第19話 特訓編は一話で終わるもの
これから師匠になる予定のブレンが住む、最北端の山に向かう。
「さっきのは何だったのかってくらい、ここは長閑な場所…ですね」
「ここは力が全て。ってことはって思わない?」
「そか。もしかして…」
勿論、水源があるから出来ることだが、人々が畑を耕していた。
収穫をしていた。寒い中でも、痩せていても育つ作物。例えば大豆、例えば芋。
芋はとても貴重だが、ウェストプロアリス大陸の気候は決まっており、麦が採れる場所では麦が採れるので、好んで栽培しようとする者は殆どいなかった。
だが、ここでは貴重な炭水化物である。
「女の人も…いる。よく無事で…」
「マリア、その話はしない方がいい。ブレン先生のお陰でようやく手に入れた平和かもしれないんだ」
その言葉に息を呑む少女。そして、緊張の色が隠せない少年。
「悪い奴を力で更生させた…人。それが剣聖ブレン…様。凄い人…なんだね」
「あぁ。だけど、特訓は苛烈だぞ」
「分かってる。僕もレプトみたいになりたい」
「因みに俺は嫌だぞ。あのオッサン、手加減知らねぇから」
「え、レプトも嫌なの?」
「俺は不意打ちとか、そういう戦い。ブレンのオッサンは真っ向勝負。戦い方が違うんだって」
その言ったレプトの全身の毛が、一瞬で逆立った。
「ほう。お主は不意打ちが得意なのか…」
「そう。俺は不意打ち……、って‼ブレン先生‼なんで、こちらに⁉」
「‼」
「へ⁉」
マリアは声を失い、アークは変な声を上げる。
背後に2倍はあろうかという巨漢がいつの間にか立っていた。
「不意打ちならワシも出来そうだが…。どうやら対策も練っておるのだな」
レプトは咄嗟に振り返り、その拍子にマフラーが高速で回っていた。
その動きから、マフラーにも何かが仕組まれていると巨漢は悟っていた。
「いやいや。俺のは付け焼刃です。それより珍しいですね。外にいらっしゃるなんて」
「ん?ワシはお主を初めて見たが?…南から不味いのが来たと聞いて、先ほど縛っていた縄を全て解いたところだ」
「え!?あの悪漢を解き放っちゃったんですか?」
「なんだ、このガキは。お前ではないな。やはりお前か。あんな事をされたら魔物が人間の味を覚えてしまうだろうが」
「う…。そこまでは考えてなかった。そりゃそうっすよね。…すみません」
あのまま放っておくと、ここで暮らしている人たちも危ない。
そういう理由で悪人を野放しにした。更生させるという噂も野放しにするという噂も本当だった。
ただ、それよりも。
アークにとってショックだったのは、言外にあの程度の小物でたじろぐようならここに入ってくるなという、男の目だった。
「それで何用だ。やはりワシへの挑戦か?それなら受けて立つぞ?」
分かり切ったことだが、それはレプトに向けられたもの。
考えないようにしろと言われても、前の世界だと自分に向けて言ってくれたんじゃないかと、親友に嫉妬してしまう。
だけどこのままじゃ、レプトに愛想をつかされてしまう。
「僕です‼僕が挑戦しに来ました‼だから…」
あぁ、この天井は懐かしい。
僕はやっぱりこういう天井が大好きだ。
勇者だと言われてから、真っ暗な部屋が僕の居場所になってしまったから、勇者になったことがとても嫌だった。
レプトみたいに時間が戻って、自分が勇者じゃなくて…
でも、もしもそうなったらアシュリーに…。え?アシュリーって誰?
「アシュリー?」
「はぅ…。起きて…ます?すすすみません。直ぐに出て行きます」
見たこともない女の人、黒髪の誰かが一瞬だけ顔を覗き込んで、どたどたと出て行った。
それにしても、僕は何をしていたんだっけ。
「…体も…動かないし。そもそも家じゃなかった」
そして暫くすると、見知った顔が二つ。見知ってはいないけれど身の毛もよだつ顔が一つ。
「はぁ…。良かった。マジで死んだんじゃないかと思った」
「ほんとです。いきなり勝負を挑むなんて、勇者様はどうかしています」
「だから言ったろ。殺しちゃいねぇって。ワシだって初対面の人間を殺すのが良くねぇことぐらいわかっとる」
っていうことは記憶にある、あの会話の後がこれ?
「僕、どれくらい寝てた?」
「二週間くらいだな」
「え?」
「マリアに感謝しろよ。あと、リンにも」
「リン…さん?さっきの…」
「そう。ブレン先生の傍にいつもいるから、関わることも多いと思うけど…、あんまり」
「ねぇ、レプト」
「ん?」
「アシュリーって…知ってる?」
ぼーっとしていたから、自分でも何を言っているのか分かっていなかった。
二週間も眠っていたって、それって殆ど死にかけてて、だからおかしなことを言った。
だから、返事がない。そう思った。けど…
「アシュリー。…俺は知らない。だけど、お前は知ってること」
「レプトが知らなくて、勇者様が知っている?珍しいこともあるのですね」
「そうじゃない。俺が知らなくてアークが知ってることの方がずっと多いんだ」
「…成程。だから──」
そして、マリアとレプトは何処かへ行ってしまった。
それから
「お前。本当にワシに教わりたいと?また、同じ目に遭うかもだぞ」
「僕はみんなを信用してます。だから、頑張りたいんです」
すると、白髪交じりの黒髪の偉丈夫は何度か頷いて、肩を竦めた。
そして、僕の命がけの特訓は始まった。
□■□
シスターはいつもの青い修道服で仁王立ちしている。
そして、大きく息を吐いて鳶色髪の少年を睨みつける。
「それではお願いします」
「まだ続けるのか?」
「勿論です。貴方の行動の意味を知りました。だから、私が足を引っ張る訳には行きません」
「なんかさ、前と言ってることが違ってない?」
流石はブレンの道場だけあって、練習用の武器には困らなかった。
とは言え、練習用という名のくたびれた武器。そもそもブレンはここで剣の道を究めようとしていただけで、挑戦者を打ち負かしていくうちに、勝手に道場になったというだけだ。
「レプトは隠すのが下手です。アークを誘導していたのは、アークに同じ道を歩ませるため。そしてまだ記憶は戻らず。そのままの私では絶対に足を引っ張ります」
「だったら全部話すから、お前が導いてくれよ」
マリアは本来後衛のヒーラー。
だから、近接戦は向いていない。
それでも、先の経験に危機感を覚えたから護身術を学びたいと言った。
レプトは彼女の攻撃を軽く躱して、後ろから羽交い絞めにする。
「それは嫌です。この目で見ていないから、間違えるかもしれませんし」
「…ってか、流石に止めない?背徳感がヤバいんですけど?それに…」
ドゴッ‼
レプトの一撃、ではなく遠くから鳴り響く轟音。
間違いなく重症レベルの一撃だったろう。
「記憶を取り戻せないアークも頑張ってます。それなら私も‼」
それは間違いない。頭を強く打ったせいか、彼はアシュリーという言葉を口にした。
その意味は分からないらしいが、今まで漠然としていたモノが明確な彼の意志に変わったキッカケとなった。
前も連呼してた。アイツにとって凄く大事なことなんだろうな…って‼
「いやいや‼今、勇者様が重症だぞ‼早く癒しに行ってやれって‼」
「どうしてですか。私がここに来たのはアークの成長の為です」
「そうだよ。だからこそのヒーラーだろ?」
「だから、どうしてですか。リンって子もヒーラーじゃないですか。アークのこと、ちゃんと見ててくれるし、私もきっとここでこういう修行をしていたに違いありません‼」
ここでレプトの頭にハテナ。隙アリと見て、良い一撃がレプトの脇腹を襲う
「ぬぉ…。…う、ちょっと待って」
「待ってじゃないです。そんなあからさまな隙を作って…、これも修行の成果?女神の恩寵を得なくとも戦えると分かるように、私も…」
「…いやいや。違う意味でちょっと待ってで…」
「それなら、どういう意味よ」
「どういう意味って…、俺が言っていいか分からないけど、リンってアークの事好きだぞ」
「そうでしょうね。それくらい見てたら分かりますけど?」
「え、うん。そう…だよな。ん…」
これが嘘が苦手なレプト。密偵はこなせるのに、仲間にはガバガバな彼。
「え…、その間。何?も、もしかして私…」
「どっちが先にアークの回復をするかで競ってた…かな」
「はぁ?そんなの嘘です。私は使命を託されています。それにこれは人類の為の戦いですよ?」
「人類の為でも、年頃の男女がずっと一緒にいるんだ。そういうもん…だろ!」
「くっ‼また、その動き。でも、もう騙されません‼そんな甘っちょろい冒険でよくハッピーエンドまで辿り着けましたね‼」
とか言うマリアだって、最初からそんな感じだったように見えたけれど。
勿論、こっちの世界のマリア。前の世界のマリアもときめく乙女だった。
レプトは翻り、彼女の背後に回る。それを待っていたマリアは短剣を後ろに振り回す。
だが、やはり当たらない。
「今回も同じ道を進むって決めたから言うけど、アークが選んだ仲間は男四人、女三人。男女七人で危険な東の大陸を歩むんだぞ。…しかも女は皆、可愛いし美人だし‼で、あれだ。吊り橋効果‼」
「ちょっと。サクッとネタバレしないでょ‼…っていうか、それって」
そこでシスターの動きが鈍る。
息を吐くようにネタバレをされた。パッと思いつくのはフレデリカ。
そして、聞きたいけど聞けなかったあの話の答えだと思った。
つまり、自分は──
スッと突きつけられるナイフ。喉元に触れそうな先端。
「…やっぱり。私は途中で死ぬ…のね」
「って、突然。何でそうなる‼」
「だって、さっき言ってたじゃない。女はみんな可愛いし美人って…。フレデリカ殿下のようにって‼で、でも。これは私の生まれた意味なんだし…」
でも、納得だ。父も母も知らない、何処の馬の骨かも分からない自分。
魔法紋の話に遡ると、このレプトでさえ何処の馬の骨かは分かっている。
チェックメイトでも…諦めちゃダメ。
「だから私はぁぁあああ‼」
無理やり立ち上がろうとすると、鈍っていてもナイフの先端が喉を掠める。
それが起きないのは、レプトは動きに合わせてナイフを引いたから。
そして…
「…何言ってんだよ。マリアは…綺麗だし。それに…あれだ。可愛いとこもある…だろ」
命を賭けるという使命で立ち上がろうとした少女は、へにゃっと座りこんでしまった。
今までの運動のせいか、体温が上がる。汗が滲む。
そして、頬が膨れる。
「…それも…ネタバレだし」
「うわ。そうだ。これって超級のネタバレ…。悪ぃ…」
「でも聞いたのは…私だし…」
その結果、自分が生き残ることを知ってしまった。
それ以上に恥ずかしい。何か恥ずかしいから、半眼でとりあえず睨む。
「へ、へぇ。それじゃアンタもそういう浮いた気持ちで冒険してたんだ。私はそんな気持ちで冒険しないですけどね!」
暑いってか熱い。どうやら運動しすぎたらしい。
息が上がっているのもソレ。心拍数が上がっているのもソレ。
そうに違いない。
「…ま、そういう気持ちもなかったわけじゃないけど」
「ほら。やっぱり不潔。動機が不純ね」
「だから、最後まで聞けって。冒険序盤には諦めてたよ。俺はこんな生まれだし。相手も相手だし。あとはあれだな。アークはモテる。今回とは違うミステリアスさ、自らを省みない勇気、ひたむきで仲間想いで見た目だってアレ。しかも今回と同じで見ていて心配になるかんじだった。それでいて、アイツはちゃんと勇者してるんだから、敵わないって思ったし」
一生懸命頑張る勇者様、そしてイケ顔。今のリンがまさにそれにあてられている。
前は、同じ理由で私…も?
「ま、前にも言ったけど、子供たちに頭を下げてくれた。だから俺はアークの為に頑張ろうって思ってた。んで、今はもっと支えようって思ってる。ほら、立て。一緒にアイツを支えるんだろ」
そして差し伸べられる手。その手を握りかえす私。
どうにか落ち着かせようとした。というか、勝手に口が動いたというか…
「わ、私は浮ついた気持ちを持たず頑張ります…。で、でも。…レプトは大丈夫なんじゃない?騎士階級になれば…、もしかしたらお姫様とだって…」
「なんでフレデリカ限定?相手が相手って言ったからか。でも、それ以外の理由だってあるだろ…っと!さ、どうする?息も上がってるから、今日はこの辺にしとく?」
余計なことを口走ったものだ。
騎士階級になったって、平民と貴族、しかも王家の結婚は在り得ない。
っていうか、それ以外の理由と言われてしまった。
取り敢えず、今思いつくのはフレデリカしかいないのだが、まさかリン?
いや、彼女に関しては生まれはどうにでもなる。
ってことは、女神の巫女、勇者の巫女、修道女とか、そういう神職って。
いやいや。これから先にも仲間が増える。でも、彼は冒険序盤と言った。
一人で大混乱中の彼女が出した結論は。
「もう少し…、時間をください‼」
「了解。それじゃ休憩しよう。俺はもうちょっと体動かしたいから、マリア様は休んでな。あと、あんま遠くに行くなよ。また、ブレンのオッサンに怒られるからな」
「…え?あ、はい。…そう、します」
二周目ってやっぱりズルい、と思ったマリアだった。
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