 

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